第三十話:「龍王と呼ばれる冒険者」
《聖帝歴:441年》
アルレシア大陸北東部、セルトワ地方にある街【フロート】。
この街にとある一人の冒険者が注目をあびていた。その冒険者は、無名にもかかわらず、アルレシア大陸で最も危険とされる魔物【紫竜】を単独撃破した。
紫竜は、凶暴かつ鱗に強力な毒を纏っていることから恐れられている。冒険者の中には、魔術を使えば簡単に倒せると言う者もいるが、紫竜は、魔術に対しての強い耐性を持っている。そのうえ、竜を覆っている鱗も鋼以上に硬く、剣すらもまともに通らない。
四大流派の剣士ならまだしも、一端の冒険者の剣ではまともに攻撃を与えることも出来ないだろう。そんな紫竜を撃破したことで、アルレシア大陸中に広まった。【龍王】という名の冒険者が……。
ーーー
ある日、突如として紫竜がフロート近郊の荒野に出現した。
冒険者ギルドは、突如出現した紫竜に対して討伐隊を編成した。
討伐隊には、フロート近辺で活動している冒険者が約十三人参加している。その中で、一人だけ浮いている者がいた。
その人物は、魔術師なのか、灰色のローブを着て大きな魔石が付いている杖を持ち、白い仮面を付けている。
今回の討伐隊では、参加している冒険者はパーティーで参加している者が多く、パーティーで参加していない者も、討伐隊内でパーティーを組んだ。だが、その魔術師は誰ともパーティーを組むことなく参加した。
討伐隊は、荒野に向かった。
普段のフロート近郊の荒野は、葉が落ちている枯れかけの木が生えていて、オオカミのような魔物が点々といるような殺風景な場所だが、
今の荒野は、枯れかけの木が全て無くなっていて、辺りには毒に犯された魔物の死骸が落ちていて、毒の沼のような物が出来ている。
毒の沼の中心には、
紫色の鱗を纏った竜の姿があった。
その竜は、
襲いかかってきた魔物を息吹で倒し、その肉を喰らっていた。
竜は、討伐隊に気がつくと、威嚇をした。
「グシャァァ!!」
討伐隊は、パーティーごとに戦闘態勢に入った。
冒険者ギルドから討伐隊の責任者を任せられたA級冒険者のグルという人が指揮を執った。
「いくぞぉぉ!」
グルの号令と共に、討伐隊は竜の元に走り出した。一人を除いて……。
討伐隊は、グルがいるパーティー「アンバッド」を中心に紫竜に向かっていった。討伐隊は、それぞれが他のパーティーを邪魔しないように魔術や剣や斧など各々の武器を使って戦っている。
討伐隊が紫竜に向かって行ってから数分が過ぎた。
この数分の間に戦いに変化があった。紫竜に向かっていった十二人の討伐隊のうち、七人が戦闘不能になり、残っているのは、討伐隊を指揮しているグルのいるパーティー「アンバッド」以外のパーティーは戦闘不能になった。
紫竜は目立った外傷はなく、ほとんどダメージを受けていないようだった。
やがて、
「アンバッド」の治癒術士が戦闘不能になってから形勢が崩れた。
なんとか踏ん張っていたが、全員が戦闘不能になるのはいけないので撤退を余儀なくされた。
討伐隊の十二人が【フロート】に向かって後退すると、追いかけるように紫竜が走り出した。だが、後退する討伐隊とは別に紫竜に向かって歩き出す魔術師がいた。
「お、おい!?
