第三十六話:「平和な一日」
ジェドの一件から半年の月日がたった。
俺たちは、アルレシア大陸の玄関口と言われるロシンポートに向かっている。その目的は、ロシンポートから出ているセフィス大陸行きの船に乗るためだ。
リングルからロシンポートまでは一年ほどかかる。
ロシンポートに向かうまで何カ所か街を経由して向かうことになる。現在、俺たちは何カ所ある内の一カ所、
【ルルラ】の街にいる。
この街は、さほど大きな街ではない。冒険者ギルドはあるが、魔術ギルドはない。それでも、ここはアルレシア大陸に冒険者ギルドがある五つの街の一つだ。
このあまり大きくない街に冒険者ギルドがある理由は、
この街は住んでいる人の数がとても多い。
人が多く住んでいる理由として最も大きいのが、
この街は危険が少ないということだ。この街の周辺の荒野は魔物の数が少なく、滅多に街に襲いに来ることはない。
街の近くには魔物が寄りつかない森がある。
この街は、アルレシア大陸に住んでいる人にとってオアシスのような場所だ。
俺達はこの街で宿を取り冒険者ギルドに向かった。
「なにかいい依頼はないかな?」
フィラはそう言いながら、
ギルドに張り出されている依頼書を順々に目を通している。
「さあ、どうでしょう。
この街の近くには魔物が出ないようなので討伐依頼は無いかもしれませんね」
ジェドの一件の後、
街を出る際にフィラの冒険者カードを発行した。
カードを発行するときには保証人を付ける事も出来る。保証人を付けるメリットとしては、依頼を失敗した際に違約金を支払わなければならない。その時、ギルドが何割か保証してくれる。
依頼失敗時に支払う違約金は依頼報酬の約六割の金額を支払わなければならない。
それだけで保証人を付ける理由には十分だ。
俺とフィラは掲示板に張り出されている依頼書を全て見た。
張り出されている依頼書はどれもD級以下の依頼しか張り出されていなかった。現在、俺はB級冒険者で、フィラはE級冒険者だ。
ここに来る途中の街で、路銀を貯めるために色々と依頼をこなしたらフィラはすぐにE級に上がった。
依頼は自分の階級よりも一つ下の階級の依頼と一つ上の階級の依頼を受けることが出来る。一つ下なら問題は無いと思うが、一つ上の依頼は以下の簡単なないようだとしてもそれほどの危険がつきまとうことになる。
「さぁ、ルイ君。何受けよっか?」
「……いや、この街で依頼を受けるのはやめましょう」
「どうして!?」
「今僕達の手持ちで十分にロシンポートまで行くことが出来ます。それに、ここよりも、ロシンポートで依頼を受ける方がより高い報酬の依頼を受けることが出来ます」
そう、この街に出されている依頼は、
【ネム草の採取】
【迷子のペット探し】
【宿の部屋清掃】
など、基本非戦闘系の依頼が多い。
どれもD級以下の依頼で、報酬も少ない。
俺たちの階級が低いなら受けても良いが、
どちらかがC級以上になっていれば大抵は問題なく受けられるため、この街で依頼をこなす必要は無いだろう。
俺がそう考えていると、
フィラが掲示板から一枚依頼書を剥ぎ取った。
「ねえルイ君。
これを受けましょうよ」
「フィラ、あのですね。この街では……」
「ルイ君、アスト王国に帰るのに急いでくれるのは良いのだけど、
時には目の前にあることをやるのも大切よ」
フィラ、人差し指を立てながらそう言った。
「それに、私憧れてたの。
冒険者らしいことを!」
目を輝かせながら言うフィラに、半ば押される勢いで依頼を受けることになった。
今回、受けた依頼は、
【ネム草の採取】
だ。
この依頼の難易度はF級。初心者向けの依頼だ。
依頼内容は、
ーーー
【ネム草の採取】
・ネム草前十点の採取
・時間無制限
・達成報酬【屑銭三枚】
ーーー
というものだ。
正直この報酬は今の俺たちに受けるメリットは少ない。だが、フィラがやる気になっているのでやることにしよう。
この依頼を受けるのはフィラだ。
今の俺ではこの依頼を受けることは出来ない。なので、俺はあくまで手伝いとしてこの依頼を受ける。
俺とフィラは早速薬草の採取に向かった。
近くにある森に向かった。ネム草はその森に多くある。
ネム草は特殊な匂いを発している。この匂いは、人には害はないが、魔物には刺激が強く魔物達はネム草の近くに近寄らない。
そのため、ネム草は魔物避けとして冒険者や商人、貴族に重宝されている。
ルルラの街に魔物が現れないのは、ネム草が生えている森が近くにあるのが一番の要因だろう。
俺たちが入った森は、森と言っても【荒れの森】とは違ってしっかり緑がある。それに、広さも【荒れの森】と違ってすごく狭い。
森には多くの冒険者が来ていた。
大半が魔族だが、獣人族や人族の姿も多くあった。
「多くの人が来ていますね」
「そうですね、僕らのようにネム草の採取に来ているのでしょうか?」
ここには多くのネム草が生えている。
そのおかげで魔物がいない。冒険者をしている人からすれば、これほど安全な依頼は無いだろう。
俺たちもネム草の採取に取りかかった。といっても、色々なところに生えているのでものの数分で採取し終わった。
「これで、依頼にあった量は確保出来ましたね」
「はい、こんなにも早く終わるとは思いませんでした」
俺とフィラは採取し終わり、
森の中を歩いていた。
「ルイ君知っていましたか?
