赤い糸(4月21日 山崎乃愛) ①
他人の左手の薬指に、赤い糸が見える。あざやかな鮮紅。血をひきずりだしたような、長い長い長い糸。
近づくと、かすかに繊維がくすんで見える。毛糸より細く、家庭科で使うミシン糸よりは少し太い。
乃愛の知るかぎり、誰にでも、糸はくっついていた。玉結びでくくりつけてあるように見えるが、絶対にはずれない。動けば、それだけ伸びて、いつも少したわんでいる。からまったようでも、いつのまにかほどけている。
ボンヤリしていて、ちょっとピントをはずすと、視界から消える。たどっていくには、じっと見つめて、慎重に進まなければならない。触れることはできず、ただ見えるだけだ。もちろん、切ることもできない。
男の糸は女、女の糸は男につながっている。たいていは。
たとえば、幼なじみの西原真優と、乃愛の兄。
ふたりの糸がつながっているのは、知っていた。だから、手をつないで歩いているところを見ても、それほど気にはしなかった。
ほんの少し、いやだな、と思っただけだ。
小学校四年生のとき。通学班の班長だった木下映美と、恋愛の話になった。別れぎわにふと気になって、糸をたどることにした。
遊んでくる、と言いおいてランドセルを玄関に。歩いてゆく映美の後ろから、糸のありかをたしかめて、そのまま一人で夕方まで。海岸ぞいの道をずっと歩いて、ようやく、つながっている相手をみつけた。
犬の散歩をしている、背の高い少年。すれちがいざま、ぺこりと会釈。映美よりも、少し年上のようだった。中学生かもしれない。
次の日、水を向けてみたが、映美はきょとんとするばかり。
知り合いではないらしかった。少なくとも、いまは。
乃愛の初恋は、そのしばらく後だった。同じクラスの、気の強い男子。
放課後、校舎の中庭につれだして、告白した。あいてが口をひらいた瞬間、おもわず薬指を凝視した。
糸は、ぴいんと張って、きれいに伸びていた。乃愛がいるのと、反対の方向に。
……もちろん、うまくいかなかった。