第22話 邪神ちゃんとクモの扱い
食事を終えたルディは、さっさと出て行ってしまった。フェリスとメルはまだ食事中だったので、ろくに見送りもできなかった。
それからまるっと1日が経って、フェリスたちの前にルディが狼形態で戻ってきた。その背中には、何かがうぞうぞとうごめいていた。
「よう、戻ったぞ、フェリス」
「お、お帰り……」
戻って来たルディの背中からは、ジャイアントスパイダーが10匹くらい降りてきた。その光景にフェリスがちょっと引いていたのである。
それにしても、たった1日で戻ってくるとは驚きの速さである。
「こ、これがジャイアントスパイダーですか? 思っていたより可愛いです!」
メルはジャイアントスパイダーの1匹に近付いて抱きつくと、振り返ってフェリスに元気に報告している。虫は嫌いだとか苦手だとか言ってなかったけか?
「とりあえずマイムの奴と交渉して10匹だけ譲ってもらったぞ。雄雌居るから数も増やせて、慣れたら糸も量産できるようになるぞ……ってマイムが言ってた」
ルディは犬ころのように息を荒くしながら、フェリスに報告している。
「うん、ありがとう。これはマイムにもお礼言っとかなきゃね。水の件といい借りを作りっぱなしなのはなんか嫌だし」
「マイムは昔世話になったから、お礼はいいぞって言ってたぞ。フェリスの性格上、お礼をしたがるだろうからってな」
「むぅ、さすがは昔の仲間。しっかり釘を刺してきてたか……」
マイムからの伝言を聞いて、フェリスは額を掻きながら複雑な気持ちで感心していた。
フェリスにとってマイムとは、邪神時代から一番信頼している相手である。脳筋のルディと知略のマイムというくらいのフェリスの派閥の柱だったのだ。猫と水なので相性はどうかと思うかも知れないが、実は派閥の中では一番気が合っていた。
そんなフェリスとマイムの話はまたいずれというわけで、とにかく連れてきたジャイアントスパイダーをなんとかしなければならない。メルに懐いてくれているようなので、おとなしくしてくれているのは助かるというものだ。
そんなわけで、フェリスたちはジャイアントスパイダーの群れを連れて、村長の家に出向く事にした。
「なんじゃこりゃあっ!!」
村長の叫び声が響き渡る。まあ無理もない話だ。
「見ての通りというか、見た事があるか分からないけれど、ジャイアントスパイダーよ。この子たちを邪魔にならない辺りで飼いたいわけなのよ」
「それは構いませんが、一体どういった理由でしょうか」
フェリスの言い分に、村長は震えながらおそるおそる理由を尋ねてくる。子どもたちほどの大きさのあるクモたちが怖いのだから仕方がない。
「この子たちの糸を使って服を作るのよ。服以外にも網だとかそういうものも作れると思うわ」
「クモの糸でですか? 確かにきちんと撚れば大丈夫でしょうが、どうなんでしょうかね」
村長はどうにも懐疑的である。クモの糸というのはべたべたとまとわりつく印象が強いわけだし、服にして本当に大丈夫なのかという事なのだろう。この点に関してはフェリスたちの方も試すのは初めてである。ただ、噂では聞いた事があるし、ルディが勧めてきたのだからきっと多分大丈夫だと思う。
「一応マイムから伝言受け取ってきてるぞ。ジャイアントスパイダーそのものとその糸の取り扱いだ。俺じゃ読めねえから、フェリス、頼んだぞ」
「結局そうなるのね!」
ルディからマイムの伝言魔法を受け取りながら、フェリスはぷんすかと怒っている。面倒事の処理は大体フェリスの仕事になっていたからだ。フェリスはため息を吐きながら、伝言魔法を確認する。そこにはご丁寧にジャイアントスパイダーの飼育の仕方や注意点、糸の取り扱い方法など事細かに書いてあった。フェリスは黙って魔法で補強した木の皮を取り出すと、そこへ伝言魔法を転写させた。
「はい、ジャイアントスパイダーについての情報よ。あたしの信頼できる友人からの情報だから、間違いはないわ」
「おお、これは天使様、実にありがたい事ですぞ」
素っ気なくフェリスから渡された木の皮を、仰々しく受け取る村長。そこまで大げさにしなくてもとフェリスは思っているが、メルはその行動を理解できるというように、フェリスの事を目を輝かせて見ている。
さてさて、村長との話し合いも終わって、ジャイアントスパイダーの飼育場の場所も決まった。なので、フェリスたちはとりあえず10匹とも連れて一度家に戻ってきた。メルとそう大きさの変わらない巨大なクモの群れだが、それよりも大きなルディの背中に乗っているのであまり目立つ事なく戻ってくる事ができた。
それにしても、ジャイアントスパイダーは本当におとなしかった。フェリスとルディが強力な事もあるが、メルが抱きついても襲わなかったし、まるで普通の動物のようである。だが、これでも体内に魔石と呼ばれる魔力器官を持つ魔物なのだ。とりあえず飼育場ができるまでは、家の一室に住まわせる事にした。狭いけれど仕方がない。
家に連れて帰ったところで、早速ジャイアントスパイダーたちに糸を吐き出してもらう。さすがに10匹も居れば相当な量の糸が確保できるのだが、それでも服を作るには今回だけでは少々足りなかったようである。
「とりあえず、靴だけでも作っておきましょうかね」
服はとりあえずもうしばらくお預けとなったのだが、すでに持っていた魔物の皮を使って靴だけを作る事にする。
「メル、いい靴の案はないかしら。それを元にこの皮を靴に加工するから」
「えっ、あ、はい。思い浮かべるだけで大丈夫ですか?」
「それで大丈夫よ」
フェリスは魔法を使って、まずはメルの頭に触れる。魔法で思考を読み取って、それでもって皮に魔力を作用させるのだ。
すると、なんていう事でしょう。
魔物の皮は、一足のハイブーツへと変わっていた。よく見るとフェリスがメルに作ってあげたブーツのデザインそのままである。ただ違うのは丈だけである。
「ふふっ、これでフェリス様とお揃いです」
思い通りの靴を作れた事で、メルはとても満足そうだった。そのメルの笑みに、フェリスはすごく困惑した表情をするのだった。




