元現代人に魔法は難しい(そりゃそう)
魔法。
少し前にそれっぽいのを見て、うわやべえ使ってみてえと思い色々躍起になって調べた事がある。2年前だっけか。
あの時は結局それに関する物を見つけられないままに叱られて、それからノータッチだったんだよな。
「魔力の感覚ねぇー……」
ベルヴィさんにある程度使えるようにと言われたものの、メモ書きには魔法を使えるまでの過程しか書かれていなくて、問題である『魔力をどう認識するか』という部分が書かれていなかった。
認識出来ていないものを感覚だけで制御するなんて、無理だよなあ……。
今日は剣の鍛錬をサボって1日魔法の練習(のつもりの行為)を行っているが、現時点で何の成果も得られていない。
しまいには例の手入れされてない噴水に寝転んで空を見上げてるだけで時間を過ごしている。のどかだなあ。
「魔力。うーん」
片手を上げて空に掲げる。魔力がなんなのか知らないが、何かはわかる。多分猫を甦らせたりベルヴィさんに触れた時に感じた、手の中が燃えるような不思議なアレだ。
熱の感覚で確かめるのなら熱を感じやすくすれば少しは分かりやすくなるのかもしれない。
手を上げたまま目を閉じる。手から血が降りていって、痺れて、冷たくなるまで。ただひたすら待つ。
「馬鹿じゃん。こんなんで分かるかよ」
しばらく待って上げ続けるのがキツくなってきた腕を下ろす。じんわりと血がゆっくり戻っていって、遅れて感覚を取り戻して痺れが来る。
魔力ってそもそも何なんだよ。謎すぎるんだよ。
魔力、血液とは違うよな。属性を混ぜなければ無のエネルギーとベルヴィさんは言っていた。限りなく薄い気体みたいなもんか? でも体内にあるのなら液体? 100パー固体ではないわな。
この思考は脱線かもしれない。別に気体か液体かなんてどうでもいい。
「……ひらけーごまっ。ひらけー」
痺れまくってる方とは違う手を空にかざし、ただ唱える。開け、開け、魔力の門よ開くのだ。
開け、開け、いや〜開かねえなあ。全くなんの感覚もない。ミリもない。
「ひらけー。ひーらーけ〜〜〜」
結局その日は3時間くらい粘った。成果は0。当然だわな。まあ、こんなんで魔法が使えたら、魔法が使えない人間なんて存在しないか。
やっぱりコツコツ練習がいるのかなぁ。面倒臭いなあ。
「レリア! お前今日鍛錬サボっただろ!」
「げ、お兄ちゃん……」
魔法練習終了後、数学の授業を受ける為に屋敷に戻った所でヴァルリと遭遇した。なんでこの無駄に広い屋敷の中で会うんだよ。
「サボってたっていうか、別の勉強をしてたというか」
「嘘つけ! 知ってるぞ、父上が任務に出てからお前全然木剣握ってないだろ!」
「……いいじゃん別に。大体、一日のほとんどを素振りで費やすの時間の無駄でしょ」
「なっ、お前……! 父上は剣帝になってほしいって、そう期待を込めてっ」
「それはお兄ちゃんにでしょ。私関係ないじゃん。魔法なんて教えたくないからって消去法で時間潰させてるだけだし」
「魔法……?」
げっ、しまった。口が滑ってしまった。
前に魔法の事が知りたくてヴァルリに協力してもらったのは3歳の頃で、触れさえしなければ忘れていたかもしれないのにうっかり口に出してしまった。
ヴァルリはウルフェンの事を親として敬愛すると同時に、師匠としての尊敬もしているようだ。
幼い子供が二重の意味で目上の人間を敬ったら大抵は言いなりのひっつき虫コース。私が魔法なんて練習してると知ったら、それを快く思わないウルフェンにバラされてしまうのはほぼ確実だ。
「なんだそれ? そういう技でもあるのか?」
あれ? あれれ、魔法にピンと来てない様子。
「よく分からないけど、とにかく剣の練習はちゃんとしろ! そんなんじゃ強い剣士になれないぞ!!」
「あ、あぁ。うん」
別になりたくないが。
「明日はちゃんと剣の鍛錬するんだぞ。いいな、レリア!」
「はいはい、分かってますよお兄ちゃま」
テキトーに受け流していたら、ヴァルリは私の頭を雑に撫でてから歩き去っていった。
結構怒っていたのにお兄ちゃんムーブは欠かさない、と。ユニークだな、あいつ。私が普通の妹だったらいつかブラコンになっていたかもしれんね。
ーーーーー
1週間経ちました。魔力を知覚する練習を始め、1週間。
もうーね。分かったよ、俺にはないわ魔法の才能。俺っつっちゃった。私にはないわ、魔法の才能。
あれから毎日練習してんのに、一向に魔力の魔の字も感じられない。間抜けの間の字で視界埋め尽くされちゃってる。
私は何をしているのか。珍妙な掛け声で手を突き出す変人だ。
このままの調子で1ヶ月練習を続けて何の成果も出なかったらいよいよ教会に行ってベルヴィさんに文句を言ってやろう。個人差があるにしてもここまで手応えがないとは思わなかった。一言言わないと気が済まないぜ。
「ふんんんぬぬっ! ひらけ〜〜!!」
「何してるの?」
「ひやぁっ!? は、母上……?」
今日も今日とて放置された噴水、通称秘密の隠れ基地で魔力を感じ取る訓練をしていたら、珍しく人が現れた。
エリザベータ・エヴァンレイズ、母上である。
私と同じ髪と瞳。相も変わらず中学生くらいの見た目から一向に変化しない謎の若作りマジック。女性なら誰しもが求めるであろう美の保管を体現した、永遠の14歳(見た目年齢)。
普段は本館に居るので別館の方まで足を運ぶことが無い母上が、何故こんなところにいるのだろう?
