月下の椿姫
「うわー! すっごい……!」
王都に着き馬車を下りると、いの一番にヴァルリが口を開いた。
目をキラキラさせてあちらこちらに視線を配っている。物心ついてから初めての、都会的な街並み。
私の前世が居た頃の世界に比べたら文明レベルは劣るけれど、それでも何処も補修と整備が行き届いてて、巨大な建築物や噴水や様々な人種の人々で溢れかえる大通りという光景は目を輝かせるに足る絶景なのだろう。
「すごいっ、すごいすごい!!」
「ヴァルリ。はしゃぐのも良いが程々にな」
「で、ですが父上!! あそこを見てください!!!」
やれやれとほくそ笑んでいたウルフェンの手をヴァルリが掴み強引に意識を向けさせた。
珍しい光景だ、ウルフェンも驚いてるが、しかし嬉しいようだ。取り繕うが口元が綻んでいる。
「外に電話機が置いてあります!! うちの街じゃ図書館や役所ぐらいにしかないのに!!!」
「主要都市だからな。需要があるのさ」
言われてみれば確かに、この世界に来てから電話ボックスなんて初めて見た。てか電話機なんてあるとは思わなかった、電気製品はオーバーテクノロジーなのかと思ってたわ。
「あっちにはドラゴンより大きな時計がありますし!!」
「並の竜種であればそうだな。塔の時計ぐらいの体躯はあろうな」
「あそこにはおとぎ話に出てくるような立派な城がありますし!!」
「おとぎ話が既存の城をモデルにしてるからな。ちなみに、今から行くのはあの城だぞ」
「えっ!? 大丈夫ですか、悪い魔女とかに襲われて姫が眠りについてしまったり……!!」
「おとぎ話は予言書ではないからな? 少し落ち着きなさい」
ヴァルリの凄まじい興奮具合にウルフェンも皆もが愛想笑いを浮かべていた。やっぱり着飾ってもヴァルリは変わらずわんぱく小僧だ。
「ふふっ。なんだか今日のヴァルちゃん、パパの子供の頃みたい」
「俺が君と出会ったのは20半ばの頃だろう」
「む、幼馴染風吹かせて感傷に浸りたかったのに!」
「幼馴染では無いし君と出会ったのはつい10年ほど前だが、それでもここは君との出会いの場だ。子供時代を思い出し浸ることは出来なくても、出会った頃の事を想うことは出来る。そうは思わないかい?」
「ウルフ……」
「エリ……」
何言ってんだろううちの父親は。なんでそんなんで目がハートになるのだろううちの母親は。
やだやだ、子供達がいるのに人目も憚らずにイチャイチャしちゃって。互いの事あだ名で呼ぶんじゃないよ、弟or妹ができるのはそう遠くないのかもしれないな?
「父上と母上、凄く幸せそうだね。レリア」
「うん、頭の中お花畑って感じで羨ましいよ」
「そうだね。僕達も、将来誰かとあんな風になれるといいね」
「そうだねえ。でも、政略結婚とかに出されたらその限りじゃないかも。良い所のお子様の恋愛結婚なんて、こういう時代じゃレアケースだろうし」
「……あははっ、やっぱりレリアはすごいな」
「なにが?」
急に耳打ちで話しかけてきたと思ったら、こちらの問いには答えずにヴァルリは曖昧に笑った。
そういうお年頃なのだろうか。まだ随分早いが、まあ異性に関心を持つのが遅くて行き遅れるよりかはマシか。
クルアハ王都最大の建築物であるルイゼンリッツ城。
かつて大陸の戦争で勝利を収め各国と和解、合併させたとされる英雄が最後に建てた城であり、クルアハ王国王家、メリュジーナ家の居城でもある。
この古城は必要最低限の増改築が成されるだけでかつての姿を永く保存しているとの事で世界観光名所に登録されており、一般公開されている旧城下町部分、城の根元にあたる広大な庭の一部だけでも観光客で溢れ返っていた。
こんな古墳規模のでっかい建物になんか住んだことないので実情はよく分からないが、嫌な気分にはならないのだろうか? 自分ちにこんな人が押しかけてきて。
