第179話 邪神ちゃんと薬草園2
薬草園の計画が進んだところに、モスレまで出掛けていたドラコが戻ってきた。
「おやおや、ずいぶんと盛り上がっておるようじゃのう」
空中で変身しながら着地するという器用っぷりを見せるドラコ。
「あら、ドラコ、お帰り。どこ行ってたのよ」
着地を決めたドラコに、フェリスは普通に声を掛けていた。けんかしてなかったのだろうか。
「モスレまで行ってきとったわい。頭を冷やすついでにコネッホの様子を見てきたんじゃが、相変わらずポーションを作ってばかりじゃったぞ」
「あははは、コネッホらしいわね」
ドラコの返答を聞いたフェリスは、お腹を抱えて笑っていた。
「それにしても、これは薬草か。コネッホの嘆きを聞いておったら、それは思いつくかのう」
ドラコは両手を腰に当てて薬草園を見回している。
「うむ、あれは治癒草で、こっちは毒消し草。……ふむふむ、ちゃんと種類ごとに植えられておるな」
「あら、ドラコも分かるのですね」
「だてに生きてはおらんぞ。わしのような古龍ともなれば、知識は生半可ではないからのう。まあ、わしはまだ知らん方じゃがな」
ヘンネが驚いたように反応すると、ドラコが何かしれっと恐ろしい事を言っている。ドラコも十分博識だと思うのだが、それ以上に知識を持った古龍が居るらしい。いにしえの存在というのは規格外なものばかりのようである。
「しかしじゃ、わし以外の古龍は一体どこに居るのか分からん。つまり現状では、わしが確認できる一番古い存在という事じゃな。かっかっかっ」
ドレスをまとったお嬢様風の幼女が年寄りくさく話すギャップ。知らない人が目撃したら二度見必至だが、知ってるフェリスたちは自慢げに話すドラコに苦笑いを送っていた。
「さて、そんな事より、この薬草はちゃんと世話してやらんといかんぞ。育てようと思ったら意外と繊細じゃからなぁ。野生ではあんなにたくましく生えとるというのに面白いもんじゃぞ」
ドラコはそう言いながら、薬草園に近付いてくる。そして、両手をスッと上げると何やら魔法を使っている。
「ドラコ、何を使ったの?」
「なあに、ルディがジャイアントスパイダーの飼育場で使っておるのと同じような結界じゃよ。ちょっくら薬草にだけ魔力の負荷を掛けてやっただけじゃ。野生で育つのと同じような、な」
ドラコは腕を組んで人差し指を立てながら、ウィンクをして自慢げに説明をしている。その説明に、どういうわけかフェリスまでほへーっと感心していた。
「かっかっかっ、わしが掛けておいた結界じゃ。この中なら悪さもできん。安心して薬草を育てるとよいぞ」
「いやはや、至れり尽くせりですな。早速、詳しい人物を中心に呼び寄せて育てさせませんとね」
ドラコの話を聞いて、ゼニスは早速動き出した。
「なんじゃ、育てる人員が居らんのか。じゃったら、最初のうちはわしが手伝うとしよう。これでも知識だけならたくさん持っておるからな」
「知識だけはって……、ずいぶんと謙遜するわね」
「かっかっかっ、言ってくれるな、フェリス。昔のままなら尊大に振舞ったじゃろうがな。お前さんとマリア、二人にもわしと互角の戦いをされてしまったのじゃからな、そりゃ謙虚にもなるというものじゃ。かっかっかっかっかっ!」
ドラコは楽しくなってきたのか、両手を腰に当てて大笑いをしている。それは周りから注目を集めるくらいにだ。フェリスメルならそこそこスルーされるだろうが、ここは新しい街クレアールの中である。ドラコを知らない人もたくさん居るので目立ってしまっているのだ。
だが、そんな事を気にしても仕方がない。ゼニスは早速ヘンネと一緒に商業組合へと戻っていく。薬草に詳しい人物を手配するためだ。
「さてと、フェリスはあの二人についていってこい。薬草を触るなと念押しされておろう?」
「ぐっ、なんで知ってるのよ」
「わしが知らんとでも思うたか。ともかくさっさと行ってくるがよい」
「……分かったわよ。任せたからね!」
フェリスは大声でそう言うと、ヘンネとゼニスを追って商業組合へと走っていった。
「さーて、早速始めるかのう。こういうのはわしの鱗でも砕いて肥料にしてやるといい感じに育つんじゃが、それではフェリスが起こす恩恵と変わらんからなぁ。まぁ、普通に水と肥料よな」
ドラコはぶつくさと呟きながら、ドレス姿のまま畑仕事を始めたのだった。絵面的にすごいギャップである。
「むぅ? やたらと見てくるのう」
視線が気になるドラコだが、その原因が自分の姿だとは気づかないままだった。しばらくして、フェリスたちが戻ってくるのだが、その時もずっとドレス姿だったのだった。
「ちょっとドラコ……」
「なんじゃフェリス」
「ずっとその格好で畑いじりしてたの?」
「そうじゃが、何かまずかったか?」
フェリスの質問に真顔で返すドラコ。それを聞いてフェリスたち三人は思わう顔を覆ったのだった。
「ないわー。ドレスで畑仕事なんて……」
フェリスが盛大にため息を吐く。
「なんじゃ、わしの服装がおかしかったから、あんなに視線を向けられておったのか」
ドラコは口を尖らせて、タンタンと右足を地面に打ち付けた。
「そういう事よ。今度からは服を変えてちょうだい」
「知らん、わしは意地でもこの服装で過ごすぞ!」
フェリスが強気にお願いすると、ドラコはきっぱりとそう返してきた。そして、そのまま口げんか第2ラウンドに突入する勢いになったのだった。やれやれだ。