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新年の祝祭とお星様

コミカライズ記念に。

まだ二人だけの、懐妊がわかったばかりの頃の、冬の夜。







 新年を迎える前に準備するのは十二本の蝋燭。

 そして十二日前から蝋燭に火を灯していきます。一本ずつ。教会では火を絶やさぬよう立派な蝋燭が用意されて、ひとつずつ増えていく灯りと共に交換するので新年を迎える前夜には十二本すべてに温かい火が灯るのだそうです。


 貴族の家でも行われる新年の準備ではありますが、造形と贅を凝らした燭台は当たり前すぎて特別ではないかもしれません。

 また火の管理をするのはメイドたちの仕事ですから、貴族家の子息令嬢はただ美しい火が晩餐の席に置かれるのを見るだけ。くり返される神聖書の内容は耳を滑るのでしょう。

 生家では自室以外で食事をしたことがないので、火の灯った祝祭の蝋燭を見たことはなく、また王城でも成人前だった私が正餐室の席に着くことはありませんでした。

 おそらく、王族の方々は教会との親和性も考慮して蝋燭は用意されていたと思いますが。


 昨年、お忙しい旦那様と兵士の皆さんに差し入れをと思ってトッロ砦に行った時。旦那様はいらっしゃいませんでしたが、新年の祝祭を心待ちにする皆さんの声を聞きました。


 食堂のおかみさんから、窓を開けたらうっかり火が消えてお子さんが大泣きしたとか。

 若い兵士の方から、新年までの十二日間通ったら求婚を受け入れてくれるんだとか。

 教会の神官様から、神語での祈りの時間になると皆が一斉に寝てしまうとか。


 本の中で、文字の上で、ただ知識として蓄えただけの新年の祝祭がわあっと広がって嬉しくなってしまって。いつか私もできるかな、離縁されて教会の一員になったらできるかな、そうしたら蝋燭の番はさせてもらえるかしらとワクワクしました。


「エレナ」

「はい。旦那様」

「……すまなかった」


 もう、旦那様は何回謝られるんでしょう。

「旦那様がお忙しいのは、それはお体の心配はしますけど、イングレイスのためですから。祝祭の警備も、瘴気の見回りも、みんなが健やかに新年を迎えられるよう尽力くださってるからです」

 だから応援したいなと思って、昨年は差し入れに行ったのですけど。すれ違っちゃいました。

 誇らしい気持ちで胸を張ったら、背中の旦那様がしおしおと萎れた花のようになってしまいました。配慮くださってますが、私の肩に乗っている頭も項垂れているようです。


 正餐室にお迎えした、お義父様とお義母様の肖像画にご挨拶をしてから。念願だった祝祭の蝋燭に火を灯して。こんなに休むのはいつ振りだと仰った旦那様とゆっくり晩餐を頂いて。

 今部屋の中で揺れる蝋燭の灯りは十一個になります。

 本当は日が暮れる前に灯すのが良いのだそうです。夜を照らす明かりだから。

 だけどイングレイスの神官様も、教会ですら今ではさほど厳しくないのだと笑ってました。王都や他の領ではわかりません。でもイングレイス領ではお祝いの喜び、感謝の気持ちのほうが大事だから作法は二の次なのだそうです。

 領主様がそういう方ですからね、と。


「それに、今年は蝋燭の半分もご一緒してもらいました」

「これからは毎年、一緒に、……祝祭の二十日すべては無理だと思うが」

「ふふ、嬉しいです。でも無理なさらず」


 夫婦の寝室。

 お義母様が亡くなってから長く使われていなかった部屋は今は私の部屋になって、続き扉でいつでもこちらに来れます。

 寝台の上に腰掛けて、旦那様に背中から抱っこされて、私もこの子もすっかり包まれてしまいます。

 新年を迎える蝋燭を、リサとセサルさんと私でそおっとこちらに運びました。最後の一本を灯していかないのか聞かれましたが、旦那様と二人でとお願いしたらリサはなぜかくうぅと唸ってました。寒いですから早く休んでねと伝えましたが大丈夫でしょうか。


