第十六話:「パーティーと策略」
〈アスト王国第一王女レイナ・エスロア・アスト〉
そう名乗った彼女は余裕な態度を崩さずにニーナの目の前まで歩いて行った。
ニーナはレイナ妃殿下が近づいてくると少し怯えたような表情をした。ニーナが怯えるのには前に働いていたところに問題がある。
ニーナがこの家に来る前の話を聞いたことがある。
「私はこの家に来る前は王宮で近衞侍女として勤めていました」
「近衞侍女?」
「王族の主人の身の回りの世話をして刺客が送り込まれた場合は主人の盾となり戦うものです」
ニーナは少し震えたように肩を押さえた。
「私は第一王女様のそばで働いておりました。
ある日の夜、王女様の部屋に刺客が送り込まれ私が応戦しました。
応戦している間に騎士団が来たので王女様に問題はなかったのですが私は足に傷を負ってしまいまして近衞侍女を解任されました」
ニーナはそう言って服の裾を少し持ち上げて足についた傷跡を見せてくれた。
侍女を解任されてからおよそ5年以上は経っているのにもかかわらずその傷跡はくっきりと残っていた。
「近衞侍女を解任されてからの生活は追っ手の暗殺者から身を潜めながら安全な場所を探す生活に変わりました」
「暗殺者!?」
「はい。近衞侍女という仕事は王宮内を動き回るため貴族間の黒い話や外に漏れるとまずいような情報がいろいろと入ってきます。そのため、貴族達は不安要素を消すために解任された侍女に対して追っ手を送り込み秘密裏に処理しようとします」
「そんなことが……」
勝手に解任して秘密裏に殺そうとするなんて王宮の仕事黒すぎるだろ。
前世のブラック企業でもそんなことしないぞ。
ニーナはその後、身を潜めながら移動を続けこの村の近くの街道で魔物に襲われているとき偶然ヘルスと再会したらしい。
ヘルスと再会してこの家で働くことになったらしい。
ここに来てからは暗殺者が送り込まれてくることもなくなった。
王室も王女を救った人をみすみす見殺しにするような事をしなくても良いと思うのけどな……。
ニーナが仕えていた第一王女それが彼女、レイナ・エスロア・アストなのだろう。
そんな人が今更何しに来たんだ……。
俺がそんなことを考えているとレイナ妃殿下は片膝をついて頭を下げた。
「ニーナ様。5年前のあの日、私を暗殺者から守っていただきありがとうございました。
あの日、あなたに守っていただけなければ私はもうこの世にはいないでしょう。そして、すみませんでした。侍女を解任され暗殺者に狙われるようになったあなたを助けることで出来なくて……。
あなたが望むのであればいかなる罰でも受けましょう」
彼女は真剣な顔でニーナをただまっすぐ見つめてそう言った。
彼女の顔からはニーナに対する感謝の気持ちと助けることが出来なかった事への謝罪の気持ちその両方が感じられた。
「頭をお上げくださいレイナ様。第一王女ともあろう御方が私などのために頭を下げるのは……それに、私はもう気にしておりません。
たしかに、この家に来るまではあの日のことを後悔するときもありました。
あの日がなければ私がこんな思いをせずにすんだのではないか……と。ですが、あの日解任されたおかげで追っ手に追われつつも旦那様と再会することができアルストレア家に仕えることが出来ました。
私は今の生活にとても満足感を得ています。この生活を手に入れられたのもあの日のことがあったおかげです。なので、レイナ様がお気にされることはございません」
ニーナは何かを思い出すような表情をしながらそう言ってレイナ妃殿下の顔をまっすぐ見た。
その表情からは先ほどまでの怯えは一切感じられず前を向いていこうという強い思いを感じた。
「ありがとうございます。ニーナ・アルストレア様」
「いえ、ご無事でよかったですレイナ様」
「はい、あなたこそ」
二人は互いに無事だったことを喜んだ。
今までお互いに相手のことを心配しながら生活していたのだろう。
それにしても微笑んだ彼女の顔やその声はどこか引き寄せられるものがある。これはなんなのだろう?
前世でも人を引き寄せるカリスマのような人はいたが彼女もその類いなのだろうか?
