残念公爵令嬢にはなりたくないですわ
わたしは、前世の記憶を取り戻してこの幸せな異世界スローライフを守るために努力することを決意した。
なんとしても幸せな人生をまっとうするのよ!
わたしが決意をしたと同時に使用人のセリアがやってきた。
「メリアお嬢様、お嬢様宛にお手紙が届いております」
……わたし宛の手紙?
まだ社交界にデビューしていないのに誰からかしら。
『メリアちゃん、転生おめでとう。この手紙は他の人には読めないようになっているから安心してね。前世で獲得したスキル、「10倍」と「管理職」はそのまま引き継いでるよん♪ 異世界生活楽しんでね。 by女神様より』
手紙を読み終えると、ヒラヒラと天に登るように手紙が消えていった。
——女神様?
——スキル「10倍」は何となくわかるけど、「管理職」って何よ?
不吉な予感しかしないんだけど……。
管理職の適性があるだけで、異世界に来てまでまた中間管理職なんてないよね。ないよね?
——この世界にステータスという概念はあるのかしら?
「ステータスオープン!」
——何も出ないわね。でもどうやって自分の能力などを測るのかしら。
今度お父さまに聞いてみよう。
——そうだ、このリンゴを握りつぶせるか試してみよう。
5歳の握力なら絶対に潰せないよね。
「せーの」
ぐしゃ!
あ、リンゴを握りつぶしてしまった。
リンゴの果汁が飛び散ってお洋服が汚れてしまっている。
「何ごとですか? ……あらあら」
さすがに異音に気づいたのか、セリアがわたしの部屋に入ってきた。
わたしの姿を見て慌ててお着替えをすることになってしまった。
「セリア、ごめんなさい」
わたしは申し訳なさそうな顔で謝った。
「いえいえ、それよりメリアお嬢様は大丈夫ですか? 痛んだリンゴが混ざっていたんでしょうね」
まさかわたしがリンゴを握りつぶしたとは誰も思わないよね。
——そうそう、腐ったリンゴが悪いのよ。
そういうことにしておこう。おほほほ。
スキル「10倍」って、前世では10倍速で仕事をこなしていただけよ。
それがこちらの世界ではチートスキルになっていない?
あ、でも体の成長は10倍じゃないのよね。そうだったら10年後は巨人になっているわよ。
いや、早く年をとることはないよね?
「メリアお嬢様、これでお着替え終わりです。何かお召し上がりになりになるのでしたら私に申し付けくださいね」
「セリア、ありがとう。では、リンゴを剥いてくださいますか」
「はい、かしこまりました」
セリアは笑顔で返事をしてリンゴを剥き始めた。
セリアはお姉さんみたいでとても優しくて大好きだ。
わたしはセリアの手つきをにこやかな笑みで眺めていた。
「はい、剥き終わりました。どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう、セリア」
わたしはセリアが剥いてくれたリンゴを一口食べた。
「おいしい!」
わたしはセリアの顔を見てニコッと笑顔を見せた。
セリアは優しい笑顔で返してくれた。
「では、メリアお嬢様。別のお仕事がございますので、これで失礼いたしますね」
わたしがリンゴを食べ終わるのを見計らって、セリアは会釈をしてわたしの部屋から出ていった。
——さて、どうしましょう。読書でもしましょうか。
わたしは本棚から1冊の本を取り出して読むことにした。
——今は勇者とお姫様の恋物語に夢中なのよ。あの勇者様がお姫様と……うふふ。
妄想にふけながら本を読み進めていると、ふと違和感に気がついた。
——ちょっと待って、いつからこんなに字を読めるようになったの?
当たり前のように読んでいたけど、5歳児にしては識字率が高すぎるよね?
読むスピードも速いし、本の内容を理解するのも早いよね?
これまでのことを考えると、スキル「10倍」はゲーム的にいうとステータス10倍、成長速度10倍ということではないのだろうか……。
特に誰かに不利益をもたらすスキルではないから問題はないのでしょうけど。
自分の異世界スローライフを守るためには、ちゃんと活用していくべきよね。
「管理職」は……考えないことにしましょう。
考えることを放棄して続きの読書を楽しむことにした。
しばらくして、ふと窓の外を見るともう日がかげろうとしているのに気がついた。
——そろそろお父さまがご帰宅されるころだわ。
「メリア、ただいま! 今帰ったよ!」
そう思った瞬間にお父様の声が聞こえた。
——お父さまだ!
わたしは部屋を飛び出し、お父さまが待っている玄関口へ駆けていく。
——いくら前世の記憶が戻ったとはいえ、わたしの精神年齢は5歳なのよ!
「おぉ、メリア」
お父様は両腕を広げてわたしを待っている。
「お父さま、おかえりなさいませ」
わたしはお父さまの懐へ思いっきり飛び込んだ。
「ぐふっ!」
——しまった!
勢いよく飛び込みすぎたみたいで、お父様は相当のダメージを負ったようだ。
「お父さま、ごめんなさい。大丈夫?」
わたしはあざとく上目遣いで謝る。
——これは元24歳のわたしの知恵ですわ。
「メリア、大丈夫だよ。痛くないよ。ぜーんぜん痛くないよ。あははは」
お父さまが少し引き攣って笑っている。お父さま以外はみんな和やかな笑顔で見守っている。
——お父さま、痛かったでしょ。本当にごめんなさい。
手加減を覚えないと、わたしは残念公爵令嬢になっていきそうだわ……。