第十八話:「別れ」
ーアリス視点ー
自分は強いと思っていた。
師匠との日々の稽古、稽古の中で師匠に「お前は強くなっている」と言われた。自分でも強くなっているという実感はあった。
その叔父が剣の素振りをしている姿を見た。剣の太刀筋はまっすぐで迷いが無く綺麗な物だった。その太刀筋からは剣の鍛錬の時間の長さを感じさせる。
叔父の剣はどことなく師匠と似ているような気がした。私は叔父に剣の打ち合いを挑んだ。叔父の剣は確かにまっすぐで迷いの無い綺麗な太刀筋で正直すごいと思った。だけど、勝てない気はしなかった。
叔父は快く了承してくれた。師匠以外と打ち合うのは初めてでとてもワクワクしていた。
結果から言って叔父は強かった。あれほど剣を当てられなかったのは師匠以来だ。
師匠よりも恐らく弱い。だけど、私よりも強い。
恐らく上級か超級辺りだろう。
師匠以外に負けることが無かった私は少し自信を無くした。
息子の方は弱かった。
私が剣を振りかぶっても反応が遅い。
剣を始めてから自分より下の人を何人も見てきた。
街を守っている憲兵や街にいる冒険者の剣。師匠の剣を日頃から見ている私からはお粗末な物にしか見え無かった。
息子の剣は恐らく憲兵や街にいる冒険者と同じかそれ以下だろう。
息子は弱くて、見栄を張っていると思った。
自分よりも弱い人を見ると自分が強いのだと思える。
その日、子供だけで森の近く行くことになった。
叔父の息子に娘……?似てはいないけど家にいるからには娘よね?
それと王女。王女は何度か家に来たところを見たことがある。お父様と何かを話していたけど何を話しているかは分からなかった。
息子は遊ぶだけと言っていた。お父様には「あまり困らせることはしてはいけないよ」と言われた。もちろん困らせるようなことをするつもりは無いが一応剣だけは持って行こう。
森の近くまで来た。
昨日追いかけているときは気づかなかったがこの村は畑や家しか無い。
私が普段生活しているところは、魔術ギルドや冒険者ギルドとかいろんな建物がある。それに比べてこの村は畑が村の範囲の大半を占めている。
だけど、私は不思議と嫌いにならない。
私は少しの間学校に通っていたことがある。通ってはいたが周りにいる子供がお父様の言うところのお飾りの人形ばかりだった。
私自身最初は何を言っているのか分からなかったけど直ぐに理解できた。親の権力を振りかざして人をおとしめる。私はそんな奴らを見てイラッとした。だから殴った。殴ると相手の親が文句を付けてきた。
私は親も殴った。そんなことを続けていると学校をやめることになった。
学校をやめることになって周りのみんなは止めてきた。お父様やお母様、おじいさまは私の好きにしなさいと言ってくれた。
私は学校をやめることにした。悔いは無い。学校をやめたおかげで師匠と出会えたのだから……。
森の近くでご飯をを食べることになった。
昨日食べたご飯は美味しかった。家にいる得よう離任が作るご飯も美味しかったがここに来てから食べたご飯はより美味しく感じた。なぜだろう?
ご飯を食べ終わった頃、小さい魔物が森から出てきた。
私は魔物を見た瞬間走り出していた。自分でもなぜだか分からなかったが恐らく好きや憧れからだろう。
私は冒険が好きだ。知らない土地を旅して強い魔物と闘い難攻とされる迷宮を攻略する。そんな冒険が。
家にある冒険物の本、ディエードの伝説、地下転移迷宮、二人の英雄。これらの本を幼い頃から読んでいたら誰でも好きになるだろう。
師匠も冒険者時代の事をよく話してくれる。パーティーメンバーと強い魔物の討伐依頼をこなしたとか突如発生した迷宮を攻略したとかパーティーメンバーの茶髪の剣士と喧嘩をしたとかそんなことを。
私は師匠の話を聞く度に冒険に憧れていた。いつかは魔物を倒したり、迷宮を攻略したり、行ったことも無いようなところを冒険したり出来る冒険者になりたいと思っていた。
森に入ると魔物が奥の方からどんどん湧いてきていた。
四足の魔物や木のような魔物が襲いかかってきたがなんとかなった。やっぱり、今の私なら魔物相手でもやり合える。
そう思った矢先に光る場所を見つけた。
光っているところまで行くと地面が割れていた。私は、今までに見たことも無いような光景が目の前に広がっていて唖然とした。
一瞬、ほんの一瞬だけ目の前が緑色の光で染め上げられた。
「な、何よこれ!?」
光が収まり始め、目の前には大きな影のような者が立っていた。
その影は自分よりも数倍でかく、上半身に鳥のように大きい翼を持っていて、下半身は獅子のような見た目をしていた。
「まるで本で読んだ魔物そのままね」
そう、この魔物は【四剣士の世界放浪と地下転移迷宮】の中に出てくる魔物と外見の特徴がそっくりだった。
「これは……面白そうね!」