私だったら絶対嫌だけどな、人間って1箇所に留まると臭いし。唾飛ぶし。音殺して屁こいたりする奴いるし。
「しっかし人多いねえ。こう密集されると、溶けちゃいそうにならない?」
「わかる〜。蒸れるよね」
エリザベートも人混みは苦手らしい。味方がいてくれてよかった。
メリュジーナ家の使用人と思しき人はウルフェンを見た瞬間に私達に別通路に通るよう勧めてくれた。が、別通路は別通路で貴族の皆様方がお揃いで、古城という性質上通路が狭いから人口密度に変わりはなかった。
「王城の中は表の庭よりも広いし応接間もこれだけの人数がいても苦にならない程悠々とした内装になっているはず。中に着くまでの我慢だ」
「と、言ってる間に着いたみたい。ナイス言霊よ、パパ!」
話をしているうちに城への入口に辿り着いた。堅牢な黒く太い扉が開け放たれている。
中に入るとウルフェンの言った通り外とは比べ物にならない程広々とした空間が広がっていた。まあ去年も来ていたので知ってはいたが、改めて見てもすごい絢爛豪華な内装だ。
王家の人達が座ったりする為の、高い位置にある玉座と絵画。絵画のサイズは学校の体育館にある垂れ幕より少し小さい程度で、それらの場所を照らし彩るように設置された大きなシャンデリアは会場内全体の天井に等間隔に設置されている。
これまたバランスよく配置された長机にはそれぞれ、大食い選手権で見るような物と比べても余りある程の量の料理を入れた銀の容器。なんて言うか分からないがドーム状の被せが置かれており、その一つ一つの傍らにキッチリとスーツを着こなした使用人がいるという徹底ぶり。
軽く目眩すら起こしそうだ。凄い、その一言。でもなんだか息苦しい。庶民派の私にはこの空間は毒なようだ。
「エヴァンレイズ様御一行の席はこちらになります」
使用人がそう言い先行するのに着いて歩く。今年もかったるい行事が始まった。願わくば何事も無く、石ころのようにただいるだけで終わらせてほしいものだ。
ーーーーーー
「くれぐれも粗相のないようにな。レオン」
「はい、お爺様」
メリュジーナ家第三王女、ルイナ・セレフトフォーン=メリュジーナ様の誕生会に、僕達家族一同が招待された。
僕はレオン・シルバーファング。お爺様であるローゼフ・シルバーファングは先々代の『剣聖』の地位にあった。しかし、当時まだ若かった女剣士に敗れ、『剣聖』の座を明け渡す事となる。
お爺様は先代の『剣聖』に敗北を喫した後、相手が女だったというだけでそれまでの功績が無かったかのように扱われ、シルバーファング家の名前そのものが零落し階級が失墜した。
お爺様が敗れた後、先代の『剣聖』に挑もうという人間はシルバーファング家にはいなかった。
両親は剣を習わず農作業をする為に田舎に移った。
そうして年月が過ぎる中で、先代は今の『剣聖』に敗れ、人知れず殺害された。
そんな大きな事件が何度も起きれば世間はシルバーファング家の事など忘れる。もうローゼフお爺様が剣聖であったことなど忘れ去られてるのだろう。
そんな事もあって、縁が切れたと思っていた王家から勅令を受けた時にはお爺様は見た事のない表情を浮かべていた。
「……よし」
気を引き締める。
僕はまだ幼くて今の『剣聖』を倒すことは出来ないけれど、それでも今日参加したこの会をつつがなく周りに溶け込み、有権者と面識を持つことで、次への繋がりを作るのだ。
「今日は、我が娘の誕生会に集まって頂き、誠にありがたい」
始まりは急だった。
城内に案内され、人で賑わった正面ホール。100にも及びそうな程の数用意された長机と豪華絢爛な装飾、芸術品の数々に皆が魅了され、空気を酔うのを必死に抑える中、高まった緊張に割って入るように低く、荘厳な声が響いたのだ。
