第30話 邪神ちゃんと試行錯誤
この日もメルは、楽しそうに料理をしている。元々聡いところのあるメルだったが、フェリスの眷属となって知識を得た事で、その頭の良さに拍車がかかっているようだ。
「これをこうして、こうやって……」
メルは村で手に入る食材を使って、あれこれと試してみている。昨日のクッキーだけではなく、その大判となったパイだとかも作っていたので、器用さもなかなかあるようである。
この料理に関しては、フェリスとルディが試食をしている。だが、もっともルディは食えるか食えないかだけの判定で、味に関してはあまり何も言わないので参考にならなかった。実質な味の判定はフェリスだけで、ルディはごみを出さないだけに居るようなものであった。それでいいのだろうか、ルディは。
「んー、これはもう少し柔らかい方がいいかもね。味は悪くないんだけど」
「あうー、そうですか。でも、固める作業を怠ると、焼いてる最中に崩れちゃうんですよね。ん~、難しいなぁ」
フェリスの感想に、メルは頭を悩ませている。
ちなみに今作っているのは、村の作物の一つである芋を使ったパイだ。おやつ用のひと口大のものを作ろうとしているのだが、崩れないように固め過ぎた結果、食感が少々悪いようである。
「ほら、鍋のような物を使えばいいんじゃないかしら」
「こんな小さなものを入れる型なんてありませんよ~」
フェリスが提案すると、メルはすぐに小さな型が無いから作れないと泣き言を言っている。
「無いなら作っちゃえばいいのよ。えいっ!」
フェリスは土魔法を使って、小さなパイの型を何個か作ってしまった。そのあまりの早業に、メルは目をぱちくりとさせている。
「どうかしらね。土魔法で土を作って固めただけなんだけど、役に立ちそうかしらね」
フェリスの出した型を手に取るメル。触ったり叩いたりして、その型を確認している。
「これならいけると思います。後は型からうまく抜く事ができれば問題ないと思います」
というわけで、早速型を使っておやつ用のパイの作製に取り掛かった。
型を使った最初の試作品が焼き上がる。ところが、
「あー、型から出した瞬間に崩れちゃった……」
詰め方が緩すぎたのか、取り出した瞬間にボロボロと崩れてしまった。
「とりあえず、味は見てみましょうか」
「はい、そうですね」
崩れた塊を拾って食べてみる。
「うん、味は悪くないんだけど、細かく崩れすぎちゃって掴むのも大変ね。今度はもう少し固めてみましょうか」
フェリスのアドバイスもあって、それから力を調整してようやく程よい硬さの芋パイができあがったのだった。
「やったぁ、やりましたよ、フェリス様!」
「うん、ひと口かじっても崩れないし、それでいてふんわりとした食感。これならお菓子として十分振る舞えるわね」
どうやら満足のいくお菓子ができたようである。喜ぶ二人の横では、そんな事にお構いなく、ここまでの失敗作を次々と食べていくルディが居た。
「俺としちゃあ食えりゃ問題はないんだがな。人間とかいろいろめんどくせえなぁ」
指についたパイの食べかすをぺろりと舐めるルディ。相変わらず作法とかそういうのは気にしないようだ。さすがはインフェルノウルフ、獣である。
「見た目の印象とかはとても大事なのよ、ルディ。基本的な印象は見た目で決まるの。そしたら相手は、そこから勝手にイメージを作ってくれるのよ。第一印象っていうのはとても大事なのよ」
フェリスがルディに言い聞かせている。しかし、ルディはまったく興味がないようで、芋パイもどきをまだ食べようとしていた。フェリスはその様子をやれやれといった気持ちで眺めていた。
「とはいえ、これでこの村の特産が増やせそうね」
「そうですね、フェリス様」
「でも、こうなるとよそから人が来る可能性はあるだろうし、そういった人向けの宿とか食堂とかが必要になってくるわ。よそ者を迎え入れるとなると治安にもいろいろ不安は出てくるだろうし、村長さんとも相談してみる内容ね」
お菓子に満足しているメルだったが、フェリスはすでに次の事を見据えていた。こういう頭の回転の良さがあるからこそ、フェリスはただの魔族というわけではないのである。こうやって他者視点からの事象も考えられるあたり、邪神と名乗るには優しすぎるというものである。
というわけで、この日はとにかくお菓子作りだけで一日が終わってしまった。リンゴ、オレンジ、芋の三種類のクッキーとパイを作っていたら夜になってしまった。
「フェリス様」
「なに、メル」
「お料理って楽しいですね」
メルがにっこりと笑顔になると、フェリスもそれにつられて、
「ええ、そうね」
と笑顔で返していた。二人の後ろでは満腹になったルディがいびきをかいて寝ていたのだが、そのせいでせっかくの雰囲気が台無しである。
いびきに反応して振り返ったフェリスとメルは、おかしそうに笑っていた。
翌日村長に出来上がったお菓子を持っていくと、それは驚いたように大絶賛だった。他の村人からもうまいうまいと言われて、その日のうちに村中へと広がったのだった。