その後、各自レイナ妃殿下への挨拶を終えた。
「レイナ様お初にお目にかかります。
私はルイネス・アルストレアと申します」
「はい、ルイネス様。お噂は兼々。
初めまして、私はレイナ・エスロア・アスト
これからすこしの間お世話になると思いますがよろしくお願いします」
「レイナ様に名前を覚えていただき光景でございます」
「あらあら、まだ私よりも幼いのに礼儀作法が出来ていますね。
さすがは超級魔術師様でしょうか?」
「いえ、私などはまだまだ未熟者でございます。超級魔術を会得できたのもすべては私の師匠、フレイ・セフラグの存在があってこそです」
「これはまたご謙遜を」
謙遜ではない。
今の俺があるのはすべてはフレイのおかげだ。
「謙遜ではありませんよ」
「そうですか、分かりました。今はそういうことにしておきましょうか」
彼女はニコッと微笑んだ。
その微笑んだ表情は誰もが目を見張るものだった。
「私は王女という肩書きはありますがここではただのレイナとして接していただけると幸いです」
「なるほど……分かりました」
「それでは呼び方を決めましょうか……そうだ!私はルイ君と呼ぶのでルイ君は私のことをお姉ちゃんと呼んでください」
「……はい!?」
何を言っているんだ?
差し引いてもルイ君は問題はあるが、まあよしとしよう。だが、お姉ちゃんはよくない。
相手が王女ということもあるが俺の精神的にお姉ちゃんと呼ぶのはキツイ。どうしたもんか……。
「あ、えっと……レイナ様?」
「えっ?ちょっと聞こえません」
「……れ、レイナお姉ちゃん」
「はい、なんでしょうかルイ君?」
「お姉ちゃんはだめです」
「なぜでしょうか?」
「あなたは曲がりなりにもこの国の王女様です。
そんな御方をお姉ちゃんと呼ぶのはこの国が黙ってはいないでしょう」
「そんなことはありませんよ?もしそんなことを言ってくるものがいた場合には私がどうにかしましょう」
彼女は無邪気な笑顔をしてそう言った。
その笑顔は先ほどまでの微笑みと違って年相応の彼女を感じた。
さっきまでは気品に振る舞っていたがこういう年相応なところもあるのか……。なんだか、懐かしい気持ちになる。
きっと今の彼女が本当の彼女なのだろう。
「ですがその、お姉ちゃんと呼ぶのは……恥ずかしいです」
「なるほど、恥ずかしいから顔を赤くしているのですね。
分かりました。それでは、姉さんと呼ぶのはどうでしょうか?」
「いや、でも……」
「これは最終的な妥協案です。これ以上は王女としての権限を行使しますよ?」
なっ!?なんて横暴な。
僕達は権力を行使する横暴なやり方は認めません!
俺は負けないぞ!
「はい……分かりました。ね、姉さん」
「よろしい。それじゃあ、よろしくねルイ君!」
無理だった。
この世界の王族の権力は絶対だ。王族が無罪と言えば無罪になり、有罪と言えば有罪になる。そこに当人達の意思は関係ないのだ。
権力に屈しないと心に留めていても怖いものは怖いのだ。
まあ、呼び方くらいで死刑だなんだとは誰も言わないと思うが姉さんまではハードルを下げることが出来た。姉さんの方がお姉ちゃんより幾分かマシだ。
その後、アスフィが挨拶をした。
最初は恥ずかしそうにしていたが直に「お姉ちゃん」と呼ぶようになっていた。彼女の順応力はたまにうらやましく思う。
その後、レイナ妃殿下もといレイナ姉さんは村を見て回りたいと行ってきたので暗かったが村の方へ足を運ぶことになった。
村では村人達の不安を誘わないために少数で移動することになった。
向かったのは、レイナ姉さん、俺、ヘルス、そしてアールの四人だ。アスフィも来たいと言っていたが食事の準備を手伝うことになり断念してもらった。
アリスお嬢様は現在すやすやと眠っている。慣れない環境に来て疲れたのだろう。
村を見て回り、レイナは終始楽しそうにしていた。
「レイナ姉さんなんだか楽しそうですね」
「ええ、とても楽しいわ。
ずっと望んでいたことを出来ているのだから」
「望んでいたこと?」
「王都の外に住んでいる国民のみんなを見ること」
「なぜ……そんなことを?」
「王都は魔物が出ない。それは騎士団や冒険者の方々が頑張ってくれているから。でも、この辺りの村には冒険者も騎士団もめったに来ない。そうすると、村の人たちは不安な思いをしながら日々を過ごしているのではないかって思ったの。