私は、自分でも驚くくらいワクワクしていた。
なんせ、本で読んだ魔物がそっくりそのまま目の前にいるのだから。
「今の私でどこまでやれるのか……試させてもらうわ!」
私は正直勝てると思っていた。
ここで戦った魔物達は余裕を持って倒すことが出来た。
私は強い。魔物くらいなら一人でも倒せると過信していた。だけど、すぐに自分が過信していると気がついた。
私の剣は魔物の硬い外皮を傷つけることは出来なかった。
魔物に全力で剣を振っても剣は弾かれて私は体勢を崩した。私が体勢を崩したところを魔物は大きく翼を振り上げて何かを飛ばしてきた。
飛ばしてきた物は見えなかったが、翼の周辺が歪んで見えた。
「何か……来る!」
私は警戒をした。だけど、急に自分の体中に痛みが走った。
痛みがしたところを確認すると刃物で傷を付けられたような切り傷が残っていた。
傷口からは血が流れどんどん痛みが増していく。
「なに……よ、あれ!」
何が起こったのか何も分からなかった。
翼を振りかぶったと思ったら急に体に傷が……おそらくは何かを飛ばしているんだろうけど。
「あぁぁぁ!何が何だか分からないわ!けど、とりあえず斬る!」
私は今まで以上に力を込めて剣を切りつけた。だが、剣は魔物に傷を付けるに至らなかった。
それどころか、剣は魔物に通らず硬い外皮に阻まれていた。
「グアァァァ!」
魔物は鋭い爪をとてつもないスピードで振りかぶって攻撃してきた。
私はその攻撃を避けようとしたが爪の先端が私の腹部をかすめた。
「くっ、早いわね!」
腹部の強烈な嫌みに私はまともに剣を握ることが出来なくなっていた。
魔物は翼を大きく羽ばたいて飛び上がった。
そして、翼を大きく振りかぶって何かを飛ばしてきた。
「ハァ、ハァ……これはまずいわ」
私は今出せる最大限の力を使って後ろに後退した。
魔物の見えない攻撃は私の頬を、腕を、足をかすめて行った。
後ろの木をズタズタに傷を付けていった。
「これはもう無理ね」
私は魔物に剣を構えながらも繊維を消失しかけていた。
勝てもしない魔物に戦いを挑んだ自分の落ち度だ。自分のせいなら甘んじて受け入れることも出来る。
そう思ったとき、魔物は走り出して私の方に向かってきた。
魔物は勢いよく私に向かってきていたが急に何かにぶつかったようにほんの一瞬だけ怯み体勢を持ち直した。
何があったのかと思い魔物を警戒しながら辺りを確認した。
すると、森の方から一人の子供が出てきた。
その子供は、今日の朝まで自分よりも弱くて、見栄を張っているだけの子供と思っていた茶髪の男の子がそこにいた。
その男の子は魔術を使っていた。
今日の朝は剣術の稽古をしていたからてっきり剣士だと思っていた。だけど、どうやら魔術師らしい。
それなら、私に剣術で敵わなくても当然だろう。私は、そんなことも気がつかずに勝手に強くなったと思い込んで、敵わない魔物に戦いを挑む。
これのどこが強いのだろうか?
男の子は何やら考えついたような表情をしていた。
私は何を考えているのか分からなかった。
男の子は魔術で目の前に巨大な土の壁を作り出した。
見たことも無いような速度で作り上げられた壁はあの魔物を見えなくなるほど高く作られた。
こんなことが出来る人は魔術師の中でもそんなに多くは無いだろう。
男の子は意味の分からないことを言ってきた。
「お嬢様は岩を斬ったことはありますか?」
聞いたとき意味が分からなかった。
「何を言っているのよ!」
「質問に答えてください!」
さっきまでとは違って真剣な眼差しで言われて少しビクッとした。
私よりも歳下で弱いにもかかわらず何やら凄味のような物を感じる。これは、師匠や強い冒険者から感じるような物と同じ感じがした。
「無い……けど、師匠には出来ると言われたことはあるわ!」
師匠が岩を斬っているところは見たことがある。私は自分も出来るのかと聞いた。師匠は、「今のお前でもこれくらいは出来るだろう。しかし、出来るからと言って自分を過信するのはよくない」と言った。師匠に言われたのにもかかわらず過信した。
今の自分では無理だろう。
「それなら任せたいことがあります」
「なによ?」
「お嬢様にあの魔物の首を刎ねていただきたいのです」
私が……あの魔物を?
無理だ。
私の剣では首を刎ねることは出来ない。
過信して力の差を理解できないような私の剣では到底あの魔物の硬い外皮を破ることは出来ない。
「……無理よ。私の剣じゃアイツを斬ることは出来ないわ」
「大丈夫です。僕に一つ案があります」
人差し指をピンっと立てて自信満々そうにそう言った。
やけに自信満々そうな顔に私は少し、心にゆとりを持つことが出来た。
「僕があの魔物に魔術を当て続けて外皮を薄くします。そこを、お嬢様がその剣で斬ってください」
魔術で外皮を削って私が斬る……?
