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8/22

久しぶりの4人家族

 6歳になりました、オッレリアです。未就学児です。


 というわけで、6度目の誕生日を迎えた。前に増して肉体の成長が顕著になってきて、早くも胸が膨らみ始めた。


 私の前世は男である。記憶を持ったままこの身体で生きてきて、今まで自分の肉体に嫌悪感に近いものを感じていたが、成長は止まらない。

 諦観だろうか。意識と肉体の差異に抱いていた気味のわるさが薄まってきた。順応しつつあるのだ。


 それは良い事のように見えて一大事なのかもしれない。

 私が私で無くなる。いや、もう既に一人称を俺から私に変えてる時点で、という考え方もあるが、しかし。このままでは自分がなくなって、完全な別人になってしまうのかと、そんな事を考えると少し怖くなってしまう。



「……」

「どうかしました? オッレリア様」

「ああ、いやなんでもないです。おはようございますエルフィさん」



 部屋の姿見を見ながら思考に耽っていたら使用人のエルフィさんがノックの後に入ってきた。


 毎朝の日課として、私は起床時に部屋を出る前にエルフィさんに髪や身だしなみを整えてもらう。

 歯磨きとうがいまでやらせてしまうのは流石に違うと思うのだが、エルフィさんは「それが仕事だから」の一貫で、私の拒絶を押し退かせて身支度を整えてくれる。


 名家の令嬢という肩書きで他所の連中に扱われてはいるが、ここまで来るともう王家の血筋的なノリではないだろうか? これが普通なのか、貴族界隈で。貴族の子供全員甘ちゃんの家庭力皆無人間になっちゃうぜ?



「オッレリア様、最近買った香水ありますよね」

「買ったってか貰ったやつだよね」

「そうでした、教会の神父様より頂いたんでしたっけ?」

「神父っていうか、うーん」



 私に香水をくれたというのは、現在私のペットとなっているにゃん吉の呪いを見てくれた、私が魔法を使えるようになったきっかけでもあるベルヴィさんの事である。


 ベルヴィさんは2週間ほど前にこの街を発った。以前勤めていた本部に戻ってそちらで仕事をするとのことで、顔を出しに行った日が丁度出発の前日ということで皆にプレゼントをあげていたらしい。


 私が貰ったのは香水で、王都の方で売っていて日本円で17万円くらいする贅沢品だった。



「その香水なんですけど、先日同じ匂いが奴隷館の方でしまして。オッレリア様、奴隷館に行かれた事って」

「ないよ。偶然同じ香水をつけてたお客さんが居たんでしょ、私は奴隷とか見世物小屋とか全く興味ない」



 そんな趣味があったなんて普通思わないでしょ。自分が仕えているお嬢様をなんだと思ってんだこの人。



「その香水、流通が少なくて1週間ほど前から値段が高騰してるらしいですよ。王都ならまだしも、ここでその香水が被ることなんてあるのかなぁって思いますけどね」

「そうなんだ」

「はい」

「……」



 え、うん。

 ……? で? 何が言いたかったんだろう。



「本日は付けていかないんですか? あの香水」



 エルフィさんの目を見ると、少し間を置いて彼女はそう言った。

 ……ああ、そういう事か。


 今日はこの国の王様の3番目のお子様の誕生会だ。

 エヴァンレイズ家は『貴き十二氏族』と呼ばれる程名前が売れてる名家の人間だから、当然のように王家の催し事には顔を出すようにしている。


 面倒だしサボりたい。でも当主であるウルフェンの顔に泥を塗って家の地位に綻びが生まれて将来貧乏になっても嫌だし、渋々私も毎回それについて行くことにしていた。



「私みたいな子供が高い香水付けてたらいやらしくない? お金の匂いがプンプンするじゃん」

「お言葉ですが、財政の余裕を見せるのも貴族の嗜みかと」

「そうかなあ」



 まあ物は良いけどさ、成金感ないかな。ぶっちゃけ本人が金持ちの財布事情に疎いから17万の香水がどのくらいの立ち位置なのか分からないんだよ。



「よく分からないからエルフィさんに今日は全部任せてもいい?」

「構いませんよ。むしろその言葉を待っていたのです」

「? そうなの?」

「はい」



 エルフィさんの目がギラリと光る。状況を上手く理解出来ていなかったが、それはすぐに理解する事となる。

 1時間ほど今日の装いをエルフィさんに任せた結果、服から化粧、ヘアメイクまで施されて、見事なまでに着せ替え人形にされたのだ。


 まだ9時を回ったばかり。誕生パーティーは15時過ぎ。用意身支度をするには早すぎるだろって思う私をよそに、エルフィさんは次々と自分の思い1番可愛いを探して、自分の代わりに私をマネキンにしてコーディネートを試していった。