そっちにい行くと危ねーぞ!!」
その魔術師はグルの静止を無視して討伐隊と紫竜の前に出た。
魔術師は、襲いかかってくる紫竜に杖を向けた。
『土壁』
その魔術師は、詠唱を唱えずに魔術を使った。
紫竜は、詠唱をしなかった魔術師の魔術に反応することが出来ずぶつかった。通常、紫竜のような大きい魔物がアースウォールにぶつかるとその衝撃で崩壊するが、この魔術師の作ったアースウォールは、紫竜がぶつかってもびくともしなかった。
「グルゥゥゥ」
紫竜は大きな翼を羽ばたかせて飛んだ。
空に飛び、紫竜は地上に向かって息吹を放った。
「グシャァァ!!」
竜系の魔物の持つ攻撃の中で最も威力の高い攻撃である息吹。
そのブレスを受けると大半の者は一撃で絶命まで持っていかれるだろう。今回参加した討伐隊のメンバーでも耐えられる者はいないだろう。
もちろん、熟練な者ならば回避することも出来るだろう。だが、今の紫竜のように高く飛び上がっている竜のブレスを回避することは容易では無いだろう。
魔術師は、自分を覆うように水魔術を使った。
ブレスが地上めがけて降り注ぎ、魔術師を覆い尽くした。
ブレスの影響で舞い上がった砂埃が薄くなり、光景が見えてきた。
ブレスが降り注いだ地面が抉れて無残な光景が広がっていた。だが、ある一カ所だけは無傷で残っていた。
その場所は、魔術師が魔術で自身を覆った場所だった。
魔術師は、魔術を解除して、
空中にいる紫竜に再び杖を向けた。
『落ちろ!』
魔術師がそう言うと、
紫竜は、何かに押さえつけられるように地面に叩き付けられた。
「グルゥゥ!?」
「動けないだろう?」
魔術師はそう言いながら、
紫竜に近づき杖を竜に押しつけた。
『氷射』
無数の鋭い氷が紫竜に襲いかかった。
「グシャァァ!」
竜は、
自分の身体を貫く氷の矢に耐えられず叫んでいた。
『氷砲弾』
巨大で鋭い氷の矢が、
竜の身体を貫いた。
巨大な氷が竜を貫くと、
竜は動かなくなり、絶命した……。
討伐された紫竜は、
討伐隊によって街の中に運び込まれた。運び込まれた竜は素材や食料に分けられて討伐隊に分配された。
グルの提案によって、
素材の全てを魔術師に渡そうということになったが、
魔術師は、
「僕は、これだけいただきます」
と言って、魔石だけを受け取った。
この日の夜、
フロートにある酒場で宴会が開催されていた。
酒場には、紫竜討伐隊に参加したメンバーが集まっていた。紫竜を討伐した魔術師もいた。
「紫竜討伐と、偉大な魔術師【龍王】にかんぱぁぁい!」
グルの宣言と共に、
全員が「乾杯!」と言って持っている酒を掲げた。
「いやぁ、あんなに強いとは思わなかったな」
「そうだな、龍王がいなかったらヤバかったな」
グルに【龍王】と呼ばれた魔術師は、
白い仮面を付けたままイスに座っていた。
「お前、飲まないのか~?」
グルは、
魔術師に肩を回しながらそう言った。
「今日は、俺たちの奢りだぞ?」
「……はい、いただきます」
魔術師は、
付けていた白い仮面を取り、ローブに付いているフードを剥いだ。
魔術師は、
白い髪で左右で色の違う瞳をして中央大陸にいる人族の顔立ちをしていた。
「なんだ~?お前人族だったのか」
「はい、多分そうです」
「多分ってどういうことだ?」
「それは……」」
白髪の魔術師は、
何かを言いにくそうにしていた。
「覚えていないので」
この魔術師は、
二年ほど前に中央大陸のアスト王国にあるリエイト領で発生して謎の災害の被害者で、魔界提督アルレシアに殺されかけた人族の子供、
ルイネス・アルストレアだった。
ーーー
二年前、
俺は、薄暗い遺跡のような所にいた。
薄れゆく意識の中で銀髪の男を見た。
「ー・ー子よーー・ーたいか?」
この人は何を言っているのだろう?
ああ、寒いな。ここはどこだろう?
俺がそんな事を思っていると、
男は、怖い顔をしながらこう言った。
「生きたいかと聞いている!」
生きたいか?
俺は死にかけているのか?なんで……思い出せない。
だけど、生きたい。
俺はまだ生きていたい。
「……生きたいです」
俺がそう言うと、
男は、俺に手を当てた。すると、感覚が無かった左腕や腹部に感覚が戻り、全身にあった痛みが一瞬のうちに消えていった。
「ブハッ!」
口から血が噴き出してきた。
俺は、喉にあった血を全て吐き出した。
ここはどこだろう?
俺は確か……あれ?何も思い出せない。
さっきまでの痛みはなんだ?
目の前にいるこの男は誰だ?なんだ?一体何が起こっているんだ?
俺はこの時、
自分が今までの記憶が無くなっていることに気がついた。
考え込んでいると、
銀髪の男は、俺の顔を見てこう言った。
「お前……名は何という?」
名?
俺の名前、名前、名前……?
俺の名前って何だっけ?俺は、誰だ?