現国王、クルージーン・イヴァノヴネス=メリュジーナ王の王者たる堂々とした声音は、その場にいる全員を瞬時に飲み込むように注目させた。
2mはあるであろう身長に頑強な筋肉、幾重にも重なった衣装の上からでもわかる強者の肢体。英雄フラガラク王の後継として相応しい者になるように、そんな願いを込められたであろう過酷な過去を覗かせる、芯のある鋭い眼光。
息を飲んだ。こう言っていいものなのか、怖かった。
敬い、尊敬すべき戦士の長たる王を前にして、しかし、僕は感動よりも恐怖を優先してしまった。
周りを見渡せば、僕以外にも王に向けて『強者を見る弱者の目』をしている者が多かった。少しほっとした。
勿論、普段のクルージーン王は民に恐れられるだけの政策を執り行うような暗君ではない。むしろ大陸の和平合併の為に日夜その身を費やしていて、本当に心から国民の事を考えている良い王なのだと胸を張って言える。
しかし、それでも怖かった。生物としての領域が違う、なんてことを考えてしまうくらいに本能から逆らえない重圧を感じていた。
「おお、王よ。変わらず立派なお方だ……」
隣に立つお爺様は恐怖など微塵もなく、久方ぶりに見た王が自分のよく知る王だと理解し感涙に咽び泣いていた。
信じられなかった。
相手は大蛇で自分達はネズミだ。なのに、なんでそんな態度を取れるのか、なぜ微塵も恐ろしくないのか、危機を感じないのか。
……。
僕は、まだまだ未熟だ。そんなことはわかっている。でも、とても埋まるように思えないそのあまりにも深い差に、いつの間にか俯いてしまっていた。
「今日は無礼講である。皆平等に、我が用意した世界中の美味珍味を食らい、語らい、日々の生活の癒しとするのだ。重ねて感謝する、我が娘の誕生を祝ってくれてありがとう」
王の言葉は長くはなかった。感謝、日々の働きに、集まってくれた事に、とにかく国民に礼を言い、しかし媚びへつらうのではなく、簡潔に言いたいことのみを語った。
王が壇上から降り奥の方へはけて行くと、続いて傍に控えていた王女達が階段を降り皆の集まるホールに来た。
優雅な音楽が流れ、王女達や、有権者たる貴族達が互いの手を取り踊り始めた。
舞踏会が始まったようだ。
全員が踊っているのではなく、歓談する者達や食事をする者達もいる。各々が自由にやりたい事をやり、楽しむ場らしい。
「ルイナ様、私と踊っていただけないでしょうか?」
近くでそんな声がした。
本日の主役であるルイナ様は今年で6歳、僕と同い年だ。
背が低いから大人の影で見えなくて先を越されてしまった。今回の最大の目的、ルイナ様と面識を持つ、これは一旦保留になってしまった。
どうやらルイナ様と踊っている相手は『貴き十二氏族』の1つ、エインヘリャ家の子であり次期当主と噂されるレイロード・エインヘリャらしい。
流石は国内でも高位の位に立つ名家だ、手が早い。
政治面においてもエインヘリャ家は宰相として王国内最大の有力者に当たるしレイロードとも交流を持っておきたい。
……しかし、エインヘリャ家は典型的な純血主義。同じ位にある十二氏族以下の家の出の者には冷たく、思想としては差別的とも言われている。
声を掛けた所で、1度失墜し貴族でもない僕には見向きもしないだろう。
「レオン、今は様子見だ」
「分かりました、お爺様」
「そう何かしようと焦るものでは無いよ。ここはあくまで親睦の会、無理に関係を持とうとすればむしろ政策目的の蛇だと思われてしまう」
「……」
やはり見抜かれていた、流石お爺様だ。僕は少し、気を急いていた。
しかし会場内の音楽や人々の熱気に当たっていると、その興奮に充てられて狙い時を見誤ってしまうかも知れない。一旦、完全に頭に冷やし冷静に状況を見る目を得る必要がある。
「お爺様、少し風に当たってきます」
「ああ。もしかしたらお前と同じように熱気に不慣れな者もいるかもしれぬ。もし居れば、暇の相手になってあげなさい」
