第五十九話:「少女の空白」
アスト王国王都アノスにある王宮。
ここには普段、
多くの貴族や使用人で溢れている。
そんな中、
王宮内にある王女の一室には、
三人の人物が集まっていた。
「さて、密かに王宮には入れましたが、
この後は……どうしましょうか」
そう呟いたのは、
この部屋の主にして、
この国の第一王女レイナ・エスロア・アスト。
「レイナ様。帰ってきて早々誰ですか?このちっさいのは」
腕を組み、眠っているアスフィードを睨みながらそう言ったのは、
王女の護衛にして、若くして、
聖神流上級剣士に成り上がった天才。
「アスフィですよ、ヒュース。私の妹です」
【ヒュース・ライ・ロマノフ】
アスト王国上級貴族にして、
第一王女レイナ・エスロア・アストの名誉騎士。
幼い頃より、第一王女の騎士となるべく育てられた。
王女とは、生まれた頃より近くで育ったため。
親しい間柄になっており、姉弟のような関係になっている。
「私の認識では、貴方に妹はいなかったはずですが……?」
「新たに出来た妹です。今回の視察の帰りに偶然会い、
とある事情で私の元に置いておくことにしました」
王女は彼女の身に起こった頃をざっくりヒュースに説明した。
ヒュース自身。あの災害の被害を知っているため、
王女の提案を素直に聞き入れた。
だが、ヒュースには一つの懸念点があった。
「しかし……半長耳族ですか……」
アスト王国は、他の国に比べて、
他種族に対する差別意識は薄い。
しかし、
貴族。特に中級以上の貴族達は、
昔より続く上席のため、他種族への差別意識が残っている所が多い。
この国の王女が他種族を臣下に迎えるとなると、
派閥争いをしている、他派閥につけいる隙を与えることになってしまう。
表向きは種族平等を掲げているアスト王国だが、
裏ではそういったいざこざが絶えない。
「ヒュース?それ以上はこの国に背く行為ですよ?」
「しかし、他派閥の貴族の中には、
今でも他種族の存在を許さない者達が多いです。
ただでさえ、
今は貴族達を派閥に引き入れるのに尽力をしているとき。
下手に事案を起こせば、
引き入れようとしている貴族達すら、他へ移っていまいます」
現在、レイナ・エスロア・アストは、
国王の座を賭けて、
他の王子達と派閥争いをしている真っ最中。
派閥争いを制するには、
下級、中級、上級貴族達を派閥に引き入れ、
多くの貴族達から指示を得るのが一番の近道。
基本的に、
王女以外の派閥も、
貴族達を取り込む事に躍起になっている。
「問題ありません。この程度の事で移ってしまう者達ならば、
引き入れるに値しません」
「ですが……」
「それに、彼女は我々にとっても大きな戦力になります」
「というと?」
「貴方も知っていますよね?リエイト領に現れた天才魔術師」
リエイト領に現れた天才魔術師。
幼いながら力の片鱗を見せ始め。
突如現れたアルレシア大陸に生息するA級の魔物を討伐した。
さらに、
【黒雲の灯火】のS級冒険者であり、
ディーパ魔術学院を首席卒業した天才。
【フレイ・セフラグ】の一番弟子。
そう、ルイネス・アルストレアである。
「ああ、私の従弟の事ですね」
ヒュースもそんな噂を耳にしたことがあり、
王女から直接その話をされたためよく知っていた。
さらに、
ヘルスの実家であるエルア家と、ヒュースの実家ライ家は、
元は一つだった。
ヒュースの父親とルイネスの父ヘルスは、
兄弟で、ヒュースの父は、自身で功績を立て、
新たにライ家として、上級貴族に上り詰めた。
そのため、
ヒュースとルイネスは従兄弟なのだ。
「彼女は彼の弟子で。
彼女自身も優秀な魔術師です」
「……それでも、私は危険だと思います」
ヒュースは、
アスフィードが優秀な魔術師で、
戦力になることを考慮して考えても、
マイナス面が多いと判断した。
「私も、彼女が居心地の悪いようにする気はありません」
彼女はそう言って、
自室の中の机の上から、
指輪を持ってきた。
「……それは」
「周囲から見える自分の姿を変える魔道具です」
この指輪は、
王女が視察先から持ち帰った物で、
魔力を流すと、半日以上自身の姿を変えてくれる物。
暗殺を狙われる事の多い王族は、
こういった魔道具を常に持ち歩いている。
「これを使って、アスフィの姿を人族に変えます」
「それでも、いつかはバレます」
「そうですね。これはあくまで時間稼ぎです。
