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たくき君  作者: 城之内公園のパンダ
3/4

たくきの影

心霊体験は夜中の2時が通説だが、本当に邪悪な幽霊は早朝に現れるらしい。


人間と言う器が無い霊体は現世を彷徨い。

自分の話をしてくれる人を求める。


それが邪悪であればあるほど現世を彷徨い。

赤いワンピースと言った強い波長の色となるのだ。


朝。

5時に起床し、大輔のオニギリを作る。

幼稚園バスが到着するのは7時30分だ。

それまでに睡眠が深い潤を叩き起こして朝食を済ませ、日焼け止めクリームを入念に塗り、洗濯物を干さなければならない。

潤が目を覚まし、ドタバタと駆け出す。


世奈は朝の情報番組を観るついでに、昨日ぶつかってきた初老の男性を

『ぶつかってきた小汚い底辺ジジイ マジでムカつく』と言うタイトルでSNSにアップした。 


謎の存在”たくき君”もそうだが、何より自転車でぶつかってきた挙句、暴言を吐かれるのが世奈にとって許せなかった。

テレビでは全く興味のない野球選手が海外で快挙を出し、ヨン!と鳴く芝犬がいるとバズっているらしい。

その吐き気のするようなホッこりエピソードがリビングで垂れ流される中、世奈は初老の男性を『小汚い底辺ジジイ』『ろう害』と言う浮きをつけて、インターネットという大海原に投げ落とした。



「ふざけんな…クソジジイ」

思い出しただけでも腹が立つ。


投げ落とされた初老の男性はプカリと浮き、(タグ)を貼られたまま間抜けな顔を晒した。

しすがに数分では誰も反応せず、世奈は賛同してくれる味方が欲しくて何度もページを更新してやきもきした。


「ああ、こんな時間・・!ごはん食べたーー!?」

「ちょっと・・おしっこーー!!」


「えーーー!おしっこ、さっきしたんじゃないの??」

「おーきいほう!!」


「おーきいほう!?!?」

世奈は洗濯物もそのままに、潤の背中を押してトイレに行かせる。

潤はトイレには間に合うようにはなったが、不思議と大きい方は1人では行けないのだ。


「おばけ怖いの??」

「ちょっと」


「だったら、私の方が怖いよ」

潤はお丸にちょこんと座ると用を足す。

そして不思議そうに世奈を見た。


「もう・・」

特に潤から“たくき君”を詮索する事はやめておくことにした。

たくきの事を聞けば聞くほど潤は口を閉ざし、言うことを聞かなくなってしまうからだ。

とにかく今は先生と協力して、たくき君との縁をやんわりと断ち切る事が先決だ・・。

世奈はそう胸に決めると、ふと時刻を見た。


『7時15分』

「うわーー!!ヤバいじゃん!!!!」

世奈はあたふたし、トイレのドアを閉めた!


「潤!!うんち終わったら制服着て!!」

「はーーい!!」


「ヤバいヤバい・・!!あれ!?スマホは!?!?」

ここで世奈はスマホが無いことに気がつく。


「あれ!?!?どうしたっけ!?潤、ママのスマホで遊んでないよね!?!?」

「あそんでなーい」


「どうしたっけ!?どうしたっけ!?」

放置されて濡れた洗濯物。

朝の情報番組。

番組は『目覚めの良い人』の特集が始まっており、バスが来る事が近いことを暗示していた。


「やばいやばい!本当に見つからない!!」

世奈は滅多に鳴らない固定電話で、スマホの番号をプッシュした。


着信音が箪笥の横で鳴る。


「あ!!見つかったよ潤!!!」

こんな所に置いたのかと安心し、スマホを取った。

掴んだ表紙に作動したのか、スマホが通話状態になってカウントが始まっている。




───────アー ───────



そのスマホの先に確かに声が聴こえる。

テレビは消え。

朝とは思えぬ重苦しい空気が満たす。

世奈はスマホを耳に当てると、声の正体を探ろうとした。

万が一、それが人間の声という事は家に誰か居ると言うことになる。


それが“たくき君”だったら・・・。

最悪な事態を想像し、ズンと絶望が襲った。


「もしもし・・??」



────……──────


それは水道管を水と空気が通るような音だった。


「…たくき君??」


ピンポーン!!