「はい」
なるほど、誰かこの会場の空気に合わず外に出た者がいるらしい。お爺様の目は確かな確信を持って言っていた。
会場を出て階段を下り、石が奏でる硬い足音を聴きながら裏庭を歩く。実家の近くは道が舗装されていないからこの感覚は新鮮だ、癖になる。コツコツ、なんか心地良い。
「……涼しい」
すっかり空に月が浮かんでいて、眩い月光は裏庭を照らし青い花々を白く彩っていた。
人魚像のある噴水の南側は薔薇園になっていて、自分より身長の高い薔薇の低木が迷路のように目の前に広がっていた。
もしここに迷い込んだら、朝までに出ることが叶わずこの城の人に見つかってお爺様に叱られるのだろう。危険な事はしない主義だ、眺めるだけに留めておこう。
「……っ?」
揺れ動く花々を眺めていたら、背後でカサっと葉が何かと擦れる音がした。
振り返ってみると、そこには見目麗しい少女がいた。
玉のような白肌と、鮮やかで絹のようにきめ細やかで少し病的な薄紅色の髪。宝石のような輝きを持った紫色の瞳。
綺麗だけどどこか恐ろしい、可憐なのにぞっとする。そんな不思議な感情を、目の前の少女を眺めていたら抱いてしまう。
少女の装いは赤を基調とした、黒のレースや金の装飾が施された上等な物だった。派手だが煌びやか過ぎず、あくまで今回の主役であるルイナ様の邪魔にならないようにしているのが見て取れる。
相当な家の出だろう。気品さが所作と表情から溢れている。身につけているものもそうだが、全体を通して正しく貴族のご令嬢という感じを醸し出している。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」
「あ、いえ」
少女は儚げにフッと笑いかけると、自分の髪をちょんちょんと指差し、僕の頭髪に何か着いているのだと指摘してきた。
頭を触ると、そこには先ほど眺めていた青い花の花びらが乗っていた。
「これはお恥ずかしいところをっ、ご指摘ありがとうございます!」
「いいえ。それよりも、こんな場所で何を?」
「風に当たっていました。僕、どうにも人が多いと酔ってしまうようで」
「奇遇ですね、私もそうなんです。私もあまり大勢の人の中にいるのは苦手で、毎年ここに来てはこの花園を眺めてるんです」
少女は僕の隣まで歩く。横顔も綺麗だ、まつ毛は長くて鼻は高くて、まるで人形のようでつい見蕩れてしまう。
僕の視線に気付いたのか、少女は首を傾げてまた儚げに笑った。
蠱惑的、そんな言葉と共に、月明かりの光が本人の雰囲気によく似合っていた。
「お名前は?」
「えっ、あ、ええと。レオンです! レオン・シルバーファングと申します!」
「……へぇ」
初めて見る美少女に。決して口が裂けても言えないが、正直な所クルージーン王のご息女方よりも美しいと思えるほどの彼女に、上手く言葉を紡ぐ事が出来なかった。
少女は僕の反応を面白がったのか、それとももうこんな経験は慣れていてまたか、と思ったのか。ただ小さくふふっと笑った。
「オッレリア・エヴァンレイズと申します。よろしく、レオンさん」
「っ、エヴァンレイズ……」
なんと、エヴァンレイズと言えば『貴き十二氏族』の1つである名家じゃないか。
思わぬ出会いに驚き差し出された手を見て固まってしまう。この手を、握り返していいものなのかと戸惑ってしまう。
「ごめんなさい。急にこんな、困りますよね」
「あ、いやっ」
オッレリア様は握手するようにと差し出した手を引いてしまった。
し、しまった。あちらから歩み寄ってきたのに僕は何を、交流を持つどころか自分から棒に振ってしまったじゃないか。
エヴァンレイズ家は政界には進出していないものの、現当主は騎士団の団長をしているという話だ。有力者であるのは変わらない、なのに僕は……!