ですが、それでいいんです。彼女を私の元に置いておくのは、
あの災害で離れてしまった家族の消息が分かるまで。
それに、
我々の計画一部であるディーパ魔術学院で再会出来る可能性が高い。
それまでの時間稼ぎで良いのです」
「……学院に、生き別れた家族の誰かが来ると?」
「ええ、昔そう約束したと言っていました」
自身を持って言う王女を見て、
ヒュースは、
「はぁ……」
と、ため息を吐いた。
「まあ、一番の理由は、
私があの子を側に置きたいだけなんですけどね」
不敵に微笑む王女を見て、
ヒュースは、もう一度大きくため息をついた。
―――
二人が再会して数日が経った。
アスフィードは正体を隠しつつ、
慣れない王城の生活を送っていた。
レイナ・エスロア・アストの護衛として四六時中行動を共にし、
王女に降りかかる危険を排除することに徹していた。
外に雪が降り積もったある日、
アスフィードはいつものように王女の部屋の隣の部屋で目覚め、身支度を済まし、部屋を出た。
「フィード。レイナ様がお呼びだ」
「うん。すぐ行くよ」
アスフィードは王女の部屋のドアを、
コンッ、コンッとノックした。
「レイナ様。失礼します」
「おはようございます。アスフィ」
王女は、イスに腰掛け、
窓の外を眺めながらそう言った。
「ここでの生活は慣れましたか?」
「そうですね、まだ慣れない事が多いですが。
レイナ様のおかげで楽しく過ごせています」
「私達しかいないときは、砕けて良いのですよ?」
「いえ、でも……はい!分かりました」
アスフィードは、
自分の指にはまっている指輪を外した。
すると、
短く人族と同じ長さだった耳が、
長耳族特有の綺麗な長い耳に変わった。
「やっぱり、そっちの方が似合いますね」
「そうですか?」
「本当は、自由にさせてあげたいのですが、すみません」
「そんな、謝らないでください。
国の中で他種族の風当たりが強いのは知っていますから、
ボクはこのままでも大丈夫です」
この国では、
人族以外の他種族はそこまで良好な関係ではない。
「不自由さはありませんか?」
「そうですね……魔力を込めるとき多めに持って行かれるので、
いざという時に魔力が足りなくならないか不安に思います」
王女の護衛が人族でないと知られれば、
色々と面倒なことになる。
「そうそう、今日はアスフィに渡したい物があるんです」
「渡したい物?」
王女は外に出てすぐに戻ってきた。
戻ってきた王女の手には、
紙に包まれた物があった。
「お誕生日おめでとうございます」
「え?」
「詳しく今日だとは分からなかったのですが、
この時期だと、前にヘルスさんに聞いていたので、
急いで用意しました!」
転移してきてからちゃんとした時間感覚があやふやになっていたアスフィードは、
自身の誕生日が今頃だと忘れてしまっていた。
「開けてみてください」
「はい」
アスフィードは袋を開けた。
中には、
白いフード付きの服が入っていた。
「それは、認識阻害が付与されている魔道具です。
それを着ていれば、そのままの姿で行動できます」
「こんな高価な物いただけません」
「いいんです。妹にプレゼントをあげるのは、
姉としての責務です」
「……分かった。これは有難く貰うね」
「はい、是非使ってください」
その後、
アスフィードは、貰った服を身に纏って外に。出た。
もちろん王女に休みを貰ってだ。
王女は今頃、
ヒュースの監視の下、
責務に追われている。
部屋を出ることがなく、アスフィードは一日の休みを貰った。
王宮の裏からこっそりと出た。
王宮を下り、貴族達の屋敷が建ち並ぶ区域を抜け、
商店やギルドが建ち並ぶ区域に来た。
屋敷が多い場所と違って、
この区域は、国民が多く、
多くの人がいた。
「ホントに、人族が多いな」
他種族への意識を持っているのは貴族達が中心。
国民達はそのほとんどがそんな意識を持ち合わせていないが、
自然と人族が多くなっている。
アスフィードはその後、
王都内を歩いた。
露店で食べ物を買って食べたり、
歩いている人達を見ながら。
やがて、
少し外れたところに出た。
「・-・・-・・」
何か話し声のような物が聞こえた。
耳を澄ましてよくいいてみると、
「協力者はまだか……?」
「分からない。時間になってもまだ来ていない」
何やら悪巧みをしていそうな話し声に、
アスフィードは聞き耳を立てた。