もし不安に思いながら生活をしているのならその対策を練ろうって考えてた」
そんなことを考えているのか。
確かに、この辺りは王都に比べて魔物の被害や盗賊の被害が多い。それは、王都では王宮騎士団や宮廷魔術士団が遠征として近辺の魔物を掃討する。また、王都の冒険者ギルドや魔術ギルドが素材や討伐依頼を常時出しているため魔物はほとんど生息していないらしい。
「実際に見てどうでした?」
「みんなとても幸せそうな顔をして生活していて安心しました。
森の周辺の場所に魔物の被害があるのも事実。だけど、みんなそれぞれが自分の出来ることをやってみんなお互い支え合って、不安ながらも安心できる場所を自分たちで作っている。
私はここに来てよかった。国民のみんなの新しい一面を見ることが出来てとてもうれしかった」
彼女もこのことについて考えていたのだろう。
俺も国はなぜ騎士団を派遣してくれないのかとあのとき何度も考えた。しかし、彼女を見てなんとなく分かった気がする。
騎士を送りたくとも遅れない。それは、騎士団はあくまでも国を守るものだ。
こんな国の端っこにあるような村には剣で切る騎士団はない。それも村のみんなやアスフィだってきっと分かっている。分かっているからこそ自分たちで生活していける環境を作ったんだ。
村を見て回ってレイナもそれを理解した。
「そう言ってもらえると僕もうれしいです」
「今のままでも大丈夫でしょうが……もし何かあればすぐに私に言ってください。王女として最大限の便宜を図ります」
「はい、その時はよろしくお願いします」
第一王女様が便宜を図ってくれるならこの村は安泰だ。
その後、ヘルスがレイナに他の大陸の魔物がこの大陸まで来ていることの情報がないか聞いていたが、そのことに関しての情報は入ってきていないようだ。
王都に戻り次第研究員を派遣してもらえるよう進言してくれるらしい。非常に助かる。
ただ、王都に行くまでに三ヶ月以上かかる。そこから研究員を送るため推定でも一年はかかるとみておいた方がいいと言われた。それだと少し心配なのでアールの方も数人派遣してくれるらしい。王都の研究員には劣るらしいがそれでも何か分かるかもしれないとのことだ。
村やその周辺を回った後家に帰宅した。
回っている間、レイナは村やその周辺にあるものに興味を持ったらしく俺の手を引いて走り回っていた。ずっと手を引かれていたため非常に疲れた。
帰宅した後、来客が多かったためささやかなパーティーが開催された。
スパイスが効いた味付けがされている肉料理に皮がバリッとした食感を楽しむことが出来る魚料理など多種多様な料理が出てきた。
以前行なった誕生パーティーやフレイのお別れパーティーの時もすごかったが、今回は領主様にその娘。それに、アスト王国の第一王女様。
この国でも特にビックな人が集まっている。そのため、以前よりも豪勢な料理が出てきている。これを四人で作ったと考えるとあの四人には頭が上がらない。
国に反乱を起こしたいレジスタンスみたいな団体がいればチャンスとばかりにこの家を襲撃するだろう……物騒な話はやめようか。
今はこのパーティーを楽しもうか。
今回の料理にも例のスパイスが使われていた。あのスパイスは俺のグ○メ細胞にマッチしている。あのスパイスがかかった料理を食べるだけで力が湧いてくる。もちろんムキムキになったりはしないが。
肉料理はいい。しかし、魚料理が少し物足りないと思う。
何が物足りないのかは分かっている。それは、この世界には刺身という料理がない。
この世界では基本的に魚を生で食べる習慣はない。前世でも魚を生で食べない国は多くあった。だが、日本で生きていた俺は魚を生で食べる刺身が恋しくなる。
以前セリスに「魚を生ではたべないのですか?」と聞いたことがある。
その時セリスは、声を立てて「ダメよ!」といった。
何でも、魚は火を通して食べないと毒にに犯されてしまうらしい。前世でも水が汚く生で魚を食べられない地域はあった。しかし、この世界の水はそこまで汚くはないと思う。
村人やヘルスだって村に流れている川で水浴びをしたり飲み水にしたりする。俺も以前飲んでみたが特に臭みなどは感じられなかった。
そうなると、水以外の原因があるのか……?
