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へんな子たち  作者: 楠羽毛
人魚族
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人魚族(9月8日 伊藤明日香) ⑩

「ア……ァ、」

 水面下で、大きく、その生き物の体がうねるのが見えた。とぐろをまくように体をおりまげて、プール全体に大きくひろがって。

 明日香あすかは、へそより下をすっぽりと魚の口のなかに入れて、上半身を大きく乗り出すようにして、こちらを見ている。

 両手を、こちらに向けて。

(……人魚、)

 そんな言葉が浮かぶ。あまりにも場違いな。

 裸の腹に、魚の小さな歯が喰いこんで、血がにじんでいるのが見えた。

「……だいじょうぶ。」

 明日香あすかは、はねるような高い声で、……しずかに言った。

「こわくないよ。……いっしょに泳がない?」

 その言葉が聞こえたように、……魚は、ぐいと体を動かして、明日香あすかをプールサイドに突き出すようにした。すぐ間近に、明日香あすかの大きな目が。

 白い肌が。

 ぬるりと濡れた髪が。

 塩素と、なまぐさい魚のにおいと、それから……

「たのしい、よ」

 ぴとりと、明日香あすかの濡れた指が、りょうの右手にふれた。


 そうして、


 りょうは、なにも考えられなくなった。



「……ねえねえ、聞いた?」

 ぐい、と肘をおして、うわさをする。何しろビッグニュースだ。

「水泳部、活動中止だって」

 いいながら、未希はちょっと眉をしかめる。いきおいで話しかけたが、この子、なんという名前だっただろうか。たしかに、同じクラスにいたはずだが。

「……どうして?」

 赤い髪留かみどめをした少女は、ちょっと低い声で聞き返してくる。ほんとうに誰だっただろう。喋ったことだって多分何回もあるはずだが。

「なんかね、よくわかんないけど。……いま、警察が来たみたい」

「なあにそれ」

 少女は、きょとんと目を丸くして、ちいさく笑った。……それから、ため息。


 廊下の窓から、遠くに見えるプールの、うっすら紅く染まった水面を眺めながら。


(人魚族 了)


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