「そういえば、最近ターゲットが雇った魔術師。
何か分かったか?」
「いや、出所も素性も何もつかめてねえ」
「御丁寧に囲まれてるって事か」
男達が話している内容。
それが自分と重なる物が多かった。
「あの方の命とはいえ、
この国で唯一まともな王族を殺さないといけないとわな」
「仕方が無いだろう。
あの方の障害となる第一王女は俺たちで殺す。
それがあの御方の命なんだから」
第一王女。
男達の口からそう聞こえた瞬間。
『カチッ!』
という音が静かな裏路地に響いた。
足元に転がっていた小枝を、
不意に踏み追ってしまった……。
―――
「誰だ!」
男達は、
腰に携えていた剣を抜き、
音の鳴った方をジッと見た。
「……出てこい」
男は、
壁に向かってそう呟いた。
そう、アスフィードが聞き耳を立てている壁を。
「おい、行くぞ」
「ああ」
男達は、
壁に向かって一歩ずつ歩き始めた。
「ここだ!」
男は勢いよく壁の裏を見た。
……だが、壁の裏には誰もいなかった。
「おい、誰もいねーじゃねえか」
「……いや、ここをよく見てみろ」
男は地面を指さした。
そこには、女性の物とみられる足跡。
それと、先程の音の原因であろう折れた小枝が転がっていた。
「おいこれって!?」
「ああ、さっきまで誰かがここにいたんだ」
「それ……まずくねぇか?」
「ああ、俺たちの話を聞かれた可能性が高い」
男達は焦って辺りを捜索しようとしたとき、
一つの人影が男達に近づいてきた。
「お待たせ致しました」
黒いローブのような物を見に纏い、
フードを深々と被った男が二人に近づいた。
「……どうかされましたか?」
黒ローブの男に、
二人は起きたことを話した。
「なるほど……事情は分かりました。
この事は、私から主へとお伝え致します」
「……そ、それで」
「ですが、問題ありません。
逃げた者は、すぐ見つけられます。
我々の方で対処致しましょう」
ローブの男は、
そう言って、二人の男と路地の奥へと消えていった……。
―――
「ハァ、ハァ……」
息を切らせながら、
アスフィードは王都内を走った。
先程見た物を、急いで自分の主人に伝えるために。
走り続け、
自信が出てきた王宮の裏口から場内に入り、
王女の部屋の扉を開けた。
「レイナ様!」
アスフィードは、
普段ならするノックも忘れて部屋の中に入った。
「おい、主人の部屋に入るときは了承を得ろ!」
部屋の中にいたヒュースがそう言った。
「っ!すみません」
「構いませんよ。ヒュース?私の妹をいじめないでください」
王女は、イスに腰掛け、
机の上に置かれた書類に目を通していた。
「それで、どうしたんですか?
そんなに焦った様子で……?」
アスフィードは、
路地で男達が話した内容を伝えた。
「なるほど……私の暗殺計画が裏で動いているって事ですね?」
「それで、そいつらの特徴は?」
「一人は剣を持った男で、
もう一人は、体つきの細い男だったよ」
「……それだけじゃあ、特定するのは難しいですね」
アスフィードが見た物だけでは、
特定は難しい。
「他に見た物は無いのか?」
「……あ、そういえば、
ボクが戻ってくるとき、フードを被った人とすれ違ったよ」
「フード……それでも、誰だかは分からないな……」
「でも、その人変だったんだ……」
「変?」
「何かお花のような甘い匂いがしたんだ」
「匂いか……そういう香水を付けている者も多くいる。
ひとまずは、レイナ様の警護を強めて、敵につけいる隙を与えないよう」
「そうだね」
その日から、
王女とアスフィードは常に行動を共にした。
幸い、しばらくの間、
王女の身に危険が及ぶことは無かった。
二月後。
アスフィードは王女の護衛をする生活を続けていた。
王城前広場。
「国民の皆様と共に歩んでいきます」
王女の言葉に、
広場に集まっていた国民が歓喜の声を上げた。
この日は、アノス・エスロア・アストの生まれた日。
王女はその式典出ていた。
王族が直々に国民の前に立ち、
豊富のような者を説く。
年に一度行なわれるこの国の名物行事だ。
「これはこれは、レイナ妃殿下」
式典を終え、
王宮内を歩いていた王女一行に、
声を掛けた人物がいた。
「先ほどの演説。胸を打たれました。
よくここまでご立派になられた」
「それはどうも。お久しぶりですね。ザルギス殿」
ザルギス・ロンドヴェル。
現国王の相談役にして、
