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鏡写し(5月26日 塚本舞) ①
「あれ」
歯医者が、すっとんきょうな声をあげた。
「これ…、」
となりの歯科衛生士に、カルテを見せて、なにごとかささやく。
──これ、逆写し。
そんなはずは、と首をかしげて。そのまま、ひそひそと長話。とりちがえ、という単語。診察台に寝かされたままの舞を、不安なまま放置して。
それから、ぼそぼそと、曖昧な説明。どうも、記録がまちがっていたみたいで。とにかく、虫歯はあるみたいなので…、
親が付き添っていれば一言あったかもしれないが、今日はひとり。ともかく、はい、と頷いて口を開けておくしかなかった。
「そんなことがね、」
と、通学路をあるきながら、こぼす。
「そお」
隣をあるいている岡野ひなたが、きれいな、軽い声で相槌。にこにこと微笑みながら。細い、人形のような手足と顔をして、張り付いたような、いつもの、型どおりの笑いかた。
「気にしないで、いいよ」
いわれて、「そうね」と気をとりなおす。
「どうもね、」
「どうも」
おうむ返しに。まっすぐ、こちらの目を見ないで。
ひなたは、いつもそう。