ウルフ2(8月12日 藤井大悟) ②
獣臭が、足元から、そっと探るようにひざをつたって、股のあいだをぬけてのぼって来る。胴から、首筋、耳のうしろを探って──、
やめて、と叫ぼうとする。喉がからからで声が出ない。
右手に、なにかが触れた。ざらざらした動くもの。一瞬後に、舌だと気づく。それから、硬いもの。歯。きゅっと強い力をこめて、手の甲に、なにかの牙が。
ぎりぎりと、ちぢこまった喉のおくで悲鳴が暴れまわる。声がでない。
牙が──、
「どうしたの?」
ちいさな声。いや、遠くの声。はっとして見回す。何もない。遠くの交差点にいた少年は、いつのまにか現れた、もうひとりの子供と立ち話。ほかには、なにも無い。犬も、虫も。
影さえ。
*
紅い、少し派手めのヘアクリップ。
毛量がおおい、ふんわり撥ねるような髪をぐいっと留めて、髪留めと同じ色のスニーカーを履いている。ワンポイントの入った靴下の上に、ハイウエストのハーフパンツ。Tシャツの袖からすらりと伸びた腕で、少年の頭をつんと突いて。
「何これ! 暑いでしょう」
夜闇にひびくような声。少年はびくんと震えて、しばらくためらってから、そっとフードをおろす。
細おもての、肌の白い少年である。
「汗べっとり。何してんの」
きれいに頭皮に張り付いた髪に、少女が手をのばす。少年はいやそうに右手ではらいのけて、にらむように目を細めた。
「パーカー、脱いだら?」
「うん、……」
眉をしかめて、緩慢な動作でチャックをおろす。青いパーカーを脱ぐと、むわっと汗のにおいが漂ってくる。
少女は、西の住宅街に目をやって、──女が、走って去っていくのを見た。
「あの、……」
「なあに? 大悟くん」
少年、藤井大悟は、……小さく、うつむいて、
「すこし、……話したいんだけど。」
と、言った。




