奥様と旦那様と子供たち
旅人は歩きました
太陽が照りつける昼も 月が照らす夜も
たくさん歩いて
太陽が沈み 月がいない夜に
まっくらな夜に迷って立ち止まりました
でもひとつだけ
夜に輝く星がひとつだけあったので
その下まで歩いて 歩いて
旅人はようやく見つけました
ああ これが
うにゅ、と不思議な音が聞こえたので右側を見ると小さな手が眠い目をこすっているところでした。
「眠いですか?」
「ねむ…ない……きいてる……」
言い終えない内にことんと頭が落ちてきて、私のお腹と持っていた本の間に挟まってしまいました。微笑ましく思っていると膝の上で支えていた本が抜き取られ、閉じられてソファに置かれてしまいます。
「こらクラウディオ。がんばるって言っただろ」
「んー……」
ほとんど眠っているのに返事はするんですね。いい子。旦那様に似た黒いでもぽわっとやわらかい髪を撫でると、どうしてか左側から引っぱられました。
私と違って綺麗な銀色の髪と青い目、可愛いですねとレイナルドの頭も撫でたら小さな口が不満を訴えるようにつんと尖りました。
「僕は、ねません。母様、もっと読んでください」
「レイはきっと旦那様みたいに素敵になるでしょうね。楽しみです」
「母様、む、……もういいです」
顔を真っ赤にして、反対側から倒れているクラウディオの頭にぶつけるように私の膝に顔を埋めてしまいました。恥ずかしいのかな、甘えたい、だったら嬉しいです。
新年の祝祭が近づいて、イングレイス領内はお祝いを楽しみにしている雰囲気が高まります。
だからヴァレンティン家も辺境軍も大忙し。
南方のイングレイスは新年の祝祭が明けてから本格的な冬籠り。今では他領との物流もだいぶ開いて、祝祭のために商団が多くやって来るのでその受け入れでどの街も活気づいています。
やり取りがされるのはいいことですが、すると他領の方がいなかった時とは違う摩擦も生まれて辺境軍は走り回っているそうです。数年前に魔物討伐を主とする討伐隊と治安維持を担当する警備隊に分けて辺境軍を編成し直しましたが、この時期は緊急時の要員を残してみんなで走り回ります。
だから旦那様は大忙し。
邸があるトッロ区から遠い地区まで出向いている最中に別の場所で魔物が出たとなれば早馬で駆け。商団に紛れて流民が入って来たと報告がありその中に瘴気喰いだと捨てられた子がいたようで旦那様が向かうしかなくて。
私も向かいましょうかとお伺いしましたが、切羽詰まった魔力酔いはないのでまとめてトッロに送ると返事がありました。
なのでヴァレンティン家も大忙し。
辺境伯にと訪れる商会もあるので対応に追われていましたが、流民の受け入れでさらに賑やかになりました。本来は砦に一時保護になるのですが星詠みの魔力がある子はヴァレンティン家で預かります。
でも旦那様、星詠みの魔力がある子、一人じゃなくて三人とは聞いてませんでしたよ?
