第四十二話:「ダニエルとジュリアン」
ルイネス達が奴隷市場に向かった頃。
ソフィアとフィラは、今もなを呪気に侵されているナタリーの介保にいそしんでいた。
呪気は、ザナークに渡された指輪の効果で進行が遅らされているといえど、
着実にナタリーの身体を蝕んでいた。
「う、、、う、、、」
ナタリーは周期的に胸を押さえ苦しんでいた。
額からは大量の汗を流し、顔色は先程よりも白く悪くなっていき、このままでは刻一刻とナタリーの死期が進んでいると理解させられた。
ソフィアは、
苦しむナタリーを見て、心配することしか出来なかった。
自分の主君を救うには、
ルイネス達がスクロールを持ってきてくれるほかに無い。だが、それがどのくらい難しいことなのかは、スィーヴズの一員である自分自身がよく知っている。
奴隷市場は、前任の幹部から幹部総括のダニエル・ドミニクに変更されたことはナタリーから知らせられていた。
ダニエルという男の事はナタリーから聞かされている。
普段は冷静で疑い深く、組織も知らない裏の顔や報告をしていない事が山のように存在する油断ならない相手だと。しかし、昔はそうではなかったとボスが言っていたことがある。
ボスとダニエルは幼い頃からともに過ごし、故郷を共に出て、人族の同胞達のために組織を発足した。
ボスとダニエルは、小競り合いが長く続く小国が多くある中央大陸、人族が使い捨ての道具のように扱われるアルレシア大陸。
色んな所を共に旅した二人は、人族が世界で雑に扱われることが多いと知った。二人は疑問に思った。何故人族は他の種族に下に扱われることが多いのかと。
過去の……人族の子供が幼い頃ほとんどが聞かされたことのある伝説。
アスト王国の王子アノス・エスロア・アストと魔界提督アルレシアの戦った伝説。あの物語は、人族が戦争を収め、世界を平和にしたと言い伝えられている。
数千年前、この第一次人魔戦役は本当に起こったとされている。ならば、世界中の人は皆平等なはずなのだ。
そう考えた二人は、人族が蔑まされない世界を作りたいと願った。そして、スィーヴズを発足した。
組織発足を提案したのは、ダニエルという話だ。
組織発足後、二人は、アスト王国やセフィス神聖王国との繋がりを作り後ろ盾を得た。そして、人族を嫌う魔族の多くが住むアルレシア大陸に拠点を移し、港の町を魔王との契約を得て収めた。
契約した魔王とは、
ロシンポートからリングル付近。スィーヴズの管轄下にある地域の全てを治めている魔王。
【強欲の魔王:ジェイレル・ドルガンズ】
魔王は、組織に大して多様な要求はしてこなかった。
ただ一言、
「楽しませろ」
とだけ言って、
アルレシア大陸の自分の領土内での組織の運営を認めた。
そこからの組織は、
アルレシア大陸で組織を動かした。そして、約三年ほど前からアルレシア大陸で人族が突如現れるといった異変が起こり始めた。
アスト王国出身の人族がいたるところで発見された。組織は、その人族の保護を決定した。
ナタリー様が中途アジトに向かわれたのも、それが理由だ。しかし、ダニエル・ドミニクの様子がおかしくなったのもその頃からだ、ナタリー様は言っていた。
組織に報告も無く、
人族の子供を自分の配下に置き、人を殺す技術を覚えさせ、暗殺集団に仕立て上げた。
そして、此度龍王様がこの町に入られたことに対して、
狂神流王級剣士を雇い入れ、龍王様にぶつけた。
結果は、龍王様が退けたらしいが、
以前のダニエルとは、にても似つかない行為だった。ダニエルは、武力行使を行なわず取引きの引き合いで人族を解放してきた。それを自身の理念として掲げていたほどだ。
だが、今回のそれは明らかにその理念を侵すものだった。今のダニエルは何をするか分からない。実際、今回ナタリー様は、ダニエルに殺されかけている。
「龍王様……」
龍王様、どうか……どうかナタリー様をお救いください。
ソフィアがそう祈っていると、
部屋の扉が開き、替えた水が入った桶を持っているフィラの姿があった。
「大丈夫ですか……ソフィアさん」
このフィラという少女は、
