第172話 邪神ちゃん、本当の帰還へ
翌朝、街の建設中に建てた仮設の家で目を覚ますフェリス。
「はあ、昨日は酷い目に遭ったわ……」
ボヤキながら目を覚ますフェリス。昨夜は仮設のこの家に戻ってきたあと、念入りに体を洗っていた。それというのも、ピックルがそれこそ舐め回すようなレベルでフェリスの体を触ってきたからだ。ぶっちゃけただのセクハラである。だからこそ、フェリスは半分泣きながらお風呂に入ったのだった。それにしても、あのフェリスをここまで恐怖させるとは、モフラー恐るべし。
「おはようございます、フェリス様」
フェリスが起きて食堂へやって来ると、メルが朝食の支度をしながら出迎えてくれた。そのメルの顔を見ると、ついついホッとしてしまうフェリスである。
「起きたかフェリス」
「ええ、今起きたところよ。昨夜は不愉快だったけれど、今はずいぶんとすっきりしているわ」
「かっかっかっ、分かってはおったが、あのピンク色はずいぶんともふもふにご執心だったようじゃなぁ」
ドラコの挨拶に反応するフェリス。それを聞いたドラコは大口を開けて笑っていた。まぁこれだけ笑うのも無理はない。そのくらいにピックルはフェリスの肉球と毛並みを堪能していたのだから。尻尾を掴んでいたらきっと引っ掻いただろうが、さすがモフラーというべきか、その辺は分かっていたようである。
だが、正直言ってピックルはやり過ぎた。多分、次会ったらフェリスは問答無用で手を引っ掻くだろう。それくらいにボロボロにされたのだから、そうなったとしたら自業自得である。
フェリスはため息を吐いて気持ちを入れ替えると、メルの作った朝食をメルやドラコと一緒に食べたのだった。
朝食を済ませたフェリスは、外行きの服装に着替えると新しい街改めクレアールの中へと繰り出していく。やって来たのは商業組合。昨日あんな事があったとはいっても、まずはここに用があるのだから向かわざるを得ないのである。
商業組合の中に入ったフェリスは、すでに忙しく駆け回る職員たちの姿を目撃する。その中心で指揮を執っているのはヘンネであった。
「あら、フェリス、おはようございます」
「あっおはよう、ヘンネ」
ヘンネが挨拶をしてきたので、フェリスは挨拶を返す。
「ふむふむ、街の看板の製作かのう、これは」
後ろからひょっこりと顔を出すドラコ。
「ええ、その通りです。昨日、ついにこの街の名前が決まったのですから、外部からの入口となる場所に街の看板を出すのは当然でしょう?」
ヘンネはフェリスをじっと見ている。その眼差しが思いの外鋭く、フェリスは思わず体をびくっと震わせた。
「街の名前が決まった事で、対外的に出す書簡などへも影響がありますからね。今はその変更のために職員総出で対応しているところなのですよ」
ヘンネは実に落ち着き払っている。そして、手元に持つ板に時々視線を落としながら、じろじろと周りを見ては状況を把握していっているようだった。
フェリスたちの仲間内では随一の頭脳派であるヘンネ。商人もできるくらいには見る目というものが優れているのだ。そんな彼女が中心に居座れば、それは商業組合もうまく回るというものである。
「大変そうだけど、何か手伝える事あるかしら」
フェリスはヘンネに声を掛ける。すると、
「フェリスはいつも通りにしていれば問題ありません。これは私たち商業組合の問題です。大体フェリスに出しゃばられると余計問題がこじれますからね。心配なら街の中のチェックでもしていて下さい。あの冒険者四人なら今頃は冒険者組合に居るはずですから、気を付けて下さいね」
ヘンネは厄介払いをしてきた。それに対してフェリスはちょっと怒っているのだが、メルとドラコはうんうんと頷いていた。どうやら、フェリスにはそこまで自覚が無いようである。こういう点においては、本当に元々がただの猫だと思い知らされるのである。
「分かったわよ。あとで手伝ってって言われても知らないからね!」
フェリスはぷんすかと怒って商業組合を後にしたのだった。
商業組合から出てきたフェリスたち。
「さーて、どこから来ましょうかね」
「そうじゃのう。とりあえずあの冒険者どもは避けておこう。ピンク髪には会いたくないじゃろう?」
「まったくその通りね!」
ドラコが気に掛けて声を掛けると、フェリスは刺々しい返事をしていた。よっぽど昨夜の事がトラウマとなっているようである。
そうと決まれば、とにかく会いそうにない場所へと向かう事にする。
「うーん、やっぱりフェリスメルに戻った方がいいかしらね。長らく留守にしていたもの」
「そうですね。村長さんが特に寂しがっていましたよ。天使様ー天使様ーってうわ言のように言ってましたから」
「うっわー、それは引くわー……」
村長の近況を聞いたフェリスが、露骨に嫌そうな顔をしている。村長はかなりのフェリス信者なのだ。とはいえども、そうなってしまうくらいには、フェリスメルから長らく遠ざかっていた。そんなわけで、
「うん、フェリスメルに戻りましょうか。2ヶ月くらいかしらね。その間こっちにずっと居たものだから、寂しがっているのは村長さんだけじゃないだろうものね」
「はい、多分、みなさん喜ばれると思いますよ」
そういうわけで、フェリスは本当に久しぶりにフェリスメルへと戻る事にしたのだった。