第五十話:「入学前:前編」
サテラ・ウィンドヴェルグが俺を訪ねてきてから二日が経ち、
俺は、町の外にある馬車の目の前にいた。
俺たちはこれから、
学院がある町。【ディーパ】に向かう。
「準備は出来たかい?」
そう言ったのは、
二日前に会ったばかりのディーパ魔術学院の学長。
「サテラ学長お待たせしました」
「忘れ物はないだろうねぇ?」
サテラは、
杖をつきながらそう言った。
「少し待ってください」
「……?」
俺は荷物を馬車の中に積み、
空を見上げた。
「ルーシィ!そろそろ行くよ!」
『はーい!』
俺が叫ぶと、
空から元の姿のルーシィが下りてきた。
「おかえり。楽しかったかい?」
『うん!色んな所に行ったよ!』
「それは良かった!」
ルーシィは再び擬態をして、
俺の肩までよじ登ってきた。
「お前さん……それって……まさか!?」
サテラはルーシィを見て驚いているようだった。
「ああ、すみません。
紹介がまだでしたね。
ほら、ルーシィ挨拶しなさい」
『ルーシィです!』
ルーシィが元気よく挨拶すると、
サテラは浮かない顔をした。
「お前さん、ひょっとしてその魔獣の言葉が分かるのかい?」
「……はい、分かりますけど?」
俺がそう言うと、
サテラは静かに、「そうか」と呟いた。
「その子を擬態させるのは良い考えさね。
竜が町中にいては、人様が怯えちまうからね」
「はい。私もそう思いました」
「私なんて言うんじゃないさね。この前みたく俺と言うと良いさね」
「そうですか……分かりました」
俺たちは馬車に乗り込んだ。
乗り込んですぐ、
ルーシィは俺の膝の上で眠り始めた。
スヤスヤ眠っているところから、そうとう遊んできたのだと分かった。
ーーー
学院までの道のりはすんなり進んだ。
旅の途中で盗賊に襲われたり、
魔物の襲撃を受けることもなく進むことが出来た。
この馬車は作りが特殊で、
日中走るときは通常の馬車と変わらず、
夜間の停車中は、
馬車の後ろの方が開閉でき、
奥行きの広い空間を作ることが出来て、
数人ならば中で休む事が出来るようになっていた。
学院に向かう馬車の中は、
俺とルーシィ、サテラ学院長の三人だけだった。
「お前さん。色んな繋がりを持っているようだねぇ」
「繋がり?」
「その指にはめている物。それはエルアの家紋だ。
腕に付けているのは、ジュリアン・ルーカスのスィーヴズ。
首には、ニードル家の家紋が付いた首飾り。
もう一つは……それは見たことの無いものさね」
この人見ただけで分かったのか、
それに、
この指輪の家紋が、
アスト王国のエルア家の家紋!?
