書き手と読み手(12月8日 中嶋 百花) ①
本は、百花の世界だった。
*
百花は、まっすぐに背筋をたてて、大股で廊下を歩いている。
ぶあつい、ハードカバーの本を、両手でかかげるように開いて。
表紙には、タイトルは書かれていない。ただ、金色の曲線で描かれた複雑な模様が、角度がかわるごとにきらめいて、まるで動いているように見える。
「……、塚本舞さんは、」
うたうように、声をあげる。
廊下のはしで窓枠に肘をかけていた、うっすら茶色がかった髪の、鼻の高い少女は、ちいさく眉をあげて、「なに?」とつぶやく。
「窓のあんまり近くにいたので、」
「……なに、言ってんの? 中嶋さん、」
「くるりとつむじ風に吹かれて、落ちて消えてしまいました。」
足をとめずに、すたすたと。
通り過ぎざま、そう言い捨てて。
眉をしかめて立ちつくしていた少女、──塚本舞は、……次の瞬間、コウ、と強い空気の圧力で持ち上げられて、鉄棒の後ろまわりをするように窓枠から、後頭部を下に、
ぐるりと、落ちた。
悲鳴。舞のではない。となりに立っていた、痩せた、背の高い少女の。
「……マイちゃん!」
その、悲鳴がおわらぬうちに。
からからから、とかわいた音がして、
舞のからだが、空中で、するするとほどけていった。
こまかな、黒い虫のようなものが、胸元からでて、ふわりと列をなして飛んでいく。同時に、少しずつ舞のきている服、いや服だけではなく、その内側も、だんだん存在感を失って、薄く、軽くなっていく。
地面に落ちきる前に、舞は、すっかりほどけて、消えてしまった。
黒い、細かいものが、ずるずるとなめらかに線を描いて、廊下へ戻っていく。
それは、文字であった。
活字、のようだ。明朝体の、こまかなこまかな文字のむれが、列をなして、窓から廊下へ、そして百花のもつ本の、開いたページのうえに飛び込んでいく。
百花は、歩みを止めない。




