鏡写し(5月26日 塚本舞) ⑤
「……ねえ、」
少女が、ひくい声でつぶやくのが聞こえる。
「鏡の中から、毎日毎日、こっちの世界の自分とおなじ動きをして、おなじ顔をして。……そういうのって、どんな気分、なのかな?」
「なにを……、」
つぶやきかけて、気づく。
鏡のなかの自分は、口が動いていない。
ア、と声が出る。たしかに、口を開いているのに、鏡のなかの自分は、ぴったり唇を閉じている。喉も、動いていない。
ただ、ぎゅっと眉を寄せて、こちらをじっと睨みつけている。
「あんた……、」
抗議しようとする。かたわらにいる少女に言っているのか、鏡の中の自分に言っているのか、わからなくなる。
「ちょっと、頼まれちゃってさぁ。やっぱり……、もとに、戻すべきかなって。……知らんけど。まぁ……」
「なにが!」
「だから、さ。鏡の中に……」
少女が言いよどむ。なにを言おうとしているのか、考えているあいだに、鏡のなかの自分が、──
手を、のばしてくる。
鏡面に、……右手を。
次の瞬間、体が勝手に動いていた。頭がかぁっとなって、一瞬、視界が真っ暗になる。ただ、左手にぎゅっと握りしめたペンケースを、思い切りふりあげて、叩きつける。
ぎん、といやあな音。
ペンケースをとおして、人間の手のやわらかい感触が一瞬だけ、伝わってくる。音は、たしかにガラスの音なのに。
ひび。ペンケースのなかに、はさみが入っていた。それを思い出す前に、もう一度、手が勝手に動いている。叩きつける。二度、三度。
ばらばらに、割れる。がらすのくずが、洗面台に落ちる。ひどい音がした。外に、聞こえていないだろうか。そんな心配をするが、あたりはしいんと静まりかえっている。