ダニエルを追っているときに、
門番がえらく驚いた顔をしていたのは、
この指輪がエルア家の物だと分かっていたからか……。
「それだけでも、
お前さんが噂のような悪いヤツでは無いと分かるさね」
「それは……どうも」
そんな会話をしながら馬車は進み続け、
あっという間に五日が経った。
五日が経ち、
俺たちの乗る馬車は町の中に入った。
この町は、
外観から見ただけでも相当広い事が分かった。
町の中は、
シュレーラスのように、
入ってすぐは露店などが建ち並んでいる商業区があり、
少し奥に進むと、
人が住んでいる居住区がある。
その他にも、
セフィス教団の教会や、
冒険者ギルドや魔術ギルドの本部があったりもする。
そして、
この町で一番でかく、
目立つ建物がある。
その建物は、
遠目でもこの町で一番大きいということが分かり、
外観も綺麗で、
この町で最も重要な場所なのだろうと誰もが理解出来る。
そう、
今俺の目の前には、
「これが、ディーパ魔術学院さね」
俺はディーパ魔術学院に到着した。
俺たちの乗った馬車は、
ディーパ魔術学院の大きな門の目の前で停車した。
「ひとまず、
入学の手続きをしないといけないから、
一度学長室まで着いてきてもらうさね」
「分かりまし……」
『なにあれ!』
馬車を降りた瞬間、
ルーシィは飛び出した。
「あ、こら!ルーシィ!」
「まあいいさね。あの姿なら怯えられることもない」
「そうですかね?」
「ああ、今はひとまず手続きを終わらせるさね」
「分かりました」
俺はルーシィが迷惑を掛けないか懸念しつつも、
学院の中に入っていくサテラの後を追った。
「サテラ学院長おはようございます」
「お、おはようございます」
サテらが学院の中に入ってすぐ、
近くにいた生徒達が声を掛けてきた。
「おはよう。日頃の授業頑張るさね」
サテラは、生徒達と挨拶を交わし、
さらに奥へと進んでいった。
俺がサテラの後を追っていると、
生徒達と何度か目が合った。
学院の中は、
高さも横幅もかなり広く作られている。
おそらく、
どの種族の生徒がいても大丈夫なように作られているのだろう。
教室の数も多く、
中では十数名の生徒が授業を受けていた。
生徒達は色んな種族が共に授業を受けていた。
「教室を分けるときに、
種族間でまとめたりしていないんですね」
「うちは全てを平等にしている。
種族が違っても、全て平等。だから、生徒を分けるときも混ざるようにしているさね」
「なるほど……」
「さぁ、ここが学長室さね」
目の前には立派な扉があり、
扉の上には、
【学院長サテラ・ウィンドヴェルグ】
と書かれていた。
「さぁ、中に入るさね」
俺はサテラに誘導されるまま中に入った。
中は豪華な作りとなっており、
手前には、
ギルドに置かれている物より立派な長い机とイスが向き合うように置かれ、
奥には立派な机が置かれている。
その横には、止まり木台が置かれていた。
「おや、あの子はまだ帰っていないのかい」
サテラは部屋に入るとそう呟いた。
俺はイスにゆっくりと腰掛けた。
サテラは自身の机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「それじゃあ、ここにサインをしてくれさね」
「はい」
俺がサインを書こうとした瞬間、
この部屋の扉が勢いよく開いた。
「学長お待ちください!」
そう言って中に入ってきたのは、
眼鏡を掛けた茶髪の若い男。
「あなたは本気で彼を入れようとしているのですか?」
「何を今更」
「私はずっと反対していました」
茶髪の男は、
仏頂面で俺の方へ歩いてきた。
「お前がルイネス・アルストレアか」
「はい。そうです」
「よくものうのうとここまで来られたな。
自分の立場が分かっていないのか?」
「……」
「フンッ、お前など所詮噂が一人歩きしただけの詐欺師だろう?」
俺が言い返さないことを良いことに、
茶髪の男は色々なことを言ってきた。
「お前は今すぐ……」
「ザムシ。お前さん口が過ぎるぞ?」
サテラは起こったように、
独特な圧力を出しながらそう言った。
「うっ……で、ですが私の言っていることは全て事実で」
「ああ、そうかも知れないさね」
「では!」
「だけど、そういう者はここには他にもいるだろう?