「……あ、レリア」

「お兄ちゃん。どうしたの、今日かっこいいじゃん」



 部屋を出てエルフィさんと歩いていたらヴァルリの部屋から丁度出てきた彼と鉢合わせする。


 びっくりした、元から美形だったが、メイクと髪型のセットで洋画の子役みたいな芸術品じみた顔になっていたのだ。ちょっと見蕩れてしまった。

 服は派手さを抑えた、それでも気品を伺わせるグレーを基調としたドレススーツだった。



「からかうなよ……」

「きゃはっ、からかってないよ〜。お兄ちゃんかっこいいよ、よく顔を見せて〜?」



 どうやらめかし込むのに慣れてないらしく照れているようだ。可愛い。

 ヴァルリは私と双子だがキチンと鍛えている影響か私より少し身長が高い。だから照れて赤くなっていても、少し身を屈めて下から覗き込めば彼の顔はバッチリ見える。



「っ! やめてって……っ」



 私と目が合うとヴァルリはびっくりし、少しだけ凝視した後に目を瞑った。おもろ、童貞力高いな〜我が兄ながら。誇らしいね。



「あらあら、ヴァルリ様ったら。素直に言わないと伝わりませんよぉ?」

「っ!? ウ、ウルスラ……!」

「?」



 ヴァルリの身支度を担当した使用人のウルスラさんが耳打ちで何かをヴァルリに伝えると、彼はもうトマトのように顔を真っ赤にしてウルスラさんをキッと睨んだ。

 そして顔をこちらに向け直し、無言。何か言うつもりなのか? と待ってみるも、何も言われることなくヴァルリは顔を赤くしたまま俯いた。


 よく分からないからほっといて食堂に向かう。



「ドンマイですぅ、ヴァルリ様」

「うるさい! うぅ、くっそ〜!」



 何やら背後の方で聞こえてくるが、二人の会話で私には関係ないようなので聞き耳も立てない事にした。





 食堂に入ると珍しくエリザベータが先に座っていた。普段は彼女がご飯を作ってくれるから、先に座って料理の完成を待っているのを見るのは久しぶりだ。



「あっ、やっときた! わ〜、二人ともよく似合ってるよ!! 可愛い! かっこいい! 流石私の子供達〜!!!」



 食堂に着くや否やエリザベータが甲高い声を上げ私に抱きつきそうになりメイクが崩れるからとエルフィさんに止められ、ヴァルリに抱きつきそうになり髪が崩れるからとウルスラさんに止められた。


 二人はエリザベータの古い友達だ、エリザベータとの絡み方は使用人と主人というより気の合う女友達といった感じで、言葉遣いこそかしこまっているがじゃれる姿には無邪気さがあった。


 何だか羨ましい。心から通じ合ってる友達って、一緒にいるだけで楽しいんだろうな。


 ウルスラさんとエルフィさん、そしてエリザベータ。3人で「触らせろ〜!」「「ダメですよ奥様!」」という下りをし終えた後、やっと卓に着く。



「ねねっ、二人とも聞いて聞いて! 今日のご飯はパパが用意してくれるんだよ〜っ!」

「えっ! もう父上が帰ってきてるのですか!?」



 エリザベータの発言にヴァルリが食いつく。ベクトルが変だが。そりゃ帰ってきてるだろ、今日の催しは当主が出なきゃなんだからさ。


 にしても確かに事前にその事を教えてくれないのも変だ。サプライズでもあるのだろうか? 料理を振る舞ってくれるのがサプライズだって言うのなら、エリザベータのせいで水泡ブクブクしちゃってるが。



