ウルフ2(8月12日 藤井大悟) ①
満月が、雲のあいだからのっそりと這い出してくる。
その真下。住宅街の4メートル道路を、夏用の、ストレートパンツのスーツを着た女が、こつこつと高い音をたてて歩いている。
街灯から街灯へ、飛び石をふむように大股で。
月が、まっすぐに降りて街灯のあいだを照らしている。うすい影が、いくつも女のまわりを囲んで、さやさやと揺れる。
前の街灯の影。
背中側の街灯の影。
月光。
街灯の真下に達すると、後ろの街灯の光は届かなくなる。2つに減った影が、少しすると、また3つにふえる。時計の針のように、くるくると角度をかえながら、女を守るようにとり囲む。
──ふと、うしろの影に、なにかが触れた気がした。
ふりむく。誰もいない。
いや、ずっと前に通りすぎた小さな交差点の右脇に、子供がひとり。遠くてよく見えないが、男の子のようだ。
中学生くらいか。この蒸し暑いのに長袖の上着にフードをかぶって、両手をポケットに突っ込んでいる。
他に、ひとの気配はない。
気のせいだろう。歩きなれた道とはいえ、夜だ。すこし、過敏になっているのかもしれない。
もっとも、今夜はみょうに明るい。月光にそって歩けば、怖くはない。
ふと、生臭いにおいが鼻につく。
獣臭。実家で飼っていた犬の匂いに似ていた。一瞬、懐かしさを感じて、すぐに妙だと気づく。散歩の途中で、手首に鼻をこすりつけてきたときの匂い。濡れ落ちた落ち葉のような。
あまりに、近い。
もう一度、あたりを見回す。犬はおろか、虫一匹見当たらない。人も、車も。
いや、さきほどの交差点には、少年がまだ立っている。伏し目がちにこちらを見ているようだ。が、遠い。犬を連れているようでもない。
こわくなって、立ち止まる。自宅のアパートまで、あと10分。走りだしたくなるのをこらえて、匂いのもとをさぐる。気のせいかもしれない。けれども、あまりに近い。




