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我が家の赤髪、マニパニ感ない……?

 転生して1年が経った。1歳になって2ヶ月ちょい。


 足腰がふにゃふにゃだった頃は両親や周りの大人の会話を聴いて耳に慣れさせて、這いつくばって歩けるようになってからは出来るだけ家の中を見て周り色々な事を知った。



 まず第一に重要な情報として、俺はどうやら女の子らしい。


 自分の股間にあったものがなくて、そこには縦の切れ目というか隙間というか、ぷにぷにする穴があった。

 初めてそれに気付いた時はまだ歯が生え揃ってなかったので母音のみの大絶叫を上げたものだ。


 女になってしまった。ハブられたくないし自然に周りに溶け込む為に一人称は私に矯正し女性らしさも学んでいかなくてはならない。面倒臭い。



 第二に、俺はどうやら双子らしい。


 誕生した翌日に母親に抱き上げられた状態で家の中を見た際、鏡で見た自分の姿に瓜二つの赤ちゃんが居るのを目撃した。


 双子ともに顔面の造形は多分父親似だと思う。現時点での話でどう成長するかでまた変化するだろうが、鼻や目元なんか父親になんとなーく似ている気がする。

 髪色は母親と同じ赤髪。瞳の色は俺が紫色、もう1人が碧眼。


 片方が赤髪でもう片方が銀髪になるみたいなケースは優性遺伝やら劣性遺伝やらの関係でよっぽどないのは分かっていたが、なんとも面白みのない話だ。

 別人に転生するなんてファンタジーな事起きるなら、そういう部分も融通きかせてほしい。


 てか、父親もイケメンではあるんだけど、折角ならまさしく絶世の美少女である母親の顔に似たかった。

 父親の顔、なんか悪人面なんだよな。人相悪い顔に育ったら、結局前世と同じ人生辿りそうで面白みがない。



「おぎゃぁ! おぎゃぁーっ!」

「あっ、パパァー! ヴァルちゃんおしっこしたのかも! ちょっとオムツ見てあげて!」

「わ、わかった!」



 そう言えば最近、まあ自分なりの解釈ではあるが両親の言葉を少しづつ理解出来るようになってきた。


 とりあえず俺の知る日本語に相関させた単語が会話に出てきたらそれを頭の中で直して、不明瞭な単語は辻褄を合わせて意味を当て嵌め補完する。


 独学という形になるから厳密には間違っているかもしれないが、一応は成立しているしいいか。



「はーいリアちゃんお待たせぇ! お腹空いたねぇ〜」

「ぅー。おんぁ?」



 うげっ、授乳の時間だ。

 俺は赤ちゃんだが、いかんせん中身が理性を持ってるせいで全然泣かない。

 腹が減った、気持ち悪い、着替えたい、そういう思いを伝える手段として泣くべきだと分かってはいるが、中身の倫理的ロックが掛かっているせいで泣こうにも泣けなかった。

 そのせいで別に空きっ腹でなくても授乳させられるし、頻繁にオムツをご開帳される。


 なんだか赤ちゃんプレイに対応してる風俗に来たような気分である。行ったことは無いが。



「は〜いリアちゃ〜ん、あーん」

「あぅ……」



 遠慮がちに近づいたはずなのにチュプッと鳴った。鳥肌が立った。チュプリーム。


 もう流石に慣れたが、推定中学生くらいの母親の母乳を飲むというのは、こう、やはり罪悪感は拭えない。頭の中の倫理アラームが警笛を鳴らし「俺は本当にこれでいいのか?」と訴えかけてくる。

 良くはないだろ。良くはないけど、じゃあどうすんの? 中学生相手に赤ちゃんが勝てるかよ。


 自分の倫理に逆ギレである。


 ……何故我が家は粉ミルクを導入しないのか、甚だ疑問だ。



 というか粉ミルクに限らず、どうにもこの家にあるものは前時代的というか、全てが2、300年くらい遡ったかのような趣がある。


 家電製品が一切なくて、食品保管は干し肉にしたりそもそも腐りにくいものしか買わなかったり、痛みやすいものがあれば氷と一緒に石箱に閉じ込めたり。

 電気式の冷蔵庫を使えばもっと生活の幅は広がるのに、頑なに冷蔵庫が我が家に置かれることは無かった。


 他にも、灯りはロウソクや、初めて見るけどランタン? のようなものを使っているし、暖房は暖炉だし、エアコンは……ここは気候的に年中そこまで暑くないから必要ないけど、洗濯機もなくて全て手洗いだ。