「あはは、うん。パパってばさっき帰ってきたばかりでね。なんかねえ、別の大陸で取れた魚を使った料理を振る舞ってくれるの〜!!」

「へえ! 魚料理ですか!」

「うん! いや〜私、魚料理ってあんまり食べた事ないから楽しみだな〜!!!」



 おっ、珍しくエリザベータの一人称が『ママ』ではなく『私』になっている。素が出るほど楽しみにしているのか、可愛いな。



「父上の料理かあ〜! 父上と久しぶりに会えるのも楽しみだし、なんかワクワクするなレリア!」

「うーん。でも父上に料理出来るイメージ無かったよね? 遠征に行く前も母上が毎日ご飯作ってくれてたし」

「それがねぇ、遠征中に料理をする機会が何度もあってコツを掴んだって言ってたの! 前まで自信がないって言ってたから、ママもドキドキワクワクなのよ〜!!」

「わあっ、凄いです父上……!」



 ウルフェンに心酔してるヴァルリがうっとりとした表情を浮かべる。

 思うんだが私とヴァルリ、産まれてくる性別が逆だったのではないだろうか? や、逆だとしても娘が父親にうっとりメロメロになってたらキモイか。



「エルフィ、ウルスラ、アイアー! すまないが料理を運ぶのを手伝ってくれー!」



 あら、調理場の方からウルフェンの声がした。使用人さん達は「はいっ!」と元気よく返事するとそちらへ足早に向かっていった。



「ん、アイアーはどうした?」

「まだ庭の掃除が終わってないんですかねー?」

「いえ、先程廊下でバケツをひっくり返して悲鳴をあげてるのを見ました。後片付け中かと」

「はは、相変わらずだなあ」



 久しぶりに聞くウルフェンの声、たった1年ぶりだが酷く懐かしく感じてしまった。それほどまでにこの1年が濃密だったのだ、魔法やら剣術やら、色々打ち込んでいたからなあ。



「おまたせ、久しぶりだなお前達!」



 待つこと数分、配膳台を押して出てきたウルフェンは顔をバッサリ切って短髪になっていた。

 びっくりスッキリなイメチェンをして少し人相が良くなったウルフェンがこちらに笑顔を向けてくる。懐かしすぎて別キャラに見えるぜ。



「父上! お久しぶりです、また会えて光栄です!!」

「ははっ、これから何度光栄な思いをするんだろうな。ここは俺の家なんだ、そんな過度に恭しくする必要は無いぞ」

「はいっ!」



 よく言うよ、パパ呼びしただけでビンタするくせに。恭しくしてほしがってるの自分じゃねえか貴族ぶりたがりがよ。


 っと、ウルフェンが私の方を見る。ふむ、そうか。まだ久しぶりって言ってなかった。

 ウルフェンは私の事が嫌いだが、それは置いといて久しぶりに会ったんだから挨拶はするべきだし会話もした方がいいよな。礼を欠いてしまったぜ。



「久しぶりパパ。ずっと会いたかったよ」

「……っ!?」



 ふふふ、ウルフェンめ、動揺してる動揺してる。流石にエリザベータの前で躾ビンタはかませないだろ? ざまあみやがれ、私の一本勝ちだ!


 くくくっ、思えばウルフェンは私を叱る時はいつもエリザベータのいない場所で叱った。

 そして、これは統計に基づく過程だが過去の失態を叱る事はしない男だ。

 その場で叱れなかった事を後になって叱るのは何か違うとでも思ってるのか分からんが、その場で叱れる場合しかウルフェンは何もしてこない。


 つまり今、私はウルフェンになんでもやりたい放題なのである。


 私は立ち上がり、ウルフェンの元までてちてちと駆け寄っていくと彼の腹元に抱きついた。



「パパ、もうどこにも行かないで……!」

「はあ!?!?!?」



 いや、その反応はどうなんだ父よ。

 彼は私がこんな事をしてくるなんて露とも思わなかったのだろうが、それにしても想定よりだいぶ大袈裟なリアクションをされた。



「ぶふっ!」



 エリザベータが吹いた。こちらの意図を理解したのだろう、抑えることなく腹の底から「あっははは!」と大笑いをしている。ヴァルリは何事か分からず目を白黒させていて、ウルフェンも戸惑っているようだ。


 我が家の男性陣が困惑し女性陣が企みと笑いの渦中に包まれる。その後は各々1年間の話をしたり談笑したり。

 私、てっきりこの家は家族仲がそんな良くはないと思ってたんだけど、こうして見ると案外みんなお互いの事が大好きなんだなって思えてしまう。


 暖かい。これが本当の家族って言うのなら、なんで今更こんな物を私は与えられたんだろう。

 私は心地良い時間に身を任せながらも、どこかでやはり過去を切り離せなかった。



 正直、辛い"だけ"じゃないってだけで、こんなの地獄とそう変わらないなって思った。

 これじゃまるで、前の自分が不幸みたいじゃないかって。そんなわけないのに、あれが普遍的な普通の家族なのに。




「こら。オッレリア、待ちなさい」



 朝食終わり。エリザベータが「今度は私の出番! 食器洗う! ママポイントここで稼ぐよ!」って言ってみんなの食器を奪い去って行ったのでエリザベータと使用人さん達を除く3人だけになったタイミングで、立ち上がろうとする私をウルフェンが制した。