チャイムが鳴って我にかえる。

「あいり先生!!!」

ハッと息をして潤が玄関へ走って聞くのが見える。

掃き出し窓から外を見ると、幼稚園バスが来ていた。

テレビは天気予報を終え地方の特産品を紹介していた。


「潤君ママさん!おはようございますー!!」

「おはようございます!!」


玄関を開けると、ひまわりのように輝く笑顔の教員がいた。


「あれからお変わりはありませんか??」

教員は眉をひそめると世奈に聞く。

その横を潤がバスに駆け乗る。


「え、ええ。大丈夫です。それより先生」

「はい」


「もしも潤が”たくき君”の話をしたり、1人でいたら…わかりますね?お願いします」

「わかりました」


教員は世奈の切羽詰まった表情に、キツネに摘まれたような顔をしながら頷いた。

教員にとって、たくきは異齢児か空想の産物だと思っているのだろう。

その嫌でも人権を尊重する優しさに腹が立ち、その例えようのない気味の悪さに腹が立った。


「おはようございまーす!」

加奈子が挨拶をして娘を送り出す。


朋恵は子どもから熱を貰ってお休みするらしい。


「今、ヘルパンギーナが子供達で流行ってるらしいの。潤君ママも気を付けてね??」

「分かったわ」


世奈の素っ気ない対応に加奈子が覗き込む。

「どうしたの??悩み事??」

「うん」

見ると幼稚園バスは走り去り、閑静な住宅街に戻りつつあった。

「ちょっとここでは話しづらいからファミレス行かない??」

「いいよ。じゃあ家事を終えてから集合しましょ」


世奈は先ほどの電話で怖くなり、なるべくテレビの音を大きくして洗濯物を干した。





───────


「ちょっと、どうしたの?」

「できるだけ人が居るところで話がしたくて!」


「えーっ!?怖い話??」


加奈子は基本的にマイペースで、世奈の発言に戸惑いながらも『森の小人達が口を揃えて美味しいと言った幸せパンケーキ』とブレンドコーヒーを注文した。

世奈も何か頼まないとレストランに悪いと思い、アメリカンコーヒーを注文する。


「────それでどうしたの??」

加奈子がエスニック風の服と、インディアン風のピアスを付けて聞いた。

家事の合間に、さりげなくきめてきたようで、頭もアフリカ風のバンダナでリボンにしていた。


ちなみに世奈が”潤君ママさん”に対して、加奈子は”加奈子”なのは『〇〇のママさん』と言う固定概念に囚われたくないらしい。



「加奈子さん、この間“たくき君”の話をしたよね??」


「たくき君?」

「そう」


世奈は少し警戒して辺りを見る。

ファミリーレストランには同い年くらいの主婦や、汗をかきながらチョコレートパフェを食べるサラリーマン。

大学生くらいの少年達がいた。


「たくき君って何なの??」

「潤君ママさん・・まさか」


世奈は静かに頷いた。

もうママさんグループで話のネタにされても良い。

誰かに相談せずにはいられなかった。


「いつから??」

「3日くらい前から・・」


「私が話してすぐじゃない・・!」

「うん。そう」


世奈は何か言いたげな恨めしそうな顔で加奈子を見た。


「ごめんなさい。まさか本当の事だとは思わなくて・・本当に申し訳ないわ・・」

「・・それで“たくき君”って何なの??」


世奈が聞くと、加奈子はアメリカンコーヒーを見つめながら語り出した。


「もともと、たくき君の一家は『守井家』って言って。

近所では有名な大地主なんだけど。

いつからか息子さんが大病されて、そこからおかしくなりはじめたの」

「うん」


そこでパンケーキが到着し、加奈子はナイフでそれを切ると生クリームを大きく盛って口に運んだ。

話が長丁場になるため、生クリームを原型があるうちに食べてしまおう言う魂胆だろう。

世奈も、そこまで加奈子を急かさず、アメリカンコーヒーにミルクをたっぷり入れて口にした。



「『Hの定理』って知ってる??」

加奈子がコーヒーを飲んでから切り出した。

「ううん。知らない。有名なの?」


「守井さんの祖父が信じていた『自己診断』みたいなものでね。

『H』って立て棒が2本あるじゃない?