今度試しに生の魚に解毒魔術をかけて毒を消せないかやってみよう。
各自自分の食べたいものを取って食事を勧めていた。
アスフィは自分の皿に入ってしまった二つのピーマンをどうしようか悩んでいた。
「アスフィどうしたんだ?ピーマンと見つめ合ったりして」
「え?べ、別に見つめ合ったりしてないよ?」
「もしかして……ピーマン苦手なのか?」
「そんなことはない……よ?ただ、苦くて食べようと思わないだけだよ?」
アスフィ……それを世間一般的には苦手というんだよ?
好き嫌いは別に良いと思う。無理して苦手なものを食べる必要はない、好きなものだけを食べれば良いと思う。ただ、幼い頃から好き嫌いばかりすると将来嫌いなことを投げ出してしまうかもしれない。そうなってしまったらロイドに顔向け出来ない。
ここは俺がどうにかしないと!
「アスフィ」
「なに?」
「とりあえず一つ食べてみようか」
「え、えーと……」
「俺が一つ食べてあげるからもう一つはアスフィが食べるんだ。できるな?」
「わ、わかった。ボク頑張るよ」
「よし!それじゃあ……」
俺は皿に入っているピーマンを一つ取りそれを食べた。
俺が食べたのを確認するとアスフィは恐る恐るピーマンを口に運んだ。
口にピーマンが入るとアスフィは顔をしかめながら水で勢いよく流し込んだ。
「る、ルイ。ボク頑張ったよ」
「ああ、よくやったな」
アスフィは涙目になりながら「もうピーマンは取らない」と言っていた。
そこまで苦くないと思うんだけどな……まあ、味覚なんて人それぞれか。
ピーマンに苦戦していたアスフィを横目に一人、好き嫌いなく黙々と食事を進めている紅赤色の髪を後ろでまとめた寝起きのお嬢様がいた。
先ほどまですやすや眠っていたお嬢様はお腹がすいていたのか食事が出るなり我慢できず食べ始めていた。
「アリスお嬢様、お楽しみいただけていますか?」
「ええ、ここの料理は美味しいわね」
「当然ですとも、なんて言ったって母様にニーナ、セバスにアスフィが腕によりをかけて作っているのですから」
「うちで出る料理と同じかそれ以上ね。てか、誰よあなた!」
「えっ?」
えーっと……あ、アリスさん?
僕自己紹介しましたよね?僕のことを殴ったりもしましたよね?
いや、あのときは猛獣モードだったから覚えていないのか?それとも単に自己紹介の時に俺の話を聞いていなかっただけ?
どちらにしろもう一度やれば良いか。
「えーと……ルイネス・アルストレアです」
「ルイネス・アルストレア……何であなたがアルストレアと名乗っているのよ!」
「えーと……お嬢様のお父さんが僕の父様と従兄弟関係にあって、お嬢様がスロウ家で僕が一応エルア家に当たるらしいです」
「何言っているのか分からないわよ!」
だめかーーー。
この説明でダメなら俺にはどうにも出来ない。
ここは聡明なおじさまに頼るとしよう。
「そうですね、ここはアール様に任せるとしましょうか」
「なんでここでお父様が出てくるのよ!」
「ちょっと静かにしてください」
「今なんて?殴るわよ?」
「それはご遠慮します」
「ふんっ」
お嬢様に殴られるのはごめんだ。
殴られているときは命の危険を感じる。命までは取らないと分かっていても体が勝手に反応する。
お嬢様をアールに任せ俺は食事を取ることにした。
肉に魚、サラダなどいろいろ種類があって楽しめた。このサラダは家の畑に植えられている。セリスが汗水流して育てたものだ。
食事を取っているとレイナが隣に座ってきた。
レイナが持っている皿の中には料理がたくさん盛られていた。
「随分と食べられるのですねレイナ妃殿下」
「そうですね、この家の食事は温かくて美味しいですからね。それと、呼び方妃殿下なんて呼ばした覚えはないですよルイ君?」
「そうでしたねレイナ姉さん」
「はい、よろしい」
彼女はこの呼び方を徹底させるらしいな。
姉がいたことはないが、ここまで徹底させるものなのか?
