ウルフ(5月16日 藤井大悟) ②
おもわず、びくりと身を震わせて、ロッカーに手をつく。気のせい。目の錯覚。そう、おもう。自分の影を見る。細長く、伸びている。満月の光に照らされて。後ずさる。背中が、ロッカーにあたる。
「ねえ、なんか……」
影が、ぐにゃりと伸びて、どんどんかたちを変えていく。とがった口。耳。尻尾。四つ足──、
やっぱり、犬に見える。いや、……狼?
それが、ゆっくりと、歩きだした。こちらへ。
藤井くんの座っている椅子から、糸が伸びるようにつながって、もう毛が見えるほどはっきりと形をとった影の狼が、威嚇するように口をあけて。
かすかな、獣臭。いや、どんどん強くなって。荒い、唸り声が──、
……からりと、教室のドアが開いた。
「ねえ、暗いよ。電気つけたら?」
ぱちん。蛍光灯がついて、明るくなる。影が消える。すたすたと、無遠慮な足どりで、サブバッグをかついだ女の子が入ってくる。
「アヤち、帰ろ!……大悟くん、日誌よろしくね」
廊下に連れ出されてから、気づく。この子、なんて名前だっけ。赤い髪留めに赤いスニーカー、やせぎみの、小柄な。たしかに知っているのだが。
「ねえ、……さっき、影が」
そう、言うと、女の子はちょっとおどけて、猫のように両手をまげて、
がお、と鳴いた。
(ウルフ 了)