 そういうお国柄なのかね。電気を一切使ってないというのは斬新な生活だから悪く無い。スマホから離れた生活、ゲームもない生活。目に優しい日々だな。


 なんかあれだ。『落穂拾い』や『牛乳を注ぐ女』といった西洋絵画にありそうな生活風景だ。

 家の外に出たら途方もない麦畑が拡がってたりするのかね?



「ぱふぅ」

「よしよし、リアちゃんは可愛いねぇ。パパ、ヴァルちゃんのオムツ替えたら連れてきてぇ。次はヴァルちゃんに上げないとね」

「ああ」



 和やかな夫婦の会話。ちなみにリアちゃんというのは俺のあだ名でヴァルちゃんというのはもう1人の双子のあだ名だ。


 どうも初めまして。こんなタイミングで自己紹介するが俺の名前はオッレリア。というらしい。

 双子のもう1人の名前はヴァルリ。名前的に男の子、そんでもって俺より先に出てきたらしいから兄だ。


 苗字はよく分からないし、両親は互いをパパ、ママ、と呼ぶから名前も分からない。まあもう少し言語を理解出来るようになって、自分で喋れるようにもなるまでには知れる事だし今は気にすることでもない。




 ーーーーーー




 2度目の誕生日を迎え、我、オッレリアは2歳となった。


 なんと驚く事に、ヴァルリは俺がハイハイしてる時点で既に自分の足腰で歩いていた。

 油断していた、どうやら赤ちゃんというのは1歳半ほどで歩けなければ発育が遅いと判断されるらしい。少なくとも俺はそう判断された。勉強不足が祟ったぜ。



「おぃちょ」



 よいしょ、と言ったつもりだが歯がまだ完全には生え揃ってないのでこんな発音になってしまった。


 発育が遅いと言っても正直に言えば何もせずぐうたらしていただけであって、中身は高校生なんだ。歩けるようになるのにそこまで苦労は無い。余裕である。


 この歳になって、兄のヴァルリも話は出来ないにしても単語を出して要望を出す程度は出来るようになった。


 ナチュラルボーンベイビーである兄が少し話せるようになったのだ、この辺りの年齢なら喋ったり本を読んだりしても問題無いだろう。そう思い、俺は最近言語勉強も兼ねて率先的に読書をしている。


 まあ読書と言っても、象形文字だか落書きだかにしか見えない記号を読むのなんて至難の業でロクに読めはしないのだが。これは自慢だが、俺は頭が良くないからな。

 独学をするにしても自力じゃ限界があった。馬鹿の誉って感じ。



「まー、こぇ」

「なぁに? あら、読んでほしいの?」

「ぅん!」



 適当な本を持って母親の元へ持っていき読んでもらう。

 俺の地頭でもなんとか言語をちゃんと少しずつ理解出来るようになっているから、後は文字を目で追って読んでもらって覚えていくっていう寸法だ。


 類を見ない天才的な案、自分の聡明さにホレボレである。ガリレオのBGMが鳴り止まないぜ。



「毒虫は言いました。『君は旅に出るんだ。これから一人、その翼を使って自由に世界を見て来ればいい。僕とはここでお別れだ。』私の翼は風を掴み、毒虫の姿はどんどん小さくなっていきます。かくして、ふたりぼっちの物語は幕を閉じましたとさ。めでたしめでたし〜」



 めでたくない! 全然めでたくないおとぎ話だった!! なにニコニコ笑顔で「いい話だねえ」と言っているんだこの母親は!!?


 蝶になれない毒虫と少女の話、かと思えば自分を毒虫だと思い込んでる精神異常者の父親と地縛霊の娘の話!!! 後味悪すぎるわっ!!!!