「それはいいとして、温かくて美味しいというのは……」
「ルイ君は王宮で出る食事はどのようなものか知っていますか?」
「いえ……分かりません」
「王宮では常に刺客を警戒しておかなければなりません。そのため、食事の際には何度も毒味が行なわれ完全に安全と分かれば私たちの元に運ばれてきます。
安全と分かるまで多くの時間がかかるため運ばれてくるまでに完全に冷め切っているのでこんなに温かい料理を食べたのが初めてで……」
「そう……ですか」
彼女も王族として常に刺客に襲われることを意識して生活しなければならないなんて、俺には考えられない。
自由のきかない生活……それはかなりの苦痛だろう。
「そんなに暗い顔をしないでください。
私はそこまでして私たちの安全を考えてくれる人たちに感謝をしているのですから」
「なら、ここにいる間は温かい料理を食べていってください。姉さんが満足するまで」
「ありがとう、ルイ君」
彼女はまだ幼い。こんな幼いときから我慢を強いられている。
今は俺の方が幼いかもしれないが前世を含めるとまだまだ歳下だ。
本来なら彼女はのびのびと生活をしなければならない。それが出来ないと言うことであれば、せめてこの家にいる間は自由に生活してほしいと思う。
その後、セリスとニーナがケーキのような甘いお菓子を運んできた。
アスフィは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせていた。アリスは一度は見たが興味がなくなったのか肉を食べていた。
レイナは何これ?と頭にクエスチョンマークを浮かべてセリスたちを見ていた。
「ねえ、ルイ君」
「なんですか?」
「あれはなんていう料理なの?」
「あれは甘菓子ですよ。砂糖や果実を使って作る甘いお菓子です」
「へぇ、そのようなものがあるのですね」
「もしかして……食べたことないのですか?」
「ええ、王宮ではこういったものは出てきませんでしたからね」
王都の店で売れているとヘルスが言っていたが王族の食卓には出てこないのか……。
「食べてみてください。とても美味しいですよ」
「そうですか……では、いただいてみましょうか」
レイナはそう言ってケーキに手を伸ばした。
ケーキはバルトにもらった牛乳を砂糖と混ぜたクリームを敷きその上に果実を砂糖水につけ込んでそれを上にのせられてあった。
前世のケーキよりは出来は悪いがそれでも一生懸命作られているので前世のケーキと変わらない。
ヘルスは甘いのが苦手なようだ。そのため、記念日にしか出ない。
今日は記念日だ。俺も甘いのはそこまで得意ではないのでアスフィ達にあげることにする。
レイナは恐る恐る口まで運びパクッとケーキを頬張った。すると、レイナの顔が徐々に柔らかくなっていった。
どうやら美味しかったようだ。
「ねえ、ルイ君!これとても美味しいわ!
こんなに美味しいものをずっと食べられるルイ君達がうらやましいです」
「ずっとではありませんよ。記念日だけです。それに、王都にも甘菓子を出しているお店はありますよきっと」
「そうね、王都に戻ったら探してみるわ!」
これは相当お気に召したようだ。
ここまで気に入ってくれたらセリスたちもさぞ喜ぶだろう。
アスフィも前と同様ケーキを食べて満遍の笑みを浮かべていた。
前にも食べたろうに……やっぱり、女の子はみんな甘いものが好きなのか?
