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猫、呪っちゃったよ

 くじいた足を引きずりながらおよそ10分、ようやくこの街にある唯一の教会であるブティクレス教会にやって来た。


 今日は休日、ミサで人が多く来ているかもと思い教会に入りづらかったが、夕方になるとそんなことも無く教会勤務の人が数人いる程度であった。


 洋画に出てくるような黒と白のみで構成されたシンプルな色合いの服を着たシスターさんが数人。

 いいなあ、折角女になったんだ。私も着てみたい、シスター服。



「どうも〜どうもどうも。こんにちは、お嬢さん」



 私を見掛けたシスターさんの1人が教会の奥の部屋へと入り、代わりにキャソックを着た少年が現れた。


 彼曰く臨時でここに来て業務の手伝いをしている人らしい。ついでに言うと、前の勤務先では悪魔払いの手伝いをしていたとの事。


 さっきのシスター、何も言わずにそそくさと去っ行ったけどやっぱり私が持つ黒猫から邪念のようなものを感じ取った……的なやつだろうか?


 やっぱりいるんだなあ、悪魔的な存在。ひぇ〜、ここまで来てなんだがこの猫ぶん投げてもいいかな。呪いの巻き添えとか食らいたくないし……。



「で、どういった要件で来たんだ? えーと」

「あっ、申し遅れました。私はオッレリア・エヴァンレイズって言います」

「エヴァンレイズ? ああ、あの屋敷の子か。どうりで礼儀正しいわけだ、流石貴族のご令嬢」

「へへへ」



 貴族扱いも令嬢扱いもされたくないので速攻イメージを払拭してやろうと小悪党っぽく笑ってみる。少年は僅かに笑いかけるのみだった、企て失敗。



「初めまして、オッレリア。俺はベルヴィ・ガランドリエだ、よろしくな」

「よろしくです〜」



 握手を交わす。ひぇ〜、これまたとんでもなく美形な人だなあ。


 艶やかな金髪と宝石のような碧眼、白い肌、これぞまさにと言うような白人男性。歳は高校生くらいに見えるが、もしかしたらもっと若いかもしれない。体格や身長こそ立派だが、少し顔があどけない気がする。



「それで、あの、この猫を診てほしくて」

「やっぱり? そいつなんか漏れてるもんね、黒いの」

「へっ? 黒いの?」



 まるっきりこちらの出方を知っていた様子のベルヴィさんは私の手の中にいる猫を指さしながら不穏な事を言った。いよいよ不気味が過ぎるので猫を床に降ろすと、それでも尚私から離れずに足にくっついている。



「あの、黒いのって言うのは? なんかこう、呪い的なそういうエネルギー的なやつですかね……?」

「呪いそのもの的なやつだ。黒いのって言ったのはまあ、見たままに猫からドス黒い泥のような呪詛が全身から溢れ出してるからな」

「ドス黒い呪詛……」

「ああ。死を否定する、或いは死を侵食しヘドロ化させ排出させている、と言ったら正しいか?」

「おげぇ、なんかよく分からないけど気持ち悪い」

「まあ俺の魔眼は物事の本質を見る代わりに歪めて見せるって言うひねくれたものだからな。実際そういう風になっているわけでもなし、気にするな!」

「魔眼……?」



 何それかっこいい、ただの目にしか見えないけど写輪眼的な特別製なんだな。いいな〜。



「ふーむ、ていうかオッレリア」

「はいー?」

「お前、その猫を後生大事そうに抱えていたが。それに猫の方もやけにお前に懐いているが。その呪い、お前がかけたんじゃないのか?」

「えっ私が? 違いますけど!?」



 当然ながら否定する。身に覚えがないし、呪いのかけ方すら知らないし。

 素直に答えると、ベルヴィさんは訝しむ目で私の顔をジーッと観察し始めた。


 正面から、頭の上から、後ろから、右耳の後ろから、私の顎より下の位置から、そして正面から。様々な視点から私の顔を観察し、やがてベルヴィさんは腕を組み考え始めた。



「ふーむ、本人に自覚はない、と」

「!? なんであくまで私が呪ったの前提なんですか!」

「だって、なぁ?」



 思案しながらベルヴィさんは猫を抱き上げる。猫は虐待していた飼い主でも相手にするかってくらい激しく彼を拒絶するが、ベルヴィさんは全く気にも留めずに猫の腹に鼻をつけて思い切り息を吸った。



