穴(5月27日 真鍋孝則) ①
「ねえ、」
やせた、小柄なクラスメイトが、穴の中を覗き込んでくる。
釣り目ぎみの細い目、くせっ毛をむりやり押さえるように赤いヘアクリップで留めて、きれいな爪をした手を穴のふちにかけて、心配そうに、見下ろして。
「……何してんの?」
と、ちょっと跳ねたような、それでもしずかな声で。
「べつ、に。」
ただ、そう答える。説明するのも面倒だった。
「なあにが、べつに。」
少女は、目をまん丸くして、ぎゅっとこちらを睨む。誰だっただろうか。たしかに、見覚えがあるのだが。
頭がボンヤリしている。
「いいけど。……あぶないよ。」
「……いいだろ、べつに。」
ぶっきらぼうに、言い返す。
孝則は、穴の中に、膝をかかえて座っている。
北校舎の裏の奥、ちょっとした林のようになった小山。穴のそばには大きな楠。根本に小さな看板、かすかに黒い文字が残るが、ほとんど読めない。
その脇に、積み上げられた土の山。
孝則が、自分で掘った穴だ。誰かが置きっぱなしにしたものか、柄がぼろぼろになった農業用のスコップで、40分かけて。
どうしてかは、自分でもよくわからない。
「雨、降るよ?」
空は曇っている。いまにも、大粒の雨が落ちてきそうだ。
「いいよ……べつに!」
叫び返しながら、女の子の名前を思い出そうとする。たしか、同じクラスなのだが、どうしても名前がわからない。
とにかく、少女は制服のスカートの裾を右手でおさえ、左手で穴のはしに手をかけて、ぎゅっと眉をひそめている。
土のかけらが、ぼろぼろと落ちて来る。孝則はかるく首を振って、額の砂くずを払いおとした。穴は、体育座りをしてもぎりぎりの大きさしかない。壁がくずれたら、すぐ埋まってしまいそうだ。
「登れないんなら、手、貸すよお」
かがんで、右手をさしのべてくる。もっとも、そんなに深い穴ではない。孝則が立ち上がって手をかければ、なんなく登れるだろう。
「いいって言ってるだろ」
少女はちょっと首をかしげて、……それから、立ちあがった。
「……じゃ、あたし帰るけど」
「うん、」
そうして、孝則は、……また、一人になった。