「ええっと、これは、その……」
「ひらけ〜って言ってたけど、何を開きたいの? 秘密のドアでもあるの?」
「いや〜〜、そんな事言ってたかなあ???」
ぴ〜ひょろぴ〜。おのれ上手い口笛が吹けない、ぬかっていた……!
「それより、母上はなぜこんな所に?」
「最近リアちゃんがここを出入りするのを見掛けるようになったから掃除しに来たんだよ。枝とか落ち葉とか、片付けないと動きにくいでしょ?」
「確かに、木の枝も伸びっぱなしだし虫とかもちょこちょこ見掛けるけど。でも、それなら使用人さんにやらせるものじゃないの?」
「あんまり多くは雇ってないから本館周りの掃除とお仕事で手一杯なのよ。それに、実は最近ママやる事ないから丁度いいと思ったの」
「はあ」
エリザベータは普段ウルフェンの仕事の手伝い、主に書類関係の処理を担っているが、そのウルフェンが遠征とやらで当面家に帰ってこないうちはすることが無いとの事だった。
エリザベータは楽しそうに鼻歌を鳴らしながら竹箒でゴミを集め始める。
どうしよう、人がいるのに「ひらけ〜ごま」なんて言えないぞ。場所を移すか? しかし他に練習出来る場所を探すので時間を食いそうだし……。
「リアちゃん、最近剣の練習してる?」
ギクククッ!!?
しまった、エリザベータもウルフェンの手の者か! 尖兵か!! いや普通に考えればそうに決まってるだろ、妻だぞ。大方、ヴァルリから噂はかねがね聞いているのだろう。
怒られるか……? ウルフェンにはなんか些細な事で睨まれたり怒鳴られたりするが、エリザベータはそうそう私に怒った事が無いのでどういう風になるのか想像がつかない……。
「リアちゃん?」
というか、よく考えたらあの悪人顔で、短気で、実際他の貴族との集まりでも怖がられているウルフェンを相手に3歩後ろを歩くどころか振り回しているような女が穏便なわけが無いのでは……?
そう言えば去年、エリザベータの誕生パーティーをする前にウルフェンの方に急な仕事が入って用意が遅れそうになった事がある。その時ウルフェンは言ったんだ、「何があっても誕生会には間に合わせる。しかし今回ばかりはオッレリア、お前にもフォローをして欲しい。エリは、怒ったら人の関節を全てひっくり返す程度の事は余裕でやる。アレは怒らせたらダメだ」と……!!
ひ、ひぇ〜〜〜!!! 嫌だぁ!! 全身の関節ひっくり返されてバッタみたいになっちゃう!! 人間のバッタもんにされちゃうーー〜〜!!!?!?
