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4/22

双子だからといって優劣が無いわけじゃない

 初めてのお説教ガチ泣きをカマしてから2年、5歳になった。


 この2年間、私は『私』であることを徹底した。

 貴族の家らしく淑女たれという教育を受けているので、口を滑らせて『俺』と言ってしまって無駄なお叱りを受けるのを予防する為だ。


 それに、将来を見据えた時に『俺』が一人称の女って結構痛くね? っていう個人的見解による所もある。

 あくまで個人の感想であり、一人称なんて好きにしたらいいとは思うが。まあ、備えあればである。


 いや〜しかし、慣れてみれば自然と言えるものだ。私って一人称は一応男でも使う機会はあるしな。



 それと、4歳頃から屋敷に家庭教師を数人呼んで授業を受けるようになった。

 私が習っているのは文字や言語の勉強、歴史、地理、数学といった基礎的なもの。

 やはり教える事を生業にしてる人の授業を受けると効率的に知識が増えるので助かる。

 誰だ、独学で頑張ろうとか言った奴は、文字ですらロクに覚えられなかったわ無能め。


 だが、アレだ。

 私は自分が人生経験という面で圧倒的リードをしていて、学力の面では兄のヴァルリに劣る事はないと思っていたが、現実は甘くなかった。

 なんか、ヴァルリは天才だった。ヴァルリは家庭教師を呼んでから3ヶ月ほどで文字の読み書きを完璧に覚え、言葉の方の学びも社会に出ても問題ない程つつがなく習得したらしい。


 ……私、文字をかけるようになるまで1年以上かけたのに。言葉を聞き取って喋れるようになるまで同じく1年以上かけたのに。


 そんな物覚えの早いヴァルリだ。他の分野でも遺憾無くその才覚を魅せ、現時点では学園の上級生レベルの教育を受けているらしい。


 私が受けている教育も中学年程度まで進んでいる。教師は十分優秀と言ってくれる。ただ、兄が異常に優秀すぎる、とも言いやがる。


 全く、劣等感を募らせる日々だ。数年前までロクに喋れず私に向かって手をグーパーしてた赤子だった癖に。ムカつく。





「ヴァルリ、オッレリア。お前達は5歳になった。5歳になると体がしっかりしてきて、これからの肉体作りの基礎に必要な準備が整った形となる。よって、今年からお前達には剣術を叩き込む」

「はい!」



 屋敷の中庭にて、木剣を持ったウルフェンを前にヴァルリが大きく返事する。元気がいいなあ。


 ウルフェンは貴族でありながら現役で王国に仕える王宮騎士とかいう約職に就く人間らしく、子供達にも自分の仕事を継がせようと企んでいる。


 望まぬままに始まってしまった剣術修行。

 一応この日の為に腕立てや腹筋といった最低限の筋トレはしてきたが、果たして。



「と、その前にだ。始める前に、言うべき事がある」

「言うべきこと?」

「……」



 ヴァルリは聞き返すが、私は何も言わない。


 どうせロクでもない事だ。ウルフェンは私を嫌っている。こんな場面でなにか一言加えるのは、私に関する嫌味だと相場が決まっている。


 出来ればウルフェンの顔も見たくない。だが、顔を逸らせば平手打ちを食らう。

 私は恐る恐る、出来るだけ睨まないように意識しながら目線を上に向ける。



「俺は、エヴァンレイズの当主はヴァルリに継いでもらいたいと思っている。まだ先の話だがな」



 おー。何? 今ナチュラルに双子差別受けた? 女は当主になっちゃダメなんか? Twitterがこの世界にありゃキレ散らかし長文ツイート三発ぐらいぶちかましてるぞ???


 ウルフェンは言葉を続ける。



「当主を継ぐに当たり、ヴァルリには剣の道を極め剣帝の称号を獲得するのを目標にしてほしい」

「剣帝?」



 けんてい……? 剣の皇帝……なんそれ、ゲームじゃん。そんな比較的近年に生まれてそうな造語っぽい単語が存在するの?



