人魚族(9月8日 伊藤明日香) ⑨
「……めだかか、何か?」
「そんなんじゃない」
ちゃぽんと指をひらいて、水をまたプールにおとす。やっぱり、何もない。
「なんか、こう、細長くて。それでね、手をだしたら、スウっとのぼって来て」
「手を、のぼって?」
「そう。それでね、どっかに行っちゃった」
「……それ、魚じゃないんじゃないの」
「わかんない。それでね……、」
また、音。
風が、水面を揺らしたのか。それにしては、大きいような。
「プールで泳いでたら、出てきたの。」
「……なに、が?」
「だから、魚」
「そんなの……、」
「昼間はこう、透き通って、だれにも、見えないみたいなんだけど。大きくてさ……一緒に泳ぐと、気持ちよくて」
「それ、」
本当に魚なの、ともう一度、口を開こうとして、ふと気づく。
ふるえる手で、懐中電灯のスイッチを入れると、……揺れている。
水面が、ではない。明日香の体が。
左右ではなく、上下に。
足が、プールの底についているはずなのに。まさか、ずっと立ち泳ぎを。
いや……、
「ほら、」
明日香の声は、ざぱんと大きな水音にかき消されて。
亮は、顔にかかった水しぶきに思わず懐中電灯をとりおとして、それから叫びだそうとするのをぐっとこらえて、ずれた眼鏡を直し、あかりを向けなおした。
上へ。
水面から、ぐっとかま首をもたげるように、大きな、……巨大な、蛇のようなシルエットをした生き物が。
蛇、いや、うなぎのような、ぬるぬるして、小さなひれが、えらの後ろに。
それが、
明日香の下半身を、まるごとくわえて、大きくもちあげている。