龍王様の恋人らしい。
「一度休んでください。ナタリーさんは、私が見ていますから」
桶をベッド脇の机に置き、
ナタリーの額にかぶせていた布を水につけ、水を切り、再び額の上にかぶせた。
「いえ、私はこのままここにいます」
「……ナタリーさん大丈夫でしょうか?」
フィラはソフィアの横に腰掛け、
そう言った。
「分かりません。指輪の効果で進行を遅らせているといっても、着実に呪気がナタリー様を侵しています。
龍王様達がスクロールを手に入れれなければ……無理だと思います」
自分で言ってて、
事実を受け止められず、目から涙がこぼれた。
「……私達も、ここに来る前。
一人の友人を無くしました」
フィラはそう言って、
静穏に話し始めた。
リングルの町で一人の獣人の男と出会い。
友人となり、本気でぶつかった。その後、心からの友人となり、そして、失った。
その時、龍王様は取り乱し、
自分は、押さえることしか出来なかったと。その時、復讐なんて何も生まないと言った。
「ルイ君は自分で立ち直った。
私は何も出来なかった」
そう話す彼女は、
悲しげな顔をした。
彼女の顔を見て、
その事が心残りになっていると伝わってきた。
そんな経験をして龍王様は、
必死にナタリー様を救うために自らを犠牲にして動いてくれている。
私が考え込んでいると、フィラはこう発した。
「ルイ君は、一度行ったことは必ず成し遂げてくれる」
「……え?」
「ルイ君が助けると言ったら必ず助けるし、
帰ってくると言ったら返ってくる。約束は必ず守る人だよ」
彼女が龍王様のことを信用していることは、よく伝わってくる。
自分が彼女の立場ならきっと同じように言うだろう。しかし、彼女はしらない。組織が……ダニエルがどれだけ恐ろしい人なのかを……。
私がそう思っていると、
部屋の扉をノックされた。
冒険者の人が間違えてきたのかと思い、
扉を開けた。すると、目の前には何度も見たことも、会った事もある。私が恩を感じている人の一人。
「やぁソフィア。久しぶりだね」
その人は、私に声をかけると、
ベッドで眠るナタリー様の元までゆっくりと歩いて行った。
「だ、誰ですか……」
フィラは、
その人物がナタリーに近寄れないように立ち上がった。
「君は……フィラ・ニードルだね。
私の名前はジュリアン・ルーカス。ナタリーの父親だ」
「……えっ!?」
「ナタリーを見ててくれて礼を言うよ」
ジュリアンはそう言って、
フィラを横切り、ナタリーの頭をゆっくりと撫でた。
「ナタリー、すまない……私のせいで」
ジュリアンはそう言って、
ソフィアの方を見た。
「ソフィア、これはダニエルの配下が使う武器の呪気だね」
「……はい」
「はぁ……やっぱりそうか」
ジュリアンは息を大きく吐きながら立ち上がった。その表情は、どこか寂しそうな顔をしていた。
「あ、あのジュリアン様」
「ナタリーを頼むよソフィア」
「っ!はい!」
ジュリアンは部屋を後にしようとしたとき、
ベッドで眠っていたナタリーが目を覚ました。
「……ぱ、パパ……?:
「……ナタリー久しぶりだね」
ナタリーはゆっくりと起き上がった。
「ナタリー様無理は!」
「だ、大丈夫……これくらい平気よ」
ナタリーはゆっくりと立ち上がり、
ふらついた足取りでジュリアンの方へ向かっていった。
「いつ……帰ってきたの?」
「つい今さっきさ……私のせいですまなかったね」
「ハァハァ……良いわよ。パパのせいじゃないんだから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
ジュリアンは、
フラフラと近づいてくるナタリーを抱き寄せた。
「それに、ルイネスが助けてくれるから」
「ルイネス……ああ、巷で有名な龍王か」
「知ってるの……?」
「当然だ。愛する娘を誘拐した犯人だからね」
「ふふ、そうね」
ナタリーはジュリアンから離れた。
表情が先程よりも明るくなり、彼女が抱えていた不安が少し晴れた事が、この場にいる全員分かった。
「それじゃあ、私も向かうとするよ。我が……友のもとへ」