上級貴族でありながら、
エルア家等の最上級貴族と同等の待遇を受ける男。
この男は、国王と古くからの中であり、
国王を今の地位に押し上げたのも、
ザギルスの力が大きかったという。
「それにしても、本当にご立派になられて……」
ザギルスは、王女をなめ回すように視線を動かした。
「っ!!」
アスフィードは、
王女を隠すように前に出た。
「……なんだ?私に言いたいことでもあるのか?」
ザギルスは、少し不機嫌そうにそう言った。
「お許しください。
この者は私の護衛を務めておりまして、
先に私の暗殺計画なる者が出ているという情報から、
少々いらだっているのです」
「……そうでしたか、
それでは仕方がありませんね」
少し眉をしかめたザルギスはそう言った。
「そういえば、レイナ様は、何やら魔術師を国中から集めていると小耳に挟んだのですが。
何か催しをなさるおつもりですか?」
「いえ、将来の国の力となる者達を支援したいと思っただけですよ」
「……なるほどそうでしたか」
怪しい雰囲気を出しながら、
そう言った。
「それではレイナ様。
お気を付けて」
「ええ、そちらも」
ザルギスは一礼すると、
王女一行を横切り、
後ろの方へ歩いて行った。
「アスフィ、刺激する動きをしてはなりませんよ?」
「……はい」
再び歩き始め、
アスフィードがふと後ろを振り向くと、
ザルギスはある男と話し込んでいた。
男は、黒いローブのような物を身に着けていた。
二人は会話を続けながら、
王女達をチラチラと見ていた……。
---
式典を覆えた王女一行は、
部屋に集まっていた。
いつもはレイナ、ヒュース、アスフィードの三人で行動しているが、
今は、もう三人いた。
派閥の中で、レイナ派に属している上級貴族。
グレイホーン家、シャンリス家、フレアモルト家。
この三家当主の信頼の証として王女に仕えている娘達。
サーシャ・グレイホーン。
ジェーン・シャンリス。
ルナ・フレアモルトの三名だ。
この三名は普段、
それぞれで行動をし、
城内の情報収集を行なっている。
「レイナ様の命通り、
城内に広めることに成功しました」
そう言ったのは、グレイホーン家の長女サーシャ・グレイホーン。
レイナの命というのは、
『レイナ王女が国中の魔術師を集めよからぬ事を画策している』
この噂を貴族の中に流すこと。
抽象的な物だが、貴族が意識するのには十分だ。
無論、レイナが魔術師を集めているのは事実だ。
だがそれは、第一王女直属の魔術師団を作るため。
自軍を手に入れれば、その軍を自由に動かすことができ、
他の派閥への抑止力になる。
「ありがとうございます」
「レイナ様。噂を流したのは良いのですが、
果たして本当に魔術師団など作れるのでしょうか?」
「問題ありません。私達だけでは無理でしょうが、
あの方の助力をいただけるのであれば、問題は無いでしょう」
ほのぼのとした空気が部屋を包む。
だが、
この日の夜更け。事件が起こることになる。
―――
夜更け頃。
王女の寝室に近づく人影があった。
人影達は、
王女の寝室の入り口を取り囲むように立ち、
そっと音が鳴らないよう扉を開けた。
王女の寝室は、
その辺りの宿屋などとは比べものにもならない広さを持っており、
部屋の奥には、人が三人程寝転がることが出来るくらいの大きさを持つベッドが置かれている。
男達は、物音を立てないよう静かに入り、
窓際を塞いだ。
男が一人、そっと自分の腰から剣を抜いた。
ベッドに近づき、
剣を振り上げた。
「っ!」
「『音速衝撃波』!」
部屋の中に声が響き渡り、
ベッドの上を覆っていた布が宙に舞い上がった。
男が持っていた剣は、
突発的に発生した突き刺さるような風に吹き飛ばされた。
「みんな今だよ!」
その声を合図に、
部屋の扉がバンっと開き、
部屋の明かりがついた。
ヒュースが剣を握りながら入ってきた。
その後ろには、王女派閥三家の当主が立っていた。
「お前達の企みならばとっくに見抜いているぞ」
そう言って、前に出たのは、
グレイホーン家現当主ビックス・グレイホーンだった。
「……どっかから、情報が漏れてたんか」
剣を吹き飛ばされた男がそう呟いた。
部屋が明るくなったことで男の姿がハッキリ見えるようになった。
男は、ルイネスの元いた世界でいうスキンヘッドで、
顔には赤い入れ墨のような物が入ったがたいのいい男だった。