 あー最悪だ。胸糞悪い……勉強するつもりで読むのをお願いしたのになんでこんな気分にならないといけないんだ。涙ちょちょ切れちゃうよ……。



「ね、リアちゃん。リアちゃんはもし自分の子が死んでしまったら、どう思う?」

「うぇ? こぉも?」



 読書も終え、新たな本を漁りに行こうとした所を止められる。

 どんな質問? 2歳児にする話かそれ。娘の頭めっちゃ良いって思ってない?



「ふふっ。実はね、リアちゃんは本当は生まれて来れなかったかもしれないの」



 あれま。

 俺、ワンチャン死産だったらしい。ここで明かされる衝撃の真実である。

 何故今そんな事言った? あまりにも俺が泣かないから泣かせてやろうって思ったのか? ネグレクターか? あんた。


 母親は俺の頭を撫でる。ちょい生え始めた赤髪。自分と同じ色の髪を指でいじり、指を通す。



「パパがね、頑張ってくれたの。私が我儘を言ってね。折角、私の赤ちゃんになるのを選んでくれたのに、産まれて来れないなんて可哀想だって。そしたらね、私がそう言うならって」

「ぅー」



 重い重い。急にどうしたの病んでるの??

 私を選んでくれたのにって、子は親を選んで産まれてくるっていう価値観の持ち主なのか? 今後毒親になりそうな考え方だな……。


 綺麗な薔薇には棘があると言うが、まあ薔薇は汚くても棘はあるが。しかしその言葉の通り、この母親はちょっと警戒した方がいいような気する。

 身の振り方ひとつ間違えたら暗黒面に落ちそうな雰囲気だ。こわ……。



「本当は、それが自然の摂理だって言うのならそっとしておくべきだったのかもしれない。死んだ人は甦らない、産まれてこれなくても、仕方なかったのかもしれない。……でもね、ママはそうは思えなかったの。だって、リアちゃんが居なかったもしもを考えると」



 母親の言葉が止まる。見上げると、母親の目の端には涙が溜まっていた。

 頬を伝って、雫が俺の顔に落ちた。



「……」



 手を伸ばし、涙を指で拭おうとする。まあ手は届かないが。

 すると、母親は俺の手を指で優しく包んで、自分の頬に押し当てた。



「まー」

「うん、なぁに?」

「なでなで」

「あら、優しいっ。ふふっ、……うん」



 母親は何かを自分の中で飲み込んだ。溜飲とかでは無く、気持ちとか、感情とか、多分そういうのだ。そういう目には見えない、胸の中にあるような何かを飲み込んで、優しく笑う。



「そんな事されたらママ笑顔になっちゃう!」



 母親は俺を抱きしめた。よかった、悲しくなくなったらしい。ははは。




 ーーーーー




 3歳になった。もうすっかりちゃんと自分で歩けるし、言葉も文字もバッチリだ。少なくともこの国、この地方の物は支障なく会話したり手紙出したり出来るくらいにはマスターできたと自負している。


 そして、2歳の頃に両親のそれぞれの誕生日をお祝いするのに参加する事で、各々の名前を知った。


 父の名前がウルフェン・エヴァンレイズ。

 母の名前がエリザベータ・エヴァンレイズ。


 かっけえ〜〜カタカナ名前! 自分らの時もそう思ったけど、なんかかっけえ〜〜!!


 ごほん。


 その後に調査によって(勝手に家にあった書類を見漁って)知った事だが、エヴァンレイズというのはどうやら結構社会的地位の高い名家らしい。

 まあ使用人さんが何人か居たり家も結構でかいかったりと、それを匂わせる要素は沢山あったし驚きはしなかったが。


 ついでに言うと、いや、ついで扱いでいい内容なのかという話なのだが、なんかこの世界、多分俺が元いた世界とは別世界なのかもしれない。

 そう思った根拠はいくつかある。主な理由は以下の通りだ。



 ・この世界に来てから見覚えのない生物を多々見掛ける。

 初めて見るような人種もそうだが、なんか手足が生えたドングリみたいなヤツや、目ん玉がついてる毛玉みたいなヤツ、空飛ぶトカゲ(所謂ドラゴン?)や犬くらいのサイズのアメーバ(というかスライム?)など。元の世界に居たらUMA扱いされそうな生物がとにかくうじゃうじゃいる。