「にゃあぅっ!!!」



 爪でガリガリとベルヴィさんの顔を引っ掻き、猫は器用に着地し私の足元に戻ってきた。そして、その傷に意を解さないままにベルヴィさんはこちらに歩み寄り、私のすぐ前までやってきた。


 彼はおもむろに私の頭に手を回すと、それをガッと掴んでまたしても鼻を頭髪にくっつけてきた。



「ベルヴィさん?」

「くんくんくん」

「えっ」



 思い切り鼻で息をすーっと吸っているような声。自分の髪の、頭の匂いを嗅がれている。

 ……は?



「ぎゃあああっ!?」



 いや何を冷静に分析してるのか!? 髪の匂いを嗅がれたぞ??? 大丈夫、お風呂は毎日入ってるしちゃんと洗ってるし臭くないはず!!! いやそうじゃなくて、なーにやってんのこいつは!?!?


 思い切り目の前の男の腹を蹴って自分も後ろ向きに転びながら距離をとる。



「なっ、ななななにしやがる変態野郎!!」



 髪をゴシゴシゴシゴシっと手でさすって睨む。ひぇ〜〜〜!? 変態だあ!! 女児の匂いを嗅ぐ変態だったぁ!!


 そうか、時代や世界観は違ってもロリコンはいるよな! まさか教会でこんな目に遭うとは思わなかったが、貴重な人生経験ありがとう死ねっ!!!



「まあまあ待て待て、落ち着けやオッレリア。今のは性的欲求を満たしたわけではない。呪いの元を辿っただけだ」

「はあ? 呪いの元って」

「うむ。その猫に付きまとってた呪いからは、幼女の匂いがしたからな」

「……」

「おーーい! 言い方が悪かったな、訂正する訂正する! 人間の女の子の匂いがしたんだ!! その匂いを辿ったらお前の頭髪に行き着いたっていう事!!」

「……そりゃ、この猫を抱いてここまで来たし。私の匂いがするのは当たり前でしょ」

「まあ待て、とりあえず座れ。そんな端の方で怯えるなよ、シスターに見られたら誤解されるだろ」



 大丈夫か? この男。

 睨んでいたらベルヴィさんはため息を吐くと立ち上がり、背後の棚からお菓子を出しココアも入れてくれた。物で釣ろうと言うのか、いよいよ危険なやつめ。



「聞きたいことがあればなんでも答える。だからこっちに来い、伝えなくちゃならない事もあるんだ」

「伝えなくちゃならない事?」

「そう、いいから座れ。今後のお前に関わることなんだって」



 そこまで言われると、座らざるを得なくなってしまうじゃないか。

 仕方ないので観念してベルヴィさんの前にある椅子を持ち、距離を空けて座った。ココアとお菓子は頂いておく。



「おい、なんで距離を空ける」

「保身」

「何もしねえって!」

「いいから話の続き。なんですか、今後に関わる事って」

「ああ、まあ、そうな」



 ベルヴィさんはビスケットを1枚食し、会話の空気をリセットすると手のひらを私の方に向けて腕を出した。



「手」

「は?」

「手ぇ出しな」

「……? うん」



 言われた通り手を出すと、ベルヴィさんは手を伸ばして私の手のひらにペタッとくっつけた。

 こうして見るとまだまだ私の手は小さい。この体になってもう5年も経ったのに。不思議な気分だ。



「っ!?」



 突然手のひらにバチッと、静電気が走ったかのような衝撃が走った。

 つい反射的に手を離してしまうが、そこで気付いた。なんか自分の手の内側が熱い。死んだ黒猫を見付けた後と同じように、神経が熱を持っているような感覚がした。



「オッレリア、今お前、手のひらに不思議な感覚を感じないか?」

「感じる。なんか熱くなってる」

「その様子だとどうやらまだ魔法について何の教育も受けていないようだな」

「魔法……」



 ベルヴィさんは当たり前のように言ったそれは、エリザベータが1度使った以降二度とお目にかかれなかった代物だった。


 ウルフェンは魔法なんか必要ない、みたいな事を言っていた。その後も意識的に子供達を魔法から離していたのだろう。

 その魔法が話に出てくるという事は、私は今無意識の内にそれを使ったって事になるのだろうか?



