第二十七話:「卒業試験再び」
あの迷宮攻略から一年の月日が流れた。
あれからは特に大きな出来事もなく、至って平和な一年を過ごした。
あの迷宮で起こった右目の激痛と、謎の白い線。
その事をライリーに相談したところ、「それは恐らく、お前の右目が魔眼なのだろう」と言われた。俺は、魔眼の制御が出来ないことをライリーに言ったところ「任せろ」の一言をいただいた。
次の日からライリーはどこかに出かけていった。帰ってきたのは、それから約半年後の事だった。
半年後にライリーが帰ってきてある物を手渡された。
「これを付けておけ」
手渡されたのは、
黒色の眼帯だった。眼帯には薄く魔法陣が書かれていた。
「この眼帯は何ですか?」
「これは、魔力制御の刻印が施された魔道具だ」
魔力制御の刻印?
じゃあ、これを付けていれば魔眼の制御が出来るって事か?
俺が考え込んでいると、ライリーが俺の頭の上に手を置いた。
「普段生活でもそれを付けておくといい。お前ならば、すぐに制御できるようになるさ」
「はい、頑張ります。
ライリー、ありがとうございました」
この日から俺は右目に眼帯を付け始めた。
初めは、右目が見えないことに戸惑ったが、半年が経った今では前と変わらないくらいには行動できるようになった。
この一年間は、アリスも特に大きなイベントもなく暇な時間が多かったので森に行ったり、街に出たりして遊ぶ時間が多かった。
俺が、スロウ家に来てから約五年の月日が経とうとしていた。
俺がこの屋敷にいるのは残り三日。
最終日が近づくにつれ俺には一つの不安があった。
一つの不安とは、
この五年で、ヘルスが言っていたような成長が出来たかどうかだ。
この屋敷に来た頃は、不安要素が多く自分のことで精一杯だった。
ヘルスには、「お前は生き急いでいる」と言われた。よくよく考えれば俺もそう思う。
この五年間で、その事について俺は成長できただろうか……?ヘルスに、「無理なことや他人のことも自分のことのように考えている」とも言われた。
家にいた頃の俺は、全てのことを自分で解決しようとしていた。そうできると、確信していたからだ。
だが、ヘルスに言われて自分の実力不足に気がついた。ヘルスほどの実力があれば問題は無いが、今の俺では認められないだろう。
俺は朝食後、ライリーに呼び止められた。
「ルイネス、この後木剣を持って中庭に来い」
改めて言わなくても、
いつも朝食後に稽古しているから行くつもりだったけど……まあ、良いか。
「はい、分かりました」
俺は自室に戻り、立て掛けてある木剣を手に取った。
木剣の横には、ヘルスに貰った黒い剣が立て掛けてある。
この剣は、俺が使うには少しもったいないような気がする。
俺は剣の腕が良くない。俺が使うよりもアリスに渡して使って貰った方が良いんじゃないか……?
でも……せっかくヘルスから貰ったプレゼントだけどな……。
まあ、これはおいおい考えるとして、
今は急いで中庭に出よう。
俺は木剣を持って中庭に出た。
中庭には、腕を組みながら目をつぶっているライリーと、いつもよりも怖い顔をしているアリスがいた。
アリスは先日から機嫌が良かったのだが、今日は機嫌が悪いらしい……。
アリスは俺が来たことに気がつくと、ライリーを起こし始めた。ライリーは、アリスに起こされると
俺の方を見た。
「来たな」
「はい、遅くなってすみません」
「いや、私も今来たところだ」
俺はライリーと、
付き合っているカップルのような会話をした後、その場に腰掛けた。
「ルイネスの稽古は今日が最終日だ。なので、卒業試験を行なおうと思う」
卒業試験……?
剣術の卒業試験って何をするんだ?フレイの魔術の試験は超級魔術を行使するっていう物だったが、剣術の場合は何をするのだろうか?