人間を『I』として、『−』のように繋がっていて、それは輪廻転生しても繋がり続けるって言う定理を信じていたの。

守井家の古い人達は、そう言う繋がりをもってここら辺の支持を集めていたのね」

「うん」


「でね。問題はそこからなの。そこの”たくき君”と言う男の子が病弱で、お父さんは『Hの定理』から派生した独自の解釈を研究しだしたの。

Hは人と人との繋がりって言ったじゃない?その父親は、事件や事故も何かの因果因縁で息子の病気に作用しているのではないかと考えたの」

「ん??うん」


「それで、その父親は・・たとえば、このお冷が(水の入ったコップ)がH2Oと言う文字に当てはめて出来ているように、不幸な物事に『記号』を当てはめて把握しようとしたの。この水がH2Oであり、酸素の片割れと窒素であるように・・息子の病気に因果する過去の出来事・・そして未来に起きる出来事を予測しようとしていたの。

『文字』はその出来事を可視化する記号でしか無いのだけど・・守井さんは、この市で起きた事故現場に赴くと不可思議な記号を書くようになったの・・それでその自宅をこう呼ぶことにしたの

───『タクキ研究所』────」


「タクキ・・・研究所・・・」

「うん」


レストランの厨房のチャイムが鳴ってパタパタとウエイトレスが駆けた。 


「加奈子?それで研究の成果は??」

「わからない・・」


「どこでそれを聞いたの??話の出所は??」

「この守井さんの妹さんが教えてくれた。近所に居るみたいだから話聞く??」


「・・うーーん。それからタクキ君と父親はどうなったんだろう?」

「わからない」


世奈はすぐさまスマホで『タクキ研究所』と検索する。

きっと“守井家の妹”だ。

“まともな人”では無いことは明白だ。


動画サイトで自分の住んでいる県で調べると『T研究所』と言う名前でヒットした。

どうやらこれの事らしい。

動画では心霊系YouTuberがガラクタだらけの一軒家の侵入を試みていた。

家の前の広い敷地は赤い塗料で塗られたガラクタが所狭しと置かれており、周りに主張するように不気味な記号や文字が家の前の塀や、敷地を隔てるフェンスに書かれていた。



「・・今は廃墟になっているみたいね」


世奈がそう言いながらスマホをしまうと、加奈子はフォークにパンケーキを刺したまま世奈の後ろを見ていた。

右手首のブラックオニキスのブレスレットが小刻みに震えている。


「・・・・どうしたの??」


その瞬間、ドンヨリした重い空気が漂うのを感じた。

レストランの忙しなく動く厨房の音も、忙しなく歩き回るウエイトレスの足音も聞こえない。


不気味な静寂がレストランを覆い隠している。


他の客を確認したいが、世奈は通路に背を向けるかたちで座っていた。

先ほどまで3つ前に居た大学生集団はいなくなってしまい、加奈子の顔を見るとすぐ近くまで“何か”が来ている事は容易に察しがついた。


加奈子は世奈の後ろをゆっくりと目で追いながら凝視し、フォークに刺したパンケーキが震え、加奈子の頬に生クリームがついた。

それすら気にせず、加奈子の瞳は徐々に移動してゆく。


どうやら窓の外に移動したようだ。



「加奈子!?」

加奈子がハッと驚いた顔をする。


「ご、ごめんなさい。ちょっと用事を思い出しちゃって!」

「えっ!?」


加奈子は1万円をテーブルに置くと、食べさしのパンケーキもそのままに席を離れようとする。


「ちょっと待ってよ!!」

加奈子の手を掴んだ瞬間、あまりの冷たさに絶句する。


加奈子の顔は紙のように蒼白で、世奈は加奈子のあまりの変わりように手を離してしまった。




──────



生暖かい強い風が吹いていた。


分厚い雲は狂ったように移り変わり、その不安を象徴するように電線がフワンフワンと音を立てた。


ジジジッ!