「結論から言うが、黒猫を死から蘇らせた呪い、その出元はお前のその手の熱によるもの。お前の魔法のせいで猫は呪われたんだ」

「私の、魔法?」

「ああ。そうだ」

「確かに手は熱くなってるけど。でも呪いと言われると、素直に受け入れたくないな……」

「でもお前、熱を感じる前は俺の手に触れビリってなったんだろ? 俺は聖職者だぞ? 聖職者に触れて拒絶反応起こす魔力だぞ、そう考えたら呪いと言われても納得出来ないか?」



 納得出来るか出来ないかと言うより認めたくないという話だが。要は私は魔法でゾンビを作ったってことじゃないのか。いらないよそんな魔法。



「しかし、その歳で凄まじい魔力量だな」

「はあ、そうなんですか?」

「そうなんです。闇は光に一方的に、お話にならないくらい弱いからな。今のだって本来ならお前が一方的に弾かれるのが自然なはずだが、まさかこっちまで圧されるとは」

「へぇ〜。……ん? その説明だと私闇側として扱われてない?」

「言うまでもなくそうだろう。お前の魔力は闇属性、だから教会製の光のヴェールに拒絶されたんだ」

「そう、なんすか。闇かぁ」



 ヤンデレでもメンヘラでも無いつもりなんだが……。てかただの無垢な子供が闇なんか秘めててたまるか。

 ゲームみたいな話しやがって。ドラクエにも似た設定ありそうじゃん、ワクワクするわ。



「まあ、死骸を甦らせるなんて魔法は聞いたことがないから禁呪の類いだろうが、そんなものをまだ魔法を習ってない時点で使えたのは些か末恐ろしいものがあるな」

「はあ。末恐ろしいものですか」

「うむ。だってお前、いつ爆発するかわからん爆弾みたいなものじゃないか」

「爆弾!?」



 どんな例えだ、人を爆弾扱いするな。しかもいつ爆発するかわからんって、始末の悪い不発弾扱いかい。



「いや、世間ではお前のようなやつに対する呼び名はあったんだった。確か……そうだ、地雷だ!」

「絶対呼ぶな、そのあだ名で」

「オーケー分かった大丈夫だ、股間から手を離してくれ」



 男は見える場所に弱点をぶら下げている、あまり調子に乗らないで欲しいものだ。元男なだけに、弱点を使った脅し方を熟知しているからな。



「で、こっから真面目な話なんだが」



 くだらない雑談をした後、ベルヴィさんに勧められて椅子に座る。

 教会の長机席に座ったの、前世も合わせて人生で初めてだ。ここから見える景色に新鮮さとちょっぴりの感動がある。


 ベルヴィさんは本棚にあった本の中から、魔法に関する本を1冊出し持ってくるとそれを私の前の机上に開いて乗せた。

 イラストによって図説している親切設計な教本だ。



「まず魔法には表と裏がある」

「表と裏?」

「そうだ。これを見ると分かりやすいぞ」



 ベルヴィさんがイラストを指差す。天秤に乗った二つの玉のイラスト。玉の中にはそれぞれ『炎』と『水』と書かれており、天秤は釣り合いが取れているように描かれている。



「例えば、火球を出すファイアーボールという魔法がある。そして、これをよく使用する者は水属性でファイアーボールと同程度の威力、消費魔力を持つウォーターボールという魔法も使える場合が多い。というかほぼ必須で使える」