「無論、お前達の正体も分かっている。
昔、中央大陸で絶大な力を持っていた盗賊団ジンガル・・・だろ?」
「っ!」
「スィーヴズとの抗争に負け姿を消したと聞いていたが、
まさか、この国にいたとはな」
ビックスがそう言うと、
男達は明らかに動揺した様子を見せた。
「お前達の身柄はシャンリス家、フレアモルト家、グレイホーン家の三家が拘束する。
抵抗せず我らに同行しろ」
シャンリス家当主エルロット・シャンリス。
彼の家シャンリス家は、
アスト王族の護衛に対して強い権力を持つ。
それは、
シャンリス家は代々、
優秀な人材を排出し、王族直下の護衛に多く所属させている。
そのため、
王都の騎士団にはかなりの影響力を持つ。
「王女派閥の上級貴族様がぞろぞろと……。
お前ら、俺たちがこんな戦力だけで王女の暗殺を実行したと思ってんのか?」
男はそう言うと、
懐から笛のような物を取り出した。
「何をする気だ!」
「あの男を止めろ!」
「急げ!」
ビックス、エルロット。そして、フレアモルト家当主トンクス・フレアモルトは、
自身の兵に対し、指示を出した。
だが、
指示が一歩遅く、
男は、取り出した笛を一杯に吹いた。
『プゥゥゥ!』
重みのある笛声が、
部屋中に響き渡った。
「……何だ……?」
部屋にいる誰かがそう呟いた。
その瞬間、
部屋を激しい揺れが襲った。
「この揺れはなんだ!」
部屋を襲った揺れは、
この部屋に留まらず、
王宮全体を覆っていた。
「ハハハッ!もう暗殺なんて理想は言わねぇ、
仕事だけは完遂させて貰うぜぇ!」
男がそう言うと、
部屋の外から激しい光が入り込んできた。
「何だこの光は!」
ビックス達は、
謎の光が差し込んでいる窓まで走った。
「なっ……何だあれは!」
一同の見る先には、
地面に亀裂が入り、
亀裂から緑色の光があふれ、
その亀裂から、見たことのない魔物が出てきていた。
「あの光って……まさかっ!」
アスフィードは、
すぐさまベッドから飛び降り、
ビックス達のいる窓際に移動した。
「……まずいよ」
外の様子を見たアスフィードは、
小さくそう呟いた。
「あれを知ってるのか?」
ヒュースは、
焦ったようにアスフィードにそう聞いた。
「ボクが村にいた頃、
あの現象を見たことがあるんだ」
アスフィードは、シエラ村にいた時の事を話した。
あの光から突然現れた魔物に襲われたことを。
「ルイから、あの光からは他の大陸の凶悪な魔物が出てくるから、
絶対に近寄るなって言われたんだ。だから、これからどんどん魔物がここに来るよ!」
「どうすれば良い!」
「分からない。前はいつの間にか消えていたし、
ルイもあの現象はどうすることも出来ないって言ってた。多分、自然に消えるのを待つしか無いと思う」
「そうか……ならば、消えるまで食い止めるしかない」
ヒュースはそう言うと、
部屋の中の兵士達に指示を出した。
「部屋の中の賊を捕らえよ!」
「おっと、そうはいかねぇ」
男は、
袖をまくり上げ、
腕輪を露出させた。
「野郎共、あとは怪物共に任せてずらかるぞ!」
男の合図と共に、
ジンガルの面々は、皆一斉に腕輪を出した。
すると、
一瞬腕輪が光を放ち、
男達の姿が透けるように見えなくなった。
「クソッ、魔道具の類いか」
ヒュースはすぐに部屋を出てレイナ王女のもとに向かった。
レイナ王女はこの夜は自室ではなく、
護衛が常時着く部屋で休んでいる。
アスフィード達は、
王宮付近に発生した現象の元へ向かった。
ーーー
その後、
外の騒ぎに気がついた騎士団が動き始め、
魔物の対応をしている。
「『火竜巻』!」
アスフィードは、
光から現れた複数体の『メタルスネーク』を魔術で焼いた。
「ハァハァ、次は……」
アスフィードは、
レイナ王女の守りをヒュースに託し、
魔物の駆除に走っていた。
「うわぁぁぁ!」
右手から叫び声のような物が聞こえ、
アスフィードは走った。
「大丈夫ですか!」
アスフィードは声のした場所に到着した。
そこには、
押しが抜けたのか、
地面に倒れている兵士がいた。
魔物の姿は何所にも見えない。
「た、助けてくれ!」
片足を失った兵士が、
アスフィードに助けを求めた。
「はい……っ!」
アスフィードは魔物を捜していると、
ある痕跡を見つけた。
「これは……」
アスフィードの視線の先には、
身体の長い何かが地面を動いた後、
それに加え、