「剣帝とは国で最も強い剣術使いの称号、俺の目標でもあり、全剣士の目指す路だ」

「剣帝ですか……」



 ほえ〜。剣の強さの順序だか序列だかでそんな名前が付くのか。剣豪とか師範代とかそういうノリなんかな、よく知らんけど。


 てか、剣の腕を現実の地位になぞらえて呼ぶにして、ここは王国なのに頂点は帝なのか? 君主って意味では同じようなもんだけど厳密には違うだろ。

 雑くないか、最初にネーミング決めした奴頭悪いだろ。



「そこで、だ」



 木剣が私と、ヴァルリに渡される。そして肩を持たれて互いに見合う形となり、ウルフェンは少し距離を開ける。



「ヴァルリ、オッレリアを打ち負かせ」



 えぇ〜〜〜〜〜〜???

 えぇえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?!?

 何を言うかと思えば、打ち倒せ? やばくない、直接的すぎない?

 そんなっ、そんなこと言う!? めちゃくちゃ歯に衣着せないじゃん、私の事大っ嫌いじゃ〜ん!?


 まさかの発言につい目を丸くしてしまった。あんぐりと口を開けてしまった。この世界がドラマ『TRICK』の世界だったら多分ポーンッて効果音鳴ってた。そんな顔をしてしまったよ。


 それに、そんな事を言われればヴァルリだって流石に驚いて……ない。驚いてないな。どちらかと言うとやる気になってる。なんで? 私の事嫌いなの???



「やり過ぎていると判断した場合は止める。安心しろ」



 やめろってそういうこと言うの。それじゃ「あっ、父上が止めてくれるなら手加減はいらないね!」ってなるかもしれないだろ。



「木剣を先に離した方が負け、戦場で武器を失うというのは力の差で不利な状況に立たされたという事だからな。とりあえずお前らの素質を見ておきたい」



 素質も何も、女が男に勝てるわけねえだろ。舐めんな、ボコされるぞ私。


 ま、まあ、でも筋トレはしてきたんだ。なんとか……なるかあ?


 ヴァルリはめちゃくちゃ活発な子供だ。ウルフェンが庭で剣を振ってるのもよく見て真似てるようだし、それで基礎とか型とかしっかりしてたら絶望的じゃねえ?



「じゃあ2人とも、剣を構えろ。流派は色々あるが、基本は足を肩幅に開き、利き腕の方の足を前に。手首は柔らかく、しっかり握るんだ」

「は、はい!」

「はい……?」



 口頭で教えるんか、構え。よく分からねえんだけど。


 前世記憶に頼ってそれっぽくテキトーに構えてみるか?