「炎と水、まるで真逆ですけどセットで使えるんですね」

「あぁ。まあ考えてみりゃ当たり前だけどな。炎の魔法を使った直後は体が熱されている。なら水の魔法を使って冷やさないとってなるだろ? バランスが大事って事さな」



 なるほど? つまり魔法を使う事によって起こる体の不調を、別の魔法を使って調整しようって話か。


 アニメとかだと炎属性キャラの使う魔法は炎だけ、水も同じく水限定、みたいに属性ごとに振り分けられているのをよく見るが、あれを現実でやれたとしたら身体機能はバグりまくりなのかもしれない。


 シンプルに熱を出してる人は水分取って患部を冷やしてって処置をするものな。それと同じ理屈か。



「で、だ。どうやったか知らないけどお前は無自覚に猫を魔法で生き返らせた。無学の状態で魔法を使っちまうなんて天才だって褒めてやってもいい。だが、裏を考えるとそう簡単には流せられないって話だ」

「? 流せられないって」

「生き返るの反対。連想するのは死だ」

「死……」



 生と死の、死。命の終わり、これ以上ないくらい物騒な単語が出てきて驚く。

 表と裏、それが魔法を使う者に付きまとう肉体の自己修正能力。

 だとすれば、生物を生き返らせた魔法使いは、逆に生物を死に至らせる魔法だって使えるかもしれない……?



「そして、お前は闇属性の中でも最も凶悪で始末の悪い『呪い』を扱えてしまった」

「呪い」

「まあ何となく怖い程度の認識しかないだろうけどな、5歳児には。だがな、呪いは厄介だぞ。魔法で再現されるが魔力抵抗や本人の体質なんて無視して直接魂に影響を与えるからな」

「魂に、ですか」

「そう、抗いようのない加害こそが呪いだ。多くは禁呪と呼ばれて使い方は失伝しているが、そういう「人が触れてはならない物」と言われた物をお前は無自覚に使えてしまったわけだ」

「……はあ」

「そして、生き返りの呪いを無自覚に使えてしまうのなら、死の呪いを無自覚に使えても何もおかしいことは無い」



 ここが1番伝えたかった事なのだろう。

 ベルヴィさんはゆっくりと、ハッキリとした口調で私に伝わりやすく言う。



「もし死の呪い何てものがこの世にあって、それをお前がまた無自覚で使えたら。お前はその手で触れるだけで、どんな生物でも殺せてしまう兵器になってしまうかもしれない」



 自分の手を見る。何の変哲もないぷにぷにの丸っこい手だ。しかし、ベルヴィさんは確かにこの手で猫を甦らせたと言った。

 ……直接見たのは私だ。私から見ても、あれは確かに、私の手が触れたから生き返った様にしか見えなかった。


 呪いをかけた手。呪いを、包有しているかもしれない手。



「ん、意外と平然としてるな。現実感が伴わないか?」

「いや、まあ……はい。よく分からないっていうのが本音ですね」

「だろうな。どうだ? 今まで生きてきて、自分が手を触れた瞬間に不自然に死んだ生き物なんかがいたりしなかったか?」

「さすがにそんなことはなかったと思うけど……」



 そもそも手が熱くなる感覚を初めて得たのが猫を復活させた時なんだ。まず間違いなくそれ以前に魔法を使えた事なんて無いはずだ。


 一応考えてみる。私が触れた事で命を落としてしまった生き物がいなかったかどうか。

 そもそも自分の事で手一杯で外にはあまり出ていないし、家の中で虫が出たとしても無関心でいたからないとは思うが。




『……こ■ま■■◾︎も、私……て■◾︎……■だね。椿』




 ゾワゾワとした感覚が背中に立ち上り、耳の奥の血管の音がサラサラと聞こえてくるかのような錯覚がした瞬間、もう忘れていたはずの映像が解像度低めに脳裏に浮かび上がる。


 口に手を当て、というか口を絶対開けないつもりで握って逆流する胃液を口内に押し止めて無理やり飲み込んだ。喉が熱い。



「大丈夫か?」



 ポンッと軽く頭に手を乗せられる。その後に優しく背中を撫でられ、呼吸を整えると吐き気は収まった。



「はあ、はあ、はあっ、あっ、くふっ、はぁっ!!」

「おい、オッレリア?」

「なんで、今になって……なんでまた、忘れてろ、忘れろ、忘れろ、関係ない、忘れろ、どっかいけ、消えろ、死っ」

「落ち着け」



 いてっ!?

