第171話 邪神ちゃんともふもふ狂想曲
無事に街に名前も決まった事で、フェリスたちはこの日はクレアールでひと晩過ごす事になった。
「町長もアファカもあっさり了承してくれたので、紙に書いて商業組合と冒険者組合のロビーの掲示板に貼ってきますね。レイドさんたちもここを拠点にするかどうか決まったら教えて下さい。それでは失礼します」
そう言って、ヘンネは会議室から出て行った。
それを見送った冒険者四人組のうち、ピックルが我慢しきれなくなったのか、フェリスにとペコラに対して何かを言おうとしていた。手がわきわきしていて気持ち悪い。
「あー、我慢できない。ねえねえ、肉球ぷにぷにさせて、毛並みをもふもふさせてえっ!」
欲求が爆発したかのように叫ぶピックル。
「あなたね、いくらもふもふ好きだからといってもそれは失礼だと思わないの?」
ブルムがピックルを叱っている。それに対してものすごく不機嫌な顔になるピックル。うん、この人たちは一体いくつなのだろうか……。フェリスはそんな顔でそのやり取りを見ている。
「フェリス様は、毛並みを自慢されてますものね。触りたくなるのはよく分かります」
その様子を見ていたメルがそんな事を言っている。
「メル、その目は何なの? もしかして触りたいわけ?」
フェリスはちょっと引きながらメルに確認を取る。すると、メルは上目遣いになりながら、こくりと頷いて肯定していた。
「はー、しょうがないわね。ただし、そこの仮設の家に戻ってからね。こんな大勢での前なんて、恥ずかしくて見せてられないわ」
フェリスは頭を掻きながらメルに言うと、メルはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。いや、あなた本当にいくつなのかしらねと突っ込みたくなるフェリスである。
それはさておき、さっきからピックルがしきりにというか凝視レベルでフェリスを見ている。どれだけフェリスをもふりたいのだろうか。
「ペコラ、あの人にもみくちゃにされてきなさい」
「フェリス?! そ、それはないのだ。あーしはこれから明日の仕込みがあるのだ。帰るのだ」
フェリスが無茶振りすると、ペコラは食堂の運営を持ち出して逃げ出した。
「あっ、待ちなさい!」
フェリスが止めようとするが、それよりも早くペコラは商業組合を立ち去ってしまった。羊なのに逃げ足が速かった。
「もう、ペコラの奴……」
両手を腰に当ててため息を吐くフェリスだったが、相変わらず後ろからなまめかしい視線が突きつけられていた。ブルムたちが必死にピックルを止めようとしているが、必死に抜け出そうともがいているのが見える。どれだけもふもふが好きなんだか……。
「かっかっかっかっ、これはもふらせてやらんとしつこいタイプじゃぞ。それに忘れたか? ここに戻ってくる最中にこやつが陣取った位置の事を」
「あー、あたしの真後ろだったわね」
「そういう事じゃ。諦めてもふられるがよいぞ」
にやつくドラコをジト目で睨みつけながら、フェリスは仕方なくピックルに近付いていく。
「しょうがないわね。ちょっとだけだからね。時間も遅いし、早く寝ないと明日に響くわ」
フェリスが両手を差し出すと、ピックルはぱあっと目を輝かせていた。大丈夫なのだろうか、このサポーター……。
ピックルがおそるおそるフェリスの手を取ると、
「はあああ……、幸せぇ……」
肉球を何度も触りながら、愉悦にあふれた声を出している。正直ドン引きレベルのとろけ具合である。
「このっ、肉球のっ、感触がっ、たまらないのよ!」
レイドとグルーンが頭を抱え、ブルムは他人のふりをし、フェリスは全身の毛を逆立たせている。そのくらいにピックルの状態が異常すぎるのだ。
この状態にフェリスは、ドラコにメルを連れて仮設の家に連れて行くように目配せと口パクをする。ドラコはそれを素直に感じ取ったらしく、メルを連れて商業組合から出て行った。
「さて、私も仕事があるから失礼するよ。フェリス、ごゆっくり」
ヘンネも部屋から出て行った。フェリスは心の中で「薄情者」と叫んでおいた。
この間もフェリスは両手の肉球をめちゃくちゃ触られていた。正直言ってくすぐったいらしく、フェリスは必死に我慢しているようだった。実に幸せで満足そうな顔をしているピックルに、ここでやめさせるのも可哀想と思ってしまったようだ。この後もしばらくフェリスは手の肉球をずっと触られていたのだった。
「はぁ~、満足満足。ありがたや~」
血色つやつやになったピックルは、実に満足そうに満面の笑みを浮かべていた。
「おい、いい加減に移動するぞ。今からだと宿に泊めさせてもらえるか分からないからな」
「えー、さっさと自分たちだけで行けばよかったじゃん」
「お前一人にさせたら、フェリスさんに迷惑が掛かるだろうが、このもふもふ狂いがっ!」
グルーンからげんこつが落ちる。
「いったー、マジサイテー……」
ピックルは涙目になってグルーンを睨んでいた。
「はあ、宿なら私が取っといたよ。新興の街だけど、なんとか部屋は空いていたわ。ただ、四人で一室だけどね」
「げー、そんなんありぃ?」
「うるさい、だったらお前一人だけ野宿すればいいだろ。ほら、さっさと行くぞ」
「フェリっち、サンキューだったな。また触らせてねー」
グルーンに引っ張られながら、ようやく冒険者四人組が部屋から出て行った。フェリスは全身べたべたに触られたために、あまりの気持ち悪さにその場にへたり込んでしまった。
「……二度と嫌よ」
誰も居なくなった部屋に、フェリスのボヤキが響き渡ったのだった。