 あてか、そういえば授業で何度か剣道を習ったことがあるじゃん。あの構えもやってみるか? ……いや、ウルフェンの説明とかなり違うから辞めておくか。



「ん、構えたな。まあ及第点だ、初めてだしな。それでは、このライターが落ちたら試合開始だ。落下と同時に打ち合え」



 ライターて。そんなものはあるのかこの世界。喫煙者に優しいな、非常にグッドだ。


 にしてもなんだよライターが落ちたら開始って、ただの喧嘩じゃん。開始の合図そんなんでいいのか。


 ……まあ、考えててもしゃあないか。力勝負に持ち込まれたら多分負ける、打たれても痛いから泣きそうになる。集中だ。



「それじゃ、行くぞ」



 ウルフェンの手からライターが放られ、やがて、手入れがちゃんとされているライターが響かせるキィンという気持ちのいい金属音が響く。

 ウルフェン、そういうの好きなんだな。男の子じゃん。可愛い。



「レリア! 行っくぞお!!」



 なんでノリノリなんだよ。頭おかしいだろ。


 ヴァルリが地面を蹴ってバタバタと走りよってくる。

 水平の斬撃、やっぱりウルフェンの剣術を見様見真似で少し覚えているようだ。

 でも、別に速度はそこまで早くない。でも怖いからバントの感覚で木剣を前に出して当てに行く。



「おりゃっ」



 ボグッとあまり気持ちよくない音が鳴った。まさに素人チャンバラって感じの音だ。


 一太刀目を軽く当てていなして軌道をずらし、必然的に木剣1本分中に入ったヴァルリの顔に手を伸ばし、その前髪を掴む。



「目隠しっ!?」



 目隠しではない。もしかしたら目隠しして木剣でぶっ叩いた方が賢かったかもしれない。


 生前経験による喧嘩闘法に頼ってみようとしたが、よく考えたら幼女の体じゃ他人に通用しないんじゃないんだろうか……?

 つっても考えだけで強くなるわけじゃないし、通用しなかったとして負けても子供の腕力ならたかが知れてる。今まで通りでとりあえずはいいか。



 前髪を掴んで、そのまま前方に押し込む。そうすりゃ喉が出る。喉は人体の急所だ、幼女の力でも攻撃すりゃノーダメージというわけにはいかないだろう。


 がら空きになった喉に拳……は木剣を握ってて使えないから、手の内側を空に向けるようにして木剣の持ち手の底をヴァルリの喉に叩き込んだ。



「ぐふっ!? がはっ、……ぉえ!」



 苦しそうに噎せる。

 追加ですぐにでも膝辺り入れたかったけど、足が短くて無理だった。よたよただった、足を上げてみたら。ずんぐりむっくりボディである。


 どうしようか。勝つ条件、武器を奪えばいいんだっけ?


 まだ前髪は掴んでいる。

 木剣を離したら負け。だから私は木剣を口で咥える。某海賊狩りスタイルである。

 ヴァルリは賢い。それは勉強以外でも同じなようで、彼は顎を引いて腕を上げて顔面をガードしている。本能的に戦いに向いてるんだろうな。

 防御がおざなりな脇っ腹に蹴りを入れた。つま先を突き刺すように深く、深く押し入れる。



「ぐふっ!? ぅくっ」



 ガードが下がる。痛いもんね、骨がない部分をつま先で蹴り抜かれたら。


 がら空きになった顔面に拳を当てる。幼女の力は非力だが、それでも腰を入れて捻りを入れて殴ればマシな威力は出る。

 何も漫画みたいにかっこよくラッシュしなくていいんだ。ただ1発1発、デカめな石を相手の顔面にぶち当てるように、重く確実に殴ればいい。



「……ふっ! ぅあぁっ!!」

「いでっ!? ……つぅ〜!」



 ヴァルリが前髪を掴む私の手に思い切り木剣で打った。鋭い痛みが腕に来る、折れてないだろうな……。



「はぁ、はあっ、ふぅ……! はぁ、はぁ」



 息も絶え絶え、さっきからずっと攻撃を受けていたのだから当たり前だ。てかよくここまで耐えたなって褒めたい、タフネスがキモくないか? すごいな。



「レリア、強いね……!」

「そ、そうかなあ」



 まあ外見が子供でも中身は高校生ですからね。だから、見た目を抜きにして見てみてると5歳児の小僧をボコす高校生。いや〜、ダサいね!