 頭が割れそうになり、目の前の景色が何重にもぶれたと思った瞬間、頭頂部に痛みが走った。

 少し強めに頭に拳骨を落とされたらしい。

 見上げるとそこにはベルヴィさんが居て、違和感に気付いて自分の顔を触ったらなんかダバダバに涙が流れていた。



「あっ、え? なんだ、やばい。すいません、今なんか私」

「落ち着けって。今は深く考えるな。1度紅茶でも飲んでリラックスしよう」

「えっと」

「動かなくていい、座ってなさい」



 ベルヴィさんは空になった私のカップを取るとそれを持ったまま裏にはけていった。

 しばらく待っていると、中からポットと湯気の経つティーカップをお盆に乗せたベルヴィが戻ってきた。



「ほら。熱いから気を付けろよ」

「ありがとう、ございます?」



 カップを受け取ると、仄かに甘い落ち着く匂いがした。少しだけ置いて冷ました後に口の中に少量含む。



「……わっ、美味しい」



 私には紅茶の味の善し悪しなど分からないが、それでも今まで飲んだ中で1番美味しいと分かるくらい上品な味だった。私が馬鹿舌じゃなければという話だが。


 私がカップから口を離してもベルヴィさんは何も言わない。私が何かを言い出すのを待っているでもなく、ただ静寂を楽しんでいるようだった。


 秒針の音がする。耳をすませば遠くの方で足音もする。表の花壇に水を上げる音、雑談する声、雑踏。

 音の少ない教会内は凄く静かで、微かに聞こえる外の音色が耳に心地よく、安らかだった。



「こういう田舎の教会はな、人が少ないと快適なんだ。ゆっくり話をするのにも最適だし、ここで昼寝をしたら気持ちいいんだ」

「昼寝て……神様のお家でそんな事していいんですか?」

「いいに決まってるだろ、人が無警戒に穏やかに過ごす。それこそが主の本懐だろうさ」



 一理ある。神様が人を愛しているなら、ぐうたら出来るくらい世界が平和な方が嬉しいよな。



「にぃ」

「お前もなにかほしいか? ミルクをやろう、安物だけどな〜」



 私の足元から離れた黒猫に、ベルヴィさんは予め用意してあったミルクを出す。

 ぴちゃっ、ぴちゃっと舌でミルクを舐める音が響く。



「2回、人が死ぬのを見た事があります」



 気付けば、勝手に口が開いていた。

 慌てて口を閉じる。前世の話などした所で信用しては貰えない、どころか頭のおかしい子供と思われてしまうだろう。

 俺の様子を見て何かを察したのか、ベルヴィさんは紅茶を飲みながら少し何か考え、俺の頭に手を乗せた。



「辛い思いをしたんだな」



 髪をクシャッとされ、撫でられる。



「辛い、というか。……すみません、いきなり変な風になっちゃって。気を使わせましたね」

「構わんさ。こちらこそ、蓋をつつく様なことをしてすまない」

「いや……てか、詳しく掘ろうとはしないんですか。私の言ったことに対して」

「話したくないんだろ? だったらそれで良い、自分から話せるようになればまた聞くさ」

「……」

「まっ、お前は上手く発散せず溜め込むタイプっぽいし、そう肩肘張らずに自分に素直になって周りを頼ってみろよ、爆弾娘」

「爆弾扱いやめい」



 全く、突然やけに優しくなりおって。なんなんだ、何を勘違いしているんだ? よく分からない。

 でも、こちらの為に色々気を使って発言しているだろうし空回りとはいえ善意なんだ。その気持ちは素直に受け取っておくべきだろうな。



「……まあ、そうですね。私も精神病とかなりたくないし。情緒ぶっ壊れて頭オジャンになりそうになったら、また来ます」

