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異形狩る者の物語  作者: アルゴ
第1章 【転機、あるいは死期】
8/22

その目で見据えろ

意識の飛びそうな激痛を歯を食いしばり堪える。死と向かいあわせの極限の集中力。ただひたすらに相手を見据える。


(攻撃を見てたらこの脚じゃ間に合わない。見るのは攻撃じゃない。もっと前の、身じろぎ、呼吸、予備動作……)


いかに強大な生物と言えど、ノーモーションで攻撃などできる訳が無い。鋏を振り下ろす時には腕に力が入る。砂を飛ばすには地面に鋏を向ける。灼熱の吐息を吹き出すためには息を吸わなければならない。見ろ。観ろ。視ろ。ありとあらゆる全てを視認しろ。赤く染まり薄光を放つ目からは涙のように血液が噴き出す。


駆ける。駆ける。急所を庇う。跳ねる。仰け反る。滑り込む。


手負いの獲物一匹に遊ぶどころか翻弄されだした【赤黒蠍】は、苛立ちを隠す事無く火焔を吐き、咆哮する。


「VVOOOO……GGAAAHHHH!!!!!」


空気が震える。耳が裂けるように痛む。遊びは終わりだと残りの眼に殺意の火がが灯る。いよいよ怒り心頭といったように縦横無尽に鋏を振るい、火焔を吐きつける【赤黒蠍】とは対照的に、私は意識を失いかけていた。そして遂に限界は訪れる。


乱雑に振り回された鋏の先端が私を捉え、天高くへ弾き上げた。


思えば頑張った方だと思う。今朝方【大蛇鶏】に背を向けて逃げたような臆病者が。強いられた物のうえに短時間とはいえ、目の前の強大な怪物相手に大立ち回り。


「私……結構頑張ったよね……?」


空中から口内に落ちるまでの数秒。様々な思いが脳裏をよぎる。全身から力が抜ける。そのまま奈落のように底の見えない、【赤黒蠍】の喉へ向かい……ふと思い出す。村の救われたあの日を。【異形狩リ】に憧れたあの日を。









私の憧れたあの【異形狩リ】は

頑張ったからと諦めて死を選ぶ様な人間だろうか?




違う。


断じて違う。



私の憧れたあの人なら。

凛々しく強いあの人なら。


最期の最期まで死力を尽くす。


絶対に屈さない。


右手にはまだ短剣がある。

命を奪うことは出来ずとも。

最期まで抗う為の力がある。


「………」



牙が迫る。終わりが見える。

死神の鎌は首にかかっている。



「…………ッアア……!!!」



まだ動く。死んでない。死んでない。

死んでないなら……戦える!!!!


光の消えかけた両目に再び朧げに赤い光が灯る。死の間際の集中力。


集中の代償として酸欠の視界が更に狭窄する。迫り来る牙の先端。しかしそんなものはもうどうでもいい。


軌道は既に「見えた」のだから。



全身の傷口から血が噴き出す程の勢いで、全力で身体を空中で捻る。轟音を立てて牙が脇腹を掠めた。大きく抉れる。筋繊維と肉が軽々と引きちぎられる。だが致命傷じゃない。落下の勢いは変わらないが無理やりにでも軌道ををずらす。狙うべき部位は一つのみ。短剣を両手で握る。動き出しの鈍重な鋏は私を阻むことは出来ない。


「ヤァァァァアアアッッッッッ!!!!」


最初に傷を付けた箇所と同じ箇所。ただし今回は落下の勢いと直接ねじ込む威力が加わる。刀身は勢いのままに水晶体を叩き割り、奥深くへ滑り込んだ。


「GYRRRRRRRRRRRUUUUUUAAAAAA!!!!!!!!!!!!」


(何だこれは……何だこの生き物は!?

何をした!?何故痛い!?)


強い生物としてこの日まで感じる事の無かった激痛。それも2度も。こんな矮小で、殺しても腹の足しにもならないような生物に。矜恃プライドと繊細な器官を傷つけられた屈辱は【赤黒蠍】の怒りを最大限まで引き上げた。


怒り狂う【赤黒蠍】を余所事のように眺めながら私は地面に落ちてゆく。この高度とこの怪我なら即死だろう。


目を閉じ、激突するその瞬間を待つ。


数秒と経たずに訪れるはずのその瞬間は


……訪れなかった。

代わりに私を受け止めたのは横ざまに跳躍して飛び込んだ黒のレザーコート。


「……………………私、生きてますか」

「及第点だ、クソガキ。」


そう言うと男は酷薄な笑みを浮かべた。

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