「ははっ。知らなかった。隠れて鍛えていたの? レリア」

「……まあ」

「そか。……やっぱりすごいな」

「?」



 小さな声で何かを言われたがよく聞き取れなかった。多分、自分に向けての言葉だったんだろう。



「でも、負けないぞレリア!」



 ヴァルリは大きく息を吸うと再び地面を蹴った。単調な突進だ。流石にそれは対処されるに決まってるだろうに、そういう発想力まだ5歳児にはないか。



「っ!」



 声にならない声が出た。

 ヴァルリは私の手が届く間合いの本当にギリギリまで来ると、小声で何かを呟き地面を蹴った。


 おかしい事が起きた。


 屋敷の庭のタイルじゃない部分は踏み固められた土となっており、蹴りあげただけで砂塵が巻き起こるはずは無いのだ。


 ヴァルリは砂を蹴りあげて私の目潰しをしてきた。意味が分からないままに混乱する私をよそに、そのほぼ直後に腹を打ってきた。



「いってえなあ!!」

「うわっ!?」



 状況が理解出来なかったが、そうなれば根性とパワー押しだ。

 腹を打たれて痛くて息が出来なかったけど、それでも身体は動く。私は何も見えないままに思い切り前方に肩を入れて移動した。


 木剣を打ち込まれるのなら、その力が解放しきらない位置にこちらから移動すればダメージは抑えられる。

 目が見えていなくても衝撃を受けた方向さえ分かれば、人間その方向に突っ込めば相手にぶつかれる。肩からタックルを入れれば体重移動で体格が同じ相手に大きなダメージと隙を与えられる。


 そして出来た僅かな時間、私は目を擦って無理やりこじ開け、ヴァルリの木剣を掴んで逆に私も自分の木剣を頭上高くに構える。



「そこまでだ!」



 思い切り木剣を脳天にたたき落とす。……前に、ウルフェンに掴まれて阻止された。


 ……ちっ。またお兄ちゃん贔屓か。クソ親父め。



「大丈夫か、ヴァルリ」

「は、ははは。大丈夫ですよ父上」



 ヴァルリは鼻血に腫れで顔がボコボコだった。

 やり過ぎた、のか? でもそういうもんじゃないのか? 木剣で叩かれたらもっと傷塗れになっていた筈だろ。


 ウルフェンは、私が同じ目に遭っていても止めたか? 絶対止めない。それに、初めの宣言の時点で既に不公平だったじゃないか。

 私を打ち倒せって目の前で言いやがったんだぞ。それを一応は実力で圧倒したんだ、悪くないだろ。

 反省する必要も無いよな。罪悪感を抱く必要だって……。



「はあ」



 ため息が溢れる。すると、ウルフェンはいつにも増して憤怒に塗れた顔をし私の胸ぐらを掴んだ。



「どういう事だ、これは」



 何がだよ、とは言えない。殺されそうだもん。でも最低限の抵抗はしてやる。



「どういう事とは?」

「やり過ぎだろう。お前、加減というのを知らないのか?」

「知ってますけど。だから加減したんです父上。やり過ぎだって思うなら最初の髪掴んだ段階で止めれば良かったでしょ」

「あの時点ではまだ戦い方として飲み込めた。が、喉を攻撃するのは駄目だろ! 何を考えているんだ、もしもの事があったら」

「そうならない為に父上が居るんでしょう? 止めに来るのが遅いんですよ。分別のつかない子供を責める前に、自分の判断の甘さを反省したら?」

「何……?」

「何ってなに? そんな難しい事言ってないだろ。何を思って遠く離れてたか知らねえけど、どうせハナから止める気なんかなかったんだろ? 私が負けるって思ってたんだろ」

「……」

「ぎゃはっ、黙んなや。まるで図星みてえじゃん? まあさ、自戒しろや。今のさ、私が殺す気だったらヴァルリはとっくに」



 バチンッ。

 ははっ、バチンッだって。また叩かれた、私のほっぺ可哀想。

 ウルフェンを見る。彼は自分のした事にハッとしているような顔をしているが、そんな顔をするのなら最初から子供の顔を叩いたりすんなよ。DV野郎が。



「……お前、まるで自分が勝ったとでも思っているような態度を取っているがな。お前は木剣を手から離し咥えている。その時点で負けているんだぞ」

「はあ? "手から離したら負け"とは言ってなかっただろ。離したら負けってだけだろ? 口から離してなけりゃセーフじゃん」

「そんな理屈が通るか! そもそもどこに口に剣を咥えるような剣士がいるのだ!!」

「いねえって断言出来んのかよ? 世界中見てきたのか? 見てきてねえだろ? 麦わら帽子被ったドクロ旗の海賊船見てから物言えや」

「麦わら? 何を意味の分からないことを……。オッレリア、剣を持つにあたる姿勢といい、今の態度といい、少し調子に乗りすぎだぞ。やはり、紛い物は所詮紛い物ということか」

