割とどこにでもいるタイプの奴
今日は午後から好きじゃない授業があったので、ツレと共にサボりカラオケに来ていた。その帰り。
「うわ、やべえ。なんか雨降ってんぞ」
「はぁー? 明日降るんじゃなかったんかい!」
支払いを終えて店を出ようとフロアのドアを開けたら激しい突風と冷たい雨が吹き込んできた。
「誰か傘もってるん?」
「ねえ」
「俺も」
「うーわ……コンビニまで行けるべ? これ」
「無理だろ。風邪引くわ」
「したら俺がお前らの看病してやらぁ」
「いらね〜。女呼べや女」
「ぎゃっはは! 間違いねえや」
と、ツレ3人で茶化し合い笑い合うが、一向に晴れる様子は無い。むしろどんどん激しくなってる。
台風が近付いてるって予報はあったけど、ここに直撃するのは明日って天気予報士は言ってたはずだ。
天気予報士の言うことが100パーセントってわけではないのは分かるが、八つ当たりしないわけにはいかない。ちゃんと仕事しろや。
「ねえ、どーするよ? リアルにこれ帰れねえべ」
「先輩呼んで車出してもらうっしょ。あいつ今家にいるやろし」
「こんな天気じゃ来なくねぇ? 普通」
「来んけりゃケツバットの刑に処すわ! とりま呼んでみるから待っといてな〜」
「なるだけ早くに頼むべよ〜」
「だっはは、じゃ待っとけや〜」
ツレの1人、笹部が電話をかけながら店の中にはけていった。笹部は端的に言うなら馬鹿。所謂DQN、その典型みたいな奴だ。
「さっきよりも強くなってない?」
「なってんね」
「車乗るまでの間でさえ濡れたくねえんだけど。俺」
「間違いねえや」
どうしたものか、どんどん雨も風も強くなってる。率先して話題出してくるやつが消えた事で退屈になったし、余計に時間が長く感じる。
「待ってる間暇だなー」
「んー。あ、花やんタバコ持ってない?」
「あるよー」
「パーラメントある?」
「ない。赤マルさんで我慢しな」
「懐かしの味だ〜」
ツレの林田がスマホいじりながら俺にタバコをせがむ。林田はツレの1人で女好き。女を取っかえ引っ変えするしぶん殴るタイプ。
スマホをいじってるのはセフレに声を掛けてるんだろうな。今夜の予定を決めているのだろう。
花やんというのは俺のあだ名だ。立花椿って名前だから花やん。安直。
「? なんだよ、取れよ」
「んー? んっ」
「あぁ?」
林田にタバコを差し出したら口を突き出して「1本出して♡」ってアピールしてきた。きもい。中性的? な顔面してるからまだマシだけど、笹部がやってたら箱ごと顔面に押し付けてた所だ。
「うへへ、うまうま」
「きんもー。お前それ女にもやってんの?」
「おん。変かあ?」
「変だろ。どういうキャラなんだよそれは」
「にへへ、前まで仲良くしてたOLに仕込まれたべ」
「へぇ〜。そのOLとはまだ続いてんの?」
「裏で他の男作ってたからボコって捨てたぁ〜」
「わー。彼女だったん? その子」
「いやぁ? セフレだけどさ、俺以外の男になびくのむかつくじゃん? 何も聞かされてないんだべ?」
「おめーもセフレ沢山いんじゃん」
「ははっ、文句あるなら暴力で俺に勝てってなぁ〜」
「王様だねぇ」
女使いの荒いことで。絶対こいつロクな死に方しねえわ。
林田とくだらない雑談をしながら笹部を待つこと小一時間。まだ戻ってこない。口喧嘩でもしてるんだろうか? 長いな。
「なぁなぁ花やん」
「はいはい」
「あれ樒じゃない? あそこ歩いてるやつ」
「はぁ? わ、まじだ。てか私服じゃん」
「そいや朝居なかったね〜。今日サボりだったんかな?」
「さあ。てかサボりならサボりで何やってんだアイツ。チャリ通でもないのにカッパとかこの歳で着ないだろ」
「確かにぃ。ははっ、笹部がここに居たら腹に蹴りでも食らわしてただろうな〜。何だお前気持ちわりぃ、みたいなこと言いながら!」
「確かに? 命拾いしてんねぇ」
樒、うちのクラスのぼっち担当。尚且ついじめられっ子。