 ・この家に限らずこの地方全体で、電化製品はおろか機械すら希少で全然流通していなかった。

 よほど他国と隔絶されてなかったら機械が全くない、車やガラクタすら存在しないなんて有り得ないだろう。

 北センチネル島民族だっけ。外界からの侵入を一切遮断しているとかいう民族がいるのはテレビで見た事あるが、ここはあそこまで原始的な生活をしているわけでは無い。どちらかと言えば時代が少し遡ったように見えるだけで、文明自体はかなり発展してるようだった。



 ・これが最もここが別世界なのでは思った理由になるが、なんかこの世界、魔法があるらしい。

 突飛な話だが、それを目撃したのだって偶然だ。

 ある夜の事、ロウソクが溶けきって備蓄倉庫に取りに行かなければってタイミングで母親のエリザベータが何かを唱えて手のひらから火の玉を出したのだ。

 魔法だろ、そんなもん。ウルフェンもエリザベータも子供の前では魔法を使わないから知るのが遅れたわ。



 というわけで現在、俺は最後に見識を得た魔法とやらを使ってみたくて文献を漁っている所である。


 一般的に流用されているような技術なら100パーセントそれに関する文献があるはずだ。教科書や参考書、図鑑なんかでもいい。

 とにかく何か無いものか、屋敷の書斎に不法侵入し本を1つずつ確かめていく。



「うーん、下段には無いなあ」



 本棚の下段を見漁るがそれらしき文献はない。

 子供が入ってくるのを見越したのか、絵本やおとぎ話など子供向けの読み物がほとんどであとは生き物図鑑や人物名鑑などしかなかった。


 身長の都合で見れるのは三段程度。仕方ないので椅子を引きずって来てそれを足場にする事にしよう。



「よいしょ、うんとこしょっ。はぁ……重すぎじゃんこの椅子」

「なにしてるの?」

「わっ! お、兄ちゃん」



 びっくりした、突然背後から声を掛けられたと思ったら双子の兄のヴァルリだった。

 赤髪碧眼のイケメンガキンチョ。ふむ、顔は父親似だと思ったが少し母親似に育ってきたか? 未だに顔は瓜二つだが若干差異が出てきた。片方だけブサイクになったら悲惨だな。



「お兄ちゃん、お願いしたいんだけど。いい?」

「おねがい? いいよ! にいちゃんにまかせろ!」

「やったあ。えっとね、一緒に探してほしい本があるの」

「ほん? いいよ!」



 ヴァルリは腰に手を当てむふんと偉そうなポーズを取ると本棚に向かう。



「どんなほん?」

「んー、魔法って文字が書かれた本ならなんでもいいよ」

「えっ! レリア、もじよめるの?」

「えっ」



 あっ、そういえばそうだ。俺は自分から進んでエリザベータに本を読むようせがんで文字の読み方を学んだが、ヴァルリが文字の勉強を始めたのは最近じゃないか。

 まあ問題は無いか。この場で『魔法』の文字を教えて探してもらえばいい。



「ちょっと待っててね」



 書斎の中央、勝手に机の中を漁り白紙の紙かチラシを探す。

 無かった。

 仕方ないので羽根ペンを拝借し、インクを付けて小走りでヴァルリの方まで向かうとその手のひらに『魔法』を示す文字を書いた。



「この文字が書かれている本があったら見せて! あ、でも下の方には無いから、この椅子を使って上の方から探してって欲しいかも」

「わかった! まかせて!」



 頼もしいなあ。

 なんだか、我が双子の兄はやけに世話焼きな性格をしている。お兄ちゃんらしさをやけにアピールしたがるというか。

 俺が弟ではなく妹だからってのもあって、多分親から「兄たるもの」と教育を受けているんだろうな。


 なんでもいいが、過保護についてくるようにはならないでほしい。なんかそういう性質を感じる、ヴァルリの前向きさには。



「全然ない〜」

「無いねぇ」



 本棚を探してしばらく経つが、魔法に関する本は一切無かった。最上段の方に固まっているのか? それとも単純にこの家の人は魔法に頓着していないのか?