「あ? なんつったてめぇ」

「待ってください2人とも!!!」



 今にも首を絞めてきそうなウルフェンと私の間にヴァルリは割って入り、ギョッとするほどの大きな声を出した。

 2人してそちらを見る。音量調節をミスってるだろうってくらいのボリュームだからだ。


 深く頭を下げるヴァルリ。顔を上げると、彼は悔しそうな堪え顔をしていた。



「僕の負けです、父上」

「ヴァルリ、しかし……」

「本当の実戦だったとしたらもう殺されてました。それが現実でしょう? ……僕が弱かっただけ。だから、どうか」



 泣きそうになりながらも必死に泣かないように耐え、言葉を懸命に伝えるヴァルリ。しかしウルフェンは認めなかった。



「そもそもこれは剣のテストであり、本人の殴り合いでの強さを比べるものでは無い。その前提をオッレリアは破り、好き勝手にやってお前を痛めつけたんだぞ」



 人聞き悪ぃな。痛めつけてはねぇよ。



「それでも負けは負けです。剣術は剣だけを使う武術なのですか? 違うはずです」

「それは……そうだが」



 詭弁だ、ウルフェンの言っている事が実際は正しい。剣の才能を見たいって言ってるのにこっちはほぼ剣を使わなかったんだから。


 それでも、ヴァルリは素直に負けは負けと認めている。悔しくもあり、次こそは絶対に勝つと、そう思いながら負けたと主張している。


 その精神性は全く理解できないが、ウルフェンは一定の理解を示したのだろう。彼は私から手を離した。



「ははっ、レリアは強いな、まさかここまで完敗するとは思わなかったよ」



 ひ、ひぇ〜〜〜!? なんだよ、私のお兄ちゃん真っ直ぐすぎ〜〜。

 愚直だなあ。その誠実さが眩しすぎて直視出来ないよ。

 聞いてくださいよ、まだ5歳なんだよ? 自分の負けを素直に受け入れそれを言える5歳児なんてご立派もご立派ですよ。愛おしい〜、可愛い〜〜!



「……確かに、ヴァルリの言う通りだ。勝ちは勝ち、だな。よくやった。オッレリア」



 思ってる? 思ってないだろ、鉄仮面なんだよあんた。無理して褒めんな。


 なんだろうな、無駄にこの男に対して苛立ってしまう。流せる程度の事でもだ。

 ウルフェンは私の事を嫌っているが、その嫌な感じに充てられてこっち側も随分とウルフェンの事を嫌っているらしい。



「まあでもあれだ、これは修行前の本人の素質や気質を確かめる為のもので、今後またお前達には打ち合いの機会を持たせる。次は1年後、それまでに剣術の基礎を一通り体に染み込ませてやるからな」

「はい!」

「……はい」



 またやんのかよ、このストレスイベント。

 1年か……一見短いように感じるが、この世界に来てからはやる事も発見も多いからそう短くはない。

 しばらくはストレスフリーな生活を出来ると思って前向きに考えよう。


 未知の知識を学ぶ速度に関してはヴァルリに負けてしまったが、人生2回分の経験があるから剣は置いといて喧嘩には少しばかり自信がある。

 今はまだ私が強いし、そう早く実力で越されることもきっと無いだろう。




 ーーーーー




「あぁっつう〜……はぁ、怠ぅ」



 剣術修行を初めて3ヶ月後経った。

 季節は冬に近付き少しずつ涼しくなっているが、動き回るとすぐ熱くなる。


 ウルフェンが教える剣術、『灰狼流(かいろうりゅう)』とかいう流派の剣術はやたらと動き回るし体を捻ったり切りつけて瞬時に退くといったフェイントも兼ねた攻撃も多いから、とにかく腰と足腰が痛い。無駄な動きが多いような気がして熱い熱い、たまらんぜ。