そんなこと出来るのか……いや、出来るかもしれない。
私が魔物に殺されかけたとき男の子が使った魔術で一瞬だが魔物が怯みそして傷を与えた。今目の前にある壁も一瞬で作り上げられた。
以前師匠はこんなことを言っていた。
「魔術師は近い距離ではあまり強くは無いが距離をとれれば剣士はどうすることも出来ない。もっとも、実力差がありすぎる時や、私のように王級や超級以上の剣士にはその条件は適応しないが。
だが、魔術という物は実に便利かつ最適な物だ。私たちの剣は一撃のみに力を入れている。だが、魔術師の魔術は一発一発が非力でもそれを複数回繰り返すことで私たちの剣よりも強い物になる。
剣技は一度見切られると通用しなくなることが多い。もっとも、私たちの閃神流は見切られる前に相手を倒す物だからそこは気にしなくてもいい……。話は戻すが、剣はそうでも、魔術は予測がしにくい。そのため、攻撃を当てやすい。
いいかアリス。魔術師を侮るな。魔術師は確かに非力な者が多い。だが、人間離れした魔術師を侮るとこっちが痛い目を見ることになる」
師匠に言われたときはよく分からなかった。だが、今なら分かる。
冒険者ギルドにいるような魔術師は非力な者に当たるだろう。以前に金髪の魔術師を見たときは何やら他とは違う空気を感じたが、この男の子も今それと同じような空気を感じる。ひょっとしたらそれ以上……。
師匠が言っていた人間離れした魔術師という者なのだろう。それなら、彼が言うことも出来るかもしれない。
「お嬢様……やってくれますか?」
やろう。
私は自然とそう思った。
今まで家族や師匠、リンダ以外にこんなことを思ったことは無かった。この今目の前にいる彼は私よりも強い。強い者には頼れと師匠やお父様も言っていた。
だから頼ろう。今はこの目の前にいる偉大な魔術師に。
「……いいわよ!私もアイツにやり返したいと思っていたもの!」
「よし!では、僕が魔術を当てるので、合図を出したら動き出してください」
「分かったわ!」
その後、作戦に移る前に傷を癒やしてくれた。
今までずっと痛みが走っていたところの傷がどんどん癒えていって不思議な感覚だった。
傷を癒やしているときの彼はどこか恥ずかしそうな顔をしていたのが気がかりだったけど……。
すると、彼は自分の着ていた上着を私に差し出してきた。
「お嬢様……これを着てください」
顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
「なんでよ?」
「あの……ほら、魔物の攻撃を受けて服が」
「えっ?」
自分の姿を見てみると確かに服が破れてはだけそうになっていた。
徐々に状況を理解できてきて恥ずかしさが出てきた。私は、彼が差し出した上着を取ってそれで隠した。
彼はどうやら、治癒魔術を使ったときから気がついていたようでそのせいで顔を赤くしていた
私は、殴った。昨日は逃げていた彼も今回は受け入れていた。
私が上着を着たのを確認して彼は壁を消した。
壁が無くなり魔物が見えてきた。あの魔物は空中を大きく羽ばたいて浮かんでいた。
彼は魔物に向かって手を振りかざした。
「始めます」
「分かったわ!」
魔術で五つの岩を作り出した。魔物に向かってそれを打ち出した。
魔物は魔術を間一髪で回避していたが後に回避しきれなくなり着弾していた。
着弾した魔術は魔物の片方の翼をえぐり打ち落とした。
「グアァァァ!」
魔物が咆哮を上げた。
魔物は飛べないことを理解すると翼を広げながら彼に向かって走ってきた。走ってくる際に広げた翼を振りかぶった。
振りかぶってまた何かを飛ばした。目に見えない何かを。
彼はそれを避けることが出来ずもろに受けていた。
全身に傷を負い、傷口からは多量に血を流していた。彼は、痛がっていたが手を再び魔物に向けた。
「はぁぁぁ!『アイシクルショット』」
そう言った彼の手からは無数の鋭い氷が飛ばされていた。
魔物はその氷の魔術を受けて確かにダメージを受けているようだった。
彼の顔がどんどん青ざめていた。
「もうすこし!!」
彼は自分の傷のことをお構いなしに魔術を発動させていた。私は、不安になりながらも合図が出るのを待った。
やがて、魔物は魔術を受けているところから血を出すようになった。
彼は氷の矢を打ちながら片手で別の魔術を発動させた。
大きな水の球を発動させ魔物に対して放った。放たれた魔術は魔物にダメージを与えること無く足を濡らすだけになっていた。
「よし!」と言って彼は続けて別の魔術を発動させた。
魔術が発動すると辺りが寒くなってきて魔物の足の方に向かって白い道筋のような者が出来ていた。あれは、恐らく凍り付いているのだろう。
「お嬢様!今です」
「分かったわ!」
私は魔物に向かって走り出した。
自分の過ちを悔いるために、彼の頼みを果たすために。
魔物に接近できた。魔物は足が凍り付いたことに動揺しているのか私に気がついていないようだった。
私は薄くなりむき出しになった部分に剣を突きつけた。だが、魔物の首は柔らかくなっていたが途中で停止した。
魔物が私に気がつき、翼を大きく広げた。
まずい、このままでは……。
私は師匠の言葉を思い出した。
「何かを斬るときは、足に、腕に、肩に、腰に、剣に力を込めろ。この一撃で相手を斬り伏せる事の出来るように力を込めて相手を斬れ!
もし、力が込めきれず相手を斬り伏せられない時は、叫べ!とにかく大きく自分の中の力をすべて出しきれるように」
私は叫んだ。
喉がかれても良いくらいに自分の中のすべての力を出せるように。
「があぁぁぁ!」
思いっきり叫ぶと自分の中から力のような物が湧いてきた。
私はその力をフルに使って剣を振り斬った。剣が魔物の首を切断して首を弾き飛ばした。
「や、やったわ。倒したわよ!」
私は全力で喜んだ。
本に出てくるような魔物を一人では無かったが討伐することが出来た。
今回のことでさらに強くなれたような気がする。
彼は、気分が悪いのか顔を青くしていた。全身の傷からは血を流して今にも倒れそうになっていた。
「はい、やりましたね。倒せたのはお嬢様のおかげです」