男の子二人と女の子一人、三人は最初は怯えてでも疲れ切っていて。私と手をつなぐと体が楽になるとわかってもらうまで少しかかりました。
突然やってきた三人にレイナルドは固まるほど戸惑っていて、乳兄弟であるアラノにどーんと背中を押されてからは交流を持っているみたいです。
ちなみにクラウディオは最初から懐いていました、彼らのほうが驚くほど。もしかしたら旦那様と同じ魔力だってわかるのかもしれません。すごいです。レイナルドもホセにびっくりされるほど魔力量がすごいようですが、クラウディオもお父様に似てすごいです。
レイナルドは7歳。クラウディオはついこの間5歳になりました。
星詠みの魔力がある三人はレイナルドよりちょっとお兄さんお姉さんです。まだどうしたらいいのかと困っている顔をしているのはわかっていても、ごめんなさい、いろいろ忙しくて祝祭が明けたらきちんとお話しますねと邸で過ごしてもらってます。
というか。女の子です。小さな女の子です。
かわいいかわいいとリサたちと一緒に抱きしめて、ちょうどやってきた商会からつい女の子のためのアレコレを買ってしまいました。ぎゅっと抱きしめると魔力が循環するので楽になる、なので大人しく抱っこされている彼女の顔が真っ赤なのを知っていて抱きしめるのはずるいのですが。
可愛いのです。仕方ありません。
そうして忙しく過ごしていると、セサルさんが嬉しそうに困ったようにやって来ました。
「お坊ちゃん方が寝ない、ベッドにいかないと主張しております」
と言うのです。
今日も、新年の祝祭までを数える蝋燭に仲良く火を灯して。食事をして。
三人の様子を見てきますねと別れた後での出来事のようです。
あらまあ大変、私の子供たちが可愛いです。
暖炉のある部屋に行くと、ソファにふかふかの毛布が掛けられていて子供向けの本などが何冊も積まれていました。レイはもう少しお勉強になる本も読みますが、きっとクラウディオが寝てしまうのでディオに合わせたのでしょう。優しいお兄様です。
サイドテーブルには水差しと少しの焼き菓子もあって、夜更かしする準備はばっちりのようです。
「かぁさま!」
「あら、まだまだ元気ですね。眠れないなら本を読みましょうか」
「よんでください! これがいい、です! にぃさまも!」
「はい。レイもいらっしゃい」
「う、うん。……はい」
私がベッドに行きなさいと言わずソファに腰掛けたので、ディオは転がるようにくっついてきましたがレイは何だか腑に落ちないと複雑な顔をしていました。でもぽす、とディオとは反対側に収まる姿が可愛くて、ずいぶん大きくなったけれど私の可愛い子ですと思っていました。
きっと私が星詠み師のたまごたちに構っているのが寂しかったのに。サミシイって言わない。だからちゃんと見ていて、ぎゅっと抱きしめてあげないと。
旦那様みたいに。
「エレナ」
右側から寄りかかっていた重さがひょいとなくなりました。パンを口に運ぶくらい軽々と持ち上げられたクラウディオが一瞬はっと頭を起こしましたが、目の前が真っ黒だったので安心したのかそのままくうと寝てしまいました。
ディオはお父様が大好きです。いえ、レイだって大好きだと思うんですけど。
「こんばんは、旦那様。ええと、おかえりなさい?」
「こんばんは、私の奥さん。少し寄っただけでまた出るが、エレナの顔が見たくて」
「では父様。いってらっしゃいませ」
レイナルドがぎゅっと私に抱きついて言いました。
いえお父様大好きだと思うんですよ? ただ男の子は意地を張ってしまうというものじゃないかな、って。おそらく。決して本気で旦那様を追い払いたいわけではないと。
思うんですが。
旦那様はぱちりと瞬いてから、クラウディオを片腕に座らせるような形に抱き直しました。
「うわ」
そして遠慮なく素早くレイナルドのお腹を捕まえてご自分の胸にぶつけるようにして抱き上げてしまいました。驚いて、持ち上げられたと理解したレイは暴れ、いえ抵抗しようとしましたがすぐ横でクラウディオがむぅとぐずったのですぐに大人しくなりました。弟思いのいいお兄様です。
仕方なく、本当に渋々といった様子で旦那様の肩をつかんだレイが可愛くて笑い声がもれてしまいました。
ほら旦那様も笑ってます。可愛いものを、大事なものを見る時のお顔で。
「僕は、抱っこされる歳じゃないです」
