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     4.男らしい王女と女らしい王子

 朝の木漏れ日が窓から差し込み、焼き立てのパンが入った籠を2つ運ぶ侍女。その後ろをスープ、サラダ、ゆで卵とハムを運ぶ近侍が続く。

 その側を、キョロキョロソワソワした老大公が歩く。

 白いレースのカーテンが微風そよかぜにゆれ、長い大理石の廊下を王妃の待つ食卓へと、、

 「いっただきまーすぅ!」

 窓からにょっと現れた女の子がパンを掴む。

 あちちちっ

 両手でパンを右手に左手に飛ばす。

 「姫様!はしたない!」

 振り返った老大公が姫様に一喝するが、パンをひとかじりして、満面の笑みをこぼす。

 「今日もありがとう!朝の散歩に行ってくるよ!」

 窓からひょっと姿を消す。

 「姫様!ここは2階ですぞっどうやって、、!」

 老大公が窓から身を乗り出すと、木の梯子はしごがかけられていた。

 昨日は侍女のスカートに隠れて現れた。いつもいつも新しい知恵で老大公は翻弄されてきた。

 それを侍女や近侍達は、微風の悪戯とばかりに素知らぬ顔で、何事もなかったかのように歩いてゆく。慌てるは老大公ばかり。

 梯子の途中で(みっかっちゃった!顔)の姫様。

 ピゥーーー!

 指笛を鳴らすと、どこからともなく走ってくる白い馬が。

 「昼には戻るからよろしくね!」

 と言って梯子から飛び降り、

 「姫様!」

 老大公が白目を剥いて背中から廊下に倒れた。

 姫様は白馬に飛び乗り、

 「あははははっ」

 高笑いを残して白馬を走らせて行った。


 侍女が食卓に着いて、王妃の皿に籠からパンをひとつ乗せる。

 「今日もサファは楽しそうね。」

 「はい。スターサファイア王女様は、朝のお稽古は日の出前に済まされておりました。」

 「あら。じゃあ今日は昼まで戻りそうにないわね。」

 「はい。昨日手紙が届いておりましたので、魔術師長マーディン様のところかと。」

 「そう、、。」

 スープ皿が置かれ、琥珀色のスープが注がれる。

 王妃はひとさじすくって口に含む。

 ほうっとひと息つく。

 艶やかな唇がふっくらと笑み、紫眼に垂れ下がった銀髪をさらりと耳にかける。

 その美しさに近侍がふぁーっとため息を溢す、がすぐに身分をわきまえて目を伏せる。もしここにウーサーが居れば、即刻打首になっていてもおかしくはなかった。

 ウーサーは朝は弱いのでこの時間に起きてくる事がない。

 朝の城は穏やかな澄んだ空気で満たされている。


 「アーサー!」

 「おはよう、サファ。」

 町外れの一角にある、小屋の木の扉を開けて入ると、サファに笑顔を向ける少年アーサー。

 その顔はサファとそっくりだ。

 朝食の用意をしているらしく、部屋の中はとても良い匂いがした。

 「マーディンは?」

 「昨日ウーサー王様と遅くまで春節祭の外交について話し合われていたみたいだから、まだ起きてこられないんじゃないかしら。」

 「春節祭かー。今年はアスパラガスが豊作だって八百屋のバロンが言ってたな。天ぷら、肉巻きステーキ、ペペロンチーノ、、(じゅるり)あー早く食べたいなー。」

 アーサーはクスクス笑いながらカップにお茶を注ぐ。

 カップを置いた席にサファをうながす。

 「サファはいつだって侍女に言えば食べられるでしょう。そんな事より、今年はサファのお披露目も兼ねているでしょうから、近隣諸国から婚約者候補達が波のように押し寄せて来ますよ。ウーサー王様が幼少の頃より想い続けた絶世の美女の娘、という噂もかなり広がっているようですし。」

 婚約者という言葉にグッと息を飲み、サファは席に座ってアーサーのれてくれたお茶を飲む。

 「そんな事よりってさー、宮廷のお上品にちょこっとしか入ってない料理なんか食べた気がしないだろ。俺は屋台の油ギットギトの歯触りサックサクの肉汁ジュッワジュワが食べたいんだ!」