ハハっと笑いながらそう言った。
今にも気を失いそうなのにも関わらず彼は微笑んだ。
その顔を見て安心感や尊敬のような物を抱いた。
彼がいなかったらあの魔物は倒せなかっただろう。
私は弱い人が嫌い。でも、今回のことで自分も弱いということに気づくことが出来た。
今ならお父様や師匠やリンダが言っていたことも理解できる気がする。
「お嬢様」
私はその言葉を聞いて違和感を覚えた。
冒険者はパーティーメンバーに継承を付けたりはしないと師匠が言っていた。私は彼とパーティーを組みたい。今日一緒に戦ってそう思った。
「アリスよ」
「え?」
「あなたに私のことをアリスと呼ぶことを許すわ!光栄に思いなさい!」
「あ、はい。ありがありがとうございます。
では、僕のことはルイネスと呼んでください」
そう、彼の名前はルイネスと言うのだった。なぜ覚えていなかったのだろう。
それは、彼をいや、弱いと思った者を見下していたからだろう。でも、これからはもう……弱い者の気持ちを理解することが出来た。
「分かったわ!ルイネス!」
「では、アリス。僕はもうじき気を失うと思うので後のことはよろしくお願いします」
彼はそう言ってドサッと倒れた。
「えっ?ちょっと。ルイネス?ルイネス!」
ルイネスは気を失った。
どうすれば良いか分からなかったが森を出ようと思った。
ルイネスを背負いながら森を進んでいた。
彼の体からは今だち血が流れ出ている。こんな時に、ルイネスが使った魔術が使えればと思った。
やがて、森の中に光を見た。
私はその光に向かって歩き出した。
背中の彼は未だに動かず、まるで死んでいるようだった。
「いやだ……死なせない」
私は急いで向かった。だけど、変な色をした魔物が出てきた。
その魔物は紫色で牙から液体をまき散らしていた。
「もう、いやよ」
私は体力を消耗しきっていて背中には重傷を負ったルイネスがいる。
今戦っても到底勝てるとは思えない。
「誰か、助けて!私を……ルイネスをたすけて!」
私は全力で叫んだ。
魔物は私の方に近づいてきて口を大きく広げた。
「くっ、」
せめてルイネスだけでも……。
私がそう思ったとき何かが走ってくるような音が聞こえた。そして、声が聞こえた。
「アリス!どこにいる!」
その声は必死に森の中を走り回っていたのか少し息切れをしているようだった。
「こっちよ!ルイネスが重傷なの助けて!」
私の声を聞いてその男は走ってきた。
魔物はその男に気づき襲いかかった。だが、魔物の攻撃を男は剣で受け流し、魔物の首を自分の持つ剣で切り飛ばした。
あれは師匠が前に言っていた聖神流の技の一つだろう。
「アリス無事か!」
そう言った男はルイネスの父親で、師匠のような剣を使う剣士。そう、ヘルスだった。
「ええ、私は大丈夫よ!だけど、ルイネスが……」
「なに!?ちょっと見せてみろ!」
叔父は背中にいるルイネスを見た。
全身にある傷を見て焦りを見せていた。
「おいおい、これはまずいぞ……何があった?」
「魔物に襲われて、ルイネスが助けてくれたの。それで、一緒に戦っていたのだけど途中で傷を負って」
「なるほど……とりあえず、すぐに森を出よう。ルイも治さないといけないが、お前も休んだ方が良いだろう」
「ええ、そうね。分かったわ!」
ルイネスを叔父に任せ私たちは森を出た。
森を出るとアスフィと呼ばれてた子とお姫様、それに、ルイネスの母親の二人がいた。
ールイネス視点ー
目が覚めるとよく見慣れた天井がそこにはあった。
意識が覚醒しきれず、全身がなぜか体が痛かったが、無理矢理に体を起こして辺りを見渡した。
周りにはアスフィにレイナ姉さん、アリスやヘルスなど家にいるみんながいた。
「えっと……みんなどうかしましたか?」
意識が徐々に覚醒して気を失う前のことが頭に浮かんできた。
アリスを追って森に入り、毒牙大蛇と戦い、アリスを見つけてグリフォンと戦った。俺はその時の傷で気を失った。
……あ、そうだ。アリスは!アリスは無事なのか?
「アリスなんともないですか?」
「ええ、大丈夫よ!あなたを運んでいるときに魔物に襲われたけど」
「大丈夫でしたか?」
「ええ、ヘルスさんが来てくれたからね」
森の中を彷徨っていたときヘルスに助けられたのか……。とにかく、アリスがなんともなくてよかった。
ん?今彼女ヘルスの事をさん付けで呼んでいた?
あれだけ人の名前を覚えない猛獣が人の名前を覚えたのか!?
「あ、アリス?」
「なによ?」
「いつから人の名前を覚えられるようになったのですか?森にいるときも僕の名前を覚えていなかったのに」
「うるさいわね!私だって人の名前くらい覚えられるわよ!」
おもいっきり頭を殴られた。
頭に激しい痛みが襲ったが、無事に戻れたことに実感を持てたのでよしとしよう。
森にいたときは死ぬと思っていたけど無事に生きられててよかった。
その後、ヘルスが、「ルイは疲れているだろうから解散しよう」と言って、みんなが部屋を出て行った。ヘルスとセリスを除いて……。
「さてルイ。森で一体何があったんだ?」
「あなた、全身に傷を負って死にかけていたのよ……」
二人は真剣な眼差しで俺の方を見ていた。
俺は森で起きたすべてのことを話した。毒牙大蛇と戦ったこと、グリフォンと戦って傷を負ったこと。それと、大地から光りが漏れ出ていたこと。
「なるほど……その魔物の事もだが、一番は大地が割れ光が漏れ出ていたことだろうな」
そう、俺もそれが一番気になっている。
あの時はグリフォンの対応で考える暇が無かったが今考えればおかしな光景だ。俺は光を見てその場所に向かった。そして、そこにグリフォンがいた。
前にも……あの日にも光を見たような気がする。あの光がここに魔物を連れてきているのか?一体なぜ?
「父様」
「なんだ?」
「もしかしたらあの光がここに魔物を連れてきているのでは無いでしょうか?」
「光が?」
「はい。僕は前にもあの光を見たことあるような気がします。あの夜に」
「ああ、あの夜か……でも何で光がここに連れてきているんだ?」
「分かりません」
光が発生するとなぜか他の大陸の魔物が発生する。それはなぜだ……?