「ハァハァ……気をつけてね」
「ああ、ナタリーも、もう少しだけ耐えてくれ」
ジュリアンは、ナタリーに微笑んだ後部屋を後にした。
「ソフィア」
「は、はい?」
「久しぶりに……あなたのご飯が食べたいわ」
ナタリーは辛いのにもかかわらず、
笑顔を作りソフィアにそう言った。
「っ……分かりました!」
この場にいる全員が、
ナタリーの考えに気がついた。
「ふ、フィラも手伝ってきてちょうだい」
「えっ?はい、分かりました」
私達は部屋を出て、
食べやすいものを作りに行った。
「ナタリーさん。かなり無理してたですね」
「……はい、そうですね」
厨房で料理を作りながら、
私達はそんな会話をした。ナタリー様のことを思うと手が震え。指を切ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
指に治癒魔術をかけ、傷を治した。
「……大丈夫。ルイ君がすぐにスクロールを持って戻ってきますよ」
「そう……ですね」
龍王様が向かわれてからかなりの時間が流れた。
危険な場所に向かわれたので、今は無事ではないかもしれない。それでも……。
龍王様。どうかナタリー様をお救いください。
ールイネス視点ー
ジュリアンは、
部屋に颯爽と入り、俺たちを横切りダニエルの目の前まで来た。
「ダニエル。これは何事だい?」
ジュリアンは、
微笑みながらそう言った。
「……ジュリアン・ルーカス……」
近づいてくるジュリアンに対して、
ダニエルは一歩、また一歩とジュリアンから離れるように後ずさりをした。
ジュリアンが部屋に入った瞬間から、先程までの緊張感は一瞬打ちの消え去り、
冷たいような。とても寒く感じるように部屋の中が冷たくなった。
ジュリアンは、
歩みを止めず、ダニエルに詰め寄った。
「僕がいない間に、
随分と悪さをしたらしいじゃないか?」
部屋に置かれている机の上の紙を手に取り、
優しく問い詰めるようにそう言った。
「……っ、」
「何か言ったらどうだい?」
壁にぶつかり、逃げ場を失った……。
「何のことですか?
私はただ、侵入してきた賊を捕らえようと……」
「ダニエル……お前、ウソが下手になったな」
手に持っていた紙を再び机に置き、
悲しげな顔をしてダニエルを見た。
「……なんだ……何だその顔は!!」
ジュリアンに詰め寄り、
胸ぐらを強く掴んだ。
「お前に私の何が分かる」
「……分かるさ。俺たちは兄弟じゃないか?」
「……っ!?ふざけるなぁ!」
ジュリアンを強く睨み付け、
そう叫んだ。
ダニエルの叫びは部屋中に広がった。
「私と、お前が兄弟?」
「ああ、そうだ」
「ふ、フハハ!お前は本当に愚かだ。
私が、昔の私だとまだ思っているのか?」
鼻から息を漏らし、
馬鹿にするように手を離した。
「あの御方に選ばれた私と、
ただの人族のお前が、私と対等な立場にあると本気で思っているのか?」
ダニエルは、
白い本を懐から取り出した。
あの御方って言うのは、
聖典を持っているから、アイツのことなのだろう。
「私はお前を神に等しい存在にしようと奮起した。
小国からアスト王国のような大きな国と繋がりを作り、この大陸の魔王とも有効な関わりを作った。なのに、お前は、今以上の存在になることをせず、人という小さな存在のままで止まろうとした」
「……っ、」
「そんな時に、
私の目の前に聖典と共にあの御方が現れた。
私を導き、望む物を全て手に入れさせてくれた。その姿は、私の思い描いていた神の姿と全く同じだった」
なるほど……こいつも、
ジェドと同じ。聖典とヤツに狂わせられた一人だったのか……。だとしたら、なんとかダニエルを助けたいと思ってしまう。
こいつも被害者なら助けたい。
考え込んでいると、
ジュリアンは、ダニエルの持っている聖典を奪い取った。
「っ!か、返せ!」
聖典を奪われたダニエルは、
ジュリアンから奪い取ろうとした。
「ほら、ルイネス君」
ジュリアンは、
そう言って俺に聖典を投げた。それと同時に、ダニエルの顔に向かって拳を振った。