俺はそう思いアリスお嬢様の砲を見たが甘菓子は食べずに肉を食べていた。
なるほど……あれが肉食動物か。
ヘルスとアールはずっと酒を飲みながら何かを話し合っていた。
今までならヘルスは酒に潰れて寝室まで担がれている頃だが今日は抑えて飲んでいるのか顔が赤くなるまでに留めている。
アールの方は本当に酒を飲んでいるのかと疑うくらい酔いを感じさせなかった。
常にポーカーフェイスをしているような表情をしているためいつもと変わらないように見えた。まあ、あったのは今日が初めてだが……。
「父様方お食事を取られていますか?」
「ああ、取っているぞ!」
「大丈夫だよ」
「そうですか、分かりました」
大人達はご飯を食べるよりも酒を飲みながら話す方が好きなのか。
前世でも親はご飯よりも酒を飲みながら話すのが好きだと聞いたことがある。
どっちの世界でも大人達がやることは変わらないのか。
俺がその場を離れようとするとアールに呼び止められた。
「ああ、そうだ。ルイネスちょっといいかい?」
「はい?なんでしょうか」
俺がアールの位置まで行くとここに座りたまえと言われたのでアールとヘルスが座っている間にある椅子に腰掛けた。
「君は貴族社会に興味はないかい?」
「貴族……ですか?」
「ああ、僕はねルイネス。
君にアリスと婚約してほしいと思っているのだよ」
「僕とアリスお嬢様が婚約?」
「君とアリスが婚約すれば形式上、スロウ家とエルア家がつながることになる。そうなれば高をくくっているスロウ本家が黙っていないだろう。
きっと奴らはどうにかして二人を離そうと考えるはずだ。そうすれば、奴らを失墜させるために綻びが生じる。
僕はその綻びに生じて本家を潰す。
君には本家を潰す足がかりになってもらいたいのだよ」
「僕に……家を潰す足がかりに……」
なるほど、アールが初めて会ったときに見せたあの何か企んでいそうな予感がしたのはこれが原因か……。
しかし、何かしら巻き込まれるとは思っていたがアールがまさか家を潰そうとしているなんて思ってもみなかったな。
でも、疑問点もいくつかある。
一つ目は、アリスお嬢様のことだ。
あのお嬢様が俺と婚約を結ぶわけがない。それはアールだって分かっているはずだ。
お嬢様に恋愛というものが分かっているとは思えない。
二つ目に、俺のことだ。
俺には貴族社会というものを何も理解していない。
今まであった事のある貴族の人はアールにアリスお嬢様。そして、王族のレイナだけだろう。
そんな無知な俺に本当に家を潰すだけのことを出来ると思っているのだろうか……。
三つ目に、家のことだ。
ヘルスにアールとスロウ家のことを聞いた。まず、今現在のスロウ家の次期当主はアールのお兄さんだ。アールとお兄さんは跡目争いをしていたらしい。
いろいろなツテを使って国にとってどちらが有能か、どちらがスロウ家を担うに否かを。
アールのお兄さんはアールよりも五年早く生まれた。五年も社会に入る時間が違いければ裏から協力者を募ることも出来ただろう。
協力者を募り、裏から根回しをすることでアールが貴族社会に入る頃には根回しは完了していて手も足も出ない状況になっていた。
そう考えるとこの国の貴族社会は真っ黒いと思えてくる。いや、この国だけでなく大抵の国の貴族社会はこれくらい黒いのかもしれない自分たちが知らないだけで。
前世の国の中にもきっとあったのだろう。
アールは跡目争いに負けた。今のままでは次期当主になることは出来ないだろう。そこで、俺とアリスお嬢様を婚約させ形式上だけでもスロウ家とエルア家の繋がりをつくりお兄さんの本家を潰そうとしている。ということか。
しかし、俺はというかヘルスはもうエルア家ではない。ヘルスは勘当された身だ、もうエルア家との繋がりはない。それは、アールだって分かっていることだろう。
分かった上で利用しようと考えている。
もしかしたら、エルア家との繋がりは無くとも名前だけでも動揺するものなのかもしれない。
俺が疑問に思ったことを総じて口から出た言葉はこれだった。
「アール様」
「なにかなルイネス」
「すべてはアリスお嬢様が決めることです」
「……」
「アール様の計画はもしかしたら本当に実行できて結果が出るものかもしれません。しかし、その計画には前提条件として当人達の思いが入っていません。
僕は貴族社会というものにはあまり関心はありません。興味はありますが実際にやりたいとはあまり思えません。