 「サファが羨ましい。私は食が細い方なのに、マーディンがもっと食べて筋肉をつけろってうるさくて。」

 「アーサーは剣より本だからな。そうだっ、午後の勉強会入れ替わろうぜ、そしたら俺、午後も師匠のとこで剣術習えるしさ!」

 「嫌よ。サファの勉強会じゃ勉強にならないもの。」

 アーサーは白く細い指をカップに絡ませ、優雅にお茶を一口含ひとくちふくんだ。

 金髪碧眼、全く同じ顔の少女と少年。

 ただ、自分の事を俺と呼ぶ暴れん坊の美少女と、可憐で優美な美少年の、絶対的な違和感。いや、残念感。いやむしろこれは、マニアだけに許されたご褒美。

 「、、ねぇサファ、覚えてる?」

 アーサーが見計らったように会話の糸口を紡ぐ。

 「4歳の時、初めて春節祭でマーディンに連れられて謁見えっけんした時。お城にいる王様とお妃様、両脇を後ろから羽交い締めにされてもなお遊びに行こうとキョロキョロするサファ。」

 「謁見はおかしいだろ、ばか。、、まー、覚えてるよ。」

 「ふふ。自分と同じ顔のお姫様には驚いたけれど、、まるで自分が綺麗なドレスを着飾っているみたいで、サファに初めて会った時、初恋のように胸が苦しくて、ううん、あれは私の初恋だったのよ。」

 「うっ、、。」

 顔を真っ赤に染めてサファは俯いた。

 アーサーに初めて会った時、自分と同じ顔の、まるで自分が自信に溢れた凛々しい王子になったかのような、錯覚。

 思わずアーサーの目の前まで駆け寄って、互いのてのひらを合わせていた。

 鏡がそこにあるかのように。

 あれは、サファにとっても初恋だった。

 本来の自分の姿が目の前にあった。

 「、、。」

 ぶんぶんぶん。サファは頭を左右に振って恥ずかしい思い出を頭から追い出す。

 「なんだよ、アーサー。お披露目は俺だけじゃないぞ、アーサーと並んで出るんだから、あっちこっちの令嬢がアーサーを狙ってやってくるぜ。」

 「ええ、私、ずっとお友達が欲しかったから、とても楽しみにしているわ。刺繍ししゅうの見せ合いっこ、パジャマパーティ、手作りビスケットの食べさせっこや秘密の暴露大会。」

 うっとりと妄想に浸るアーサーは男の子だった。

 男の子のアーサーが隣国の姫達とそんな蛮行に及ぼうものなら、瞬く間にウーサーは暗殺されアーサーは打ち首もしくは奴隷落ち、、。

 ブルブルブルッ

 寒気に身を震わせて両腕を抱き寄せたサファ。

 「あ、アーサー、とりあえず、落ち着こ。」

 プルプルと震える両手を伸ばして、アーサーの肩を押さえるような仕草を見せる。

 横目にチラッと、アーサーがサファを見て、ぷっと吹き出した。

 「なんだ、サファ、マーディンから聞いてないの?」

 「は。え。なんだよ、、。」

 ぷふふふっと笑うアーサーに、揶揄からかわれた事を悟って頬が赤くなるサファ。

 「じゃあきっと、あれもこれもまだ聞いてないのね。」

 「でたよ。またそれかよー。どうせ俺は画策とかそんなのは聞かされたってわかんねーよ。悪巧みはアーサーにまかせるよ。」

 「ひどい言われような気がするんだけれど。」

 憤慨だわと言いたげな鋭い視線がサファに向けられる。

 昔からマーディンとアーサーは、サファの知らぬところで何やら暗躍している事が多々あった。


 予知により、生まれたばかりのアーサーを預かる事になったマーディンは、宮廷書籍館長きゅうていしょじゃくかんちょうケイニスにアーサーを預ける。

 ケイニスには3人の子供がいて、末の子が生まれたばかりだったことも都合が良かった。

 金髪碧眼はマーディンの魔法でありふれた外見に変化へんげし、アーサーの所在は4歳までマーディン以外誰にも知られる事はなかった。

 サファは、早く早く遊びたいとキョロキョロしていたあの日、マーディンの小間使いとして付いていたアーサーを一目ひとめ見るなり、自分の分身だと理解した。

 誰にも破られる事が無いマーディンの魔法が、サファには効かなかったのがショックだったのか、この時、マーディンは誰にも聞こえないように小さく舌打ちしたが、アーサーだけは気付いていた。