地面の窪みに溜まった緑色の液体。
小さい頃の嫌な記憶が呼び起こされる。
シエラ村で起こったあの夜の悲劇を……。
「ハァハァハァ……」
アスフィードは、片足を失った兵士を他の兵士の元まで送り届け、
その後元の場所まで戻り、痕跡を辿った。
痕跡は、
王城の正面の辺りまで続いていた。
「おい!大丈夫か!」
「誰か!治癒術士を呼んでこい!」
兵士達の焦る声が飛び交っていた。
アスフィードが到着すると、
そこには、大きな身体をした魔物がいた。
「やっぱり……」
そこには、
アルレシア大陸でも危険視されているA級の魔物。
【毒牙大蛇】がいた。
「シャァァァ!」
魔物は、
大きな口を開け、
兵士達に襲い掛かった。
「くっ!」
兵士は国から支給されている盾を魔物に構えた。
しかし、
魔物はいとも容易く、盾を食い破った。
「シャァァァ!」
魔物は持ち前の大きな牙から、
緑色の毒をポタポタと垂らしながら、
兵士に襲い掛かった。
「『土壁』!」
アスフィードは兵士の目の前に土の壁を創り出した。
魔物は勢いよく壁に激突した。
「逃げてください!」
アスフィードは、
襲われた兵士にそう言った。
「君は?」
「ボクは大丈夫です。それより、あっちの人を治癒術士のもとに!」
ここには、
この兵士の他に、
息が荒く、身体の所々が緑色に変色している兵士が、
気にもたれてぐったりとしていた。
「わ、分かった!すぐに応援を呼んでくる。それまで持ちこたえるんだ」
兵士はそう叫んで、
ケガ人を連れ城内へ入った。
「さて……君には恨みはないけど、
復讐させて貰うよ」
アスフィードは、
杖を構え、
魔力を集めた。
昔ルイネスとヘルスが協力してこの魔物を倒したときのことを聞いていた。
そのため、
この魔物の倒し方はある程度分かっている。
「『豪雨』!」
この一定の領域に、
激しい雨が発生した。
魔物は、
雨に打たれ、全身を濡らしていた。
アスフィードはすかさず、
次の魔術を構築した。
「『氷結領域』!」
魔術により濡れた辺りが、
瞬時に凍り付いた。
「シャァァァ!」
アスフィードの魔術で、
魔物の尻尾が凍り付いた。
「ハァァァ!」
アスフィードは、残り少ない魔力を使い、
魔術を構築した。
ルイネスを思い浮かべながら。
「『氷射』!」
無数の氷の塊が、
魔物に降り注いだ。
氷は魔物を貫通し、その身体に穴を開けた。
「シャァァ……」」
魔物は力が抜けたように地面に倒れた。
「ハァハァハァ……」
アスフィードは、
自身の胸に手を当てた。
「ルイ……ボクやったよ」
彼女は、
生き別れてしまった最愛の人に対して、
感謝の思いを送った。
ーーー
やがて、
現象が収まり、侵入した魔物は全て駆逐された。
翌日、
普段は王への謁見で使われる【謁見の間】。
本日この場所には、
王都にいる現国王セブルス・エスロア・アストを含めた王族。
最上級貴族である三大貴族。
そして、上級、中級、下級貴族の現当主を集め、
議会が開かれた。
議題は、昨夜の騒動とその始末について。
「今回の件。他国に広まるのはまずいな」
議会に出席するある貴族がそう呟いた。
「ああ、王都内部に魔物の侵入を許し、
人的被害を出したと知られれば、他国に付け入る隙を与えてしまう」
出席した貴族が悩んでいる。
その光景を見たセブルス王は、
議会を進めるため、口を開いた。
「このままでは話が進まない。
何か良い策はないかグレイホーン、フレアモルト、シャンリス三家の当主達よ」
「はい。この度の事件の発端を辿れば、
賊が侵入した事による物でございます」
「王都内で騒ぎがあったことは、
隠蔽しようと外部に漏れてしまうでしょう」
ビックス・グレイホーン。
トンクス・フレアモルトは、自身の意見を明らかにした。
「ならば、我々はどうすることも出来ないと?」
セブルス王は、
三家に対しそう言った。
「いえ、一つ良い策がございます」
「良い策?」
「我々自ら、偽の噂を流すのです」
エルロット・シャンリスは、
その内容を提示した。
【王都内で隠れていた盗賊ジングルを捕縛し、裏で飼育されていた他大陸の凶悪な魔物を討伐した】
議会に参加している貴族達の中に、
ざわめきが走った。
「内容は異なりますが、
後々漏れるであろう魔物の騒動。
それと多少似ている噂を我々自ら流すことでその相違に気づかせないようにするのです」
三家の提案に、
王は、
