鏡写し(5月26日 塚本舞) ④
「……ねえ!」
図書室からでて、渡り廊下へゆく途中。トイレの前。
ひょいと、すぐ右肩から、高い声で。
ちょうどトイレから出たばかりか、片足を廊下に出して、ちょっと首をのばしたような姿勢で。
朝、追い抜いていった、赤い髪留めの少女だった。
「なあに」
どうしても、この子の名前が思い出せない。たしかに、知っているのに。
「ちょっと来てくれる?」
「なに!」
おもわず、声を高くしてしまう。いらいらしている。
「いいからさァ」
「なにって!」
右ひじを、なれなれしい手つきでくい、と引かれる。左手で、軽くふりはらうようにするが、強引に引っ張られる。
「ちょっと!」
「ねえ、……鏡、見た?」
「え?」
「かがみ!」
「何って……、」
誰だっただろうか。
どうしても、思い出せない。気にかかることが、多すぎる。
「ちょっと、待って」
プリントを、くしゃりと雑に四つ折りにして、スカートのポケットに突っ込む。ペンケースは握りこんだまま、ぐいぐい肘を引かれて、トイレの中へ。
洗面所の前、たしかに、ここに鏡が。
なんでもない、ふつうの。ふたりの顔が、ただ写っているだけ──
「よーく、見てよ。なにか、おかしくない?」
「なにが、」
言われて、ちょっと顔を近づけてみる。
自分の顔だ。
先生に怒られないぎりぎりの色に染めた茶髪、目の色はちょっと青みがかって。鼻はちょっと高めで、頬がこけている。
もっと、かわいらしい顔であったらいいのに。例えば、ひなたのような。
──ふと、鏡の中の眉が動いた気がした。