一匹の蝉が風が吹き乱れる中を決死の飛行をする。


世奈は一万円を握りしめたまま、ボーっと歩いている。

今日はパートもなく。

かと言って潤が帰ってくるまで時間がある。


歩行者信号が点滅し。


世奈が渡ったのを見送るように赤になる。


ピーーーーーーーローーーー。


不気味な音が、時刻を知らせるチャイムから聴こえる。

おそらく川の上流でゲリラ豪雨が発生し、増水した水を警戒するためのものだろう。



昼下がりの住宅街は人も居らず、無機質なマンションの壁と灰色の雲に見境がない。



世奈は家までの道のりをかなり遠回りして歩いた。

目線ほどのブロック塀の先に墓地が見える。


そこに置いてある卒塔婆がカタカタと音がなっている。


何を商売にしているかわからない寂れた個人商店。

錆びた『たばこ』の看板。

その小さな出窓の横にある年季の入ったベンチに老婆と老人ホームの初老の女性職員が座っていた。

手を握り、時より皺だらけの指で韻を踏んでいる。



「おとーさんーと歩いたー♪しーろいーくもー♪

自転車のーわだーちは♪すーぐにー消えー♫

あぁーーあぁーー、みなもーは、とおーくしーーろくーー♪おーもいーだすー♫

とーおきーいこーくの♪セーロトーレーをー♫」


世奈は無意識のうちに老婆の隣に座る。


───日本とは思えない広大な平原と、青い空。

その平原の真ん中に、丸い眼鏡をかけた軍服姿の男性が笑っていた。


世奈はいつしか目を瞑り、お婆さんの歌に聴きいっていた。


「・・昔はねぇ・・。お菓子がなかったからね。松ぼっくりのお砂糖漬けをね・・ヴェレニェって言うんだけどね・・瓶からこっそりね。食べていたの」

「へぇー」


老婆がポツリポツリと昔話をしだす。

それを介護士の職員が、さも初めて聞いたように大袈裟に驚いて相槌をうっていた。


「・・昔はねぇ・・。お菓子がなかったからね。でもね、お父様が通信師をしていらしてね・・でっかいね。お屋敷に住んでたの」


カチッカチッ……

タクシー運転手がタバコ屋の隣にある灰皿で煙草に火を点ける。


世奈は煙草の煙を少しだけ警戒し、自分達が風上である事に安堵した。


その時だった……


「あっ・・・」

お婆さんが世奈の左手をパッと掴んだのだ。

皺だらけの革手袋のような手。

その奥に、確かに生きている生命の温もりがある。


道路の前にあるお地蔵様は微動だにせず。

蝉も気付かない。


「えっ……ちょっと……!」

世奈は驚いて、介護士の女性を見る。

女性は世奈を見ながら(大丈夫ですよ…)と呟いて優しく頷いた。

老婆の瞳は真っ黒で、笑っているのか怒っているのかもわからない。

ただ、掴んだその手はしっかりと世奈を掴み、強引に手の平を上にあげるとカラスが水溜りの水を呑むように口を窄めて近づけた。


そして


「んんん。んべぇー」

「・・きゃっ」

ポトリと世奈の手のひらに金属製の何かが吐き出され

素早く世奈の手の平を閉じさせた。

世奈は全身に鳥肌が立ち、あまりの出来事に絶句する。


「何かあったら・・・・なさい」

「え!?」

老婆は皺だらけの顔をニコリとすると何事も無かったように手を離して正面を向いた。


世奈もいけない事のような気がして素早くポケットにそれをしまうと軽く会釈をしてベンチを立った。

介護士も老婆も正面を向き、老婆が何事も無かったかにように歌い始めた。



「おとーさんーと歩いたー♪しーろいーくもー♪

自転車のーわだーちは♪すーぐにー消えー♫

あぁーーあぁーー、みなもーは、とおーくしーーろくーー♪おーもーいーだーすー♫

とーおきーいこーくの♪セーロトレーをー♫


おかーさんーと歩いたー♪みーちーのーりをー♪

波のあぶーくは♪すーーぐにー消えー♪

あぁーーあぁーー、このみーち、とおーくはーーてにーー♪おーもーいーだーすー♪

とーおきーいこーくの♪セルヴェンアルツィオー♫」







──────



窓に風があたり、カーテンが乱暴にそよぐ。

UV防止機能のあるカーテンの、薄暗い部屋の中、カバーの取れかけた扇風機がカタカタとなりながら首を回した。


渇いた洗濯物。


テーブルには老婆から貰ったコイン。

それを世奈は無意識に手で転がして遊んでいた。


コインは『天使』が書かれた物だった。

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