「なるほど……」
と呟いた。
「確かに、そんな噂が流れれば、
後に流れる事に触れる者も少なくなる。
それに、我が国に危害は及んでいないように広めることは確かに良い考えだエルロット卿」
「ありがとうございます」
そう言って深く頭を下げるエルロットを見て、
「そなたは良い方に変わったな……」
と呟いた。
王は立ち上がり、
議会に参加する全ての貴族を見た。
「この場に集まる全ての者よ。
この度の件。この三家の案を採用する。
この案に反対の者はいるか!」
王の言葉に、
全ての貴族が跪いた。
「ではこの度の案。
グレイホーン家、シャンリス家、フレアモルト家。
この三家に一任する」
議会は、
王の言葉によってお開きとなった。
議会が行なわれた謁見の間。
解散後、
この場所には、
王と、数名の貴族が残っていた。
そこには、王女のレイナ。その護衛のアスフィード達もいた。
「レイナよ。
此度は良い働きだった」
王はそう言って、
自身の娘であるレイナ王女を見た。
「いえ、此度私は何もしておりません。
活躍したのは、私の護衛です。お父様」
「そういえば、初めて会うな。
私はセブルス・エスロア・アスト。アスト王国の国王だ。
レイナを守ってくれて感謝する」
王はそう言って、
アスフィードに頭を下げた。
「頭をお上げください。
陛下がボクなどに頭を下げるのは……」
「構わぬ。今は王としてではなく、
一人の父親として君と接している。
一人の親として君には感謝している」
王はそう言って、
アスフィードの顔をしっかりと見た。
「……分かりました。
その言葉、有難く頂戴いたします」
その後、
レイナ王女は、
久しぶりに会った父親と楽しそうに会話をしていた。
アスフィードとヒュースは、
主が戻るまで、部屋の隅で待機していた。
「おい、そこの半長耳族の護衛よ」
アスフィードは急に話しかけられ、
驚いたように声のした方を見た。
そこには、
強面の年老いた男が立っていた。
「貴様……昔シエラという村にいたことはないか?」
「えっ!?」
アスフィードは、
唐突に言われたことに困惑した。
「大伯父上。私の友人が動揺しております。それ以上は……」
「何だ。ヒュース小僧か。
少し見ないうちに大きくなったなぁ!」
「まぁ、前にお会いしたのは私がまだ六つの頃なので」
「そうだったか……まあいい。
長耳族の女よ。孫のよしみだ。
何かあったときはわしに言え。力を貸してやる」
「……はい。ありがとうございます」
老人はフンッと言って部屋の外に歩いて行った。
「ねぇ、ヒュース」
「なんだ」
「あのお爺さん誰なの?」
「……エルア家現当主。ジョセフ・エルア・アルストレア様だ」
ヒュースの口からは、
思いも寄らない言葉が発せられた。
「エルア家で、孫のって……もしかして!」
「そうだ。お前が世話になったヘルス叔父上の父親で、
ルイネス・アルストレアの祖父に当たる方だ」
「えぇぇ!?」
その時、
アスフィードは初めてヘルス達いがいのエルア家の者と接触した。
その日、
レイナは王に対し一つ提案をした。
王は、すくにそれを承諾した。
レイナ王女直属の魔術師団が発足された。
副団長には、レイナの護衛アスフィードが。
団長の席は伏せられた……。
魔術師団はレイナが集めていた魔術師を迎え入れかなりの人数になったが、
公表されたのはそのうちのほんの一部だった。
―――
半年後。
半年前に可決された案は順調に進み、
アスト王国が他国に攻められることはなかった。
騒動の功績者と魔術師団の副団長ということで、、
アスフィードは国中に知られた。
レイナの護衛の無詠唱使いの凄腕魔術師。
色々な噂が国中を歩いていた。
だが、
半年の間に一つ問題が発生した。
それは、
レイナ・エスロア・アストへの暗殺者が絶えず送られていること。
アスフィードやヒュース。王女派閥の三家。王女直下の魔術師団が全力で対処したが、
日を追うごとに疲弊していった。
発足した魔術師団は、
公表せず、色々な場所に潜伏させている者が多く、
直接対処することは出来なかった。
レイナ王女自身警戒を緩めることが出来ず、
日に日にやつれていった。
「レイナ様。一度国を出るべきです」
ある日の夜。
王女の部屋に集まっているとき、
ヒュースはそう言った。
「今国を出たら逃げたことになり、今後に関わります」
「そうはいっても、このままここにいても刺客がどんどん送られ、