「もう一度聞く……名は何という?」
俺は頭の中がぐちゃぐちゃになり、
頭を抱え込んでうずくまっていた俺の口から出た言葉は、
「なにも……分からない」
この一言だけだった。
その後、
この男は『リベル』と名乗り、俺の世話をしてくれた。
ーーー
俺は二年間、
遺跡で出合ったリベルに世話をして貰いながらいろいろなことを学んだ。
紫竜を空中から落としたときに使った魔術も、
リベルから学んだ重力魔術だ。重力魔術は龍族にしか使えない固有魔術だ。
俺は、少しの間なら重力魔術を扱うことが出来る。
リベルは、この杖に付いている魔石は龍族の物と言っていた。
リベル。あの男は、
俺に重力魔術を伝授してくれた。重力魔術を扱えるのは大半が龍族だ。恐らくリベルも龍族なのだろう。
彼は自分のことを余り語らない男だった。
唯一教えてくれたことは、
「俺はある者を殺すために生きている」
ということだけだった。
この言葉を言ったときのリベルの顔はとても怖い顔をしていた。
俺が、リベルと共にいたのは一年ほどの間のみだ。
最初の一年にリベルは、教えられることを全て教えてくれた。
魔術やアルレシア大陸で生活する上での注意事項などいろいろだ。その中でも、特に念を押されて言われたのは、
「白いヤツに何を言われても信じるな。
白い本で『聖典』と呼ばれる物を所持している者もだ」
ということだった。
白いヤツというのにはなんだか身に覚えがあるような気もするが、今は置いておこう。
俺が一人で酒を飲んでいると、
ある男が、酒を飲みながら俺の元にやってきた。
「龍王、飲んでるか?」
俺のことを龍王と呼ぶこの男は、
紫竜討伐隊を指揮していたパーティー「アンバッド」のリーダーのグルだ。
俺が龍王と呼ばれているのは、
俺が紫竜討伐に重力魔術を使ったからだ。重力魔術で有名なのは【聖帝龍王ディエード】。龍王というのは恐らく【聖帝龍王ディエード】から取った物だろう。
「はい、いただいています」
グルは俺の隣に腰掛けた。
「龍王のおかげで紫竜に勝てたんだ、もっと楽しめ!」
「もう楽しんでいますよ」
「そうか?」
グルは、
疑いの目線を向けてきた。
「俺は初めお前をいけ好かない、死に急いでいるヤツだと思っていた。
誰ともパーティーを組もうとしていなかったしな」
グルは突然そう言いながら、
自分の杯に入っている酒をグイッと飲み干した。
「だが、そうじゃなかった。
お前は、組もうとしないんじゃなくて組む必要が無かったんだとあの戦いを見て気がついたよ」
そう、俺は紫竜討伐でパーティーを組まなかった。
正しくは、組めなかったのだが……。
ギルドで、討伐隊が集まったとき俺も討伐隊に参加した。
参加はしたのだが、パーティーを組む際に俺は組むことが出来なかった。
ギルドに向かい討伐隊の参加申請を済ませた後、
俺はずっとリベルに習ったことをうまく出来るか心配で他がパーティーを組んでいるのを、移動するまで気がつかなかった。
「お前は今までどこにいたんだ?お前ほどの強さがあれば名前くらいすぐに聞こえてくると思うんだが?」
「今までは遺跡のような所にいました。今回紫竜がフロートに来るということだったので、力試しのために一月掛けて街まで来ました」
「……んぁ?どういうこったぁ?」
「それは……」
俺がいた龍族の遺跡からフロートまでは一月以上掛かる。俺が紫竜の出現と同時にフロートにいることが出来た理由は、
約一年前にリベルと別れるときに前もって言われていたからだ。
「これから約一年後に紫竜がフロート近郊に出現する。
腕試しだと思って挑んでみるといい」
俺はこのリベルの言葉通りに街に来てみると、
紫竜がちょうど出現する時期だった。
なぜ、一年も前からフロート近郊に紫竜が出現するのをリベルが知っていたのか少々気になるが、彼が秘密主義なのは理解しているので特に考えないで良いだろう。
「噂で聞いたんですよ、近々紫竜が街の降りてくると」
「そんな噂聞かなかったが……?」
「立ち寄った村で噂されていたのでここまで広まっていなかったのでしょう」
俺がそう言うと、
グルは「そうか」と言った。
「ところで龍王よぉ」
「何ですか?」
グルは自分の持っている杯を机に置き、
真剣な眼差しを向けてきた。
「俺たちのパーティーに入る気は無いか?」
真剣な表情で言ってきたのは、
グルの所属するパーティー「アンバッド」への勧誘だった。
「お前が入ってくれれば、アンバッドはもっと上を目指せる。お前だって、一人でやっていくには限界があるだろう?」
確かに、
今回はひとりで倒すことが出来たが、次はどうなるか分からない。
