穴(5月27日 真鍋孝則) ②
たいした理由があったわけではない。
ただ、
ちょっとした一言と、それから、……たまたま、そこにスコップがあって。
……土が、とても、柔らかかったから。
*
雨が降ってきた。
ボツボツと、肩に水滴があたる。靴底と、制服の尻が、じんわり濡れていく。カッターシャツはもうべとべとに湿って、肌着といっしょに背中に貼りついている。
頭はまだぼんやりとして、何も考えられなかった。
──眠いような、だるいような。
落ちつく。……蝉になったようだ。
かすかな……、足音。
身じろぎする。まったく、……放っておいてくれないものか。
「……ね、雨、降ってきたよ!」
声。見上げることはせず、下をむいたまま。
誰だかは、判っている。……名前は、思い出せないが。
「めっちゃ降るらしいよ、今日。風もすごいし」
傘が、さしかけられる。赤地に、黒のチェックが入った、ちいさな傘。
「……べつに、」
「水、たまるよ。とりあえず、穴から出たら?」
「……べつ、に。」
ため息が降ってくる。
「その、……ため息。」
「なに?」
「いや、……べつに。」
「ふーん」
言いたくなかった。
ため息が、……自分の母親に似ていて嫌だった、だなんて。
「……傘、いる?」
「いらない。」
「雨、ひどくなってきたよ」
「うん。」
「……そういうの、あぶないよ」
「え?」
「あぶない。……ね」
ふと、孝則は顔をあげて、少女と目をあわせた。
それから、少し吐き気をおぼえて、また目を伏せる。