なぜルイネス・アルストレアに固執する?」
サテラがそう言うと、
ザムシは俺に指をさした。
「この者が……私の敬愛するあの方の名を名乗っていることがどうしても許せないのです」
なるほど、
こいつもシュレーラスの騎士達のように、
聖帝龍王ディエードを馬鹿にしているとでも思ったのか。
まったく……グルの奴、恨むぞ……。
俺がそう考えていると、
サテラが密かに笑い始めた。
「そういえば、ザムシはセフィス教徒だったね」
「そうですが、なぜ笑っておられるのですか?」
「いやね、お前さん達が尊信するセフィス様は、
相手のことを真っ向から否定しろと教義に残しているのかね?」
「あなた……それは我々セフィス教徒を愚弄しているのですか?」
「愚弄しているわけじゃないさね。あたしはただ、真っ向から否定するなと言っているさね」
サテラはそう言って、
俺とザムシという男を見合った。
「自身の主張を通すには、力を示すのが手っ取り早いさね」
「それはどういうことですか?」
サテラは俺を見て、
いたずらを思いついた子供のようにニヤッとした。
何だか、
話の雲行きが悪くなってきたな……」
「これから、お前さんとお前さんが信頼を置く生徒五名と、
ルイネス・アルストレアでの魔術親善試合を行なう」
「ちょ、何言って!?」
「大丈夫だろう?お前さんも龍王という名前を名乗るのなら」
「それは……」
「良いでしょう」
俺の声を遮るように、
ザムシがそう言った。
「そこの不届き者の化けの皮を剥がす良い機会。
私と私の信頼する生徒での親善試合を、お前に申し込もう」
ザムシは、
自身が身に着けていた白い手袋を、
俺に投げつけてきた。
「ルイネス・アルストレア」
「なんですか」
「お前さんが親善試合に勝利したら、
お前さんが知りたいことを一つ教えてやらんこともないさね」
「……本当ですか?」
「ああ、もちろんさね」
そういうことなら仕方が無いか、
正直気乗りはしないが、
このザムシという男に付き纏われても迷惑だ。
「分かりました。
貴方の試合を受けましょう」
俺は投げつけられた手袋を拾い上げた。
「それでは学長。
試合はノーマルを使用させていただきます」
「良いだろう。試合は一刻後に行なう。
互いに万全の準備を行なうことさね」
ザムシは、
俺を一度見て、
「フンッ、見とけよ。今日でお前を暴いてやる」
と言って部屋を出ていった。
「そういうことだ、
お前さんのサインは、試合後に貰うことにするよ」
「……僕が負けるとは思わないのですね」
「ああ、前にも言ったさね。
弟子にお前さんの事を聞いていると」
「はぁ……そうですか」
この人の弟子って、
本当に誰なんだ……?
この試合に勝って教えて貰うしかないか。
「試合までは学院の中は好きに使って貰って構わないよ」
「分かりました」
「くれぐれも問題は起こさないでくれさね」
「大丈夫ですよ」
「間違っても女子生徒専用の部屋に入るんじゃないよ?」
「……しませんって」
この人は俺のことを何だと思っているんだろ?
まあ、今は試合のことを考えよう。
サテラから、
ザムシというあの男は、
四年生のクラスを持っていて、
本人も生徒もいい腕前をしていると聞いた。
ここは魔術を学ぶ【魔術師の聖地】と、
あのリベルが賞賛するほどだ。
気を抜くと、
やられてしまうかも知れない。
「ここなら、使っても良いか」
俺は試合の準備を整えつつ、
身体を休めたり、ルーシィを捜すのに時間を使った。
ーーー
ディーパ魔術学院内にある、
第三魔術練習場。
通称【ノーマル】と呼ばれるここに、
多くの生徒や教員が足を運んでいた。
通常、
ここは授業などで使われるとき以外は、
基本、申請をした生徒が魔術の鍛錬のために使用する。
観客席がもうけられてはいるが、
そこに多くの人で賑わうのは珍しい。
今日は、
もうけられている観客席が全て埋まるという異例な出来事が起こった。
本日第三魔術練習場で行なわれるのは、
学院内でも人気の高い教員、
【ザムシ・オウル】に加え、
彼が受け持つクラスの優秀生徒五名。
