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     2.悪魔になっちゃった

 じーじーじー、、じー、、ぃーぃー、、ぃー、、

 こだまが小さくなっていくように、ティンクの断末魔が聞こえなくなると、

 「はあぁぁ。」

 やっとここも静かになるという安堵か、それとも後始末が残っている事に向き合う為の気持ちの整理か。

 溜息顔のまま老人は、伏し目がちな視線だけラルクに向ける。孫のように無垢な笑顔で、「おじいちゃんあそぼー」とでも言いそうなラルクの瞳。

 「ラルク。」

 老人はラルクに近付いてポンポンと頭を撫でる。

 「お前をこのままにしておけんのだ。」

 「え?」

 黄金の槍の先で、生命の泉を指すと、トフトフと雲の流れ道が魂を運んでいる。

 トフリッ。泉の雲の岩から溢れる雲に乗ってハグレ出た魂が、本流に合流し、魂とぶつかる。

 パチン。ぶつかられた魂は消え、ハグレモノの魂がそこを流れてゆく。

 「あああ!」

 蒼白となったラルクの頬に手をやり、老人は孫に言って聞かせるように話し出した。

 「これはこれからラルクが背負ってゆかねばならぬごうというものだ。、、ティンクは悪戯者だ。だがあれには堕落がない。」

 ラルクは老人の寂しそうな瞳を食い入るように見つめた。

 「自分にないものを奪ってでも自分のものにしたいという欲望、自分以外の者がいい思いをするのはずるいという嫉妬。、、ラルクに覚えはないか?今まで、ティンクに抱いていた苛立ちの源に何があるのか。」

 「まさか、、。(どくんっとラルクの心が波打つ)」

 「知らぬままでいられれば何も変わらぬ。天使の姿のままここで過ごしていただろう。」

 ラルクの足元に暗く気味の悪い闇がジワジワと広がり始める。タールのように粘りつく闇がラルクの背中の羽を黒く染めてゆくが、ラルクはまだそれに気付かない。

 「わ、私は天使です!貴方様に唯一無二に愛される存在を赦された者です!」

 「お前は知ってしまった。お前に巣食うものの正体を。そしてお前はもう知っている。この世の理は変えられぬ。」

 「!」

 ラルクの頭の中にシャノンの声が蘇る。

 与えられたものには、どんなに短くても、どんなに小さくても、過不足なく相応の対価、代償が必要なの。

 ラルクは泉を見る。

 「過不足なく、、相応の、代償、、?」

 命の起源を変えた代償って、それ、私に払えるの?

 ラルクは老人を見上げた。

 「お赦しください!」

 「救済の道は既に始まっている。たった今も。」

 「あああ!」

 白い絹のドレスは真っ黒に染まり、足元は半分タールの闇に呑み込まれている。

 「私を裁くと?!」

 見開かれたラルクの瞳がくるりと闇に覆われる。

 「不公平です!ティンクは何度も何度も赦されてきました!悔い改めさえすればティンクも人間も神の御胸に抱かれる。愛されて当然の顔をして罪を重ねているのです!何故です!何故?世界中どこを探したってこんなに恵まれたものはない。」

