異世界ライフと目覚め
「お父さま、お父さま!」
わたしは無邪気な笑顔でお父さまのところへかけていき、そのままの勢いで懐へ飛び込んだ。
「おお、愛しの我が子よ。メリアは私たちの天使だ」
お父さまは笑顔でわたしを抱き上げ、くるくると回る。
「あはは、お父さま、だーいすき!」
お父さまのたかいたかいが大好きで、わたしはキャッキャと声を上げながら喜んだ。
お母さまは、木陰のテーブルに座りお茶を飲んでいて、微笑ましい笑顔でそんな様子を見守っている。
とても幸せで、笑顔が絶えない日々を送っていた。
わたしは、メリア・アルストール。ブルセージ・アルストール公爵の娘である。
子供はわたししかいなくて、両親からはとても大事にされている。いや、大事にされすぎている。
屋敷は公爵家とあって、広大な敷地の中に屋敷が建てられている。
わたしがいる庭には薔薇が咲いていて、外の様子が見えないほど広がっている。
一度、一人で庭を散歩してみたのだが、見事に迷子になって捜索隊が出された。
それ以来、わたしは二度と一人で庭へ立ち入らないようにしている。
5歳になったある日、わたしは高熱を出して寝込んだ。
……うぅ、あついよう、くるしいよう。
頭が熱い、気持ちが悪い。異物がわたしの頭の中に入ろうとしているようでぐにゃぐにゃする。
「メリア、大丈夫かい? 喉は乾いていないかい?」
お父さまは、わたしの手を握りながら心配そうな顔をしている。しかし、今のわたしには返事をする余裕などなかった。
「ブルセージ様、王宮へ行く時間でございます。あとは私どもにお任せくださいませ」
使用人がお父さまを王宮へ向かわせようと、声をかけてきた。
わたしにつきっきりで、王宮のお仕事が疎かになってしまっては困る。使用人たちを困らせないで、お父様にはお仕事に行ってほしい。
「おとう……さま……おしごと……がんばって……くだ……」
わたしは、お父さまを王宮へ行かせようと一生懸命声を絞り出をしてみた。
「メリア、無理をしないでおくれ。お仕事に行ってくるよ。心細いかもしれんがゆっくり休んでおくれ」
失敗だ。使用人たちが「さあさあ」とお父さまを誘導しようとするが、お父さまはなかなかその場を離れようとしない。困ったお父さまですわ。
……わたしが目を閉じれば行ってくれるかな?
わたしはそっと目を閉じて、お父さまの様子を伺う。
お父さまは、わたしが目を閉じたことで安心したのか、やっと使用人の言うことを聞いてわたしの部屋から出ていった。
本当、お父さまの過保護ぶりは凄まじい。
わたしのお父さまは王宮の執務官をしている。お父さまの執務能力はとても優秀で、重鎮たちからは『王国の中枢』と呼ばれている。
お父さまの存在無くして、この王国、サイネリア王国は成り立たないようだ。
「メリアお嬢様、タオルをお取り替えいたしますね」
わたしはあのまま寝入ってしまったみたいで、頭を冷やしていたタオルが温かくなっていた。
それに気づいた使用人のセリアが、タオルを交換してくれる。
「セリア、ありがとう」
「メリアお嬢様、お気になさらず。これが私の勤めでございますから」
セリアはそう言って、ニッコリと笑顔を見せる。
セリアはわたしの専属の使用人で、いつもお世話になっている。
隅々までよく気がつき、わたしがほしいものはいつも事前に用意してくれる、とても優秀な使用人なのだ。
「セリア、お水が欲しい」
「はい、ご用意しておりますよ」
わたしが声をかけたと同時に、セリアがわたしの口元に吸いのみを寄せてくれる。
わたしがお水を吸い込む必要はなく、口をつけるとすっと一口分の水が口の中に入ってきた。
「おいしい」
ただの水なのにとてもおいしい。何でだろう?