それと対峙する謎の魔術師との魔術親善試合。
滅多に親善試合など行なわないザムシが、
親善試合を行なうということで、
多くの生徒や教員が足を運んでいた。
足を運んだ者の中に、
・この試合が楽しみなのか、思わず笑みを零している一国の王女。
・王女を護衛する、期待に小さな胸を膨らませた魔術師団副団長。
・興味深そうに練習場を見下ろす、セフィス教団現教皇の一人息子。
・悩ましい顔で練習場を見る、教団直属教皇騎士団団長の長男。
・興味が薄いのか干し肉を頬張る、獣神ザルドーガの末裔。
・懐かしむような表情を見せる、セフィス神聖王国の滅んだ貴族の生き残り。
この世界の中でも位の高い人物。
これから世界を動かしていくだろう者達が一同に集まっていた。
そんな彼らや、
ここに集まった者達が見下ろしている練習場に、
一つの人影が現れた。
「うわ、まぶしっ!」
『眩しい!』
灰色のローブを身に纏った白髪の魔術師。
その後を追うように、
小さな魔獣が練習場に入ってきた。
「あれがサテラ学長が連れてきた魔術師か?」
「人族?よね?」
「結構いいわね」
会場にいる各々が色々なことを呟き始めた。
呟いているのは生徒だけでなく、教員達も色々と話し始めた。
「あの者がザムシ殿相手にどれほどやるか」
「噂通りなら、彼は超級魔術師だとか」
「系統は?」
「確か……水?」
教員陣も魔術師に対して、
色々な考察をし始めた。
その中で一人だけ、
涙を流す者がいた。
「良かった……本当に良かった……」
涙を流していたのは、
ある国の王女の護衛を務めている、
魔術師団副団長。
その人は、
守護する主に慰められている。
やがて、
魔術師が入ってきた入り口の反対側から、
六人の人影が現れた。
「お待たせしたかな?」
不敵な笑みを浮かべながら、
ザムシはそう言い放った。
ザムシの後ろにいる生徒達は、
各々が杖を握りしめていた。
そして、
その全員の首に十字架のような物がぶら下がっている。
「君はこれから負けるわけだが、
今のうちに自ら負けを認めるのであれば、醜態を晒さずにすむぞ?」
「はぁ……遠回しじゃなくて、ハッキリ言えよ」
俺はザムシに対して、
いらつきが募っていた。
「ハッ、そんな口が聞けるのも今のうちだ」
「……」
「怖じ気づいたのか!」
俺は魔眼を開眼して、
ザムシが連れてきた人達を見た。
あのザムシって男のクラスは、
腕が立つ者が多いと言っていたが、
これは……。
魔眼越しに相手を見た。
だが、
連れてこられた人達は大して魔力を帯びていなかった。
これまでの旅で会ってきた奴らより圧倒的に弱いな……。
あの学長、
何が腕が立つだよ、
ここにいる奴らで腕が立つって言うなら、
あの観客席にいる白髪の人の方が数倍は強い魔力を帯びてる。
俺はそう思いながら、
その白髪の人物を見た。
あの人の魔力、
どこか懐かしいような……ん?
顔を背けられた?
観察していることがバレたのだろうか?
そう考えていると、
白髪の人の隣にいた顔が整った金髪の女性が手を振ってきた。
「あの人、目が良いんだな……」
「何所を見ている!」
ザムシは、
俺が注意を逸らしていたことが気に触ったのか、
声を荒げてこちらを睨み付けている。
「そろそろ始めましょうか」
「フンッ、良いだろう。
お前達、あの無礼者に力の差を見せつけてやれ!」
ザムシの言葉に感化され、
連れられた生徒達は、一斉に声を上げた。
「そういえば、審判は誰が務めるんだ?」
「私が知ったことか」
「あたしが務めるさね」
その声と同時に、
観客席の方から、サテラが歩いてきた。
「学長!?」
「なんだい?ザムシはあたしが審判では不服かい?」
「いえ、公平にしていただけるのであれば問題ありません」
「ならば、大丈夫さね」
この試合の審判はサテラになったようだ。
「それじゃあ、一度ルールをおさらいする。
試合は、どちらか一方が戦闘不能になった場合。
もしくは、
どちらか一方が降伏を宣言した場合に終了とする」
「はい」
「……はい」
「それと、殺傷能力A級以上の魔術の行使は禁止とする」
殺傷能力A級?