前まではオタクっぽい連中と話す程度の交流はあったし女子とも話すには話すって感じだったが、いじめの標的になってからはそこらの交流も一切消えてぼっちキャラに転身した。
自分の身を守るためってのは分かるが、やけにあっさり切り捨てるんだなって思ってびっくりしたわ。樒フレンズ……。
樒をいじめている主要人物はツレの笹部だ。勿論俺達もあいつと共に行動してるしいじめに加担する事もあるが、あいつや一軍の女連中は俺らの比じゃないくらい苛烈に樒をいじめている。
まあ単純に林田は男なんかいじめるより女と絡んでた方が楽しいし、俺は個人的にあいつが嫌いだから関わりたくないってだけで、そこら辺の事情がなかったらきっと笹部達と同じくらい執拗に樒をいじめてたりしたんだろうな。
反応がオーバーだったり、滑稽だったりする奴はそういう運命なんだろう。叩けば音鳴るオモチャみたいなもんだ。
にしても折角笹部が居ないんだし樒の事はシカトしていきたいが、どうにも林田がアイツの話題でケラケラ笑ってるし、ノータッチというわけにはいかないだろうなあ。
「なーなー花やぁん」
「あい」
「あいつ呼んできてくんない?」
「嫌だよ。おめーが行きな」
「え〜濡れるじゃん」
「わかる。出ていきたくねえよな」
「え〜! だめぇ?」
「だーめ。可愛こぶるな、うざいわ」
林田が背中の方で手を組んで頼み込んできたので頭を掴んで突き放した。女犯しすぎて脳みそ侵食されたのか?
「ん〜、大声で呼んだら来てくれないかな〜」
「聴こえるか? この風で」
「試しに読んでみるべ! おーい樒ぃ!! こっちおいでー!! おーいでー!!!」
「ぶふっ、ぎゃはひゃっ!! おかあさんといっしょのテンションで呼ぶなやっ! あひゃははっ!」
「今のそんな笑う……? あ、樒こっち来たぁ」
林田がおかあさんといっしょのお兄さんのテンションで樒を呼んでみると、あちらに聴こえたようで少し戸惑いながら歩み寄ってきた。よくこの雨風で聴こえるな、耳良すぎだろ。
「普通に来るのか。逃げようとは思わないんだな」
「まぁ笹部いないし? あいついないと俺ら優しいしね〜」
「ボスキャラいなきゃマシって話か」
「だべな〜。でもそろそろ戻ってきそうだけどねっと、噂をすれば」
「あん〜? どったの2人とも?」
笹部が戻ってきた瞬間樒の動きが一瞬止まる。壁にぶつかるパントマイムみたいにビタっと。他人への感情を微塵も隠す気ないの逆にすごいな。
「お〜笹部ぇ、なんか樒が居たからこっち来てっつったんだよね〜」
「まじ? うっはまじじゃ〜ん。よお樒ぃ! こっちこっち! ダッシュ!!」
笹部が樒を呼び、もう一度大声でダッシュと言うと言葉通り樒が小走りでこっちに向かってくる。
「よっ、樒! 精が出るなあ、ランニングかよ?」
「お前が走らせたんだよ」
「だっはは! 樒に答えさせろやぁ。で、樒さ。今手持ちいくらある?」
「えっ……。だっ!?」
樒が答えずに俯いた瞬間に笹部がその頭頂部に拳を振り下ろした。
「いつも言ってんだろ〜? ハキハキと会話しようぜ樒よぉ」
「ご、ごめっ」
「で? 金は?」
「っ! 今日は、お金、持ってない」
「なわけあるか〜い」
樒が答えた瞬間、笹部の拳が相手の頬に突き刺さった。
「うぐっ!?」
ぶん殴られてもなんとか倒れずに耐えた樒に笹部は続けて腹蹴りを叩き込んだ。しかし倒れない、髪を鷲掴みにされてるので倒れようがなかった。
「財布係が職務を全う出来ないのはいけない事だよなあ。なあ林田? 花やん? どうする? 先輩が来るまでこいつで遊んでく?」
「先輩っていつ来るん? 今夜女の子と約束あるから早く帰りたいんだけど〜」
「あー、すぐには来れないっつってたわ」
「じゃあいいや。俺先帰る〜」
そう言って林田は駅の方面に歩いていった。樒からカッパを奪って。あーあー、カッパ奪われたせいで私服がびしょ濡れだ。可哀想に。
「花やんは〜? こいつ調子乗ってるしお仕置してやらねぇとじゃない?」