アリスお嬢様は僕より歳上ですがまだまだ未熟です。まだ人として成長しきれていない。そんな自分の娘を利用するようなやり方はよくないと思います」
自分でも驚くほど言葉が出てきた。
アールのやり方が間違っているとは思わない。子供を利用するやり方も貴族内では一般的なやり方なのかもしれない。
だから、別にアールを攻めたりはしない。ただ、あのまだ社会を分かっていない無邪気なお嬢様を利用しようとしていることはすこし違うと思った。
「そうか……しかし、君の言い分ではアリスさえ了承をすれば君も協力してくれるということだね」
「それは……」
確かにそうだが……親としての在り方的にダメだろう。
俺は人の親にはなったことはないがそれでも前世での両親を見て親の在り方というものは見てきた。
前世の父さんは早くに母さんを亡くして意気消沈していた俺にこう言ってくれた。
「母さんは今確かに手の届かないところに行ってしまったが俺たちのことをずっと見てくれている。お前が自分のやりたいことをして、元気に育ち、自分の愛する者を見つけ、愛する者を守り、自分の望む幸せな人生を送る。
届かないところに行ってしまった母さんも近くにいる父さんもお前がやりたいことを見守っていきたいと思っているんだ。
だからお前は自分のしたいことをして生きろ。母さんや父さんは親としてお前のしたいことを最大限後押しする。それが、父さん達親の役目だ!」
父さんが言ってくれたことは今でも俺の心に残っている。
前世ではトラックに轢かれて死んだ。あれは自分のやりたいことをやって死ねたのかは正直分からない。だが、春がトラックに轢かれるよりかは俺が代わりになった方がいいと今も思っている。
結果的には俺がやりたい事をしたということになるのかもしれない。今でも、俺が轢かれる瞬間の春の顔は俺の脳裏に焼き付いている。
あの顔はさせてはいけない顔だった。あの選択が間違っているとは思わないが、やはり一度あって謝りたいな。もう叶わないことだが……。
俺は父さんのおかげで親の在り方を学んだ。
今アールがしようとしていることは彼からしたら当たり前のことなのかもしれないが、利用される身としては考えを改めてもらいたいと思う。
そう考えていると俺の中で湧き上がるようなものを感じた。
これを一度吐き出して本人に直接言った方が良いだろう。
「アール様」
「なにかね?」
「失礼を承知で言わせてもらっても良いでしょうか?」
「いいだろう。言ってみなさい」
「それでは」
ふぅー。
俺は一度大きく深呼吸をした。
今から言おうとしていることはもしかしたら不敬罪に当たるのかもしれない。だが、言わないとこの湧き上がるものを解消できない。
「『親なら親らしく自分の子供のやりたいことをさせてやれよ!
こんな子供を利用するようなやり方じゃなくアリスに協力して欲しいなら面と向かって頼んでみろ!
それが出来ないなら本家を乗っ取るなんてやめてしまえ!』」
俺は今自分の言いたいことをすべて言い切った。
口調は荒かったが誠心誠意で言ったと言うことで見逃してもらおう。
俺は言いたいことをすべて言い切ったからか気持ち面でスッキリしていた。
アールは終始余裕の笑みを崩さずに俺の言い分を聞いていた。そこに、驚きは感じられず、このことも想定されていたような気さえしてくる。
それよりも一番驚いた様子を見せていたのはヘルスだろう。
普段の俺は、礼儀正しくしようとしていた。だが、今の俺は礼儀など捨てて自分の言いたいことをありのままに言い切った。
聞いているときは驚いていたが今はなぜか誇らしげな表情をしている。
親として俺の本心をしれたことがうれしいのだろうか?
「なるほど……君の言い分は分かった」
アールは余裕の表情を崩さずにそう言った。
その顔は先ほどまでと何も変わってはいなかったが声音が殺気よりも低いものになっていた。
彼なりに考えてくれたのかな?
「分かったが……こっちにも譲れないものはある。だから、これからはゆっくりと進めることにするよ。今回は急ぎすぎた」
「あなたは……」
「ああ、分かっているよ。もう、無理にはやらない。
着実に裏から進めることにするよ。僕の兄がしたようにね」
不適な笑みを浮かべながらのこの場を後にした。このときのアールは怖く思えた。
彼はまだ諦めることはしないようだ。
これからは最大限そのことを意識しながら生活していこうと思う。