「卒業試験って……何をするんですか?」
「試験内容は、アリスとの模擬戦だ」
なるほど、模擬戦か……。
ということは、いつもと変わらないって事か……。
「模擬戦でお前の成長度合いを見る。
もし、お前がここに来たときと変わっていないようだったら、私からヘルスに『成長の成果は感じられなかった』と報告しよう」
なるほど、
今回の試験で良い結果を残さないと俺は家に帰れなくなると言うことか……緊張するな。
「やることは大体分かっただろう」
「はい、分かりました」
「……よし、では始める」
ライリーの合図都道時に俺とアリスは向かい合う形で中庭の中央に移動した。移動する際アリスに、
「絶対に負けないわ」
と怖い一言をいただいた。
俺は中央に移動し、木剣を強く握りしめた。
「模擬戦は一回だ。二人とも、全力でやるように」
ライリーは俺たちを見ながらそう言った。
俺とアリスは一度顔を見合わせて同時に返事をした。
「「はい!」」
ライリーは俺たちの返事を聞いた後、
右手を天高く挙げた。
「二人とも、持てる力の全てを出すように。それでは……始め!!」
ライッリーの合図と同時にアリスが走り出した。俺とアリスの間は数メートル開いていたが、アリスはその間を一瞬のうちに詰めてきた。
「はぁぁぁ!」
アリスは大きく叫びながら剣を振りかざした。アリスの振りかざした剣は、日の光を眩しく反射して俺に迫ってきている。
俺は、振り下ろされたアリスの剣を自分の剣を撫でさせるようにして軌道をずらした。
アリスは勢いよく剣を振り下ろしていたため軌道をずらすとそのまま俺の後方に向かっていた。俺はすかさずアリスの背中に向かって剣を振り下ろした。
「だぁぁぁ!」
「フンッ!」
アリスは身体をひねって俺の剣を回避した。
剣を回避した後、アリスは一度後ろに飛び退いた。
「やるじゃない」
「……ありがとうございます。アリスは、いつもより遅いですよ?」
「フンッ!ここからよ!」
アリスはそう言って大きく深呼吸をした。
「……ふぅ」
深呼吸をしたアリスの雰囲気が変わったので俺は、右目に着いている眼帯を外してアリスを見た。すると、アリスの周りに白いオーラが纏わり付いているように見える。
あの白いのは魔力の流れらしいのでアリスは魔力を身体の表面に纏っているようだ。
「やっぱり、あの規格外の身体能力は魔力を纏っているからなのか……」
アリスがそうなら、アリスよりも強いヘルスやライリーも魔力を纏っているのだろう。
「……って、今はそんな事を考えている場合じゃないか」
俺は、外した眼帯を再び右目に付けた。
すると、アリスは刀身を少し下に向けながら残念そうな顔をした。
「あ……眼帯付けちゃうの?」
「はい、外したままではどんどん魔力を消費しちゃうので……どうかしたのですか?」
「……せっかく綺麗な瞳なのに、隠すのはもったいないわ」
……えっと、はい。
この子は、恥ずかしいことをズバッと言ってくる。俺の目より、アリスの赤い瞳の方が綺麗なのに。
「僕の瞳よりもアリスの瞳の方が綺麗ですよ」
「えっ!?」
アリスは顔を赤くしながら剣を落とした。
この反応からして、どうやら照れているようだ。
「ななな、何言ってるのよ!」
アリスは、剣を拾いながらそう言った。
彼女の顔は依然赤いままだ。本当に可愛い。
「お前達何をやっている。真面目にやらないか!」
俺がアリスの反応を楽しんでいると、
ライリーが声を立てながらそう言った。
「はい!」
「はい、すみません」
俺たちが素直に謝ると、
ライリーは「はぁ……」とため息をついた。
「全くお前達は、そういうことはルイネスの部屋でやれ」
「……え?」
「……ちょ、何言ってるのよ!」
ライリーの発言に、
俺たちは動揺を隠し切れていなかった。
「わ、私達は別にそんなんじゃ……」
「そうですよ、僕達は別に……」
俺がそう言うと、
アリスは俺を睨み付けてきた。
「何よ……私じゃあダメなわけ?」
「だ、ダメなわけありません!むしろ……」
アリスは、顔を赤くしながらこっちを見ている。
俺は、自分の言おうとしている事を思い返して赤面した。
「むしろ……何よ?」
「えっと……その……」
俺が助けを求めるようにライリーに視線を送ると、
ライリーはもう一度ため息を漏らして口を開いた。
「さぁ、この続きは稽古の後にしよう。今は模擬戦だ。集中しろ!」
ライリーの言葉で、
アリスの顔が真剣な表情になった。
「この続きは、ルイネスに勝って聞くわ!」
「負けません!」
やる気いっぱいになったようで、背筋を伸ばしている。
俺は、呼吸を整えた。
アリスは、再び俺に向かって走ってきた。アリスが走るときに踏み込んだ地面が少しえぐれている。相当力強く踏み込んだのだろう。
「がぁぁぁ!」
アリスは勢いよく剣を振り下ろした。俺は、振り下ろされた剣を自分の剣で受け止めた。
いつものパターンならここで、俺の腹部に向かって蹴りが……。
そう考えていると、
予想通り俺の腹部に向かってアリスの蹴りが飛んで来た。俺は、その蹴りを右手で受け止めた。
「くっ、」
足を受け止められたアリスは息を漏らした。
俺は受け止めた足をつかんで後ろに引っ張った。
アリスは、引っ張られた勢いで体勢を崩した。
