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穴(5月27日 真鍋孝則) ③
「……水が、さ」
「え」
「溜まってる。ほら。」
足元。
穴のなか。強くなってきた雨が、少しずつ入り込んできている。
指先の、第一関節くらい。
「……このままじゃ、ほんとうに。……あぶないよ」
「え、」
すこし、声のトーンが変わった。
ぴちゃり、と水が跳ねる音がする。体はもう、ずぶぬれだ。風邪をひくかもしれない。いまさら、とは思う。
水位があがっている。
壁面を見る。水は落ちているが、滝のような、というほどではない。雨は強いが、急に激しくなったわけではない。
いつのまにか、座っている孝則の腰まで、どっぷりと水に浸かっていた。
いくらなんでも、早すぎる。
もういちど、顔をあげる。暗い。雲と、広げてさしかけた傘で、少女の表情は、よく見えない。
「ねえ、……あがってきなよ。手伝ってあげるから。」
雨音にさえぎられて、くぐもった声。
*
きもちわるいよ、というのが、……母親の口ぐせ。
いつも小さくわらって、ぎゅっと目を細めて、吐き捨てるように低い声で。
何度も、何度も聞いた言葉で、べつに、どうということもない。
ただ──、