一緒に戦ってくれる人がいれば心強いが、
パーティーに入ってしまうと、自分の自由がきかなくなるかもしれない。
俺は今、やるべき事がある。それを行なうには、一人でいた方がやりやすい。
心苦しいが、
グルの誘いには断ることにしよう。
「魅力的なお誘いですが、僕にはやることがあるので、
今回はお断りさせていただきます」
俺がそう言うと、
グルは、「はぁ」と息を漏らした。
「やっぱりかぁ……お前なら断ると思っていたよ」
「すみません」
「いや、良いんだ。
お前と一緒に組めたら楽しくなりそうと思っただけだ。それに、お前ならもっと上を目指せるしな」
この人は俺を過大評価しすぎじゃないか?いや、それだけ紫竜がこの大陸の人に恐れられているのか。
「お前なら、あの【黒雲の灯火】レベルの冒険者になれるしな」
「黒雲の灯火?」
「ああ、中央大陸を中心に活動していたS級冒険者パーティーで、人族、魔族、長耳族などいろんな種族で構成されているパーティーで、俺たち冒険者の中で有名になっていたパーティーだ。
中央大陸やミルフィッド大陸にある高位迷宮の攻略した実績を持ち、パーティーの中に閃神流の王級剣士までいるらしい」
「王級剣士……」
そう、魔術や四大剣術には階級がある。
【初級、中級、上級、超級、王宮、冥級、神級】の七段階だ。俺は超級魔術師らしい。
リベルに手合わせしてもらった時に教えて貰った。
その中でも王級以上というのは一朝一夕でなれる物ではなく、
才能のある者でも到達できる可能性は低い。
王級以上となると、国の重要な位置にいたり王族の直属の親衛隊や流派の本道場で弟子をとっている事が多い。
そんな中で、余り安定のしない冒険者をするというのは珍しい。
「名前は何つったかな?ライ……まあいいか。
お前なら、黒雲の灯火を越えることも出来るだろう」
「はぁ、頑張ります」
その後、俺は宴会の中心に引っ張られた。
討伐隊に参加していた冒険者の中心に連れて行かれ、芸を披露しろと言われた。
どうやら、冒険者の宴では一芸披露するのが普通らしい。
俺は、魔術でいろいろな火花に爆発する魔術を使った。この魔術は、流す魔力量を一つ一つ調整しないといけない難しい魔術だ。
色鮮やかで綺麗だが、破壊力はさほど無いので戦闘には向かない。この魔術は、俺が暇なときに偶々思いついたオリジナルの魔術だ。
俺を囲んでいた冒険者達は、
魔術に目が釘付けになっていた……。
ーーー
俺はその日、
フロートにある一番高い宿に泊まった。この宿の料金は、アルレシア大陸の通貨で一番高い黒銭四枚だ。宿の代金は全て討伐隊の面々が出してくれた。紫竜討伐のお礼ということだった。
アルレシア大陸の通貨は、【屑銭、鉄銭、黄銭、緑銭、黒銭】となっている。
屑銭が一番安く黒銭が一番高い。中央大陸にあるアスト王国の通貨で最も安いアスト銅貨はアルレシア大陸で最も高い黒銭十枚でようやく同じ価値になる。
アルレシア大陸は、他の大陸よりも物価が圧倒的に安いのだ。
物は安いが、品質はさほど良い物ではないらしい。俺にいろいろな知識を授けてくれたリベルがたまにぼやいていた。
俺は宿を出てフロートの端にある門まで移動した。
門の外には、何もない荒野に杜撰な街道が延びていた。
俺は門に立ち、懐から一枚手紙を取り出した。
手紙の表にはルイネス・アルストレア様と書かれており、裏面にはフレイ・セフラグと書かれていた。
この手紙からは、いろいろな情報を貰う事が出来た。
俺の名前、俺が住んでいた場所、今後の目的。
俺がすんでいたのは、アスト王国の東部にあるリエイト領。その片隅にあるシエラ村という場所らしい。
リベルが言うには、リエイト領は今ではもう跡形も無いらしいが、自分が住んでいた場所に行けば無くなっている記憶を取り戻すことが出来るかもしれない。
そのため、俺はアスト王国に向かうことにした。
「ディーパ魔術学院か……」
ディーパ魔術学院はシーラ王国にある魔術の専門機関だ。
リベルが言うには、
「ここは魔術師の聖地」
とのことだ。
無愛想であまり褒めたりしないリベルが好印象を持っているので、本当に良いところなのだろう。
この手紙の差出人であるフレイ・セフラグという謎の人物。
フレイ・セフラグという人物のことを考えると、何だか、感傷深いものを感じる。
この二人の事で、
俺自身もディーパ魔術学院に興味がある。
俺は、アスト王国に戻った後、
シーラ王国に向かうことにする。
……だが、俺にはアスト王国に戻る前にやることがある。
俺はこれから……人を殺す。