俺はすかさず剣で追い打ちをした。アリスは仰向けの体勢で俺の剣を受け止めた。
「ぐぎぃ、、、」
「くっ、」
俺は全体重を剣に乗せた。
「がぁぁぁ!」
アリスは大きな声を出しながら俺の剣を弾いた。
剣を弾いたアリスは体勢を立て直した。
「ハァハァ……」
ちょっと押し合っただけなのに俺は息切れをしていた。
俺が息を切らしているのに対して、アリスは息切れ一つしていなかった。
「今のは危なかったわ」
「危なかったという割には息切れ一つしていませんね」
「あれで疲れるのはルイネスくらいよ!」
こ、これでも体力は付いた方なんだぞ!体力が回復する魔術とか無いのかな……あ、今は魔術使用禁止だから意味ないか。
俺が考え込んでいると、アリスの表情が先程よりも鋭くなった。
「そろそろ終わらせるわ」
アリスはそう言って深呼吸をした。
アリスは今まで殺気のような圧が出ていたが、今は圧はなく静かだった。俺は、いつアリスが向かって来てもいいように意識をアリスに集中させた。
アリスはそっと剣を俺の方に向けた。
こっち向かってくる予備動作と共に俺の視界からアリスの姿が消えた。すると、一瞬のうちに俺の腹部に痛みが走ったのと同時に俺の身体は後方に飛ばされた。
後方に飛ばされた俺の身体は木に激突した。
「グハッ!!」
俺は、腹部と背中の痛みに耐えきれずその場にうずくまった。意識が朦朧として立ち上がることが出来なくなっている。
俺の姿を確認したライリーは、天高く手を挙げた。
「そこまで!!」
ライリーがそう言うとアリスは剣を下ろして、
「ありがとうございました」
と言って一礼した。
俺は、声を出すことが出来ないので腹部を押さえながら軽く礼をした。
やがて腹部の痛みが和らいできたので、
自分の腹部に治癒魔術を使い痛みを完全になくした。
俺はゆっくりと立ち上がり、
アリスとライリーの方に向かって歩き出した。
アリスに負けたって事は、
俺は不合格になるのか……このままだと、家に帰れなくなるな。だが、ライリーも俺が勝てるとは思っていなかっただろう。
アリスは中級、俺は初級だ。剣術は位が一つでも違ったら敵わない。
俺が悩みながら二人の方に向かうと、
アリスが「どうだ!」と言わんばかりなドヤ顔を向けてきた。
そんな俺たちを見ながらライリーが口を開いた。
「お前達、今回の模擬戦どう感じた?」
ライリーが俺たちに問いかけるように言ってきた。
俺は、帰れないかもしれないことに気落ちしていたので言葉が出なくなっていたところ、アリスが口を開いた。
「ルイネスが強くなったと感じたわ」
アリスが腰に手を置きながらそう言った。
前世なら負けた相手に強いと言われてもイラッとしたかもしれないが、アリスに言われたらなんだか自信が付くような気がする。
「私から見たら、ルイネスは攻撃時には恐れがあるのか躊躇しているように見える。だが、回避や剣をいなすことに関しては長けている。
魔術師が剣を使うのならベストな物だ」
そうなのか……?
確かに、俺は剣よりも魔術の方が得意だ。ヘルスとの稽古の時も、剣は護身用で使えるくらいで良いとは言われた。
魔術師は相手と距離を取って戦う、剣術は近距離の護身用だ。そう考えればちょうど良いのかもしれない。
「ルイネス、お前は今回の模擬戦でどう感じた?」
俺の感じたことか……。
中級のアリスを対してだと、健闘した方だろう。
今までもろにくらっていた中段の蹴りも受け止めることが出来た。魔眼を使用しているときほどではないが、ある程度相手の動きを予想できていた。
これも、ヘルスが言っていた成長の一つなのだろう。負けたけど……。
「自分なりに考え、予想し、それを実践することが出来たと感じました。
ここに来たときよりも食らいつくことができ、今までやってきたことの成長を感じることが出来たと思います」
「なるほど、私もそう感じた」
ライリーはそう言いながら納得したような表情で俺の頭を撫でた。
撫でられている俺の横には頬を少し膨らませたアリスがいた。
俺の頭から手をどけたライリーは、
腰に手を添えながら俺たち二人を見た。
「それでは、ルイネスの試験の結果を言い渡す!!」
ライリーは大きな声でそう言った。
俺は、ライリーの言葉に内心怯えながら返事をした。
「試験の結果は……」
俺の心臓の鼓動がどんどん早くなる。
この結果次第では家に帰れなくなるかもしれない。
今は、落ちている可能性の方が高い。つまりは、家に帰れなくなる可能性の方が高いのだ。そんな事を考えていると二人に聞こえているのではないかと思えるくらい鼓動が早くなる。
それと同時に変な汗が全身から噴き出してくる。
そんな事を考えているとライリーの口からは予想外の言葉が出てきた。
「合格だ!」
「……え!?」
俺が思わずそう口走ると、
ライリーは疑問を持ったような表情で俺を見てきた。
「なんだ?私の結果に不満でもあるのか?」
「あ……いえ、不満はないのですが、
良いんですか?僕はアリスに負けましたよ?」
俺がそう言うと、
ライリーは高く笑った。
「ハハハ、良いんだ。
ルイネスでは負けてしまっても当然なのだから」
えっと……。
それは、お前は弱いから当然だと言うことですかね?