 ただ、ウーサー王とイヴレイン王妃には、サファがあのどこにでもいそうな男の子の前では大人しくなる!という事実だけしか見えず、その小間使いの男の子をサファ専属の近侍に!とうるさいのを、マーディンはかなり苦戦してなだめたようだ。

 それでもやはり、週に2度程、書籍館でのサファの勉強会にアーサーが付きそう事になった。

 実際には、宮廷を抜け出すサファが毎日アーサーに会いに町まで抜け出して来ていたので、アーサーが勉強会に付き添う事はほとんど無かったが。

 マーディンはこの時、預かったのがアーサーで本当に良かったと心から安堵する。

 男の子よりも男の子らしいスターサファイア王女、女の子よりも女の子らしいアーサー王子。

 この2人を入れ替える事は早くから考えてはいたものの、どうにもマーディンはサファを側に置きたく無かった。サファが小間使いになった日のことを考えると頭痛がする。

 それにも期限が迫っている事をマーディンは予知によって知っていた。

 春節祭の12歳になった王子王女お披露目の日、運命は動き出すのだ。

 それまでに準備を終えて、2人を入れ替えなければ。

 アーサーとサファに付く侍女や近侍には信用の出来る口が硬い者を既に手配済みだし、アーサーの部屋には隠し通路でサファの部屋と、マーディンの私室までの抜け道を造築ぞうちくしてある。

 そしてどうしてもどうにもならなくなった時の為に、マーディンには秘策も用意があった。

 

 「んー、マーディン起きてくるの遅そうだし、男装してセル達と遊んで来ようかな。」

 飲み干したカップを見つめてサファはポソッとつぶやき、アーサーをジッと見る。

 「何、、私を脱がせたいの?」

 「脱がせてやろうか?」

 美男美女がたっぷりと視線を交わす時間をとった後、テーブルに手をついて立ち上がったサファは、たらり、とはだけた金髪を碧眼に揺らし、

 「楽しみは後にとっておくタチなんだ。」

 と言ってキッチンの方へ歩いていく。キッチンの野菜籠を足で蹴ると、その下の少し色が濃くなっている床板を1枚踏むと、ギュッ、と少しだけ凹んで元に戻る、とそこに魔法陣が描かれてフワッと青白く光る。

 魔法陣の下の床板が消えて、下へと続く階段が現れる。

 「着替えてそのまま南西の森からでるわ。俺が時間忘れてたら連絡してくれ。」

 言いながら、青白く光る魔法陣をすり抜けて階段を降りて行くサファ。

 フワリと揺れるドレスの裾が階段の幅に合わせてキュッとシワを作った。むぎゅっとサファは腰回りを押さえて、するり、と降りて行った。

 魔法陣が霧散して消えると、床板が現れ、そこには残り香さえ残らぬように、浄化魔法が発動し、紅茶の香りで満たされた。蹴飛ばされた籠がスルスルーっと定位置に戻る。

 階段を降りていたサファは溜息を吐いた。

 町で暮らすアーサーは娯楽に飢えていた。斬った張ったの喧騒や寝込み強盗には事欠かない御時世だが、ロマンスがここには皆無だった。

 中身が麗しい乙女のアーサーは、美形達が(これ重要)つどう宮廷内で繰り広げられる泥沼不倫や略奪恋愛等が、見目麗しい(ここ重要)醜い(醜いが醜く無い、ああ難しい)争いが日々繰り返されるロマンスが大好物だった。

 酔ったマーディンは酒のアテに、自分がこれまで抱き潰してきた美女暦を語る事があり、ちょいちょい、太陽神ルーから聞かされた話も盛って、それはそれはきらびやかな宮廷物語が聞かされた。

 立派な耳年増になったアーサーは、サファを使ったロマンスごっこにハマった。

 当然、脳内お花畑のサファ坊は嫌がったが、1回付き合う毎に1回勉強会を代わってもいいと言う、サファにとっては好条件に飛びついた。

 なので、溜息を吐いてかさず小さくガッツポーズを決めた。

 

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