「そうだな。わかっているんだが、お前小さい頃は全然抱かせてくれなかったから」
「今だって、いやです」
「私が抱き上げるとそれはもう大絶叫でな。エレナに抱かれるまでまったく泣き止まないし」
「赤ちゃんのときなんて、知りません」
クラウディオが産まれた時、おそるおそる、壊れてしまわないかまた泣かれないか本当に恐々と抱っこした旦那様が可愛くて思い出してまた笑ってしまいました。
女の手と違って旦那様ならどんなに暴れても落とさない大丈夫と赤子なりに理解したのか、クラウディオは手足をばたばたさせるくせに旦那様の抱っこを所望しました。別の生き物、当たり前だがまったく別の生物と戸惑った様子ながら抱っこさせてくれるディオを、可愛がってくださいました。
だからレイが、分別ができて理由ができてからようやく抱き上げられるのが嬉しいみたいなんです。
両腕に息子たちを抱えて楽しそうにしている旦那様が見られるのが、嬉しいです。
「いいな。レイは羨ましいです」
旦那様の肩に顔を埋めて唸っていたレイナルドの、背中をぽんぽんと叩きました。
ちょっとだけ顔が起き上がって私を見る青い目、ふくっとしたほっぺた、吸い寄せられるようにそこにキスをしてもぐもぐと何か食べてるみたいに動くディオの頬にもキスをしました。
「レイナルドはお兄様だから少し恥ずかしいですね。でも私はお父様に抱っこしてもらったことがないから、羨ましいです。ふふ、いいですね、こんなに力強く抱っこしてくれるお父様なんていませんよ?」
「……でもいやです」
「恥ずかしくて、くすぐったくて、嬉しいでしょう。ね、レイはさっきの本の旅人が、何を見つけたのか知ってますよね?」
「……はい」
「輝く星の下で旅人が見つけたもの、きっとお父様は知らないと思いますよ。教えてさし上げたら?」
何の話だ、と書いてる旦那様の顔を見上げたレイは、口を結んでからまた肩に顔を埋めてしまいました。
「父様が、ばんさんを、いっしょにしてくれたら教えます」
「ん、それは頑張って休みを確保しないといけない」
貴族の子女はマナーが身について当主の許可があるまで、晩餐の席につきません。なので幼い頃は自室や食堂に代わる所で乳母に世話されたり給仕に学びながら食事をするのですが。
私のワガママでレイの食事をさせてもらっていたら、旦那様が手でつまめるような簡単な物を片手にやってきました。私はレイの口にスプーンを運び、旦那様は私にパンなどを食べさせました。
寂しいですかと尋ねると、エレナの食事が心配だと言われました。まあ、討伐隊と何日も行軍する旦那様を私が心配してないと思ってるのでしょうか。
なので、私たちはレイナルドもクラウディオも幼い頃から食堂に迎えて一緒に食事をしています。
それに今は新年の祝祭を控えているので、旦那様の都合がよければ正餐室でお祝いをしようと約束しているのです。
いろいろあって今年は予定が未定になっていますが。
例年通りお義父様とお義母様の凛々しい姿絵も正餐室にかけて準備はしてあります。ああ、レイナルドを抱えて旦那様と私でご報告した年から何年も経ったのですね。
「レイナルドも眠いだろう」
私は自分のお腹をさすってから顔を上げて、もうすっかり体を預けてしまっている二人を見て嬉しくなります。それを見たのか、旦那様はちょっと眉間にシワを寄せました。
「……しまったな。これではエレナを抱きしめられない」
「ではお部屋まで運んでもらえますか?」
笑顔でお願いすると旦那様は「もちろん」と快く引き受けてくださいました。
なので私は、背中からライムンド様にぎゅっと抱きつきました。
「旦那様のことは、私が抱きしめますから」
恥ずかしくて、くすぐったくて、嬉しい気持ち。愛おしいと思うこと。
「無理はしないで下さい。でも、でもお待ちしています。お義父様とお義母様にご報告しないときっと叱られてしまいます」
「あの絵の母は確かに威圧があるが、……エレナ? もしかして」
「お二人に報告が先です。旦那様、お仕事がんばって下さいな」
「ああ、……ああ、もちろんだ」
旦那様が腕に抱えた息子たちをぎゅっと抱きしめてくださるので、私は旦那様を抱きしめます。
今はまだ小さな、遠くで光る星くらい小さな新しい命と一緒に。
ああ これが しあわせか
きらきら星
クリスマスという世界観ではないけどエレナちゃんたちが一番しっくりくるので。
めりーくりすまーす