 素振りをやって、足さばきを練習して、筋トレ、また素振りをやって、そんな工程を10回10セット、終えたら休憩として別の座学を行う。そしてまた昼頃に再開し、座学を行い、夜にまた鍛錬をし、眠りにつく。


 見事なまでにみっちりスケジュール。人間の生活か? これ。ブラック市民を名乗ってもいいと思うんだけど。



「あれ、レリア? おーい、どこ行ったのー?」



 ヴァルリが私を探している。

 折角の空き時間だというのに軽く打ち合おうだのと言ってくるので、妹ちゃんは早めの反抗期を迎えたということでこうして隠れている所だ。


 全く。前にヴァルリをボコった日から頻繁にヴァルリが戦い方について聞いてくるようになった。私に聞いても無駄だろうに、何故ウルフェンに頼らないのか。



「レリア〜?」



 ヴァルリが中庭の噴水辺りを歩いているので、死角となっている木の影から窓を伝って屋敷に入る。よし、逃亡成功!


 さて、次は歴史の授業なのだが、ぶっちゃけて言うとサボりたいのが本音だ。

 なんてったって歴史を教えてくれるおじいちゃん先生、同じ所を何度も何度も反復するから先に進まないのだ。

 老人を無下にするのは心が痛むが、でも何度も同じ話を聞くのはなぁ……。



「ここまで来りゃ誰にも見つからないよな」



 長い廊下を渡って屋敷の裏手、別館まで歩き、手入れがあまりされていない苔の生えた噴水の影に座りひと休憩。

 ここは滅多に人が来ないので昼寝し放題、最高だ。本館の方に居たらずっと気を張りっぱなしだから疲れてしょうがない。憩いの場である。



「ん〜いい天気。やっぱ秋といえば昼寝の秋だよなあ」



 石の上で寝転がる。

 剣の振り過ぎで出来たタコを見て「私、頑張ってるな」と自分で自分を褒めてあげながらぐうたらする。

 これこれ、やっぱ現代っ子たるものダラダラしないとやってられないっての。


 はあ、気持ちいい。このまま眠ってしまいそうだ。もっと楽な姿勢を取ろう。そう思って体の右側が下に来るよう寝返りを打つ。



「……うわっ。きもっ、猫の死骸? 最悪」



 なんか、寝返り打った先に頭に深い切り傷のある猫の死骸が落ちていた。

 来た時には全く気づかなかった。危うく踏む所だったし、寝返りで体にひっつく所だった。間一髪助かった……。



「てかなんでこんな所に猫の死骸なんか落ちてるんだよ……。私がここに来てんのを知ってて誰かが嫌がらせしてるのか?」



 わざわざこんな陰湿な嫌がらせをするような人間、身内に居たか? 恨みを買ってそうな相手ならまあ2人ほど、心当たりあるが……。


 いや、しかし我が父も我が兄もこういうのするタイプじゃないよな。父の方は分からないが、それでもここまで陰湿な事は流石に……。


 使用人の人達にも無礼な事とかはした覚えないし、どちらかと言うとヴァルリよりも慎ましやかに生きてきたつもりだ。

 両親に連れられて会った他の貴族の子やその家族とも、まあ顔見知り程度で恨みを買うまでの深い仲を築いた事は無い。


 じゃあ、これは本当にただここで死んでるってだけなのか? 猫が。


 まあここは敷地の隅に位置するし、塀のどこかに穴があってそこから入った猫が何らかの要因で野垂れ死にするのは有り得るっちゃ有り得るか。


 ……どうでもいいや。よくある話じゃんね、死んでる猫を見掛けるのなんて。


 それよか、埋めてやらねーと蛆虫グロモードになっちまう。折角の寝床がウジウジランドになったら堪らねえから埋葬してやろう。