「ち、父上。私悪いことしてないよ!」

「むっ、久しぶりだからか? 言葉遣いが緩んでいるぞ」

「っ! す、すみません」

「ああいやっ、すまん。それはいい。それよりなんだ。さっきのは」

「いやあ……」



 まあその話だろうな。だから前もって悪いことしてないよって釘刺したのに、糠に釘か。跳ね返って私にぶっ刺さったか? 問屋が卸さんかったか。



「驚いたぞ。……そんなに寂しかったのか? お前」

「へっ?」

「思えば、今まで父親らしい事はしてやれなかったから、まさかあんな姿を見せるとは思わなかったぞ。オッレリア」



 おや……?

 何を言っているのだろうかこの人は。パパ呼びした下りをぶち怒られるかと思ったら、なんか真に受けてない? 演技に見えなかったの?



「レリア、そっか。そうだよね、父上と喧嘩ばかりしてたのは、愛の裏返し……そうだもんね」

「は?」

「そう、だったのか。……すまない、俺はお前を家族として認めてやれてなかった。1度死んでいたからだ、しかしそれは間違っていた!!」



 ガタンッ! と音を立ててウルフェンは立ち上がった。

 どうしたどうした、遠征中に事故にでも遭ったのか? 脳みそのシワが減ってるぞ、まるでアホみたいになってるじゃないか。うちの父親。



「さあ、来い。オッレリア。今ならお前を抱き止められる」

「結構です」

「何……?」




 朝食を終えた後、1度自室に戻る。いつものルーティンの続きだ。



「にぃ!」

「わっと、セーフ!」



 私が生き返らせちゃった黒猫、にゃん吉の朝ごはんの時間である。

 普通の猫の活動パターンは全く知らないが、にゃん吉は必ず私が起きて朝食を食べ終わった頃に起き始める。お寝坊さんなのだ。


 にゃん吉の爪はちゃんと切って手入れしてるものの、毛が付いたりシワになるといけないのでにゃん吉を掴んだままご飯皿ににゃん吉用に買った缶詰を空け、ミルクも一緒に少しずつ突っ込んで混ぜる。



「ほらっ、お食べ〜」



 床に下ろすとにゃん吉は用意したご飯の方に歩み寄る。



「にぁう!」

「うおっ、フェイント!?」



 かと思われたが刹那の速さで踵を返しこちらに突進してきたので側転気味の緊急回避をしてそれを躱す。危ない危ない、せっかくのドレスがよれる所だったぜ……!



「へへっ、ただでは行かせてくれないようだな。にゃん吉ぃ!」

「にぃ……!」

「くっ、やはり剛の者……」



 にゃん吉と睨み合い、間合いを確かめ合う。奴の速さはさながら居合の達人だ。気を抜けば一撃で私の服に風穴が空く。



「にぃ……にゅあっ!!」

「甘いっ!」



 壁を蹴り椅子のカーブを利用した飛び込みを身を捻って回避する。こちらの腰の可動域を全開に活かし紙一重を躱す事で生まれた隙を逃さず私はにゃん吉のしなやかな胴体に手を伸ばした。



「にぅ!」

「なっ!?」



 しかし相手も手練だ。私の手を伝い腕を足場にしきりもみ上に私の方へ駆け抜けると思い切り顔に飛びついてきた。



「うわああああっ!!!」



 もふもふっとした感触と家猫の良い匂いにもう我慢出来なくなり、にゃん吉をギューッと抱きしめて思い切り鼻呼吸をする。


 可愛い可愛い可愛いっ! にゃん吉可愛すぎるよぉ、なんで猫ってこんな可愛いのか!! ああもう、このまま押し潰したくなっちゃうよーっ!!



「大丈夫か? オッレリア」



 ドアがキイッと開き、訝しむような目でウルフェンが私を見ていた。



「……勝手に開けないでよ」

「言葉遣い」

「父上が悪い!!」



 思い切りドアを蹴り閉めてやった。





 家を出て馬車の荷台に乗る。久しぶりの長旅だ、私はヴァルリの隣に座り、対面にはエリザベータとウルフェン、エルフィさんが出入口の前に座りウルスラさんが御者をしている。