「リアちゃん? 大丈夫? 震えてるけど、寒いの?」
「ヴァ、ヴァルリは」
「うん?」
「ヴァルリは嘘をついてます!! 私は毎日ちゃんとここで剣を振って、でもあの、手っ、手が痛くて!! 豆が出来て潰れて痛くてちょっと治るまで休憩しようかなって思ってただけでサボろうとしてたわけではなくてっ!! でもヴァルリはそんなの知らないし私のことを陥れたいから母上に悪いように言っただけで! つまりっ、そのっ、やだ、うわあぁぁあんっ!!!」
「ちょっと!? どうしたのどうしたの、そんなに泣いちゃって。うんうん、痛いよね、女の子だもんね」
勝手に溢れる涙、痙攣する声帯。私は今泣いている。これは所謂"根源的恐怖"というものだろう。
あまりにも膨大すぎる、底知れぬ闇。 そんなものを前にして、平常でいられるはずが無かった。
「やだっ! 嫌だあ!! うわぁああっ、ごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいい!!」
「よーしよし、怖かったねえ。大丈夫、ママが着いてるからねえ」
「嫌だあ!!!」
「大丈夫、ママが守ってあげるからねえ。よしよし、よく頑張ったね」
10分後。
エリザベータは私を罰したりせず、ただ自分の胸に私の顔をぎゅっと押し付けたまま頭を撫でてくれていた。
意識上では赤の他人だが、肉体的には肉親だ。彼女の匂いはどこか私の気分を落ち着かせる効用があるようで、短絡的に怯えきっていたのももうすっかり無くなっていた。
流石母娘と言った所か。しかし、ペチャである。私は、いや俺は巨乳が好きだ。バインバインであれ。
「落ち着いた?」
「落ち着いた……ありがとう、母上」
「別に母上って呼ばなくてもいいのよ? 昔みたいにママって呼んでくれても」
「それは、父上に怒られるから……」
「ねー。貴族たるものってやつでしょう? 確かに礼儀作法はちゃんとしていた方がいいけれど、家族間での呼び名くらいは好きにしてもいいと思うけどな。悪口でもない限りはね」
「……でも、もう今更呼び方を直すのも恥ずかしいから、母上で」
「え〜! いいじゃない別にまだ5歳なんだからっ! それに女の子なんだからパパママ呼びでも違和感無いでしょう? 私は今でも自分の親はパパママ呼びしてるよ?」
「おじいちゃんとおばあちゃんにも?」
「そ! まああの人達はこっちには来られないから、呼ぶ機会は滅多にないんだけどね」
こっちに来られないとは? というか、そう言えばこの世界に来てから祖父や祖母、叔父と言った実の両親以外の親戚に会ったことがないな。
話だけは聞いたことがある。エリザベータの両親はまだ健在で遠い国に居て、ウルフェンの両親は母親が亡くなっていて父親はまだ存命中だって。
「本当ならリアちゃんをパパとママに見せてあげたいけど。色々あるから……きっとリアちゃん、驚くと思うんだけどなあ」
「驚く?」
「あははっ、なんでもない。リアちゃんは可愛いなあって」
そう言って再びエリザベータはしゃがんで私を抱き寄せた。
彼女の髪が近くにあるせいでその匂いが鼻腔につく。花のような優しい香りだ。
「……ね、リアちゃん」
「うん? なに、母上」
「ふふっ」
エリザベータの声が、なんだか少し湿っぽくなる。前にもあった気がする妙な空気。悲しいことを考えてそうな、そう思わせるような声音。
「リアちゃん」
「うん」
「むぎゅ〜っ!!」
「ぶにゃあ!?」
何かと思えば急にエリザベータは私から手を離し、両手で思い切り頬を両側から押さえつけた。
「あっはははっ!! かわい〜!! タコさんだ〜〜!!」
「にゃにひゅるのひゃひゃむえ(何するの母上)!」
「何言ってるかわかんな〜いっあははっ!!」
我が子の顔で遊んで爆笑する母親。ブスにされて笑われる私。なんだこれ。
「ほら見てリアちゃん! ぶにゅう!!」
エリザベータは私から手を離し、今度は自分の頬を押し潰してタコのような顔をすると甲高い声で鳴き声を上げた。
その様があまりにも滑稽で、つい油断してプッと笑いがこぼれてしまった。おならじゃないよ。
「ほら、ぶにゅう、にゅにゃあ」
「ぶふっ! にゅ、にゅにゃあっ……?」
「にゅにゃあ。にゃにゅにゃにゅにゅぶぶっ」
「ぶはっ! 何してるのっ、それやめてよ!」
「やめな〜い! にゅぶぶっ」
「ひゃははははっ!! やめてって! ぶっ! うひゃひゃははっ!!」