ジュリアンの拳は、ダニエルの顔をしっかりと捕らえた。
「ブハァ!」
「ええぇ!?」
殴られたダニエルは、
その勢いで後ろへ吹き飛び、壁に思いっきりぶつかった。
俺は、
目の前で起こった事に驚きを隠せずいた。
「くっ、いてて。
人を殴るのは久しぶりで……慣れない事はするべきじゃないね」
ジュリアンはそう言いつつ、
ダニエルの元まで歩いて行った。ジュリアンの表情は、どこかスッキリしていた。
「え……」
目の前で起こった事が理解出来ていないのか、
頬を押さえてこちらを見ていた。
「さぁ、ダニエル。
気は戻ったかい?」
「何を……」
「君が、あの白い本に執着しているようだったからね」
座り込んでいるダニエルに視線を合わせるように、
ジュリアンは、床に座り込んだ。
「私達が組織を作る際に、
掲げた理想は何だった?」
「……種族同士が平等な居場所を作ること……」
「そうだ。昔は二人で苦しい思いをしたよな」
ダニエルがジュリアンの顔を見上げた。
「他種族に襲われたり、貴族に捕まったり。
俺たちみたいな思いを他の奴らにさせないためにスィーヴズを作った」
「……」
「なのにお前は、組織の生む利益や己の私欲のために理想を歪めた」
そういうジュリアンの顔は、
言葉とは別に起こっているような表情ではなく、悲しそうな顔をしていた。
言い方も、問い詰めるように言うのではなく語りかけるように言っていた。歪んでしまった友が初心を思い出せるように。
「今のお前は、何を目指しているんだ?」
「わ、私は……」
ダニエルは、
何かを言いかけて口を噤んでしまった。
「質問を変えよう。
ダニエル。あの本は何だ?お前は何であの本を手に入れてから変わってしまった?」
「……」
ダニエルは答えようとしなかった。
ジュリアンは、聖典の存在を知らなかったらしい。ならば、俺がダニエルの言うことの出来ないことを言った方が良いだろう。
「あの本は、とある悪いヤツが自分の利益のために人を利用するときに使う物です」
「なに?」
「それは違う!」
ダニエルは、
目を見開きながら俺にそう言った。
「その本は、私が進むべき道を示してくれる神聖な物だ!」
「では、自分の利益になることしかなかったと言い切れますか?」
「そ、それは……」
言いにくそうにしたダニエルを見て、
俺は理解した。
聖典は、自分の利益になることを教えてくれる代わりに見返りを求めるように指示が出てくるらしい。
ダニエルにもその見返りがあったのだろう。
「ダニエルさん。貴方は、神と呼ぶ存在に利用されているんです」
「……」
この場を見ていたザナークが口を開いた。
「俺には何が何だか分からねーが、
得体の知れないヤツに利用されるだけなんてそんな面白くない事、やるべきじゃねーと思うがな」
吐き捨てるように言ったザナークは、
床に腰掛けた。。
「ダニエルよ。
お前は得体の知れない神と称するヤツと、幼い頃から共に育った兄弟である私。
どちらを信用する?」
ジュリアンは、
問いかけるようにそう言った。
「そんなの……」
場の空気に押されながらも、
そんな事決まっていると言おうとしたダニエルは、
言葉が出ずに口を噤んだ。
「ダニエルさん。
僕の恩人に貴方が神と呼ぶ存在について聞いた事があります」
俺は、
ダニエルを見てそう言った。ダニエルは、俺をジッと見た。
「その人は、
ヤツは初めは信用させるために所有者の利益になるようなことばかりを教えてくる。そして、信用させたときに、自身の目的に必要なことをどんどん要求してくるやつだと」
「……」
「あなたも、心当たりがあるんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いたダニエルは、
目を見開き、唖然としていた。
「貴方にまだ良心が残っているなら、
こちらへ戻ってきてください」
正直、
ナタリーを危険な目に遭わせたこの男を許す気にはなれない。だが、戦わなくてすんで、スクロールを手に入れることが出来るのなら、それに越したことはない。
「私は……」
ダニエルが言おうとした瞬間、