「それにしても王都に行くのは久しぶりねぇ」

「エリザベータはそうだったな。最近はすごいぞ、魔道具の開発が進んで色んな物の自動化が進んでいるんだ」

「へえ! いいねえ! 寝転がったままご飯を食べさせてくれる魔道具とかあるのかしら」

「それは無いだろう。ご飯はちゃんと自分の手で食べなさい……」

「てへっ」



 夫婦水入らずの仲良しな会話についほっこりしてしまう。いつまでも変わらないなあこの2人の温度感は。平和だ。



「そう言えばお兄ちゃんも久しぶりだったよね」

「うん。前回は風邪で欠席してしまって、その前は昔のことすぎて覚えてないからまるで初めての気分だよ」



 あら、そうか。ヴァルリは4歳の時はまだ右も左もよく分からない児童だったから、自分ち以外の地理はほとんどまだ知らないのか。



「へぇ。それならリアちゃん、ヴァルちゃんに街の事を教えてあげなよ」

「えっ? なんで私なんです?」

「ふふっ、リアちゃん勉強熱心じゃない」

「どこが?? 授業サボりまくって……あ」



 やば。ウルフェンが般若のような形相に。



「授業はそうだけど、自分が気になったことはとことん調べるじゃない。リアちゃんなら街や国の事もちゃんと頭に入ってるでしょ?」



 うへぇ、そっか。昔から何かと本を読んで教えてくれたのはエリザベータだもんな。そりゃ私の行動と傾向を見て勉強熱心なんだと勘違いもするか。


 仕方ない。ここはいっちょ、授業をつけてやろう。



「うーんと。じゃあまず私たちが住んでいる街はブティクレスって言って、まあ近所の教会もその名前を取ってブティクレス教会って名付けになってるしこれは知ってるよね」

「うん、それでブティクレスがあるのはフィルスト大陸の北側、クマルト地方の中心なんだよね」

「……よくご存知で」

「地理の授業でやったからな! 兄ちゃんすごいだろ!」



 すごいけど。なんで私がここで頭を撫でられてるわけ? なんか腑に落ちないんだけど?



「あっ、あ〜! でもほら、そこから先はヴァルちゃん分からないんじゃないかな! ねっ、リアちゃん!」

「……えとね。今私達がいるのはブティクレスの隣町、シンフィヨト。昔の英雄さんが住んでた古城が山奥にあるんだって」

「へぇ! 古城! いいなっ!! 次は!?」

「次は、進路的に言えばクーガーっていう街を通るね。鍛冶屋さんが多くて、鉄鋼産業の中心地なんて呼ばれてるって聞いた」

「ふむふむ、鉄鋼産業!」

「それでその次は……」



 なんかエリザベータに乗せられる形で話し始めたが、ここに来てヴァルリが人に好かれやすいんだろうなって言うのが分かった。

 無知ゆえに反応が素直で、私の事を見下したり余分なプライドが邪魔しもしないので話によく耳を傾けてくれる。話していて心地良い。


 裏表が無いってエリザベータが言っていたし、こんな様子を見ていれば私もヴァルリには裏表が無いと思えた。でも、ウルフェンと似てるかと言われればそこは疑問だ。



「で、今回の目的地がこのクルアハ王国の中心都市、通称王都と呼ばれてる場所だね」

「王都……」

「そ。王都。貿易物流の中心で、王家の方達が住むお城や騎士団の本部もある。とにかく大きくて栄えてる大都市だよ」

「騎士団……かあ」



 ヴァルリが呟きを漏らす。

 そう言えばヴァルリはウルフェンのような立派な剣士、騎士になりたいと言っていた。やはり学園とか通い終えた後は実家を離れ、王都に移り住むのだろうか。


 ……。


 別に寂しくはない。けど、きっとエリザベータとかは反対するだろうな。

 根拠はないけど、何となくそう思う。エリザベータ、ウルフェンが家を出て遠征に行く時も必死に止めてたもん。


 家族が遠くに行くのとは違って、いやそれもあるんだろうけど、もっと根本的な話で。エリザベータは家族に危険が及ぶのが嫌なのだ。普段おちゃらけているのに、そのおちゃらけが全く想像できないほど痛ましく泣くほどに。



「レリア?」

「わっ。な、なに? お兄ちゃん」

「それはこっちのセリフだよ。急にボーっとしてどうしたんだよ?」

「あ、ひゃはっ。なんでもないよ、うん」



 言っても先の話だ。そんな話が出る頃にはエリザベータも慣れたりするかもだし、ヴァルリだって思いを変えて実家を離れないのかもしれない。今勝手に想像して憂鬱になってもしょうがないじゃないか。


 家族4人を乗せて馬車は走る。久しぶりに全員揃って語る空間は、変に感傷的になる。


 もう余分な事を夢想するのは辞めよう。私はヴァルリの肩に頭を預けて目を瞑った。

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