人魚族(9月8日 伊藤明日香) ⑧
「……プールに、そんなの、いると思う?」
「さァ、」
亮はボンヤリとそう答えて、それから、あわてて首を振った。
「……いないよ、わかってるよ、崇がさ……、」
「神社にさ」
「え、」
「いたの、」
「なにが。……魚が?」
「うーん、」
明日香は、目をそらしてぐるりと首をまわした。髪がぱちゃんと跳ねて、水滴がとんでくる。
「ナナちゃんがねえ、本屋にいくって言うから。」
「え?」
ナナちゃん。ちょっと考える。たしか4組にいる、明日香のふたごの妹が、そんな名前だったような気がする。そっくりの、ふたり並ぶとまるで、そろいの人形のような。
「私も、家にいるよりどっか出かけようと思って。……神社にさ」
「神社?」
「まえから、行ってみようと思ってたの。……ほら、駅のとこの……、」
「駅って、」
ここのもより駅には、神社などない。いや、あっただろうか? 駅裏の、小さな林のあたりに、もしかしたら。
「ほら、あやのやの隣の!」
「あぁ、」
もより駅の話ではなかった。となり町だ。ちょうど、ふた駅むこうの。たしかに、あのあたりには、大きな神社があった……ような気がする。
「前に一度いったんだけど、ご朱印はもらってなかったから」
「それで、……」
「……神社の境内に、こう、のぼってく道の途中にさ、……流れてたの」
「流れて?」
「水、が。」
ぽちゃんと、プールの水がはねた。その音におされるように、二人はしばらく黙りこんだ。30秒ほどか。それから、また静かな水面を乱すように、明日香が喋りはじめる。
「……小川っていうか、ちょっと雨がふって水が流れたみたいな……そこに、いたの」
「なにが」
「魚、が。」
すっと、明日香はプールから右手をだして、水をすくいとるようにすっと差し出した。亮はおもわずその手に顔をちかづけてじっと見たが、何もなかった。ただ、白い手に、ほんの少しの水があるだけ。
「……このくらいの、小さな、魚。ヘンな形の……」