 この夜を越えると新しい年が始まり。

 ヴァレンティン家には新しい命が生まれます。


 今はまだ大きな変化はない私のお腹を、旦那様の大きな手が包んでくださいます。

 しばらくこうしているので旦那様の魔力を食べた私の髪もちょっと落ち着いて、普段の亡霊の明かりくらいでしょうか。十一個の火のほうが明るくて綺麗です。

「君のがずうっと綺麗だ」

 叱られて拗ねたような言い方が子供っぽくて、私の旦那様は素敵で格好いいのに、と寄りかかればまたしおしおしてしまいました。


 私の旦那様。

 大好きなライムンド様。

 嬉しくてあったかくてぎゅうっとしたいけど。

 そうっと包んでくれると泣きそうになってしまいます。


 この方の腕の中は、安心して溶けてしまいそう。


 だけど旦那様の中には不安が残っている。お義母様は出産のさいに亡くなられたから。

 私を失うかもしれないと言って怖がる愛しい人。

 ごめんなさい。あなたの不安を取り除くのが妻の役目であるのに、私を大事にしてくださる気持ちを嬉しいと思ってしまう。


「エレナ。火を」


 セサルさんは、私が明かりを灯すのだと言ってくれました。

 お腹から離れた大きな手が、まるで背を押して励ましてくれるように私をうながして。立ち上がって振り返ると金色の星が二つ、こちらを照らしてくれました。


 手をつないで。

 二人で、明かりを灯す。


 十二本目の蝋燭に火を移して燭台にそっとたてます。消さずにできました、の意味で旦那様を見上げたらびっくりして息が止まるかと思いました。

 なんて、えっと、その、こちらが蕩けてしまいそうな微笑みでしょうか。溶けちゃいます。

「エレナが可愛いなと」

「だっ旦那様も可愛いですよっ」

 いやそれは、と否定されましたが私だって譲りませんよ。最近気づいたんです、可愛い方だなあって。

 重ねて伝えると旦那様はちょっと困ったように眉を寄せてから、「敵わないな」と髪を撫でてくれました。つないでいる手と反対だったので、二人の距離が縮まっても手は合わさったまま。


 ぼんやりと、蝋燭の火よりも淡く光る髪を奇異に思うことなく触れてくれる。たくましい腕の中にいる時と同じように安心で溶けてしまいそうで、泣きそう。

 ああ、そうか。

 そうですね。旦那様が素敵なのはもちろん、嬉しいものをたくさんくださるから。


 合わさった手を目の高さに持ち上げても、旦那様の胸の位置くらいです。だから屈んでくださるそれを申し訳ないと思っても、くすぐったくて嬉しいなと感じる。

「私、イングレイスに来られて本当に良かったです」

「君が来てくれたことは僥倖だ。……妃殿下に礼を言うべきか」

「王妃殿下の采配も他のすべても、ここにつながっていたなら喜ばしいことです。あの、ライムンド様」


 私ね、とても幸せです。


 ヴァレンティン邸の元気で優しい使用人たち、イングレイス領の明るく働く領民たち、みんなのお役に立ちたいと思うのは本当だけど逆に私は助けられてばかり。だから頑張るのです。

 そして泣いてしまいそうなほどの大好きと、泣いてしまいそうなほどの安心をくださる旦那様。


「ありがとうございます、ライムンド様。私の可愛い旦那様」

「……可愛いは譲らないんだな?」

「はい。だって旦那様ですから」

「では仕方ない」


 私の可愛い奥さんに、敵わないのだから。


 つないでいる手、少し前屈みで近づいていたお顔、持ち上げていた指に唇が触れる直前で金色の目が瞬きでぱたっと隠れました。

「エレナ。触れても?」

「はい」

 許可なく触れないという約束は、旦那様の中でとっても重要らしいです。お好きにしてくださっていいんですけどね。気恥ずかしくとも嬉しくもあるので、私は嬉々として返事をします。

 指の節でちゅっと音がしてくすぐったい。髪を撫でていた指がくるんと巻いてから「こちらも?」と問われて頷きます。

 剣を扱う硬い指先が頬に、それに頭を預ければ眉のあたりでもちゅっと音がしました。


 ああ、とっても幸せ。


「それで、この蝋燭はいつまで灯しておくんだ?」

「あらご存知ないですか?」

「幼い頃は使用人がしていたかもしれないが、まあ父もおそらく母も根っからの軍人で」

 興味も習慣もないのに、ご一緒してくれたんですね。嬉しい。でも教会の神官様が聞いたら、だから領主様はとまた言われそうです。

「新しい年になって、夜明け前にすべて消してしまうんです。夜を通して起きている口実かもしれません。でも朝になるから、真っ暗な夜が終わるから火を消すのだそうです」

 一緒に夜明けを迎える。

 その時には祝祭にふさわしい、新年を迎える時だけの神語や挨拶がありますが。


「おはようございます。旦那様」

「ああ、おはよう」


 いつもの挨拶が、私にはいつでも特別なのです。





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