扉が開いた。
「ダニエル様!」
「……フンッ」
すごいスピードで部屋に入ってきて、
俺に向かってきた黒装束の男に対して、
ザナークは剣を抜き、扉の側の壁まで吹き飛ばした。
「グヘッ!」
男は、口から血を吐き出し、
力の抜けている折れた手で無理やり短剣を握りしめ、立ち上がった。
「ハァハァ……」
「へへ、やるじゃねーか。
主を守るために、腕が折れてなを立ち上がるか」
ザナークは面白そうにもう一本の剣を抜き去った。
両手に剣を持ち、男に向かって構えた。
「だ、ダニエル様は私が守る。
それが、私を救ってくださった恩に報いる唯一の手段だ!」
男はそう叫び、
ナタリーを斬った短剣をザナークに向けた。
「おらぁ、こっちの方が良いな……。
お前……俺に勝てると思ってんのか?」
「お前の勝つという意味と、俺の勝つという意味は違う」
男は、
短剣を布で手に結びつけた。
「俺の勝ちとは、ダニエル様が逃げる時間を稼ぎきることだ」
「そうか……ならば、俺に勝ってみせろ!」
男は、ザナークの元へ走り出した。
もはや掴んでいるのかも分からない。布で固定された短剣を掴みながら。
足取りは強く、男の意志が強い事がよく分かった。……さが、その意志とは裏腹に結果はあっけない物だった。
「おらぁぁ!」
ザナークは、男が掴む短剣を自身の剣でへし折り、
強烈な蹴りを腹部に打ち込んだ。
蹴りの勢いは驚異的で、蹴りをもろに受けた男は力が抜けたように後ろへ蹴り飛ばされた。
「……」
男は壁に寄りかかり、
うつろな目をして動かなくなった。
「実力にそぐわない意思だったが、嫌いじゃなかったぜ」
ゆっくりと男まで歩み寄り、
剣を振り上げた。
「ま、待ってくれ!」
ザナークと、男の間に叫びながら入り込んできたのは、
先程まで、二人の戦いを呆然とみていたダニエルだった。
「おい……邪魔だ」
「……っ、」
ザナークの圧に一瞬ほどひるんだが、
退こうとはしなかった。
「さっきまで這いつくばっていた男に何が出来る!」
「何も出来ない。私は所詮得体の知れない存在に利用されるだけされて大切なものを自ら手放してしまうような男だ」
「ならば弱者らしく部屋の隅でうずくまっていろ!」
「……できない。私は過ちを犯した。今ならば理解出来る。
私の詰みを償うことは出来ない。せめて、私を信用してついてきてくれたこの子を殺させるわけにはいかない」
足は震え額からは汗を流し、
誰がどう見ても怯えているようにしか見えない男の姿だが、先程までより人らしさを感じた。
「ザナークさん。
もう良いんじゃないですか?」
「あ?」
「あの男の人も気を失っているようですし、死にかけている人をわざわざ殺す必要は無いでしょう」
俺がそう言うと、
ザナークは剣を俺の方へ向けた。
「狂神流の剣士である俺に向かって言ってんのか?」
狂神流は、敗者に厳しい。
あの流派での負けとはそのまま死に繋がる。
『強きをくじき、弱きを見捨てろ』
この掟があるか限り、
ザナークはあの男を殺そうとするだろう。ならば、あの男が弱くないと認めさせれば良い。
「あの人は弱くないです」
「……あ?」
「貴方もさっき認めていたじゃないですか?」
「そんなこ……」
「一度認めた相手を殺すなんて、貴方の誇りを汚す行為なんじゃないですか?」
ザナークは、
もう一度、自分が蹴り飛ばした男を見た。
「あの男の人を殺すのなら、僕はもう一度貴方と戦います」
「……いいだろう。お前と戦うのは俺も本望ではない」
剣を鞘に収めた。
正直、戦いになると思っていた。
ザナークがこんなにも簡単に諦めてくれるとは正直思わなかった。何を考えているんだろうか……いや、ただ単に自分もそう思ったからやめてくれただけか……。
「ダニエル。
お前はこれからどうする?」
俺が男に治癒魔術をかけていると、
ジュリアンがそう問いかけた。
「私は……組織を抜けてここから消えるさ」
そう言って、
自身が腕にはめていた腕輪を差し出した。
「これ以上迷惑はかけられない」
「……そうか……」
ジュリアンは腕輪を受け取り、