正直何が面白いんだって、傍から見たら思うだろうな。実際面白くもなんともないただのにらめっこだし。
でも、そういえばこんなに下らない"ただの遊び"をして笑ったのって、今世で初めての事な気がする。
……そりゃそうか。私、幼少期は両親の話に耳を傾けはしたけど遊びに付き合わなかったもん。話を終えると本を読みに行ったり屋敷を勝手に徘徊したり。
思えば、やたらと叱ってくるという形でアプローチしてくるウルフェンに比べ、エリザベータとは個人的な交流をそこまでしてこなかった気がする。
しばらく2人で笑いあって、遊びあって、いつの間にか日は落ちていた。あっという間だった、童心に戻った気分だ。
「あはは、笑った笑った。リアちゃんのほっぺ、お餅みたいだねぇ」
「お餅って……あっ!? やば、授業!」
「行きそびれちゃったね。でもいいんじゃない? リアちゃん、ずっと休みがなかったじゃない」
「ん? んー、確かに最近はそうかも」
「んーん。最初からだよ」
「えっ?」
言っている意味がわからなくてエリザベータの方を見る。彼女は別に何か含みがあるような顔はしておらず、柔和な笑顔で私を見返した。
「リアちゃん」
「うん?」
「私達は家族だよ。リアちゃん」
「ん? そうだね」
何を言いたいのか分からなかった。察する能力がないから、エリザベータが何を言いたいのか分からない。
でも、凝り固まった何かが少しづつ溶けていくような気がした。
「あ、あの、母上」
掃除用具を片付けているエリザベータに背後から声を掛ける。彼女は「ん?」と、やはり優しい顔で振り向いて応えた。
何を思ったのだろう。あれほどこの家の人間にバレちゃいけないと思っていたこと。
知っちゃいけないこと。魔法について、何故か初めてエリザベータに頼ろうとしたのだ。
さっきのやり取りがあって、私の方から心を開いたのかもしれない。それでも、やはりエリザベータはエヴァンレイズ家の人間だ。個人がどうとかじゃなく、環境の問題。やめておいた方がいい。
「なんでも、ない」
「ダメ」
「えっ」
おでこに、本当に弱々しいデコピンを食らった。全く痛くない、指を当てるだけのデコピンだ。
「リアちゃん今、やっぱり私には話せないって思ったでしょう?」
「うん……だってそれは」
「話したくない事なら話さなくてもいいよ。話す事でリアちゃんや、リアちゃんの大切なものが危なくなるんだとしたらそれも話さなくてもいい。でも、今のはそういうのじゃないんでしょ?」
「なんでそう思うの」
「うーん、勘!」
「……」
どうだろうか。今になれば、私が魔法の事を話したって、それが余程の禁忌でもエリザベータはウルフェンや他の人間にバラさないだろうって思える。
けど、ウルフェンがあそこまで魔法に固執するのには何か理由があるはずだ。
詳しく何故駄目なのかを言わないって事は私自身にきっと害はない。でも、それ以外の人には何かあるかもしれない、そんな可能性もなくはない。
そんな不確定要素の多い話を、果たして振るべきか。
「リアちゃんは私の事好き?」
「……?」
「私はね、リアちゃんの事が大好き。世界で一番好き。同じくらいヴァルちゃんも好き。その次にパパが好きなんだ」
「母上?」
「でも、リアちゃんとヴァルちゃんでもし序列を決めてってなったら。……親としてどうなのってなるのかもしれないけど、私はリアちゃんの方が好き」
「っ」
「なんでとかは聞かないの?」
「聞か、ない」
「じゃあ勝手に答えるね。リアちゃんはね、私と同じだから」
「同じ……?」
「うん、同じ。リアちゃんは昔の私と全部そっくり、同じなの」
なんだそりゃ。まさか私と同じ境遇で、中身はオッサンってことは無いよな?
見た目は私を産んだ時と1歳も歳を食ってないように思えるからワンチャンありそうで怖いな……。もしそうだったらどうしよう、受け入れられないかもしれない。
「ふふっ、変なこと考えてる」
「そっ、そんな事ないよ! ない」
「んーん、考えてる。言ったでしょ? 私もリアちゃんと同じなの」
その『同じ』という言葉の真意を知りたい。無性に怖いのだ、中身おじさん説を否定出来ないと。
「何が同じなの? 母上と私は」
「んー? まずは性別でしょ〜」
「そういうのじゃなくて!」
「あははっ!」
お茶目か。こんな下りですらカラッと笑いおって。全く、気持ちいい性格の人だな。その反面、居酒屋のおっさん臭さもあるぞ……???