そういえばアリスがグリフォンを見つけたときのことは聞けていなかったな。
そうとなれば聞いてきた方が良いだろう。
「父様。僕はアリスに魔物を見つけたときのことを聞いてきます。
何かを見たかもしれません」
「ああ、分かった」
俺は下に降りてアリスに魔物を見つけたときのことを聞いた。
「森を走っているときに緑色の光が見えたわ。それで、その光の方向に向かったら急に強くなったの」
「強くなった?」
「緑色の光がね。目の前いっぱいに広がったの。その後、目の前にあの魔物がいたわ!」
「なるほど……ありがとうございます」
アリスのことを聞いた後ヘルスの元に戻り説明した。
説明を聞き終わったヘルスは何かを考えているようだった。
「どうしました?」
「ああ、前にロイドがここに飛ばされたときの話を思い出していたんだ。ロイドが言うには、一瞬のうちにここに飛ばされていたと。もしかしたらその時にロイド達もその光にのまれたんじゃ無いかって思ってな」
確かに、ロイド達がいたのは中央大陸とセフィス大陸の境にある大森林だ。そこからこのシエラ村まではかなりの距離がある。その距離を飛ばされたってことは昨日見た光と関係していると思った方が良いだろう。
一瞬のうちにと言っても強い光を見て一瞬だと勘違いをしている可能性が高い。
「そうかもしれませんね。
レイナ妃殿下にそのことを伝えて研究者の人にも調べてもらえるように伝えた方が良いと思います」
「そうだな。頼んでみるとしよう」
これで魔物のことが解決すれば良いけど……難しいだろうな。
今は不定期でそのことが起こっているからどうしようも無い。ここは待つとしようか。
考え込んでいるとヘルスがニヤニヤし始めた。
「なんですか?そんな変な顔をして?」
「変?失礼な。父さんの顔はな……まあいい。そういえばルイ。
レイナ様のことを姉さんと呼ぶんじゃ無かったのか?それに、一体いつからお嬢様じゃなくてアリスって呼び出したんだ?」
「そうよ、さっきまでの話は難しくてよく分からなかったけど今回の話は興味あるわ」
「姉さんと呼ぶのはレイナ妃殿下の目の前だけですよ?そうじゃないと他の人に聞かれると勘違いされそうですし、それと、アリスのことはそう呼べと言われたからです」
俺はありのままを伝えたつもりだ。
それなのに、二人は疑っているようだ。
「本当にそれだけかぁ?」
「それだけですよ」
「フレイとアスフィがそうって思ったけれどまさか、レイナ様とアリスちゃんまでねぇ」
「えっ?何のことです?」
「ふふ、内緒よ!」
セリスはそう言ってニコッと微笑んだ。
うちの母さんは綺麗だな……おい、ヘルス。ニヤニヤするな!
俺はその後もう一度眠りに着いた。
次の日からは普段通りに動けるようになった。
いつも通り午前にヘルスの剣の稽古を受けて午後にセバスの座学を受けた。やることが全部終わった後、レイナ姉さんに連れられて毎日遊びに出た。
稽古にはアリスが参加して座学にはレイナ姉さんが参加した。稽古ではヘルスはアリスと対をすると良い運動になって感を取り戻せると言っていた。
今のままでも強いヘルスは魔物の相手をしすぎて剣士相手の感が鈍っているらしい。本当にこの世界の剣士は化け物じみている。
アリスの方も「こんなに打ち合えるのは師匠以来だわ!」と言っていた。彼女の師匠はヘルスよりも強いらしい。誰なのか気になってアリスに聞いても答えてくれない。ならばと思いヘルスに聞いてみたところ元パーティーメンバーとだけ教えてくれた。いつかは会ってみたいものだ。
座学ではレイナ姉さんの天才ぶりを見せつけられた。
薄々気がついていたが彼女は非常に頭が良い。彼女は頭が良いし回転率も高い。それに、人を引きつける声にこの完璧な容姿。この人はもしかしたら転生者じゃないのかって思うくらいハイスペックだ。
前世の世界にある転生物の本は大抵、転生者はいろいろ恵まれた能力を与えられる。俺には特に無かったが彼女がそうなら納得できる。
試しに前世の事をほのめかして聞いてみたが、頭にクエスチョンマークを浮かべていたのでおそらくは違うのだろう。
ーーー
一ヶ月後
あれから一ヶ月の時が過ぎた。
明日はアリスとレイナ姉さんが街に戻る日だ。今日の夜は少し豪勢な料理が出された。
料理を食べ終わり、俺は部屋で座学の復習と魔術の練習をしていた。
グリフォンと戦った日以降、俺は魔術の精度を上げるための練習をしている。練習法は、手元で魔力を変換して小さい物を作り出すというものだ。
大抵は土魔術で埴輪のような物を作ったり、水魔術を応用して硬くて丈夫なシャボン玉を作ったりしている。
この練習を始めてから魔力操作が上達した気がする。
そんな練習をしていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。俺は部屋中に広がっている埴輪人形を土に戻して外に投げ捨て、シャボン玉は部屋の温度を高めて壊した。
片付け次第俺は部屋のドアを開けた。開けるとそこにはヘルスとセリスがいた。
二人は深刻そうな顔でそこに立っていた。何かあったのだと思い俺は二人を部屋に招き入れた。
部屋に入った二人は何も言い出してこなかった。何かを言おうとして噤んでしまう。
本当に何かあったのか?
ここ一ヶ月は特に何も無かったと思っていたが……言い出さないならこっちから聞いた方が良いだろう。
「あの……」
「ルイ」
……被った。
まあ、言い出してくれるならこのまま聞こう。
「なんでしょうか?」
「ああ、父さんが前に言ったこと覚えているか?
俺がこの村で地方騎士の職をアールにもらうときにいくつか条件を付けられたって」
確か……俺が五歳になったらアリスを一度この家に来させるって話だよな?多分、あれってアールの作戦を実行するために俺と顔合わせをさせたかったんだろうな。
「ええ、覚えていますよ。
確かアリスがこの家に来たのもそうでしたね」
「そうだ。その他にも、ルイの成長それに伴う変化を伝えられる限り伝える。というのもあった」
「僕の……」
アールおじさんどれだけ俺のこと好きなんだよ……。いや、知ってるよ?計画を進めるために俺の情報が欲しいだけなんでしょ?
所詮は体の関係よ……考えてて気持ち悪くなってきた。
「も、もちろん変なことは伝えてないぞ」
「当然です。もし伝えていたら父様の秘密にしている事を母様とニーナさんにばらします」
「ルイ、秘密にしてることって……」
「ままま、まあ伝えてなから良いじゃないか」
おっと思ったより動揺したな。
秘密にしている事なんて何も知らないがもしかしたら本当にあるのか?