我々は疲弊する一方です」
半年前の騒動以降、
レイナに対し、直接刺客が送られている。
彼らは、他派閥の貴族が送ってきていると読んでいる。
だが、
それがどの貴族なのかは特定できていない。
相手が分からない状態でこのまま国の中にいるのは危険と考えたヒュースはレイナに提案した。
レイナ自身は、
この場で逃げることに関してのデメリットを重く考え、
その提案を却下している。
「今は派閥のことよりも、レイナ様自身の命を重くお考えください」
ヒュースの言葉に、
レイナはしばらく考え込んだ。
「皆の意見を聞かせてください」
レイナがそう言うと、
サーシャ、ジェーン、ルナの三人はヒュースの意見に賛成だと言った。
「アスフィはどうです?」
「ボクも……国を出た方が良いと思う」
「なるほど」
「しょ、正直、ボクには派閥争いの事は何も分からないけど、
国の外でも出来ることはあるだろうし、レイナ様の命を優先にした方が良いと思う」
レイナは全員の意見を聞き、
再び考えた。
「……分かりました。
お父様に頼んで、留学という形で国外へ出ましょう」
その後、
レイナとアスフィードは王の下へ向かい、
残りの面々は、国外へ出る準備をすることになった。
「レイナ様。大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「せっかく、魔術師団を作って、地盤を固めようとしてたのにね」
「彼らならば問題はありませんよ。
あの方が、我々の留守の間もうまく動いてくれます」
レイナ王女直下の魔術師団には、
ある大物が所属している。
だが、
その正体を他に知られたら動きづらくなるため、
正体を伏せられている。
「それに、ちょうど、向かおうと思っていた場所もありましたし」
「向かおうと思っていた場所?」
「……ディーパ魔術学院です」
「……え?」
「あそこに行けば、私の目的も果たせますし、
彼が来るかも知れませんからね」
アスフィードは、
レイナの言う彼というのが、ルイネスだということはすぐに分かった。
その後、
セブルス王に謁見し、
レイナは事の次第を王に話した。
王は、
レイナのことを心配し、
許可を出し、
王の名が入った書状を発行した。
「アスフィードよ。レイナのことを頼んだぞ」
「はい!お任せください!」
レイナ達は謁見を終え、
部屋に戻った。
この夜から、出発までの間。
王直下の騎士団が、
護衛に入った。
王直下の騎士団が護衛に入ったことで刺客が送られるのはピタリと止まった。
やがて、出発する日になった。
出発は王女派閥以外ほんの一握りの者にしか伝えられず、
密かに行なわれることになった。
まだ日が上がらない朝早く、
王都の出口に行商人の馬車が止まっている。
この馬車は外から見るとただの行商人の馬車だが、
積んでいるのは、この国で最も価値のあるもの。
レイナ一行はこの馬車に乗り、ディーパを目指す。
「レイナ様。我々が護衛できるのもここまでとなります」
そう言ったのは、
王直下の騎士団の団長にして、
アスト王国最強の剣士。
「ええ、ありがとうございます。
王の騎士であるルーク様にお手をおかけしてしまって申し訳ございません」
現国王セブルス・エスロア・アストの最高の騎士。
【ルーク・フラッシュ】
見た目は若く。輝く金髪で、笑顔を絶やさない。
彼は四大流派の一つ。聖神流の長にして聖神の称号を持ち。
世界でも知らぬ者が少ない男。
その実力は聖神流最高にして、
王の剣として戦い。
アスト王国最強の剣士と言われた男。
「そんな事を言わないでください。
我が友の頼み。その娘である貴方をお守りするのは当然。
ですが、
私は我が友やこの国を守らないといけません。
なので、ここからはあなた方で進んでいかないといけません」
「はい」
「御武運をお祈りします」
「ありがとうございます。
いずれまたお会いしましょう」
レイナとルークは握手を交わした。
今回、ディーパに向かうのは、
レイナ、アスフィード、ヒュース。
サーシャ、ジェーン、ルナの六名。
三家当主には留守中の派閥拡大を任し、
魔術師団には、引き続き人を全うせよと指示を出した。
馬車が動き始めた。
恐らく、
騎士団の護衛が無くなり、
人の目がなくなる旅路の間。
襲撃されるのは明白。
王女一行は、気を引き締め。
旅を始めた……。