喉に水分が足されたので、呼吸が先ほどより楽になった気がする。
それで安心したのか、またわたしの瞼が重くなってきた。
「メリアお嬢様、タオルを冷やす水を換えてまいります。心細いかもしれませんが、失礼いたしますね」
セリアはそう言うと、水の入った盥を持って部屋を出ていった。
一人になるのは心細かったが、わたしは重たくなった瞼をそのまま閉じて、もう一度眠りについた。
もう落ち着いたと安心していたが、しばらくするとまた熱でうなされ始めた。
頭がさっきよりも強い力で締め付けられるように感じる。
……何かが入ってくる? これは何? 知識?
……わたしは上司や部下にいじめられて会社を追い出されて……。
……小説や漫画やアニメを見て異世界に行きたいなと思ったり……。
……それからわたしの命は……。
流れ込んできた記憶は、前世の記憶のようだ。
……ああ、思い出したわ。前世のわたしは小鳥遊雪美。元OLだったわ。
……わたしが望んだ異世界に転生できたのね!
前世の嫌な記憶がフラッシュバックされてきて、わたしの目から涙が溢れ出てきた。
消し去りたかった過去の記憶をまた見せられるなんて思わなかった。
「お、お嬢様、メリアお嬢様、大丈夫でございますか?」
気がつくと、セリアがわたしの名前を何度も呼んでいた。
前世の記憶が入ってきて今までの記憶がなくなってしまうかと心配になだったが、ちゃんとセリアの顔がわかったので、わたしはホッと胸を撫でおろした。
セリアは涙を流しながら、わたしをぎゅっと抱きしめてくる。
とても心配だったのか、セリアの心臓の音がどくどくと伝わってきた。
「メリアお嬢様、とても心配いたしましたわ。お目覚めになられて安心いたしました」
「セリア、ありがとう」
わたしも短い手でセリアの背中をぎゅっとしようとしたが届かなかった。
足りない分は気持ちで補うとしよう。
「心配かけました。いろいろ嬉しいことを思い出して……」
「そうでしたか。では、念の為お嬢様のお熱を測らせていただきますね」
「はい」
セリアは一度離れてから、わたしのおでこに右手を当てる。
最初は熱を測るために真剣な顔をしていたが、次第にセリアの顔が緩んできた。
「まあ、あんなに高かったお熱が下がっていますわ。メリアお嬢様、頑張られましたね。それでは早速、セルビア様にご報告してきますね」
セリアは嬉しそうにわたしの部屋を出ていった。
高熱の原因はおそらく前世の記憶がフラッシュバックしてきたのが原因だと思う。知恵熱みたいなものなのだろうか。
今の状態は5歳までの記憶と前世の記憶が混ざり合った感じだ。
記憶というより、情報やノウハウなどの知識が流れ込んだ感じのようで、前世での人間関係は親しい人以外の記憶はおぼろげになっている。
……これからは異世界スローライフを満喫するのよ。しかも、公爵令嬢で優雅な暮らしができるなんてまるで夢のようだわ。そして、素敵な男性に求婚されて……。
「メリア、熱が下がったと聞いたけど本当? 心配したわ」
お母さまがわたしの部屋に飛び込んできて、わたしをぎゅぅっと抱きしめてくれた。
お母さまの温もりを感じられて本当に幸せ。嬉しくてうっかり涙がポロリとこぼれてしまった。
「メリア、大丈夫?」
「ううん、大丈夫。お母さまにぎゅぅってしてもらって嬉しくて」
「メリアったら」
またお母さまにぎゅぅされてしまった。
セリアが、わたしとお母さまのやりとりを見て涙しているのが見えた。
……たくさんの温かい家族に囲まれて生きていられるのって本当に幸せだわ。ずっとこのままでいたいな……。
夕方になると、お父さまがもの凄い勢いでわたしの部屋に飛び込んできた。
「メリア、メリア! 心配したぞ。熱が下がってよかった、よかった」
お父さまが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらわたしに抱きついてきた。
「お父さま、ちょっといたい、いたいですぅ」
お父さまの髭がジョリジョリして痛い。そこに妙な液体が混ざっているのも嫌だ。
「旦那様、メリアは病み上がりなのですから、そのくらいにしてくださいませ」
お母さまがお父さまの暴走を止めてくれて助かった。
わたしは感謝の気持ちを込めてお母さまに目線を送ると「あらあら」と言いながら優しくぎゅぅと抱きしめてくれた。
……マシュマロのように柔らかいお母さまのぎゅぅが一番ですわ。
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