鏡写し(5月26日 塚本舞) ②
「ア、」
横断歩道のむこうに、栗山くん。手をふると、ちょっとこっちを見る。長身で、前髪が目にかかるくらい長いのに、先生に注意されているのを見たことがない。いつも堂々として、人を見下ろすように立っている。
青信号。
こっちに歩いてくる栗山くんを、待つ。急ぐでもなく、いつもの、ゆっくりした歩調で近づいてくる。「おはよう、」と、舞はわらってみせる。ちょっと強めに唇をまげて、かすかに前歯が見えるくらいに。
栗山くんは、何もいわずに歩いていく。無視されたようにも見える。けれど、ちょっと歩調が変わった。こっちに合わせてくれている。
そのまま、三人で歩く。こちらも栗山くんに合わせて、ちょっと急ぐ。他の生徒を、どんどん追い越していく。
栗山くんは、まっすぐ進む。そうすると、みんなが道を譲る。同級生も、下級生も、先輩さえ。
「ねえ栗山くん、」
ちょっと目線をあげて、栗山くんの顔をみる。まっすぐ前を向いた、きつめの目。やせた、線の細い顔。
整っているな、と思う。ほんとうに。
「英作文。できた? 明日まででしょ」
「今日だろ?」
え、とまぬけな声が口からでる。そうだっけ、と口からでかかって、こらえる。記憶をさぐる。そういえば。
「……手伝ってあげよっか?」
ひなたの、小さな、やさしい声。反射的に、「できてるよ、」と言って、それからすぐ後悔する。
英語は5時間目。まァ、なんとかなるだろう。
「──おはよう!」
とつぜん、後ろから大声。
ひょいひょい、とかろやかな足取りで、舞とおなじ制服をきた少女が、右側から大きく回るようにして追いついてくる。
赤い髪留めで、ふんわり跳ねたくせっ毛を押さえるように留めた、背の低い少女。同学年だろうか。いや、同じクラスだったかも。名前は思い出せない。
「ね、……けさ、鏡見た?」
やぶからぼうに、にやにやと笑いながら。
思わず、足を止めて睨みつける。それから、左手で顔をこする。何か、ついてるだろうか。それなら、ひなたが教えてくれてもよかったはずだが。
「うそ、うそ! 冗談!」
けたけたと、吊り眼ぎみのまぶたをきゅっと細めて、笑いながら早足に歩いていく。
栗山くんは足を止めない。舞は、怒るタイミングをうしなって、ボンヤリと立ち尽くすしかなかった。
三歩進んだところで、ひなたが足を止めて、心配そうにこちらを見ていた。