 段々ラルクの声が小さくなっていく。

 訴えながら、これは嫉妬なのかと、そうではない、私は間違っていない、間違っているのはティンクのはずだ。

 「神にここまで愛されているのなら、神に愛されるに値する存在であるべきです。こんなの、、ずるいです、、。」

 言い終えて、力なく、祈るように握っていた両手をダラリと下ろした。

 ずるい。

 それはラルクが()らした本音だった。

 その姿は、悪魔そのもの。

 「私はもう赦しているよラルク。だがそれでは、お前だけを救うことができぬ。、、もう行きなさい。ここはお前のいるべき場所ではない。」

 ずぶり、ずぶり、とラルクの体が闇に呑まれてゆく。

 顔だけになって、真っ直ぐに老人を見上げるラルク。

 「私は父から生まれました。」

 とぷんっ。

 雫がミルククラウンのように跳ねて、タールのような闇がラルクをすっかり呑み込むと、闇自身も呑み込み、やがて消え去った。


 ラルクが目を覚ますと、そこは何もない、とがった岩場だらけで、空は薄暗く、空の彼方は闇に覆われている。

 自身の体を見ると、黒く染まったドレスに、光を失った灰色の髪。

 「悪魔になっちゃったんだ。」

 ぽつりとこぼす。

 「懐かしい匂いだな。」

 知らない声で話しかけられ、黒い影が、ゆらり、と現れた。

 すぅーっ、、はあぁーっ、、。黒い者がラルクに鼻先を近付けて深く匂いを嗅ぐ。

 知っている。私はこれが何なのか知っている。

 ラルクは叫んだ。

 「小さな角!隠された者!」

 「懐かしい響きだ。」

 「生まれながらの悪!」

 「ここでは、この世の神と呼ばれてもいるぞ。」

 「ヘル!神の御名によってお前を滅ぼすーー」

 ラルクは突き上げた拳をヘルに向かって振り下ろした。

 が、何も起こらない。

 「んー。何も起こらないね。」

 ヘルと呼ばれた、漆黒の艶やかな長い髪、吸い付くように魅惑的な肢体が白いシャツからはだけ、ラルクの目の前にしゃがみ込んだ男。

 匂い立つ胸元の熱気がラルクの鼻先をくすぐった。

 「んー。しばらく、ここですきにすればいいよ。」

 ポンポン、とラルクの頭を撫でる。

 「やめろっ」とヘルの手を払い除けようとしたが、既にそこにヘルの姿はなかった。

 「何なんだよ、、。」

 こんなところにひとりぼっちかよ、、と思ったら、遠くの方に、城らしきものが見える、、?遠すぎてよくわからないな、、。

 好きにしていいってことは、ここはたぶん地獄か。地獄の支配者ヘルが(みずか)ら出迎えとはな、、。

 ぶるりっ。ヘルの変な色香を思い出しあてられたのか、ラルクは足元から頭の天辺(てっぺん)まで震えた。

 何で私がこんな目に、、それもこれもすべてティンクのせいだ。見つけ出して殺してやるっ。

 ラルクはとぼとぼと歩き出し、おぼつかない足で小石だらけの危ない道を進み始めた。

 天使だった頃はピュンピュン飛び回っていたので、足で歩いたことなんかほとんどなかった。

 あっ!と小さく声を上げた瞬間、地面に顔から飛び込んだ。つまずいて派手に転んでしまった。

 「うっ、、うっ、、うぅ、、ぅ。」

 うあーーんあーーんあーーんっうあーーんっ

 突っ伏したまま、ラルクは声を上げて泣いた。

 やだやだ私悪くないもん。悪いのは全部ティンクだもん。悪戯したのはティンクなのに何で私が裁かれなきゃなんないの?ティンクがいなかったらこんな事にはならなかった!私は喧嘩なんかしたくなかったのに!ティンクのせいなのに!

 土煙りがあがってコホコホと咳き込みそうになる。

 ひっくり返った。大の字になって、大粒の涙がボロリボロリとこぼれる。

 うあーーんあーーんあーーんっ

 大泣きに泣いていると、ツンツン、ツンツン、頬をついばむ何かを振り払う。

 「もうっほっといてよーっ!」

 うあーーんあーーんっ

 今度はお腹の辺りを、ツンツン、ツンツン。

 「くすぐったいっ。やめてやめてっあははははっ。」

 「ぴぃっ」

 え?鳥?

 黄緑色の羽、白いクチバシ、頭のてっぺんに黄色い生毛うぶげが寝癖のように逆立っている。

 かわいい。

 「ぴぃっ」

 「元気出してって?優しいんだね、ありがとう。」

 独り言じゃないよ。小鳥さんと会話してるよ。

 「ぴぃっ」

 「迷子じゃないよ。あれ、やっぱり迷子なのかな。ていうか、君こそこんなところにいちゃダメだよ。悪魔に見つかったら虐められちゃうよ。」

 「ぴぃっ?」

 小鳥は首を傾げる。

 「悪魔だよ、この辺には悪魔がいっぱい、、え?へ?」

 辺りには青々と茂った木々や、野草や花々が色鮮やかに朝露を浴びて光っている。

 見上げた空には白い雲が朝焼けにほんのりと染まっていた。

 「どうなって、、。」

 後ろを振り返ると、生い茂った森の荒れた山道を、でっかいとげのついたイバラがほとんど埋め尽くし、子供が1人通れるかどうかの隙間があるが、その奥は闇に覆われていて何も見えない。

 自分の数歩後ろの真っ黒な闇に、ラルクの背筋が冷える。

 「ぴぃっ」

 「朝や夜になりかけの時間帯は子供が神隠しに合うから、ここには来ちゃいけないって人間が言ってる?」

 ふーん。じゃああれは地獄と繋がってるのか。

 運良く地上に出られたけど、、。

 「あのお城は誰のか知ってる?ブリニア?ウーサー王?」

 やっぱりブリニアか。

 きっとあそこに行けば、ティンクにも会えるし、元に戻る方法も見つかるかもしれない。

 ぐしっぐしゅっ、涙に濡れた顔を腕で拭い、鼻水をすすり、立ち上がって顔を真っ直ぐに上げる。

 「キャメロット城に行く。ついてくるって?心配だから?こう見えても私は人間の子供じゃないから大丈夫だよ!え?見てわかる?本当に?まずいわ、どっからどう見ても悪魔だわ。」

 ラルクは自分の体を改めて確認する。

 ほこりの被った灰色の髪、砂に汚れた黒いドレス、背中の羽は黒く広がり、、

 「羽! 羽がある! わっ、飛べる!」

 羽を伸ばすとふわりと浮かんで小鳥と一緒にくるくると飛び回った。

 「あははははっ。」

 ティンクが羽を失ったので、ラルクも飛べないものだと勝手に思い込んでいただけだった。

 じゃあもしかして、魔法も使える?

 「かわいい服!」

 ボフッと煙のような雲のような白い渦に包まれたかと思う間もなく掻き消えると、汚れた黒いドレスが、フリルやリボンの付いた桃色のK-POP風アイドルドレスになっていた。

 「やーんっ、かーわーいーいー!」

 「ぴぃっ」

 「あっそっか。こんなの普通の人間は着てないか。」

 ボフッ。絹の長袖シャツと茶色のシンプルなスカート。

 「こんなもんかな。」

 さて、魔法が使えるなら話は別だわ。

 ラルクは腕を組んで、右手の人差し指をぷっくりと膨らませた唇にあて、足を絡ませたポーズで考えた。

 だってせっかく地上に来たんだもん、遊ばなきゃもったいないじゃない!

 まずはやっぱり、獣を焼いたステーキってやつ!すっごく美味しそうだよねあれ!

 「ぴぃっ」

 「美味しい屋台を知ってる?じゃあ決まりだな!」

 ふわり、と飛び上がったラルク、、はまた少し考えて地面に降りた。

 「なあ、名前ってあるの?ない?じゃあさ、、私の頭文字あげるから、ラピエルって、どうかな?」

 「ぴぴぃ!」

 「そっか、気に入ったのか(頬を染めてにやにやする)。じゃあ、ラピエル!行くよ!」

 ふわんっと羽ばたいたラルクの肩にラピエルがしがみ付き、上空に渦高く飛び上がると、勢いをつけてキャメロット城に向かって行った。


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