第19話 邪神ちゃんと眷属との関係
昨日はルディに魔力の抑制方法を叩き込んだフェリス。そのせいで珍しく朝寝坊をしてしまった。
「ふわぁ~、おはよう。すっかり外は昼だわね……」
「おはようございます、フェリス様。はい、もうすっかりお昼です。すぐに食事の支度を致しますね」
フェリスを食堂で出迎えたメルは、すぐさま厨房へと姿を消した。その後すぐに、フェリスは目覚ましに顔を洗いに行く。再び食堂に戻って来ると、フェリスはある事に気が付いた。
「ルディが居ないわね」
「はい、ルディ様なら魔物が出たという報告を聞いて、村人たちと討伐に向かわれました」
「あらそうなの。魔力の加減の練習をしたかいがあるというものね」
フェリスの呟きに、すぐさまメルから返答があった。フェリスやルディ並みに耳がいいぞ、この少女。だが、フェリスも特には気にしていないようだった。
それというのも、眷属契約をしていないとはいえ、メルはもうフェリスの眷属のようなものである。なので、フェリスの能力の一部がメルにも現れているのである。その一つがこの聴力の上昇。もうメルの近くでは下手な事も呟けないのである。全部聞こえてしまうのだから。まぁ、だからといってメルが猫耳尻尾の少女になるというわけではない。あくまで身体的能力への影響なのである。
メルが食事の準備を終えると、ちょうどルディが帰ってきた。
「がっはっはっ! 魔物どもは弱いなぁ」
なんとも上機嫌である。ルディは魔力を抑えていてもその身体能力が高いので、この村に現れる魔物など相手にならなかったのだ。魔力を抑えているので、ルディからは炎が発生せずに魔物が炭にならないとあって、実に一石二鳥だった。
「あっ、お帰りなさいませ、ルディ様」
「お帰り、ルディ」
フェリスとメルが、ルディを出迎える。
「おう、戻ったぞ。フェリス、やっと起きたか」
ルディは戻るなり、フェリスに気が付くといきなり抱きつこうとしてきた。だが、フェリスはそれを断固として拒否している。抱きつきを躱したり、顔面にグーを入れたり、とにかくルディとのスキンシップは全力でお断りしている。
「なんで避けんだよ、フェリス!」
「あんたは暑苦しいのよ!」
わいわいと戯れる二人を見つつ、メルは楽しそうに笑いながら食事の準備を進めていた。
「フェリス様、ルディ様。食事の支度ができましたよ」
メルがこう言うと、
「おっ、待ってました」
と言って、ルディがすぐにテーブルに着いた。さすがは犬ころと呼ばれてるだけあって、食べる事には反応がとても早かった。
「はぁ、ごめんね、メル。そいつのせいで気を遣わせながらご飯を用意させちゃって」
「いえいえ。フェリス様も私が危なくないようにルディ様をうまく誘導しながら躱してましたので、安心して食事をご用意させて頂く事ができました」
フェリスが謝ると、メルもフェリスを慮って言葉を返している。いい主従関係である。
食事を進めていると、おもむろにフェリスがメルに問い掛ける。
「メル、最近は体の調子はどう? なんかおかしいとかある?」
フェリスの質問に、メルはきょとんとして首を少し傾ける。
「いえ、別に何もありませんけれど。フェリス様、一体どうされたんですか?」
「あ、うん。別に何もないならいいのよ」
メルが聞き返すと、フェリスははぐらかすように喋っている。
「妙なところで気を回すのが、フェリスの悪い癖だな。こういう時は回りくどいのはやめた方がいいぞ」
様子を見ていたルディが口を挟む。
「むぅ~、そうなんだけどね……」
フェリスが口ごもり加減になる。
「一体どうされたんですか、フェリス様?」
その態度にメルが少し不安になる。一体何の話をしているのか、気になってしまうのだ。
「どうしたもこうしたも、メルはフェリスの眷属扱いになってるんだ」
「眷属?」
歯切れの悪いフェリスに変わって、ルディが話を始める。
「俺ら邪神はもとより、魔族とかそういうのにはな、自分の支配下に置くという意味で眷属化っていう能力があるんだ。人間たちが書面で行う契約を魔法で行うってやつだな」
ルディが説明しているが、脳筋の割には意外と小難しい話を知っていた。これがいわゆるギャップというやつか。
「俺も眷属を持った事をあるが、そういうのは眷属化を行う側でその制約はいろいろ変わるんだよな。主人が死ぬと眷属も死ぬとか」
「主人が死ぬと、眷属も死ぬ?」
「ああ、飯時にする話じゃないが、そういう契約を行う奴も居る事は、頭の片隅に置いといた方がいい。まあ、フェリスの場合は単なる友人関係だから気にするな」
ルディはがさつに食事をしながら、難しい話をしている。そのせいか一層食事が進んでいるように見える。
「多分メルは、フェリスだけじゃない、俺との間にも眷属の契約が勝手になされているように思える。おそらく、身体能力がかなり上がっているはずだ。俺たちにきちんと対応できるようにな」
ルディの話が終わると、メルはフェリスの方を見る。そしたら、フェリスがメルからあからさまに視線を逸らしていた。どうやらルディの話に心当たりがあるようである。
「フェリス様?」
メルがじっとフェリスを見ると、更に視線どころか顔まで反らす。さらにメルがずいっと近寄ると、ついにフェリスは観念したように大きく息を吐いた。
「こういう時だけやけに頭がいいのが困るわよ、ルディ」
「フェリスは都合の悪い事はごまかすからな。そういう勘だけはずいぶんと鍛えられたんだよ」
文句を言うフェリスに、ルディは食事をがっつきながら応対する。喋ってても手も口も止まらない。
「そうよ。メルにはあたしとの眷属契約が発動してるのよ。効果は身体能力と五感の強化、それと対魔法耐性ね。だからといって、メルが魔法を使えるようになるわけじゃないわよ」
「そうなんですね。それで目とか耳とかよくなったんですね、私」
メルの体が震えている。
「嬉しいですね。フェリス様に大事にされていると思うと、嬉しくて涙が出てきます」
喋るメルの目には、確かに涙が光っている。
「ああ、もう泣かないの。メルが自分からあたしに仕えるなんて言ってきたから、つい嬉しくなって勝手に付与したものなんだから」
「がっはっはっはっ! まるで親子だな」
「親子……、フェリス様と親子……」
「こらルディ! 茶化さない!」
フェリスもメルも顔が真っ赤である。これはルディも、どっしりと椅子に座ったまま大笑いだった。