懐に入れた。
「ダニエルよ」
「なんだ?」
「実は、私は現在人捜しをしている。
小競り合いが続く小国の紛争地域に行かないといけないのだが、何分、私には武力が無い」
「……お前」
「優秀な部下の多い兄弟の力を借りたいのだが……私に雇われないか?ダニエル・ドミニク」
「私は……いや、分かった。お前に雇われることにしよう」
二人は、お互いに握手を交わした。
彼らが真の意味で仲間になったのは今この時なのかもしれない。
「では、これはもういりませんね」
俺は聖典を魔術で燃やした。
バチバチと音を立てながら燃え始めた聖典を、部屋の隅にあった暖炉に投げ入れた。
ーーー
「……何で貴方がここへ!?」
部屋の扉が開いた瞬間、
ソフィアがそう呟いた。
部屋に入ってきたのは、
手に巻物を持ったルイネス。それに、気を失った黒装束の男を抱えたジュリアンともう一人……。
「ダニエル・ドミニク!!」
明らかに取り乱したソフィアが杖を構えた。
彼女がこうなるのも分かる。自分の主人を殺そうとした男が目の前にいるんだからな。
……だが、ダニエルは罪を認めて改めようとしている。彼女やナタリーにもその事を分かってもらいたい。
そのためには……。
「ダニエルさん。これを」
「……ありがとう。ルイネス君」
俺はスクロールをダニエルに渡した。
「……な、何をしているんですか?」
ソフィアは、
ダニエルの前を動こうとしなかった。
「ソフィア、私はナタリー様を救いたい」
「……ナタリー様をこんな目に遭わせた人が何を言っているんですか?」
ダニエルは、
ソフィアの静止を流して歩み続けた。
「あ、ちょ……」
ダニエルはスクロールを開き、
描かれている魔法陣を発動させた。すると、スクロールが光り始め小さな粒のようになって消えた。
「これは!?」
ナタリーの全身が、
スクロールの光に包まれた。やがて、首の痣が徐々に消えていき、
真っ青な色をしていた顔が血色の良い顔色に戻った。
「……」
「これでナタリー様は大丈夫だ」
荒かった呼吸が正常に戻り、
息苦しそうにしていたナタリーはスヤスヤ落ち着いたように眠っていた。
「どうして貴方が?」
「……これで許されるとは思っていない。これから償いをしていくつもりだ」
ダニエルは一言そう言って部屋を出ていった。
「龍王様。あの人に一体何があったのですか?」
「えっと……」
俺は奴隷市場で起こった事を全て話した。
話している最中ソフィアは真剣に聞いていて、話し終わった後は最低限、ダニエルのことを分かってもらえた。
「あとは……ナタリーか」
ナタリーに認めてもらえれば全て丸く収まる。
彼女は一番の被害者だが、認めてもらえるよう努力しよう。悪いのはダニエルではなく、ダニエルを狂わせた聖典のせいなんだからな。
……そういえば、ザナークはどこ行ったんだ?
ー???ー
無人の部屋。
中は地下とは思えないほどの広さを有し、綺麗な机やイス。部屋の脇には本棚。奥には厳重そうな金庫などが置かれていた。
その中で一際目立つ所があった。それは、この静かな部屋の中で強い光を放つ所。
何かがずっと燃え続けている。そう、そこは先程ある魔術師が燃やした白い本が入っている暖炉だ。
そんな部屋の中に、
一人の男が入ってきた。男は、二本の上等な剣を腰に携え真っ直ぐとした足取りで暖炉の方へ近づいた。
「アイツもツメがあめーな」
男はそう言って、
暖炉の中に手を入れた。
激しく燃える火の中へ手を入れ、涼しい顔をして中から一つの物を取り出した。それは、先程ルイネスが燃やした聖典がそのままの形で出てきた。
「これが燃やす程度で消せるわけねぇのによ」
男は本棚の中から一冊本を取り出し、
暖炉の中へと投げ入れた。炎はさらに勢いを増してその本を呑み込んだ。
その後、男は本を開き、中を見た。
「……なるほど、
アイツも嫌のことをしやがる」
男はその本を閉じて、
懐にしまった。
「これで、俺の目的も終わりだ」
男はそのまま部屋を後にした。
「ルイネス。精々失わねーように気をつけな」
男は去り際にそう呟いた。