「……」
「……」
「……っ」
「? 私の顔になにか?」
「い、いえ」
会話がなくなり、花を指でつついたり香りを嗅いだりしているオッレリア様の顔を見て、その事に触れられても何も返せない。
僕は、外交的ではない。生来人見知りなのだ。
気合いを入れて他人と話す気で来たのは事実だ。でも現実はそう簡単に行かず、やはり想定のようには上手くいかなかった。
何を言おうにも緊張してしまって言葉が上手く前に出ない。オッレリア様は僕が曖昧な反応をしても笑顔でいてくれる、申し訳が立たない。
「レオンくんは、花は好きですか?」
「え? いえ。好き、かと聞かれるとそこまで、です」
「ふぅん? でもレオンさん、花に対して見惚れてるような熱い視線を送ってたように見えましたけど、気の所為ですかね」
「あ、あー……えと、うちの地元にこんな花畑はないので、つい魅入ってしまいまして」
嘘だ。確かに花畑など地元にはないしこの光景は圧巻だが、しかしやはり花にそこまで深い興味を抱くことは無かった。
僕が見ているのは、素直に言えばオッレリア様だ。だけどそんなの本人に言えるわけもない。
「凄いですよね、こんな数の花が1箇所に集まってるなんて。こんな狭いお城の中に世界中の花が詰め込まれているんですって。勿論、環境の問題で植えることが出来ない物は除外しますけど」
「そうなんですか。世界中の……」
「世界と言ってもこの王国が明確に国と定めている範囲に限定されるんですけどね。正確に言うと、大陸中の植物って所です」
「大陸中の……」
それは凄い。大陸の踏破など休憩なしで行っても数年かかる広大な土地だ。大陸中の花を集めるなど、それこそ相当な執念があったとしても実現出来るか分からない大偉業じゃないか?
王がそこまでの花好きだとは。学者様の熱意を超えているのではないだろうか。
オッレリア様は僕の前に出ると、こちらに振り向いた。
「王様のしようとしている事って、こういう事なんですよね。どう思います? レオンさん」
……?
オッレリア様の言う事は、よく分からなかった。何を伝えたいのか、こちらを試しているのは目の感じから分かるが、その真意は伝わらない。
「クルージーン王は、この庭の花のように大陸中の国を1つにしようとしている。という事ですか?」
「ええ。王様は色んな国を、人々を一緒くたにしようとしてるんです。国にとっては、とても素敵なことですよね」
その時の笑みは、ほくそ笑んでいるという言い方が正しかったのかもしれない。
皮肉交じりというか、茶化しているかのような。
外見は綺麗だが、彼女が何を考えて口を動かしているのかよく分からなかった。
彼女と数秒間目が合う。紫色の瞳の中は宝石のようにも見えて、その紋様はまるで鏡面のように鮮やかで引き込まれるようだ。
「じゃあそろそろ。楽しい時間をありがとう、またお話しましょ。レオンさん」
「オッレリア様」
「はい?」
あっ。
何故か、僕は去り行くオッレリア様を呼び止めてしまった。
彼女は不思議そうな顔でこちらを見る。ひとしきり話し終えた所なのだ、呼び止められる謂れはない。
「オッレリア様、その……」
「?」
駄目だ、落ち着け。落ち着いて何かを言え。呼び止めてしまった以上は今後を繋ぎ止められるよう、何か言わなければ。何か。
「大丈夫ですよ」
ポンッ、と。考えすぎていつの間にか俯いてしまっていた僕の頭に柔らかくて軽い物が触れた。
オッレリア様の手だ。
彼女は僕の頭を撫でる。まるで泣いている子供をあやす様に。
「落ち着いて、そう焦らなくてもいいんです。言葉は言えば伝わります、完璧に話そうとせず、自然体でいいんですよ」
「オッレリア、様」
僕は何をしているのだろう。
オッレリア様の手を、決して払い除けるようにはせずに手でそっとどかす。
頭であれこれ考えたが、考える時間が少なくて僕にはロクな言い回しが思いつかなかった。
誰かと繋がりを作る、そこから導き出せる言葉なんて在り来りなものだった。
僕は手をオッレリア様に向けて差し出す。握手をする時の構えだ。
「オッレリア様。もし宜しければ、僕と友達になって頂けないでしょうか?」
覚悟を持って差し出した言葉と手。オッレリア様は僕の手を無表情で見つめる。
