ウルフ(5月16日 藤井大悟) ①
だんだん、暗くなってくる。
綾音は、クラスメイトの藤井大悟とふたりで、教室に居残っていた。
日直日誌を書いていたはずが、いつのまにか脱線して。こっそり鞄に入れていたスマートフォンで動画サイトを見ながら、いつもより高い声で笑って。
遅れていくつもりだった部活も、もう終わってしまった。すっかり日は暮れて、──いや、すっかりというにはまだ早い。かろうじて一番星が出たくらいか。それでも、夜は夜。
職員室には、まだ人がいるはずだ。日誌を届けなければいけない。そう思いながら、30分。──と、思っているうちに、さらに一時間。
時計の針が、やけに速い。
部活、日直日誌、スマートフォンの通信量。いろんなことを頭の隅におしこめて、距離感をはかる。近すぎないだろうか。それに、つまらないと思われていないか。動画とわたし、どっちに藤井くんの視線が。
「……ねえ、これも!」
関連動画のリンクを、ぐいと人差し指でタップする。ほんの少し、距離を詰める。藤井くんの顔が、ちょっと動く。胸元に一瞬、目がいったような。
自意識過剰だろうか。
「なになに、」と覗き込んでくる藤井くんのこめかみが、綾音の耳にふれる。
思わず、ごめん、と言いかけて口ごもる。あいては気にしていない。まるで気がつかぬふうで、綾音の右手、スマートフォンの画面をのぞきこんでいる。
ふと、匂いが気になる。汗の。それから、シャンプーの。いや、柔軟剤か。
きゅうに気恥ずかしくなって、体を硬くする。
動画がおわる。綾音は反射的に手をひっこめて、スカートのポケットにスマートフォンをすべりこませた。
普段、学校では鞄の奥に入れているのだが、なんとなく、そうした。
立ち上がる。
「もう、帰ろっか」
小さくそういって、背を向ける。藤井くんがどんな顔をしているのか、見えない。いや、見るのがこわい。とにかく、教室のうしろにあるロッカーに歩みよる。
鞄をとる。ごめんね、と言いかけて、謝るのも変かなとやめる。
いつの間にか、満月が出ていた。
そうだ、日誌を。
振り向くと、何かがおかしい。
藤井くんは、目を伏せている。椅子に、ぼんやりと座って、力なくうなだれたように。
窓から、月の光が、長いかげをつくるように差し込んでいる。
……影!
かたちがおかしい。藤井くんの、影。へんにちいさくて、ちょっと丸まったような姿勢から、首をもたげて。ゆっくりと、立ち上がる。四つ足の──、
犬、みたいな。