ルルラの近くにある森に綺麗な泉があるという話を」
「そうなんですか?近くにはないようですが?」
俺がそう言うと、
フィラはまた人差し指をピンッと立てながら自慢げに話しはじめた。
「泉があるのはね、
普通に歩いてても見つからない場所にあるんだって」
「普通に歩いてても見つからない?」
「うん。私が読んだ本にはね、
普通の人が泉を見ようとしても姿を現さず、反対に、泉を見ようとしない者に泉は姿を現す」
つまり、
見つけようとしたら見つからないって事か?
「その本には、
泉からは魔力が溢れており、辺りの枯れた地を潤す。って記載されていた」
魔力が溢れている。そのおかげでこの森がある。
その泉がこの森にあるのは確定的だな。
俺は考えながら、
一つ良い方法を思いついた。
「フィラ、良いことを思いつきました」
泉が魔力で溢れている。つまり、俺が魔眼越しに捜せば見つかるかもしれない。
「僕が泉を見つけます」
「え?」
俺は右目を覆っている眼帯を外した。
眼帯を外すと、視界が広くなり、魔力の流れが白い線が伸びるように見つけることが出来た。
俺が見つけた白い線は、森の中央にある少し太い木まで伸びていた。
「こっちです」
俺たちはその木の目の前まで来た。
その木はその辺りにある木と同じに見えた。違いがあるとすれば、他の木よりも太いということだけだ。
「なにもないよ?」
「あれ……おかしいですね?」
魔力の線は確かにこの木に伸びている。
何かあるはずなんだ。何かが……。
俺が木を見回していると、
屈みながら木を見ていたフィラが俺のローブの裾を少し引っ張った。
「ルイ君、
ここに何かあるよ」
「え?」
フィラが指をさしている部分を見てみると、
底には、小さく魔法陣が描かれていた。
「これは、何かの魔法陣ですね」
「何の、魔法陣なんだろう?」
「さあ、何の魔法陣かは分かりませんね」
誰が書いたか分からない魔法陣にはあまり触れない方が良い。
戦役時に使われていた罠の可能性もある。迂闊に触れない方が良いが、もしかしたら泉と関係のある物なのかもしれない。
「フィラ、ちょっと下がっててください」
「え?あ、うん」
フィラは、今の一から三歩ほど後ろに下がった。
俺は確認した後、恐る恐る魔法陣に触れた。すると、魔法陣が緑色の光を放ち始めた。
「これは!?」
「ルイ君!」
俺は魔法陣に引き込まれた。その瞬間、俺のローブをフィラが強く握った。
俺たちはそのまま魔法陣に引き込まれた。
ーーー
「ん?いてて、、、」
目が覚めると、
まだ森の中にいるようだった。
「フィラ、起きてください」
俺の横にはフィラが眠っていたので、
俺は急いでフィラを起こした。
「なにが起こったの……?」
「分かりません。ですが、ここは森の中のようですね」
俺がそう言った瞬間、
強い魔力を放っている所があるのに気がついた。
「フィラ、ちょっとついてきてください」
「う、うん。分かった」
俺達は、
強い魔力を放っている場所に向かった。歩き始めてすぐに魔力を放っている所を見つけた。
「おお、これは……」
「綺麗ですね!」
俺たちが見たのは、
一面に広がっている透き通るほど綺麗な湖だった。
「きっと、本に書かれていたのはここの事ね」
「そうですね、こんなに綺麗な湖は初めて見ました」
俺は湖に近寄り、
水を手でそっとすくった。水はほどよく冷たかった。
「ねえ、ルイ君」
「はい?」
「ここで、水浴びをしてもいい?」
フィラはどうやら、
この美しい湖をみて入りたくなったらしい。
ここは恐らくあの森の中だろう。そうならば、ここには魔物が出てこない。
ここで水浴びをしても魔物は襲ってこない。だが、魔物よりも、他の人が入ってこないかが心配だ。あの魔法陣を使わないとこの場所にはたどり着けない。あの魔法陣に気がつくことが出来る人は少ないだろう。
だが、万が一ということがあるだろう。まあ、それも俺が見張っていれば問題は無いだろう。
「いいですよ。ゆっくり入ってきてください」
「ルイ君も一緒にはいる?」
フィラはからかうようにそう言った。
俺はいたって冷静にお断りした……。
フィラは特に注意することなく服を脱ぎ湖に入った。
湖はあまり深くないようで、フィラの腰までの位置だった。