「……? あったか。生きてんのか? 死んだばっか? よくわかんねーなこいつ」



 猫の死骸、素手で触ったらなんかまだ僅かに体温があった。


 体の側面に触れる、鼓動や呼吸による動きはない。息もしてないし死んではいる。

 ついさっきまで生きてたのか? この屋敷の塀に入る際に出来た傷に菌でも入って死んだのだろうか。


 思えば、こんな場所に猫の死骸が落ちていたら普通気付くものだ。よっぽどのアホでも。


 私がここに来た時点でそれを見つけられなかったってのは、その時点では猫は死んでいないしこの場にいなかったってだけの話だよな。


 のんびり秋の風に当たりながら寝転がっていた所、どこからともなく猫がここにやってきて死んだって考えるのが自然か。



「なんだぁお前、何かに追われてたのか〜?」



 猫の死骸の頭を撫でる。犬派か猫派かで言ったら私は断然猫派である。可愛い、特に鼻の下のふぐりみたいな所。



「……? なんだ?」



 なんだか、猫の体温に触れていたら今度は自分の手のひらが熱くなっていくような気がした。


 気の所為……ではない、確実に手のひらの中が熱い。

 まるで肉が燃えてるような、いや、もっと内部の奥の奥、小さな何か、神経? が熱を発してるような、そんな感覚。



「なんだこれ、どうなって」

「……にぃ」

「えっ」



 自分の手のひらの熱さに意識を囚われていた最中、突如手の下にある猫の死骸から声がした。


 どういう事なのかと思い手を上げると、猫の死骸は急に元気そうに伸びをして4足で立つと、そのアーモンドのような瞳で俺を少し睨んだ後に手をぺろぺろと舐め始めた。



「お前、死んでなかったっけ?」



 死んでたよな? え、だって心肺止まってたじゃん。あれで実は生きてましたは流石に無理があるって。


 というか、なんか、頭、も含めて全身の怪我が治ってる? さっき見たまで体のあちこちに毛が剥げて赤い肉が剥き出しになってるって酷い姿になっていたのに、なんで当然のように綺麗な家猫みたいな状態で人の手舐めてんの?



「えぇ? あれ、えぇ〜?」



 持ち上げて全身をくまなく観察する。まじで傷の一つもない。泥が少し付いている程度でそれ以外は本当に綺麗な黒猫だった。


 狐に化かされてる……? 幻覚? やばい薬やったか? と考えるが、猫の色を見てピンと来た。

 黒猫、つまりそれは不幸の象徴! 悪魔猫……!


 ゴクリ、と唾を飲み立ち上がる。

 屋敷の近くには教会があったはずだ、もしかしたら私はこの悪魔猫に取り憑かれてしまったのかも知らない。そもそも猫に悪魔が取り憑いているのかもしれない!



「くっ、正門まで回ったら30分はかかる! この猫気色悪いし、出来るだけ早く……っそうだ」



 勢いよく立ち上がり、猫を落とさないようにがっしり抱える。

 この猫がもし化け猫の類じゃなかったとしても妙な事は が起きたのは確かだ。病院よりは教会か近い、もしかしたら頼んだら引き取ってくれるかもしれない。


 緊急を要する。猫を抱えたまま植樹によじ登り、枝を伝って塀の上の鉄柵を足場にして意を決して飛び降りる。


 グキッ。



「いっでぇ!!?」



 やび、足くじいた。え、折れた?

 調子に乗ってアクションしてみたはいいが、どうやら私は運動神経に恵まれていなかったらしい。


 まあでも、この塀を超えたら教会は目と鼻の先だ。先にそちらに寄って、猫を押し付けてから屋敷に帰る事にした。

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