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鏡写し(5月26日 塚本舞) ⑥
予鈴が鳴る──、
「ねえ、」
振り返る。いやな匂いのする汗で、顔がべとべとする。脇汗も。
ペンケースを握りしめた左拳が、開けない。
「……うっかり、割っちゃったみたい」
ぎりりと、歯を噛み締めながら、いう。いいながら、長く細い息をつく。肺の奥から。
「センセイに、言っといてくれない? ごめんねえ」
「いいよぉ。片付けとく」
少女は、にこにこと笑って、うなずいた。
「けが、ない? なんか、ごめんね」
「だいじょうぶ」
「あたしが、割ったことにしとくからさあ。……授業、いきなよ。ね」
「ありがと」
まだ、指が開かない。
ぎりりと、もう一度、歯をかみしめて──、
舞は、トイレを出ていった。
*
それから、少女が、床から一番大きな破片をひろって、
「ごめんね。……いやあ、無理だったわ」
そう、つぶやくと、
鏡の破片から、ぽたりと、涙のしずくが落ちた。
(鏡写し 了)