まあ、本当にアリスよりも弱いから仕方が無いのだが、そこまで直球に言われると、いくら俺でも傷つくぞ!!
心の中で嘆いていると、ライリーは俺の肩に手を置いた。
「なんせ、アリスは先日、閃神流上級に昇級したのだからな」
……え!?
いつの間に昇級したんだ?そういえば、先日からアリスの機嫌が良かったのはこの事だったのか。俺は初級で、アリスは上級。
ライリーがそう思っていても不思議ではない。
「そのため、現在初級であるルイネスが勝てるはずがないとは思っていた。
今回の模擬戦で、アリスの剣をまともにまともに受け止めれた場合合格とする予定だったが、お前は一度、アリスを追い込むまでいけた。
その事も踏まえると、文句なしの合格で良いだろう」
「……ということは」
「お前は今日から閃神流中級剣士だ」
ライリーにそう言われ、
フレイの卒業試験の時にも感じた達成感を感じた。
初級から中級に上がっただけだが、俺にとってはかなりの成長だ。
そんな事を考えていると目元が緩くなってきたので下を向いた。
この世界に来てから涙腺が弱くなって大変だ。
下を向いた俺に向かってアリスが歩いてきた。
アリスは、俺の顔をのぞき込めるようにしゃがんでいた。
「ルイネス、泣いているの?」
「泣いていませんよ。目にゴミが入っただけですよ」
「嘘、鼻水も出ているわよ」
おっと、これは汚い物を見せてしまったな。
少々恥ずかしいが、アリスが可愛いのでよしとしよう。
俺は涙を拭き取り、呼吸を整えた。
涙を拭き取っている間、アリスに頭を撫でられていた。
彼女からしたら、俺は弟に見えているのかもしれない。あのアリスが、まるで聖母のような表情で俺を撫でていたのだから。
俺たちを見ながら微笑んでいたライリーは、俺の目の前で地面に剣を突き刺し、提案をしてきた。
「無事にアリスが上級になりルイネスが中級になったところで、一つ勝負をしよう」
「勝負?」
アリスは、腕を組みながら首をかしげた。
「ルイネスとアリスの二人と私が戦うんだ」
ライリーが提案してきた事は、
俺たちとライリーで二対一の模擬戦をしようという物だった。
稽古の中にも、二対一で斬りかかることはやっていた。それと同じ物なのだろうか?
「それは、今までにもやってきたわよ?」
「ああ、そうだな。今までは剣術のみだったが、今回は魔術の使用を許可する」
なるほど、
今までは剣術オンリーだったところを、俺が魔術を使ってアリスをサポートしろということか。
二人で戦う時の練習にもなるし、面白そうだな。
「それと、ルイネスの魔眼の使用も許可する」
魔眼の使用も……といっても、俺はまだ魔眼の制御が出来ない。
そんな中で魔眼を使用するのはリスキーなのではないか……?
「僕はまだ制御できませんよ?」
「問題ないだろう。魔眼の制御は魔力の調節という意味だろう?
戦闘中に常時魔眼を使うのなら制御は必要ないだろう」
確かに、
迷宮の時もずっと使用していたわけだし、問題は無いか……。
「そうですね、やってみます」
「ルイネスは私が守るから安心しなさい!」
「はい、頼りにしています」
こういうときのアリスはとても心強い。この小さな背中に頼ることにしよう。
俺も最大限魔術を使ってサポートをしよう。
相手は王級だ。俺たち二人がかりでも勝てないだろう。なんとか、アリスがやりやすいように頑張ろう。
こうして、
俺とアリスの二人で、ライリーと模擬戦をやることになった……。