俺はなるべく湖を見ないように見張った。だが、ふとしたときに目線が湖に向いてしまう。
俺たちはあの夜以降、一度もやっていない。あの後、フィラに何度か誘われたが断った。あれ以上回数を重ねてしまっては俺が抜けられなくなってしまう気がしたからだ。
彼女も納得してくれた。だから一つの約束をした。
【次は、アスト王国に戻りフィラの両親に俺たちの関係を伝えて許可を貰ったあと】
俺がフィラという素晴らしい人を貰うための試練としてこの約束を提案した。彼女も少しだけ渋ったが提案を受け入れてくれた。
俺は彼女との約束を守るために全力を出そう。
そう意気込んでいると、フィラが手を振りながら話しかけてきた。
「ルイ君!本当に入らなくても良いの?」
「はい、大丈夫です!」
「でも、気持ちいよ!」
「本当に大丈夫です!」
彼女は何が何でも俺を湖に入れたいらしい。だが、俺は絶対に入らない。一度入ってしまっては俺は恐らく枷が外れてしまう。
枷を外さないために、絶対入らない。俺は誘惑には負けない。
その後数分、フィラは水浴びを楽しんだ。
フィラは水浴びを終えて服を着た。
俺は彼女の濡れた髪の毛を魔術で乾かしてあげた。
「ルイ君は色々便利な魔術を覚えているんですね」
「以前雨が降ったときに考えた魔術で、使い勝手が良いのでそのまま使っています」
俺が彼女にかけたのは、
風魔術と火魔術の複合魔術だ。この魔術は以前雨の日に濡れてしまった服を乾かすためにパッと思いついた物を使ったら使い勝手が良かったのでそのまま重宝している。この魔術は実に便利だ。
フィラと話していると、ある異変に気がついた。
それは、俺の魔眼越しに見えるいたる所にあまり大きくない魔力が複数漂い始めたことだ。
「フィラ、僕の後ろに下がってください」
「なんですか?」
フィラはそう言いながらも俺の後ろに下がった。
俺は杖を構えてその魔力を見た。
複数漂っていた魔力が集まり始め、
やがて、一つにまとまった。まとまった瞬間魔力が倍に膨れ上がった。
「君たちは誰だい?」
そう言ったのは、
黄緑色の光を放った何かだった……。
「ここにはどうやって来たの?」
「えっと……森の中で木に書いてある魔法陣に触れたらいつの間にかここにいました」
俺がそう言うと、
黄緑の光は俺たちの周辺を飛回った。
「へぇ~男の子の方。なかなか面白い魔力しているね」
黄緑の光は、
俺の目の前に止まった。
「君のお名前は?」
「……僕はルイネスです」
「そうか、ルイネス君。
今日は無理だが、次に会ったときには良い物あげるよ」
「はぁ……ありがとうございます」
黄緑の光は、
俺の後ろにいるフィラの横に来た。
「じゃあ、君のお名前は?」
「フィ、フィラ・ニードルです」
「そっか、フィラちゃんね。
君、気をつけた方が良いよ?」
「え?」
「近いうちに、
君の身に何か悪いことが起こるから」
フィラの身に悪いことが起こる。
それも近いうちって……この光は一体何なんだ?
「ちょ、お前何を……」
「君が守ってあげるんだよ?」
光はそう言って、
また拡散していった。
俺たちは光が消えた後、
お互い顔を見合っていた。
「何だったんだろうね、今の?」
「さぁ、分かりません」
あれが何にしろ、
あの光が言っていたことに警戒をしておいた方が良いだろう。
急に現れて謎の忠告をしていった光を信じるか否かは関係ない。もしも、この忠告が本当であれば危ない目に遭うのはフィラだ。絶対に守らないと……。
俺たちは森を出るために、
魔法陣を捜した。魔法陣は魔眼越しに見たらすぐに分かった。
元いた森に戻り街まで帰った。
俺たちはその間、光に言われたことを思い出していた。
近いうちにフィラの身に悪いことが起こる。
ジェドのことがあったため悪い事というのを過剰に考えてしまう。俺が考えていることよりも大したことでないのならば良いのだが……。
俺たちは宿に戻った。
今日は最後こそ不安なことを言われたが、久しぶりにのんびりとした平和な日を過ごせた。
あの光が言っていた近いうちというのがいつの事かは分からない。今日かもしれないし明日かも、もしかしたら来年のことなのかもしれない。
だけど、フィラを危ない目に遭わせるわけにはいかない。俺が守らなければ。
俺はこの日、フィラを守るという決心がさらに固い物になった。