「ヴァルちゃんはパパに似て、何でも出来るし素直だし良い子でしょ」
「え? ……そう、かも?」
どうだろう、愚直すぎる所はエリザベータ似な気がするが、って思ったのは黙っておこう。
「また何か誤魔化した〜」
「誤魔化してないよ!」
「あははっ。でも本当、ヴァルちゃんはパパ似なんだよ。裏が無いんだ、あの子には」
「裏」
「そう。人間誰しも表情には裏があって、言葉には行間があるものでしょ? それが全くないの。そういう人ってとっても生きにくいはずなのに、それでも真っ直ぐ前向きで悪意も受け止められるから、沢山の人に愛されるの」
「……」
「でも、私はそうなれなかった。むしろ、多分人よりも沢山の事を頭で考えて、違う事を口にして、他人を観察してキャラを付けて。自分にとっての立ち位置を決めて。そんなだから大多数の中の1人にはなれるけど、誰かにとっての1人にはなれなかった」
そういう話か。
確かにそういうのなら同じかもしれない。
嘘や建前で人格すら作って、個性が突出し過ぎないように溶け込んで。特別にならない代わりにも孤独にもならない生き方。
オッレリアではなく、立花椿として、俺はエリザベータと似たような人種かもしれなかった。
適当なのだ。その繋がりに心はない。人間関係は面倒臭いから。
上辺だけの人間関係。上っ面な優しさ、ノリの良さ、付き合いの良さ。都合良く仲間意識を持って、都合良く切り離して、毒にも薬にもならないただの水のよう生き方。
同族かつ相手は大人で色々棲み分けられるからこそ、エリザベータにはそれが見えたんだろうな。
「そういう人から本当の信頼を勝ち取るのって難しいと思う。他人をタイプで分けて、一緒くたにしちゃうから。でも、それを勝ち取る方法なら知ってるよ」
エリザベータは私の前髪を手で上げると、そっと額に唇を当てた。
「んななっ!?」
「あはっ、びっくりした。昔は沢山ちゅーしたのに」
「わあっ!?」
手を掴まれて引っ張られた。またゼロ距離、今日何度目だろう。
「私はリアちゃんのママ。貴女の唯一なの。だから、貴女から頼られた時は何でも出来ちゃうよ。その役割は私にしか出来ないことだから」
……。ひぇ〜。
「あれ? 顔赤くなっちゃった。……パパの事を好きになった日の私と同じ。惚れちゃったの?」
「惚れてないやい!! 急にっ、なんか意味不明な恥ずかしい事言われたから、恥ずかしくなっただけだわ!!」
「わ、私もそんな感じのことパパに言ったよ! やっぱり似てるね〜。それ、世間的にはツンデレって言うらしいよ?」
「全然違うが!?」
無理やり逃げるようにエリザベータから離れると、彼女は「あははっ」とまた笑った。何だ、愉快か滑稽か!
……。
赤くなっている、のか。顔が熱い、体も。なんか変な感じだ。
初めてだ、こんな事を親に言われたのは。
俺が知ってる親は、風呂は好きな時間に入らせてくれないし、臭いと言って家から追い出す。文句を言えば物を投げてくるし、というかそもそも、抱きしめたりしない。
胸が、痛くて、でもこの痛みはなんだか愛おしかった。
「それで、どうしたの? リアちゃん、私に言いたいことあったでしょう?」
手を繋ぎ歩きながら、エリザベータは問う。
もう隠す気など無くなっていた。別に心境の変化があった訳じゃないが。どうせどれだけ隠してもきっとエリザベータはしつこく聞いてくるし、つまりそれだけの事だ。
「魔法の練習をしてた。あそこで」
「魔法? へぇ。使えるの?」
「使えない。……だからちょっと、困ってた」
「なるほどね〜」
エリザベータは手を離し、ガシリッ! と右腕で拳を作って左腕で力こぶを掴むあの力持ちポーズをしてドヤ顔で言った。
「ママに任せなさいっ! リアちゃんが一日で魔法使えるような、すごすご修行を組んであげるわ!」
「わ〜、頼もしい〜」
「思って無いでしょ! ママじゃなくても分かるよ、その棒読み」
「ひゃははっ。……ありがと」
何も聞いてこないし、微塵も言葉を詰まらせることなく自然な流れで自分に任せろと言う、そんな対応が出来る母に感謝をした。
ウルフェンに何か言われてるはずだ。当然である、あんな剣幕で魔法を否定するような人間が、口止めや指導方針を妻に伝えないわけが無い。
力持ちポーズをした後、手がまた触れ合って自然に繋がる。その手は、形こそ子供だったけれど、それでも確かに母親の手だった。
「そういえば、リアちゃんの笑い方ってなんか特徴的だよね。ゴブリンみたい」
「馬鹿にしてる?」
「あははっ、ユニークで可愛いよ〜」
ガブッと手に噛み付いてやった。