 そもそも本当に俺が見たあの火の玉は魔法だったのだろうか。ここまで関連文献が無いとそれすら疑わしくなってくる。


 もしかしたらエリザベータが特別なだけで、ウルフェンや他の人間は魔法なんか使えない、なんて事もあるかもしれない。

 子供達に見せていないっていうのも、何か事情があるから隠しているのかもしれない。



「うーん、ここより上は探せないや。ありがとうお兄ちゃん、もう大丈夫だよ」

「うん? もっとうえにもあるよ?」

「おr……私達の身長じゃ届かないよ」

「ん? んー……」



 なにか思案するヴァルリ。顎の下に指を置き、ステレオタイプな考えるポーズを取っている。滑稽でなんか可愛いな。



「レリア、ちょっとしゃがんで」

「え? うん」

「いすのうえでしゃがんで」

「は?」



 何言ってんの? 椅子の上でしゃがむ?

 よく分からないが、とりあえず従ってみるか。


 椅子の上で膝をまげ、膝に手をついてみる。すると、ヴァルリは俺の肩に足をかけ、もう片足もかけて本棚を持ちバランスを取った。



「なるほど……」



 狙いはわかった、肩車だ。これからもう一段程度は上の棚も見ることは出来る。


 だが、どうだろう。果たして3歳児の女児が、同じ歳の子を肩車できるかな? 中身こそ高校生でもハードウェアは前世じゃ比べ物にならないくらい非力だぜ?



「レリア、たてる?」

「が、頑張ってみる。ふっ! んんんっ!!」



 バランスを崩さないよう、腰を入れて膝に手をついたまま出来るだけ直線上の動きで体を伸ばす。

 む、無理だ。中腰から上がらない。



「ごめん、お兄ちゃん無理そう……!」

「いや、レリア、もうちょっ」

「無理だってぇ!」

「何をしている」

「「うわあっ!?」」



 絶妙なバランスを保ってる所で父のウルフェンに声をかけられてバランスを崩す。


 2人揃って転げ落ちるのをウルフェンが右腕でヴァルリ、左腕で俺を受け止めて防いでくれた。



「2人とも、何をしていた」

「パパ、それが」



 バチンッ。そんな音が鳴った。

 ヒリヒリと俺の頬が痛む。平手打ちを受けたのだ、ウルフェンから。



「……え?」

「パパ、じゃない。父上だ。呼び方を間違えるな」

「ごめん、なさい」



 ひぇ〜、こわぁ。そうだよな、貴族だもんなあ。言動所作、礼儀まできっちり教え込むのが道理よな。


 俺もヴァルリもまだ3歳だから今まで厳しい教育を受けた事は無かった。ついでに言うとエリザベータが緩い性格だから完全に気が抜けていた。

 見るとヴァルリは今にも泣きそうな顔をしていた。



「……はあ。ヴァルリ」



 ウルフェンはそこで何故か俺ではなく、泣くのを必死に堪えてるように見えるヴァルリに声を掛けた。



「椅子の上に人を立たせ、その上に乗るとは何事だ。もし倒れて取り返しのつかない怪我を負ったら、どうしていた」

「う、うぇ」



 まだ3歳児だ。注意している内容は正しいが、まだそんなに厳しく言って聞かせる年齢では無いのではないだろうか。


 聞く耳を持つ以前にヴァルリは俺がはたかれたのを見て泣きそうになっているんだぞ? そんな相手にもしあの時こうなっていたら、と考えさせても余計悲しくなったり怖くなったりするだけだろ。



「ん? ……これは」



 ウルフェンはヴァルリの手の平に書かれた、というか俺が書いた文字を見つけた。魔法を意味する文字だ。

 それを見た瞬間にウルフェンは目を大きく見開き、大きな声を出した。



「これは誰が書いた!!」

「ひっ! ぅ、うぇええんっ!!」



 あーあー泣き出してしまった可哀想に。ウルフェンは「あっ」と小声で言うと慌てた様子でヴァルリの頭を撫でた。

 泣かす気は無かったのか? 随分と子供の年齢を無視した対応を取るからその辺は考慮しないつもりだと思っていたが。


 ウルフェンはヴァルリの頭を撫で、「すまなかった。食堂へ行っておいで。お菓子がある」と言って書斎から出すと、扉を閉めて2人っきりになった。



「オッレリア。あれはお前が書いたな」



 腹の底から出るような、冷たい声。そして、憎悪する者に向けるような、そんな目。

 別に怖くはない。だって、父親からのコレには既に慣れているから。


 しかし、どこの世の父親も似通いすぎでは無いだろうか?