「そうしな。嫌な事があった時、縋りたい時、逃げ出したい時、守って欲しい時、そういう時にゃすぐに教会に頼れ」

「小さな事で何度も何度も来たら迷惑だろうし、本当に困った時だけ利用します」

「いいぜ〜何回来たって。人間なんてみんな、何もかもを投げ出したくなる時が何度も何度も来るもんだろ。それこそ片手じゃ収まらないくらい。それくらいは許容してやるさ」

「はあ。おじいちゃんみたいな事言いますね」

「若造だって言うさ。逃げる事を恥として選ばない人間もいるがな、我慢のし過ぎで心が歪んじまったら逃げるよりも情けないだろ? 風邪予防と同じ、対策してなかったから体壊したは自己管理能力の欠如だ。まあそういうわけだから、とにかく無理せず存分に、無遠慮に頼ればいい」

「……聖職者の手本みたいな事言いますね」

「大したこと言ってないだろ。人間には逃げ道ってのが必要ってだけ。ま、オッレリアが教会に頼るようになる頃にゃ、俺はこの教会には居ないだろうけどね」



 紅茶を飲み切る。おかわりはいるかと問われるが断った、尿意を催したら屋敷のトイレまで10分以上掛かるからな。


 ベルヴィさんは未だ静かな教会に響く色んな音を耳にして楽しんでいるようだ。

 最初は突拍子も無いことをし出す変態かと思ったが、こうして見てみると落ち着きがあるし、話も自然な形で引き出してくれるし、聖職者らしいと言えばそうだと思う。


 素直に自然に身を委ねてる感じ、余裕を感じてかっこいいな。こんな大人になりたいなぁ、私の中の人はベルヴィさんと同い年くらいだけどな。



「そろそろ気持ちは落ち着いたか?」

「? 何を言ってるのか」

「ははっ、強がるくらいの余裕は出来たか。良かった」



 トンっと胸に指を当てられる。あれ? 何だかさっきよりも息がしやすい。


 いつの間にかガッチガチに体が緊張状態になっていたらしい。ベルヴィさんが設けた時間を過ごしているうちにその緊張はゆっくりほぐれ、いつの間にか体が楽になっているようだ。



「子供なんだから、気負いすぎるな」

「はあ。……紅茶、美味しかったです」

「そりゃよかった。じゃあ話の続きになるが、いいか?」

「はい」



 そこから、少し長い授業が始まった。


 ベルヴィさんが危惧していた事、生き返らせる力と真逆の力があるのではないのかという憶測。死を他者に押し付けるという、仮想上ではあるけれど恐ろしい魔法。

 もしそんな凶悪な力が存在した場合、私は無自覚のうちにそれを使い最悪人を殺めてしまうかもしれない。


 可能性が浮上した以上は野放しにするのは良くない。そう考えベルヴィさんは私にこんな提案をしてきた。



「お前が魔法を使えるようになればいい。そうすれば、下手に変な魔法が発動しても制御する事は出来るはずだ」



 簡単そうに言う。

 魔法を封印する手立てはあるが、それを使うにしても実際に魔法のプロセスを解明してみないことには始まらないということだそう。



「最初に言っておくが、俺は魔法使いではない。だから実際に見せて教える事は出来ないんだ、そこは許してくれ」

「むむっ、それじゃ言ったところで無意味じゃないですか。まさか独学で頑張れって言うんですか?」

「所がどっこい、俺は魔法使いではないが神父見習いでな。基本的な教養はひとしきり修了していたりする。飛び級マンだ」

「飛び級! すげ〜、でもそれと魔法に何の関係が?」

「いい質問だ、テンプレート通りだな。いい所の嬢ちゃんが現時点で受けている教育ってのは、言語、文字、数学、歴史、地学、化学、そんな所か?」

「そんな感じですね」



 いい所の嬢ちゃんって呼び方、なーんかムカつくな?