何だそれは?
「使用された場合、
あたしが対処するからそのつもりで」
「あの……一つ良いですか?」
「なんだい?龍王?」
「っ……その殺傷能力A級以上というのは?」
俺がそう言うと、
ザムシと後ろにいる生徒達は吐き捨てるように笑みを零した。
「そんな事も知らないの……」
「ザムシ黙りな」
「っ!……申し訳ございません」
ザムシは親に怒られた子供のように、
息をのんだ。いい気味だ。
「殺傷能力A級以上の魔術というのは、
相手を死に至らしめる可能性の高い魔術だ。
お前さんが好んで使う『氷射』は通常では該当しないが、
お前さんの場合は該当扱いとする」
「……なるほど……」
簡単に言えば、
相手を殺さない魔術のみを使用しろと言うことか……。
それじゃあ、やっぱりあの魔術が楽だよな……。
「ルーシィ、できるだけ後ろまで下がってくれ」
『分かった!』
ルーシィは、
俺の指示通り入り口付近まで下がった。
「それじゃあ、各々持てる力の全てを使って戦うように」
「はい!」
「絢爛華麗な戦いを期待している」
サテラがそう言うと、
ザムシ側の全員が杖を構えた。
「それでは……始め!」
「詠唱を開始しろ!」
始まった瞬間、
ザムシの合図で、生徒達が同時に詠唱を開始した。
「偉大なる水の王子よ 氷雪の意思を無数の矢に変え 面前の敵を討ち滅ぼせ」
「『氷射』!」
五人の生徒が全員同じ魔術を使ったため、
俺の目の前には数え切れないほどの氷の矢が現れた。
「なるほど……まずは逃げ道のない攻撃で様子見か……」
俺は後方に飛び退き、
地面に魔力を流した。
「『土壁』!」
土の壁は、
無数の氷の矢を全て防いだ。
「あいつ……今詠唱してたか?」
「い、いや。少なくとも俺は聞こえなかった」
「私もよ」
「なんなんだアイツ……」
一撃必殺のような集合魔術を防がれた生徒達は、
各々驚きを隠せないようだった。
「焦るな。まだ一撃防がれただけだ!次の詠唱を始めろ」
ザムシは、
俺の後ろに回り込みながら、
生徒にそう指示した。
「『音速衝撃波』!」
俺は丈夫そうな生徒二人に対して魔術を撃った、
「なっ!」
「やっぱり……!」
丈夫そうな二人の生徒は、
詠唱が完了する前に俺の魔術が着弾し、
練習場の壁まで吹き飛ばされた。
「残り四人」
「クソガキがぁ!」
ザムシは詠唱をしながら走り続けた。
「壮大なる火炎の王子よ 灼熱の恵みを大地に捧げ 広大な火炎となれ」
「『地熱』!」
ザムシは地面を燃え上がるほど熱くした。
あの魔術は直接的な攻撃でないため、
レジストがしづらい魔術だ。
ここで教員をしているだけあって、
こういう場合に使うべき魔術は心得ているようだ。
だが、
その作戦は、
俺には通用しない。
「……なっ」
「何だそれは!?」
ザムシや生徒達は、
空を見上げながら口を揃えた。
俺は重力魔術を使い、
空中へ浮かび上がった。
空中から見るここの景色は、
悪いものではなかった。
「な、なんで空を飛んでいるんだ!?」
ザムシや後ろの生徒達だけではなく、
観客席に座る者やサテラでさえ驚きを隠しきれていなかった。
「あれって……失われた龍族の……」
観客席で起ち上がっているお爺さんがそう呟いた。
「先生、あんなのどうやって……」