「あなた?」
「べ、別に隠していることなんてないさ。なあルイ」
「えっと……」
「そうだよな!」
「そうですね。まあ、僕は元から何も知りませんが」
「えっ?」
「なるほどね……あなたルイとの話が終わった後別の話をしましょうか」
セリスがすごく怖い顔をしている。こうなってしまえばヘルスはどうすることも出来ない。
この家の力関係は圧倒的に女性が上だ。ヘルスがセリスに尻に敷かれているため男の力が弱くなっている。
もっとヘルスには頑張ってもらいたいものだ。
「ま、まあそろそろ本題に入りましょうか」
「そそ、そうだな。本題に入ろう」
「ふん。まあ、いいわ。後でじっくり話せば良いもの」
「うっ、分かった……。
ここからは本題だ。
ルイ。単刀直入に言うが、お前はこれから五年間スロウ家に留学してもらう」
「……えっ?」
留学?
俺が……スロウ家に?
いやいやいや、ひとまず落ち着いて事の次第を聞こう。
「僕がなぜスロウ家に?」
「それは……アールの計画のせいだ」
「そうですか……父様はあの計画に賛同しているのですね」
「いや違う。
俺はあの計画には反対だ」
「じゃあなんで!」
「ルイ今のお前を見ていると父さん達は心配になる」
「僕が心配?」
「ああそうだ。
父さん達の目からは、お前が生き急いでいるように見える。自分の力を過信して、他人のことでも自分の事のように抱え込んで、一人で解決しようとする。
アスフィの件だってそうだ。お前は約束があるからと言った。だが、お前がアスフィの問題を自分のこととして考えて抱え込もうとしている。そんなことはアスフィのためにならないし、それはお前の自己満足だ。
それに、この間の森の件だってお前はアリスを見つけ次第戦わずに逃げることだって出来たはずだ。
お前は決して力の差を理解できないわけでは無いだろう?それなのにもかかわらずお前は無茶をして魔物に戦いを挑んだ。その結果お前は大怪我をした。魔物は倒せたからいい。だが、一歩間違えればお前達は死んでいたかもしれないんだぞ?」
「それは……」
ヘルスに事実を突きつけられ俺は何も言い返せなかった。
確かに、アスフィが落ち込んでいるとき俺がずっとそばにいないといけないと思った。その時はそれが最善だと思っていた。それでアスフィも成長できると……。
確かに俺は、俺がいないとアスフィは立ち直れないと勘違いをしていた……いや、勘違いでは無くヘルスが言うところの俺の自己満足からなる妄想に近い物だろう。
森の件だってそうだな……確かにアリスを見つけたときにすぐに逃げるべきだった。最終的にはグリフォンに勝つことが出来た。出来たが、危険な目に遭ったことには変わりはない。
自分の力のみで解決できることならヘルスもここまで言わないだろう。だけど、グリフォンには俺一人では絶対に勝てなかった。アリスの協力を得てギリギリだった。
ギリギリで俺は死にかけた。
「今のお前は見てられない。だから俺は、アイツの誘いに乗ることにした。
お前はこれから五年間、お前が十歳の誕生日までスロウ家に留学して一人で出来ることの限界を知ってもらう。慣れない環境に行けばお前も理解できるだろう。
だから、留学している間お前の帰宅を禁止する。それと、手紙などでの家族との交流も一切禁止する。
家との交流を一切禁止して一から考えてくれ、己の力を一人なせることの限界を……。無論、五年かけて何も変わっていないようなら、父さんはお前をアルストレア家から勘当する」
留学で必要なことを学べって事か……それに、何も変わらなかったら勘当するってヘルスも相当本気なんだろうな……。
ヘルスに言われて納得することが多かった。それは俺もそうだと思ったからだろう。
それなら、ヘルスの言い分を飲んだ方が良いだろう。
俺はこの家から離れて知らない土地で勉強をする。そして、人として成長して帰ってくる。
「ルイ……やれるな?」
「……はい!」
そこまで言われたら俺も頑張ろう。
家族と連絡を取れないのは寂しくなるが、たった五年だ。
五年なんて小学校が終わらないくらい短い。それだけの時間で家から勘当されないなら喜んで留学でも何でもしてこよう。
一つ心残りなのは、妹たちの成長を見られない事と、フレイとの約束を果たしにくくなることだな……。
フレイの手紙も帰ってきてないし……いや、待てよ?フレイとなら文通してても怒られないんじゃ無いか?
「あ、あの……父様」
「なんだ?」
「フレイ先生との交流も禁止なのですか?」
「フレイとか……まあ、フレイとなら良いだろう。
師匠とならお前も気軽に悩みを打ち明けることが出来るだろうし」
「本当ですか!ありがとうございます」
フレイと文通が出来るならなんとかなりそうだ。フレイからの手紙は俺の心の支えになるだろう。日頃から持ち歩くことにしよう。
「何か言いたいことはあるか?」
「そうですね……家族と五年間も話せなくなるのと、妹たちの成長を見られないのは残念ですけど、僕もできる限りのことはやりたいと思います」
「ああ、父さん達はルイならきっと成長できると信じている。頑張れよ」
「はい!」
「それと、シャロンとエマの成長は父さんが見ておくから安心して頑張ってこい!」
なんだと?もしかして独り占めをするつもりか?
妹たちは決して渡さないぞ!
俺だって、五年後に仲良くなれるように留学中に考え尽くしてやる。
「べ、別に僕だって五年後には尊敬されるような兄として帰ってきます。そうなれば、父様の役目は無くなりますね。すみません!」
「へっ、ルイが尊敬される兄になっても父さんがもっと尊敬できる父親になっているから諦めるんだな!」
「負けませんよ?」
「こっちもな!」
こんな会話も今日で最後か……明日から五年間会えなくなる。
今のうちに噛みしめておこう。
「そういえば、僕は明日のいつ出発するんですか?」
「ん?ああ、今からだ」
「えっ?」
ちょちょちょ、ヘルスさん?