「まあ普通だったらこの年齢の時点で魔法の基礎も学ぶんだが、子供を剣士や武術使いに育てたい家庭は魔法を省くケースの方が多いか」



 確かに、うちではもう既に木剣を使った剣術修行が始まっている。他の家の子は魔術を習ってるのか、いいなあ。



「10歳から通い始める学園って所ではな、上記の科目に加え魔法学という学科も追加で教えてくれるんだよ」

「魔法学」

「ああ。言語学、数学、化学、歴史、地学そして魔法学。基本的にこの6科目はどの学園でもカリキュラムに組み込まれてる必修科目ってやつだ。つまり、学園の卒業過程を修了している俺はそれを教える事は出来るって話」



 必修科目って5教科じゃないんだ。国語と英語が言語学に統合されて、社会科が歴史と地学に分けられて、魔法学が加わって6科目。

 学園入ったら留年しそうな気がプンプンするな……。



「という事で、実技は見せられないから知識だけ教えてやる。魔法の発動方法や応用の練習法などを教えるからこの紙にメモを取ってくれ」



 ベルヴィさんが適当な机から羽根ペンと紙を持ってきて私に手渡す。なんか心無しか張り切ってるふうに見えるのは気の所為だろうか。



「いいか? まずはだな……」



 まず、自分自身の体内にある魔力を知覚する方法。その感覚に慣れて魔力の疎密を体内で自在に操れるようにと練習メニューを組まれた。


 いきなりの大難関である。魔力って何? 第六感??


 その次に必要なのは属性を魔力に混ぜる工程。魔力は属性が無ければ無色、つまり無に等しいエネルギーとの事。



「属性がない状態の魔力は『無存在エーテル』と呼ばれていてな。まあ簡単に言えば、仮に存在していようと、存在の証明は不可能で確立出来ないエネルギーって事だ」

「……? よく分からないんですけど」

「有っても意味がない、だから無いのと同義。自分の知らない所で誰かが転んだとして、そこに意味なんかないだろ? そんな感じだ」

「へぇ〜」



 余計分かりずらくなった解説を何となくで流す。哲学的な話は理屈っぽいやつとしてくれ。



 魔力に混ぜる属性は炎、水、雷、土、風、木という6つの自然界に対応した属性があり、異例の属性に光と闇の二属性がある。

 その内、炎と水、雷と土、風と木と言った組み合わせの属性を得る事で安全に魔法を行使できるようになるらしい。その都合上、単一の属性しか持たない者は魔法使いになれないケースが多く、また属性ごとにも相性があるので3つ以上の属性を持つ者は稀との事だった。


 光と闇は少々特殊で、単一の属性だけでも魔法使いとして成立するらしい。難易度が下がったみたいなのでとりあえずラッキー。


 属性を初めて認識するのは難しく、色としてイメージするのがコツ。

 闇の属性は黒いガス状の物を魔力に混ぜるように意識するといいらしい。



「ガス状、うーん。でも属性って自分の体の中であれこれするものなんですよね?」

「その通り」

「体の中のガスを魔力に混ぜるイメージ……って事ですよね。そんなの上手く出来る気しないんですけど」

「分かる。俺も自分の属性を魔力に混ぜるイメージが全く湧かないからな。気持ちは分かるぞ」



 そこで共感されても困るんだが。ていうか、魔法使えない割に結構イメージの仕方とか感覚とか詳細に説明してくれるし、実は使えないとか分からないって言ってるだけで使えたりするんじゃないだろうか?



「釘を指しておくが、俺が魔法を使えないのは本当だぞ。俺の属性は雷と木、雷の魔力は木の魔力で指向性が定められないし木の魔力は雷のせいで暴走してまともに育つ種子を作れん。そういう事だ、変な期待はしないでくれ」

「な、なるほど」



 そういう事か、さっき言っていた属性の都合によって魔法が使えないのか。納得。



「じゃ、授業を続けるぞ〜」



 魔力を操作出来るようになって、属性を混ぜれるようになったらそこで本来は初めて『魔法理論』という、魔法を操作するための基盤が出来上がるらしい。


 そこから先は人に合った練習方法を模索する。

 教本を読んで詠唱を真似て使えるようになったらその過程を覚えておくのが基本らしいが、光や闇といった教本に乗っていないような珍しい魔法理論は親に教えてもらうか、自分で生み出して発動工程を確立させるとの事。