「俺もパス。濡れたくねえし」
「んー、おっけぇ。おらっ、お勤めご苦労〜」
樒の尻を蹴って解放すると、笹部は手持ちのタバコに火を付けた。
「先輩ってあとどれ位来るん?」
「どーやろなぁ、夜までには来るっしょ」
「長くない?? 夜までって。流石に待てねーわそれは……」
「いや〜、答えが中途半端だったからよく分からないんよなぁ。案外早く来るかもしれん」
「ランダムかよそこ。まー長くなりそうならテキトーなタイミングで勝手に帰るか」
「えー! 話し相手居なくなんのきちぃ〜! 付き合えよ〜」
「やーだよ、さみぃじゃん。さっさと帰って風呂入りてぇ」
「風呂て、お前しずかちゃんけ」
「なんだそのツッコミ。じゃーお前体型ドラえもんな」
「だははっ! お前喧嘩売ってんのか??」
「ジャイアンと呼ぶには縦の長さ足りねえじゃんお前」
「身長のこと縦の長さって言う奴おる?」
林田と樒が帰った後、1時間ほど雑談をして未だに先輩が来る気配は無かった。でも雨は少し収まったので、笹部に別れを告げてそのままコンビニに寄って傘を買い歩いて帰る事にした。
「……あ?」
のんびり歩いて帰っていたら橋の上に樒がいるのを見掛けた。帰り道の行先だ。避けて通れないな……。
てかあいつ何やってんだ? なんか下の川の方をずっと見ている。ゲボでも吐いてんのか?
「……っ!」
「うわ気付かれた」
樒は俺の姿を確認すると、何故か大袈裟に1歩引き、しかし直後にこちらを睨んでポケットからカッターナイフを取り出した。
……ん? カッターナイフ?
「く、くるな!」
「はぁー? ぎゃはははっなんだそりゃ! お前そんなもん人に向けちゃダメじゃーん。なにイキリ散らかしてんの?」
「っ!」
樒は慌てて手すりを乗り越え鉄骨の上に乗った。川は豪雨の影響で流れが強い、濁流だ。
もし万が一落ちでもしたら100パーセント死ぬ。なのに仕切りの向こう側の、雨に濡れて不安定な足場に立っている。
「おい、なにやってんのお前」
「来るなって言ってるだろ!」
「来るなって、流石にそっから落ちたら死ぬぞ。冗談でもやめよーや」
「来るなあぁぁあ!!」
半狂乱っていうのはこういうのを言うのだろうか。樒はこっちの話を全く聞かずにカッターナイフを乱雑に振り回し、仕舞いにはそれを投げつけてきやがった。
狙いは全然外れていて足元に落ちたけど流石に怖くなって腕で顔を庇ってしまった。恥ず。
「てめえ何をっ……!」
最初は怒鳴りつけてやろうって気しか無かったが、人間の無意識下での瞬発力は恐ろしかった。
その気はなかった。樒がどうなろうと知ったこっちゃない。と、思っているし普段そういう意識であいつを嫌ってきたはずだ。
考えるよりも早く足が動いていた。足を滑らせた樒が真上に向けて伸ばした手を掴む為に。
「あっぶね」
かろうじて手を掴む。ふぅー、間一髪。人一人分の重さがかかり、さらに雨に濡れて滑るのでさらに力を込める。
「お前なにやってんの? 自殺でもするつもりかよ?」
「そ、そうだよ!!」
「あぁっ、え? ぅんんんんん……?」
そうなんだあ、自殺する気だったんだぁ……。まあそうだよなぁ。状況的になぁ。
どうしよ。掴んじまったよ。自殺阻止すんの間に合っちゃった。でも離したら死ぬよ? 俺のせいで死ぬのは流石にやばい、でも持ち上げられないぞ。変に力入れたら滑るぞこれ。
「いつまで掴んでるんだよ、離せよ!」
「離したら死ぬだろ。人を死なせたらダメなんだろ? っ、やべっ……滑るっ! 人が救いの手を差し伸べてんだからお前もさっさと鉄骨でもなんでも掴んでくれや……!」
「頼んでない!」
「確かにぃ! いやでも、これでおめーを殺したら俺の責任になんだろ……!」
「そ、んなの、知るか!」
「ぶっ殺すぞてめぇまじで!!」
ぐぐぐぐ、やばい。二の腕が、痛い。攣る……! このままだとやばい、本気でぶっ殺せてしまう。冗談じゃない方のぶっ殺しはやばいっ、世間にカンカンに怒られちまう!!