 勝手に書斎に入るのは悪い事かもしれないけど、家族だろ? その程度で、と言われるような事じゃないか。


 なんでどいつもこいつも、自分のガキには優しくなれねーの? なら産むなよ、愛玩しろよ。玩具をぶん殴るとか分別のつかねえガキじゃんか。


 生まれてたった3年しか経っていないのによくわかんねー事高望みしやがって。



「返事をしろ。オッレリア、お前があれを書いたな」

「……そうです、父上」

「やはりそうか。そうだろうなあ」

「ちちうっいだっ!!?」



 まだふにゃふにゃの腕を掴まれ、強引に引っ張られる。

 痛みに顔を顰めるとウルフェンは一瞬罪悪感に駆られたかのような歪んだ顔をしたが、自分の頬をパチンと叩くと俺を睨めつけた。



「3歳児の子供は1度叱られた程度で言葉を正さない。それに、教えてもいないのに言葉を流暢に喋らないし、文字など書けるはずが無い。そして、この家で暮らしていながら、魔法などという物を知るはずもない筈だ」

「痛いっ、痛……! 折れるっ……て!」

「っ!」



 腕を解放され、あまりの痛さにふらつき倒れてしまう。3歳児の腕を大人の腕力で握られるのは、まるで万力にかけられるような感覚だった。


 懐かしくって、頬がひきつる。ムカつきすぎて頭が沸騰しちまいそうだ。



「なんだ、その顔は」

「……あんたが虐めるから、泣かねえように我慢してんだよ。こちとら子供なんでな」

「っ!」



 ウルフェンが目をグワッと見開いて俺を見た。あーあ、殺されちゃったかな〜これは。


 顔面滅多打ちにされて潰れたゴム風船みたいな死体になるのかと思って目を強く瞑るが、いつまで経っても拳が飛んでくることはなかった。


 ……目を開くと、ウルフェンは俺を見ていた。俺の、何を見ているんだろう、何を考えながら見てるんだろう。

 ただ俺を見ているだけだった。



「……っ、う」



 ?

 ? なんか、涙溢れてきた。うそん。

 え、え? なんだ、なんで泣いてんの? 今更じゃねえの、確かにこの身体で親にぶん殴られたのは初めてだけど、こんなん珍しくもないじゃないかよ。


 体の芯から震えが出てきて、全身に伝搬して、目が熱くなって体を小さくしてしまう。

 理性と本能がバグでも起こしたのだろうか?



「泣くな。どうせ演技なんだろう」

「あはっ……そうだよっ、こんなので、泣くわけ」

「……くそっ」



 ウルフェンは短く悪態をつくと、少しだけ俺を見た後に手が虚空で揺らぎ、何もしないままにどこかへ歩き去っていった。

 撫でようとして、考え直したって感じの動きだった。可愛いなあ、その葛藤。


 1人で泣いていると惨めな気分になる。でも泣き止むことが出来ない、自分の意思とは裏腹に、勝手に喉が嗚咽を鳴らして涙腺が涙を吐き出してるようだった。



「……はぁ」



 ひとしきり泣き終えると、ため息が零れた。

 無駄に疲れた。

 何だか、なんだかんだで少しずつこの人生とやらに楽しみを見出しかけていた所だったのに、全てを投げ出したくなるほど嫌な気分だった。


 この世界に俺が求めるような娯楽はない。スマホもゲームも無いし生活のあらゆる事が不便だ。

 退屈だ。退屈な癖に嫌な事は前と同じくらい沢山ある。心がぶっ壊れちまいそうなくらい、何も無くて空虚。


 そんな風に、子供の思考から乖離した『立花椿』としての思考をする事で、俺の中の鬱屈とした悲しさやもやもやを誤魔化す。



「……今の俺は、オッレリアなのか。椿なのか。どっちなんだろうな」



 答える者のいない問いをして、そこまでだった。

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