台風の魔女(7月10日 吉田美緒) ①
「──暴風警報が出たってサ」
とんとんとん、と階段をあがる。母の声が追いかけてくる。はぁいと生返事。あしたは休みになるだろうか。それとも、夜のうちにいってしまうか。
9時のニュースでは、台風は、まだ太平洋上だったはずだ。直撃コースとはいえ、もう警報が出るなんて。雨戸をしめているので、外の音は聞こえない。自室に入って、ベッドのわきに腰かける。かるく、伸びをする。
10時。まだ、寝るにはすこし早い。
宿題はとっくに済んでいる。勉強机にすわって、ちょっと教科書をひらく。すぐ、閉じる。日曜の夜に予習なんか、がらでもない。
ふと、古い落書きノートが目にとまる。ぱらぱらと開く。なんとなく恥ずかしくなって、閉じておく。
壁に耳をつける。弟は、もう寝たようだ。
そっと、少しだけ雨戸をずらす。
すぐに、風の音が入りこんでくる。風圧がカーテンを吹き飛ばして、ばさりと顔にかかる。空は曇っていて、月も星もない。街灯のあかりが、舞い上がるつむじ風をうっすらと照らし出している。
もう少し、開く。
顔を出す。動くものはなにも見えない。ただ、雨が降り出す前の独特の臭いが、街じゅうをおしつつんでいるのがわかる。
ぶわりと、また突風。
前髪が巻き上げられて、大きく跳ねる。ぴん、と音がして、なにかがはじけとぶ。髪がぶわりと広がる。ヘアゴムがちぎれたらしい。触ってもいないのに。
ぱちぱちと、静電気が走る。
──ねえ、と誰かの声がきこえた気がした。