今からって急すぎませんかね?俺にだって感動的な別れという物を……ああ、なるほど。
まだ言っていないんだな?
「父様。今から出発する理由って……」
「ああ、そうだ。アスフィのためだ。
おそらくアスフィはお前と離ればなれになると知れば全力で抵抗するだろう。だが、それではダメなんだ。
アスフィにも乗り越えてもらわないと……アスフィは家で頑張る。だから、ルイもスロウ家でしっかりやるんだ、いいな?」
「……はい!頑張ります」
セリスは俺とヘルスが話している間ずっと黙って聞いててくれた。
ずっと泣きそうな表情をしていた。
そして今、我慢しきれなくなったのか俺に抱きついてきた。
「ああ、ルイ。私たちの愛しい子。
私たちもあなたと離ればなれになって寂しいの。だけど、あなたの成長のためならみんな我慢できる。
あなたが成長した姿を十歳の誕生日の日に見せてちょうだい」
「はい!頑張ります」
「『汝にセフィス様のご加護があらんことを』」
セリスはそう言って俺の額に軽く口づけをした。
恐らくセフィス教の何かだろう。セリスはもうセフィス教ではないと言っていたが、昔の教えが抜けていないのだろう。
それでも、これは暖かく感じた。
「これはね、セフィス教に伝わる言葉の一つで、思い人や大切な者が旅立つ際に安全を願って贈る言葉なの。
これできっとセフィス様があなたを守ってくれるわ。頑張るのよ?」
「はい!ありがとうございます母様!」
俺はセフィス教徒では無いがセリスが掛けてくれたならきっと効果はあるだろう。なんて言ったって、うちの母さんは聖セフィスのように綺麗なんだからな。
この後、荷作りを整えて下に降りた。
俺はヘルスに行く前に一枚だけ手紙を残すことを認めてもらった。
俺はアスフィに手紙を残した。
内容は、俺がいなくなっても心配するなということ、俺を捜すようなことをするなということ、おれも頑張るからアスフィも頑張れということ。
一枚の紙に書けるだけ書いた。そして最後に「俺が帰ってきてフレイ先生からの連絡があれば一緒に会いに行こう」と書いた。
俺は三人でした約束を心に置いて生活していく。もし勘当されてもこの約束だけは守りたいと思う。まあ、勘当をされないように頑張るつもりだが。
下に降りると最愛の二人の妹と異母のニーナが立っていた。
二人の可愛い妹たちは二人で寝転べるサイズのベビーベッドのような物に寝転んでいた。
「最愛の妹たちよ。兄は少し遠いところにいってくる。君たちが物心つく頃には兄はいないだろう。だけど、忘れないでくれ。
兄は常に君たち妹たちのことを考えている。
次に会うときはきっと君たちに尊敬される兄として帰ってくる。だから、君たちは今の天使のような笑顔で迎えてくれ」
自分でもシスコン過ぎて引くレベルの言葉がどんどん口から出てきた。だが、事実思っているのだから仕方が無い。
俺は絶対にこの子達に尊敬される兄になる。絶対にだ。
そんなことを考えているとシャロンは泣き出し、エマは笑い出した。
俺は二人に指をかざした。すると、二人とも俺の指を握った。
シャロンは泣き止み、エマはまだ笑っていた。
「じゃあ、行ってくるよ。
次に会うときは……二人とも五歳か。きっと二人とも可愛く育つんだろうな。
成長過程が見られないのは残念だが、それは帰ってきてから父様に聞くとするよ。
二人とも元気でね」
俺はそう言って二人の手を離そうとした。
するとエマは、
「お…に…ちゃ…」
と言った?
今エマが言葉を発した?
いや気のせいか?ニーナも気がついていないようだし。
まあ、今話し始めたらそれはもう天才だ。本当に話し出していたら天才と言って帰ってから褒めてやろう。
俺は二人の手を離した。
すると二人は泣き出してしまった。
大きな声で泣いていたのでヘルスとセリスがあやしていた。
「お兄ちゃんはちょっとお勉強してくるだけだ」
「そうよ。すぐに会えるわ」
俺は妹たちの元を後にしてニーナの元に向かった。
ニーナは今日もメイド服を着ている。
彼女はあの一件以降、アルストレアを名乗るようになった。だが、自分はあくまでもメイドと言い張っている。最初はみんな「そんなことはしなくてもいい」と言っていたが、ニーナが強く希望するので今は何も言っていない。言わなくなったが誰もニーナをメイド扱いしていない。それをニーナも気がついているようで今の距離感を気に入っているようだ。
「ルイネス様。
私はいつまでもあなた様をお慕いしております。
スロウ家で今以上に立派に成長し、アルストレア家当主にふさわしい御方に成長されることを願っております」
「ありがとうございます。
僕もニーナさんの期待に答えられるよう頑張ってこようと思います」
「はい。ルイネス様なら出来ると信じております」
ニーナもセバスと同じようなところがあるよな?