彼女の目がチラッとこちらを見た。駄目か……っと思った途端、僕の手に柔らかく小さな手が重なった。
「オッレリアって呼んで。様なんて付けなくてもいいよ」
「オッレリア。じゃあ僕の事も、レオンって呼び捨てで呼んでください」
「うん、もちろん。それとその言葉遣いも禁止。友達にそんな話し方しないでしょ?」
「う、うん。そうだね」
オッレリアの手に強い力が籠った。1歩引いた位置にいたと思えたオッレリアが、初めて対等に立ってくれた気がした。
それはきっと僕の勝手な思い込みだ。最初に話しかけてくれたのはオッレリアの方からだし、何となくだが、彼女から貴族特有の格差意識のようなものは感じない。
それでもやっと同じ目線で立てた。
思えば、こうして家以外の人間と手を繋ぐのは初めてだ。
「あははっ!」
急にオッレリアが声を上げて笑った。クックック、と声を殺しながら肩を震わしている。
「私ね、友達作るのなんて久しぶりだなあ。ねぇレオン、私と踊らない?」
「えっ、え! 踊りですか?」
「うん!」
彼女はそう笑うと、僕の手を取ったまま勢いよく動かし、強引に足を動かしダンスを促してきた。
「うわわっ!?」
「あははっ! 緊張しないでーレオン! 私がリードするから、私に対して力で抵抗したりせず、ただ着いてきたらいいよ!」
「わ、わかりましたっ!」
「ました禁止!」
「わ、わかった!」
「よしっ、行くよ〜」
そう彼女が言ってから、僕らは時間も忘れて笑い合いながら、花々に囲まれた鳥籠のような庭で踊り続けた。
僕をリードしながら踊るオッレリアという少女は、本当に楽しそうに、嬉しそうに笑う。だからそれに引っ張られて、緊張や、不安や、将来への使命感、そんな重荷が軽くなっていくかのように感じた僕は、ただ彼女の思う通りに動いた。
人生初のダンスをした僕は体力不足だったらしく、踊り終えると石造りの階段に腰を下ろした。
「楽しかった! ありがとうねレオン、らぶっ!」
ちゅっ。そんな小さな音と、柔らかい感触。何がされたかわからなくてオッレリアの方を向いたら、彼女は笑顔で手をヒラヒラと揺らして城の中へと入っていった。
……。
何が起きたのか。踊り終わったというのに、僕の熱は、まだまだ収まりやまぬままに上がり続けるのだった。
ーーーーーーー
「あら、どうだった? リアちゃん。良さそうなお花は見つけられた?」
会場に戻り、エリザベータの前まで行くと頼まれていた品を差し出した。品と言っても花だ、この国にない花をいくつか。
「んー、よし! また新たに増やして研究に回すぞーっ!」
見たことも無い花を色んな角度で眺めてエリザベータは企み顔で笑った。ウルフェンの仕事の手伝いとは別の、エリザベータの本業の方で花が必要との事だった。
聞いてみてもよくわからなかった。この世界にある特有の職業で、学者みたいなものらしい。
よく分からなかったけど、こんなのでお駄賃が貰えるので儲けもんだ。
花をいくつか摘むだけで向こう3ヶ月は豪遊出来るほどのお金が出る。まあそんな大金を使う機会は今のところないんだけど。
「そろそろこの会も終わり際かな。パパとヴァルちゃんの事を探しに行こうか」
先程賑わっていた会場は少し静かになり、人はまばらになってきた辺りでエリザベータがそう言った。
今年は新しい出会いがいくつか生まれたお誕生会だった。
クマルト地方の領主であるアルフォンソ・ブラウンシュナイツ卿や行商協会の元締めであるユーグラハムさん、なんとか開発局の局長さんのバゼル……なんたらさん。
同じ十二氏族の家の知り合いも出来た。
憎まれ口を叩かれて終わったけどエインヘリャさんの所の子と、それからお誕生会の主人公であったルイナ・エレ……えーと、ルイナ、メリュジーナ? さん。チキンを譲ってくれたアルカトラスさん。この人はフルネーム覚えた、良い人だからな。
ここで作った縁が今後まで続くのか、それともその場限りのものだったのかは定かじゃないけど、折角ここまで遠出したのだ。無駄骨にならなくてよかった。
その夜、酒臭いウルフェンと未だに興奮冷めやらぬヴァルリに挟まれての長い馬車の旅を経て、もう二度と王都になんか来てたまるかと思ったのだった。