「い、良いから、遠距離の魔術を使うんだ。早く!」
「はい!」
ザムシの指示で、
生徒達は詠唱を始めた。
「うっ……」
急に胸に痛みが走り、
俺は溜まらず胸を押さえた。
胸の痛みは一年前のあの騒動以降、
希に起こるようになった。
重力魔術を使う以上、
早く終わらせよう。
「『魔術消失』!」
俺は詠唱途中の魔術を、
打ち消した。
「え?なんで?」
「魔術が使えない!?」
生徒達は明らかに動揺していた。
「何がどうなっているっ!」
ザムシは、
状況が飲み込めていないようだった。
生徒達は魔術が使えないことに困惑し、
表情が曇り始めた。
「戦意がなくなってきているな……それじゃあ」
俺は地上にいる相手に向かって、
手をかざした。
「何をするつもりだ……」
「『落ちろ』!」
「何を……くっ!?」
俺は地上に向かって、
重力魔術を使った。
重力魔術の圧力に押しつぶされ、
ザムシや生徒達は起ち上がることが出来ないようだった。
俺は地上に降りた。
下りた場所の目の前には、地面に這いつくばるザムシの姿があった。
「降参しろ」
「うっ……こと、わる」
頑固だな……。
これ以上やっても、後ろの生徒達が気の毒だな……。
ザムシ以外の生徒達は全員、
すでに意識を失っている。
これ以上やっていても生徒達がかわいそうだ。
「お前以外はもう戦闘不能だ」
「わ、私……さえ、残っていれば!」
こういう所は悪い人ではないんだろうけど、
今はおとなしく諦めてもらい所だな……。
俺がそう思っていると、
サテラの声が聞こえてきた。
「そこまで!」
俺はその声と同時に、
重力魔術を解除した。
「一方の長時間の拘束のため、戦闘不能と判断する」
「なっ!?が、学長……私はまだ」
「意地になってルイネス・アルストレアに固執した時点でお前さんの負けは決まっていたさね。
今はおとなしく受け入れなさい」
サテラがそう言うと
ザムシは下を向いて動かなくなった。
サテラは、
ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「生徒諸君。
彼の名前は、ルイネス・アルストレア。
あたしが直々にスカウトまでした魔術師さね。
何故と疑問に思う者もいるだろうが、
今まさにその実力を示した。
彼がここにいることに文句がある者はいないさね?」
サテラがそう言うと、
観客席に座っていた生徒や教員達は一同に起ち上がり、
喝采を送った。
「龍王。こんな茶番に付き合って貰って悪かったさね」
「いえ。問題ありません」
「そうかい。それじゃあ、先に学長室に行っといてくれさね」
「分かりました」
俺は外に出るために入ってきた入り口の方に向かった。
「ルーシィ、行くよ」
『もう終わったの?』
ルーシィは身体を伸ばしながらそう言った。
「お前……寝てただろ」
『そんな事無いよ!?』
ルーシィは図星を疲れたように、
ビクッとした。
「まぁ、良いけど……っ!」
俺はルーシィを肩に乗せ、
外に出ようとした瞬間、
変な魔力の流れを感じた。
「ルイネス・アルストレアァァァ!」
ザムシが目を血走らせながら、
懐から一枚のスクロールを発動させていた。
俺の位置から、
ザムシの位置はさほど遠くなく、
スクロールの魔術が俺に着弾する瞬間だった。
クソッ、間に合わない!