俺に対してとんでもないほどの評価をしている。これだけ高い評価、不安になる。
「あの……ルイネス様」
「なんでしょうか?」
「無礼かもしれませんが一ついいでしょうか?」
「ニーナさんに何かされて無礼なんて事は一つもありません。何でも言ってください」
「では、一度抱いてもよろしいでしょうか?」
いつもの無愛想な顔が少し赤くなっている。
彼女のこんな顔を見るのはあの街道沿いの森一件以来だろう。この顔をしているときは彼女が自分を出しているときだ。
快く受け入れよう。
「はい、良いですよ」
俺がそう言って腕を広げた。彼女は膝を曲げて俺を抱いた。
彼女は優しく俺を抱きよせ頭を撫でた。
「ああ、尊敬すべきルイネス様。
この先つらいことや厳しいことがあなた様の身に降りかかるでしょう。ですが、そのたびに乗り越えられると信じております。
私たちはあなた様のお帰りを心よりお待ちしております」
彼女は最後に一度俺を抱く腕に強く力を入れた。
剣をやっていただけあってかなり力は強かったが、痛いとは感じなかった。
彼女の暖かいぬくもりが自然と俺を安心させた。
彼女は俺を離していつもの無愛想そうな表情に戻っていた。
いつもの表情に戻ってはいたが、顔はまだ赤いままだった。
「では、ルイネス様。お気を付けて」
「はい!行ってきます……母様」
俺がそう言うとニーナは泣き出してしまった。
ニーナの背中をさすって落ち着かせた。
外に出ようとするとドアの前にセバスが立っていた。
俺はセバスに挨拶をしようと思い目の前まで歩いて行った。
「セバス……これからセバスの授業が受けられなくなると思うと寂しくなります」
「ほほ、何をおっしゃいますか坊ちゃま。
私の授業なんて坊ちゃまには必要のないものだったでしょう。それなのに、坊ちゃまは嫌な顔一つせず真面目に取り組んでくださいました。
このセバス。坊ちゃまの授業の先生が出来てとても誇らしくなりました」
「そんな……セバスの授業は僕にとってとても重要な物でした」
「それは、よかった。
坊ちゃま。あなた様ならきっとなれない環境でも適応することが出来るでしょう。適応し最適な手を打つ。あなた様はそれが出来る御方です。
このセバス。坊ちゃまのお帰りを心よりお待ちしております」
「僕もですセバス」
俺にとってセバスも尊敬する先生の一人だ。その先生にこう言われてしまっては頑張るしか無いだろう。
セバスは自分の懐から一冊の本を取り出した。
「坊ちゃま。
こちらの本をお受け取りください」
そう言って渡された本は、見出しには何も書かれておらず年期を感じさせるような物だった。
中を開いてみると、セバスに教えられていたよく分からない文字がびっしりと書かれていた。
「セバス……これは?」
「それはとある種族の言葉を覚えるために私の祖父がこしらえた物です。使いづらい物ではありますが坊ちゃまならきっと使いこなせると信じております」
「なるほど……」
どこかの種族の言葉なら覚えておいて損は無いだろう。
これは、良い物をもらったな。
「ありがとうございます」
「はい。では、坊ちゃま行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってきます!」
俺はセバスを後にしてドアを開け、外に出た。
俺が外に出ると一ヶ月前に見た物と同じ馬車がそこにはあった。
馬車の前にはアールとレイナ姉さんが立っていた。
アリスの姿が見えなかったが恐らく馬車の中だろう。
「やあ、ルイネス。
今日この日を楽しみに待っていたよ」
「あの時の意味ありげな言葉はこのことだったんですね」
「ああ、きっとヘルスなら僕の誘いに乗ると思っていたからね」
アールがあおり口調でそう言うとヘルスが見事につられた。
「乗りたくて乗ったわけじゃねーよ」
「はは、そうかい。
でもまあ、乗ったということは僕の計画に利点があると思ったから乗ったんだろ?」
「利点はある。だが、賛同はしない。
俺は今でもふざけた計画には反対だ」
「まあ、いずれこの計画がお互いの利益になると分かる日がくるさ」
「はっ、そうだといいな!」
相変わらず父親達は仲が悪そうだ……いや、逆に良いのか?
前世の世界には《喧嘩するほど仲が良い》という言葉があった。つまり、そういうことだろう。
「まあ、戯れはこの辺りで良いだろう。
では、ルイネス。そろそろ行こうか」
「はい。分かりました」
俺が馬車の方に向かうと後ろから手が伸びてきて俺を抱きかかえた。
俺を抱きかかえたのはヘルスだったが、セリスも抱きかかえられている俺をさらに抱いた。
「ルイ、しっかりとやるんだぞ」
「愛しているわルイ」
二人は力強く俺を抱いた。
いつも暖かい二人がいつも以上に暖かく感じた。
「ありがとうございます。父様、母様行って参ります」
二人が俺の頬に口づけをした。
馬車に乗ればこの家ともしばしお別れだ。寂しくはなるが俺の出来ることはやってこよう。
「みんな、行ってきます!」
俺はいきよいよく馬車に乗り込んだ。俺が乗った後アールとレイナ姉さんが乗り込み馬車は走り出した。
俺は今から、この世界に転生して五年間過ごした家を旅立つ。前世と比べると少ない時間だが、この家で過ごした時間は俺にとって宝物とも呼べる物だろう。
この家に転生して、魔術を知って、フレイという偉大な魔術師に出合い教えを請い、アスフィという大事な友達以上の家族とも呼べる者も出来たし、ニーナともちゃんとした家族にもなれた。
確かにつらいこともあった。だが、それ以上にうれしいことや楽しいことが起こった。
俺にとってこの家が世界のすべてだった。だが、これからはいろんな世界を見る事になる。
つらい物や悲しい物を見ることにもなるだろう。だけど、それを乗り越えてこそヘルスやレイナ姉さんが言うところの聡い大人になれると思う。
俺は成長して帰ってくる。この愛すべき家を勘当されないように。尊敬される兄になるために。そして、みんなの期待に応えられるように。
俺は送り出してくれている人たちの期待を胸に勢いよく馬車に乗り込んだ。
これからも不安なことやつらいことがたくさん起こるだろう。だけど、そういった逆境を乗り越えてこそこの世界に転生した甲斐があるって物だ。
前世では後悔して死んだ俺が新たに人生をスタートしていろんな物や人に出会った。そして、これからも出合うだろう。
俺はそんな不安や期待を胸にこれからの人生を生きていこうと思う。
第1章:転生・幼年編【完】→第2章:留学編




