異世界から来た少女(8月2日 下田桃花) ⑤
じゅ、じゅ、とフライパンに水を落としたような音と、機械油に汚水をまぜたようなつんとした匂いが、足元からわきあがって来る。
獣臭、ともちがう。
「あれえ、」
一瞬、ふたりは顔を見合わせて、それから、女の子は軽いしぐさで膝を折って、藪のなかを覗きこんだ。
「猫、かな?」
「どいて!」
思わず、さけぶ。手をのばそうとしていた女の子を蹴りとばすようにして、桃花が前にでる。両手で力をこめて、剣先を藪につきいれる。手ごたえはない。いや、
絡みつくような力が、ぬるりと剣先を包んでいる。
剣を抜く。すると、
──赤黒い、粘液質の、大きな血のかたまりのようなものが、藪から跳ね上がってきた!
ぎゃ、と、しゃがんでいた女の子の喉から悲鳴がもれる。粘液は、桃花の肩のあたりまで跳ねて、空中で大きく変形して広がった。ゆっくり回転しながら、頭をつつみこむようにふわりと飛んでくる。
小さく地面を蹴って、下がりながら、逆手でにぎり直した剣を、思いきり振り抜く。
遊歩道の端にかかとが触れて、姿勢を崩しそうになる。こらえて、剣を戻す。
まっぷたつに別れて、地面に落ちた粘液は、すぐ動かなくなって……、じんわりと染み込んで、消えた。あとかたもなく。
「……なに、あれ」
ぼそりと、女の子がつぶやく。桃花がこたえる。
「スライム、とか?」
「とか、って」
「ああいうのが、いるから。」
宝剣を、杖のようにかるく地面につきたてて、リュックを背負いなおす。
「……一緒に、来る? よかったら」
「どこに?」
「山頂!」
それだけ言って、答えは待たずに、
桃花は、また歩きだした。