手すりに足を当て、角度をつけて支える。あとは手が滑らないように、ゆっくり、ゆっくり上にあげていく。
くっそ……! 腕が震える、溜まった雨水か風のせいで負荷が増えてんのか。明らかにガリガリな樒が異常に重く感じる!
「も、もういいから離せよ、何で僕の為にこんな事してるんだよ! 自分まで落ちるぞ!!」
「えぇなにその回答に困るやつ……。別におめーの為じゃねぇし、あの状況だったら見捨てる奴いないだろ」
「お前は僕の事嫌いなんだろ!?」
「うーんその通り……だけどっ、今は関係性とか一旦関係無くないか!?」
「ふざけるなよ!! 関係ある! お前なんかに助けてほしくない!!」
「うっせ、ぼけ……くそっ、まじで、踏ん張れっ、て!」
やばい、少し滑って樒の体が下に降りた。くそっ、こんな状況じゃスマホであの馬鹿2人を呼べねえ。先輩の車がこっち通ったら乗ってる笹部が真っ直ぐ来そうだが、そんな状況は望めないか……!
「くっそ……指、折れるわ!!」
「な、なんでそんな必死に」
「言ってんだろ、人が目の前で死にかけてて助けない奴はあんまいねえって!! くどいわ殺すぞ!!」
「っ! ぐっ……ふざけるなっ!!!」
え、なになになに。急に大声出してどうした? 絶妙なバランスでこの位置保ってるから出来れば黙っててほしいんだけど?
「お前っ、お前らがそもそも悪いんだろ! お前らのせいで、由香はっ!!」
「うるせぇなぁ!! なにガチャついてんだてめぇ!? いいからこっち、上がって来いっ!」
「いやだぁ!!」
「こねんな駄々を!! まじてめぇ引き上げたら半殺しにしてやるからじっとしてろや……!!」
「っ!」
? 樒は空いた方の手でポケットの中をまさぐると、もう1つのカッターナイフを取りだした。
嫌な予感……。
チキチキチキ、と刃を出し、樒はそれを振りかぶると、勢いよく俺の腕に突き刺しあろうことか傷を開くように下に引っ張った。
「いだぁっ!? てめっ、このっ! イカれてんのか!?」
腕に鋭い痛みと熱さが迸って、その瞬間にバランスを崩して体が前のめりになる。
腹に手すりが当たり、重心が前に集中したせいで足が離れた。
「やっ、ば!」
完全に足が浮いて、体が濁流に向けて落下していく。
妙にスローモーションな落下風景。時間がやがては止まってしまいそうなくらい緩慢な速度なのに、でも俺の体は止まることなく重力に引かれていく。
「だはっ!!」
落下しちゃったわ、全身がバラバラになりそうな硬い感触。
首、折れてないか? めちゃくそ痛いんだけど。寒いはずなのに何故かうなじの方あったかいし。
全身に鈍痛、刺すような冷たさが広がっていく。水流の激しさで体がぶっ潰れそうだ、それよりも息がしづらい。てか出来ない。
流されまくって全身打ちまくるわ、寒すぎてガラスみたいに砕け散りそうだわで、なんか、死ぬ寸前なのがこれでもかと理解出来る。
体は死にかけ、必死に死にたくなくてもがいているけど、内面はもう穏やかだ。全然死にたくないけど、無理だもん。反射で生に縋りついてるけど、本能が理解しちゃっている。100、死ぬ。
……?
てか、なんで俺台風の日に川に落ちてんだ? 助ける気もない奴に手を伸ばして、他人の自殺に巻き込まれて、馬鹿じゃん。呪われてんのか?
樒はまだ生きてんのかなあ。あいつ思い切り頭の方から落ちてったよな。
元はと言えばアイツのせいだ、即死していてほしい。
「ぐはっ! あがっ……」
背中に木材のようなものが激突して、流れのせいでそこに固定された。ダメだ、泥が口鼻に流れこんでくる! もう、ダメだ……!
呼吸が出来なくなって、段々と、水の音が遠くなっていく。
体の冷えが、痛みが、というか感覚が。少しずつ、少しずつ無くなっていく。
死ぬのって、こんな感覚、なんだなあ。まるで、自分が遠くなっていくような、溶けていくような。
こうして俺の、他愛も無い16年の人生に終止符が打たれた。