 急に無理難題である。親は私に魔法を教える気なんかないし、発明なんて柄じゃない。


 ここまで真面目に聞いていたのにそれが水の泡になった。最後にどんでん返しをするのはやめて欲しいわ本当に。



「はあ〜、やっぱり私には無理だー!」

「なーに言ってんだよ。お前、そこの猫を生き返らせたじゃないの」



 未だに何故か私に懐いてくっついてくる猫を見て、ベルヴィさんは簡単そうに言った。



「これは、でもまた同じことをしろって言われてもできないですよー。偶然みたいなものだし」

「なあ、猫ちゃん。オッレリアはお前の命の恩人だもんな〜」

「にゃあ」

「ほら、猫も言ってるぜ? 才覚溢れる大魔法使いになれますだって」

「あまりにも字余り! にゃあの二音でそんな複雑な意味を込められるわけないでしょ」

「酷いなあ、オッレリアはお前の言うことを信じてくれないらしいぞ」

「ごろごろごろ」

「酷いにゃ、差別にゃ、言論の弾圧にゃーって言ってるぞ」

「口を開いてすらいない!? 喉なりで分かるならもうエスパーだろ……」



 なんなのだこの人は、猫を使って小ボケなんか仕掛けやがって小賢しい。

 人には向き不向きがある。偶然1度魔法が使えたからって、それが魔法の才能があるという事にはならないだろ。



「無茶な課題ばかりだ……本当に私なんかにこんなの出来ると思ってます?」

「さあ? まっ、俺は魔法が使えないから無責任にお前なら出来るとは言わないけどさ。一応は『(あお)十氏族(じゅっしぞく)』のご令嬢だ、俺よりかはよっぽど可能性あるさ」

「青木……? えっ、なんて?」



 なんか謎単語を吐かれたが、そろそろ夜遅くなるとの事でその日は帰ることにした。

 長い事椅子に座っていた。手を上にして伸びをし立ち上がりついでに背中も伸ばし……。



「いだっ!?」

「おおう? どうしたどうした」



 足首にズキっと痛みが走った。忘れてたっ、足くじいたなそういえば……!

 なんだかんだ言って歩き方にコツを見出していたからすっかり意識してなかった。下手な角度で伸ばしたらバカ痛い! 子供の足くじき、多分骨折並に痛いっ!!



「お前それ、折れてるじゃないか!?」

「折れてんの!? ひえ〜〜〜痛いわけだ!!」

「はあ……少し待ってろ」



 ベルヴィさんはキャソックのボタンを外すと、中から細長いテープのようなものを取り出した。

 テープを丁度いい長さに切ると、それを私の折れた足に巻き付ける。



歓喜花ラエティティア



 単語を唱えた瞬間、テープが淡い赤色に光る。

 しばらく光ると、ゆっくりこのテープが私の足に沈み込むように溶けていき、それと同時に少しずつ痛みが引いていく。



「よいしょっ」

「ぎゃあ!?」



 完全にテープが溶け切る前にベルヴィさんが私の足を持って振る。ゴギンッ! と派手な音は鳴るが痛みはなく、骨が正常な位置に戻ったような感じがして、やがて元の足に修復した。



「どうだ、治ったろ」

「す、すごい……途中でなにやってんのこの人って思ったけど、すごい」

「馬鹿め、折れたまま傷の状態だけ無かったことにしたら足が歪んだままになってたんだぞ。感謝しな」

「むむっ、感謝したくない口ぶり、でもありがとうございます……」

「よろしい」

「てか、今の魔法では? ベルヴィさん魔法使えないって言ってたじゃん」

「違う違う、これは今開発中のブツ。魔法とは別物」

「開発中?」



 ベルヴィさん、聖職者の他にも技術者もやっているのだろうか? 今の口ぶり、発明家のそれだったよな。


 少し気になりはしたが、しかしベルヴィさんにもシスター達にも生活があるとの事で、結局そこで私は家に帰された。


 帰宅後、普段は温厚なエリザベータに死ぬほど怒られる目になろうとは、この時の私には知る由もない。

 とほほのほである。


 ちなみに、猫についてはエリザベータに駄々を捏ねて見たところ飼ってもいい事となった。やったねたえちゃん、家族が増えたよ。

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