「ルイネス!」
サテラの声が聞こえた瞬間、
スクロールの魔術が目の前で爆発した。
「くっ!」
俺はとっさにルーシィを抱え込んだ。
魔術のあまりの爆風に、
俺は後方へ吹き飛ばされた。
「いって……なんなんだよ」
爆発の土煙が収まると、
サテラがこちらへ走ってきた。
「ケガはないかい?」
とても焦ったようにこちらへ来たサテラ。
その奥には、
観客席にいたあの白髪の人物がザムシを拘束していた。
「あの子がザムシの使った魔術をお前さんに当たる前にレジストしたんだよ」
俺が白髪の人の方へ視線を送ると、
あちらもこちらに気がつき、顔を背けられた。
「……?」
「全くあの子は……」
サテラは、
息を零しながらそう呟いた。
「さっき、何が起こったんですか?」
「ザムシが殺傷能力A級以上の魔術スクロールを使ったのさね」
ザムシを見ると、
ブツブツ何かを呟いていた。
なるほど、
負けた事が信じられず、
スクロールでの攻撃をしたのか。
「ザムシにはしかるべき……ちょ、何やってるさね!」
俺はサテラを横切り、
ザムシと白髪の人の方へ近づいた。
「……っ!」
白髪の人は、
俺が近づくのに気がつくと、
下を向いてしまった。
この人……遠目では分からなかったが。
「女性だったのか」
白いマントのような物を羽織り、
中には、綺麗で動きやすそうな服を身に纏っている。
白く綺麗な髪の毛は肩辺りまで伸びていた。
俺が女性だと気がつかなかったのは、
彼女が深くフードを被っていたからだろう。
しかしこの顔……、
どこかで見たことあるような気がする。
何所だっけ?
まぁ、
今はとりあえず考えなくても良いか。
それよりも今は……。
俺は白髪の女性から視線を外し、
ザムシの方へ視線を向けた。
「先生、俺も貴方を追い込みすぎましたね。
すみませんでした」
俺がそう言うと、
ザムシは、
俺の方を憎そうに見つめた。
「今更……何のつもりだ」
「貴方の信仰心の強さをかいかぶっていました。
しかし、
俺の言い分も聞いて貰いたいです」
「……なんだ」
「貴方が気にしているあの【龍王】という名前。
あれは冒険者達が、
重力魔術を使う俺を見て噂した物です。
なので、俺自身が貴方の敬愛するかの龍王を語っているわけではありません」
「……」
「先生にも、その事を分かって貰いたいです」
俺はザムシに対してそう言った。
ザムシは、
煮え切らない顔をしていたが、やがて一息はいた。
「お前の言い分は分かった……私も早とちりをしてしまった。申し訳ない」
「いえ……」
「だが、私はやはりお前のことが嫌いだ。その事は、今でも変わらない」
「それでも構いません。俺は貴方のことを少しは認めているので」
俺は一言そう言って、
入り口の方へ戻ろうとした。
「先輩もありがとうございました」
「えっ!?あ、はい」
俺は白髪の女性にそう言うと、
動揺したような返事をした。
「それではまたどこかで」
「……はい」
少し寂しそうな表情をしたのは気になるが、
今は疲れたから休みたい。
俺はサテラの方へ戻った。
「サテラ学長。
ザムシ先生は軽い処罰にしてください」
「……?いいのかい?襲われたのはお前さんさね」
「はい、俺自身も煽ってしまったところがありますから」
「……分かった。なるべく軽くしてこの学院にはいられるようにするさね」
「ありがとうございます」
俺は練習場を後にした。
学長に言われた通り、
学長室へ向かった。
「まったく、妙なところで素直さね」
練習場を出て行くルイネスの後ろ姿を見ながら、
サテラはそう呟いた。
「あれがあんたの待ち人かい」
サテラは、
ザムシを他の教員に引き渡した白髪の女性の方へ近づいた。
「しかし、重力魔術まで本当だとは、
あんたの待ち人はとんでもない男さね」
「……私も、重力魔術が使えるとは知りませんでした」
被っていたフードをとり、
懐かしむような表情をした顔を見せた。
「ルイネスは、あんたに気がついていないようさね」
「そうですね……なぜでしょうか」
「あんたがフードを深く被って顔をしっかり見せないせいさね」
「で、ですが……」
「恥ずかしがるんじゃないさね」
白髪の女性は、
頬や長い耳を赤くし、
ルイネスが出て行った通路を見つめている。
「早く素顔を見せて、驚かせてやるさね」
「……はい、頑張ります」
そう言ったのは、
ある国のちいさな村にいた白髪の半長耳族。
現在はアスト王国魔術師団副団長の地位に着いた少女だった。




