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異形狩る者の物語  作者: アルゴ
第1章 【転機、あるいは死期】
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「………………」

息を殺す。生物由来の匂いが漏れないよう、最低限の空気だけを吸って吐くことを繰り返す。幸いにも雨が降ったばかりなのか、地面はぬかるんでいる。泥と枯葉を擦り付け、装備の鉄臭さも消した。ただじっと待ち、機を窺う。


「……クルルルルォ、クルルルル」

来た。奴だ。【大蛇鶏】。その姿は正に蛇鳥と言おうか。鶏の首と尾がそのまま蛇のものにすげ変わったような姿をしている。大きさは人間の青年ほど…と言ったところだろうか。怪物の中では小柄だが、その爪と牙は人間を苛むのに十分すぎる力を持っている。


「単体……、いける……!」

敵の数を確認。装備は万全。非発覚の攻撃はいくら優れた感覚を持つ怪物とて不可避……!


そっと腰元のダガーに手を伸ばす。盾をかまえ、獲物を握り締め、身体強化を発動する。


油断しきったその背後に一撃を…!


「あっ」ズベシャ

生い茂った蔦と雨にぬかるんだ地面。私それはもう盛大に転倒した。


ぎょろりと音がするような勢いで巨大な目と舌先が私を捉える。


私はすぐさま体制を整え、もう一度獲物を握り、現状を打破すべく駆け出した。



……【大蛇鶏】に背を向けて。



〖依頼失敗〗

「貴方……この仕事向いてないんじゃないかしら?」

「そこをなんとか……ッ」


私……メリアは酒場のカウンターに突っ伏し、今回の依頼……〘大蛇鶏の狩猟〙を斡旋してくれた受付嬢のアンナさんと問答をしていた。


ここは私のような「異形狩り」を生業とする者たちの集う大衆酒場。異形による被害や、討伐の依頼は酒場を運営するギルドという機関によって酒場にたむろする猛者たちの元へと届く。異形の素材は日用品になり、彼らの持つ【核】はこの世界じゃ数少ないエネルギー源だ。尽きない依頼を求めて、今日も酒場はひっきりなしに騒がしい。


アンナさんは嘆息して続けた。

「別に私もあんまり若い子に諦めなって言いたい訳じゃ無いんだけどね……さすがにこんなに連続で失敗する子は私も見たことないよ?」

「それは……そうですけど……」


そう。現に私はこの依頼に5回失敗をしている。実は【大蛇鶏】はそう強大な異形では無いのだ。たしかに牙と足の爪は非常に危険だが、体の羽毛は柔らかく、私のような初心者の使う鉄製の武器も通りやすい数少ない異形なのだ。そして執拗に人を狙うことは無い数少ない怪物の一つでもある。比較的家畜や作物を荒らすことが多いので件数は多いが、危険度の少ない依頼の一つでもあった。


「怪物に立ち向かってこその【異形狩リ】よ?それを貴方……背中向けて逃げたって……」

「でも怖いんですよ!?あの爪と牙……引っかかっただけで乙女の柔肌は致命傷ですよ……」

「ならなんでこんな危ない仕事してるのよ?」

「…憧れてる人がいるんですよ……」


私の村は昔、【異形狩リ】に救われた。巨大な怪物から皆を守りながら渡り合う姿を見て、私は【異形狩リ】になることを決めたのだ。あの目に焼き付いた勇姿を今日まで私は忘れたことがない。


「あぁ……あの美しい純白の細剣使い様……今はどこにいるのでしょう……」

「その話もう何度も聞いたわ……」

「反対押し切って啖呵切って出てきちゃったから村にはもう戻れないし……安全で割のいい依頼ってありませんか……?」

「もう……そんな根性で食べていける世界じゃないのよ?全く……」


流れるようなウェーブがかった金髪を耳にかけながら酔った男たちの絡みを片手であしらい、アンナさんはカウンターの片隅から手帳を引っ張り出して繰り始めた。


「ほんとに仕方ないわね……そこまで言うなら貴方、他の【異形狩リ】に師事するつもりはある?」

「……?師事……ですか?」

「そ。ちょうど今日遠征から帰ってくる男が一人いるんだけど…そいつ、少し前から弟子というか補佐というか、そんな感じのポジションを募集しててね。」

「へぇ、そんな人がいるんですか……」

「募集してしばらく経つんだけど「1人も」立候補したい人が居ないのよ。本当に諦める気がないなら…って思ったんだけど」

「ほ、本当ですか!?ぜひ!!」


渡りに船とはこの事か!私は是非なく食いついた。だが対照的にアンナさんの顔色は暗い。


「……?どうかしたんですか?」

「うーん…彼……腕は確かなんだけど…性格に難があるっていうか…だから立候補が無いんだけど……」

「なるほど、職人気質なんですね?」

「そういうわけじゃないんだけどなぁ……」

「何はともあれ私にはもうそれしかないんです!なんとかお願いできませんか……」

「もう…後から無しでは聞かないわよ?」


そう言うとアンナさんは書類の手続きを始めた。と、その瞬間。


「ぎゃぁぁぁああああぁ!!」

轟音を立てて酒場の入口が勢いよく内側に弾け飛び、数人の男が吹き飛んできた。


そこに立っていたのは禿頭の髭面巨漢……を、蹴り飛ばしたままの格好で止まっていたガラの悪い青年が1人。高級感は無いが丈夫そうなレザーコート。引っさげている大槌は何で染まったのやらどす黒く、異様な雰囲気を放っている。彼の力量を推し量るには充分過ぎるインパクトがあった。彼は綺麗に撃ち抜いた脚を下げ、その場からこちらを睨めつけて口を開いた。


「おいアンナ。俺に絡む馬鹿がまだいるんだが。いい加減コイツら殺していいか。」

「ダメよジン。仲間殺しは追放と指名手配だって何度も言ってるじゃない。」

「殺すぞって言ってやってんのに来るんだ。殺してもいいってことだろ。」

「貴方は無視を覚えた方がいいと思うわ?」


事も無げに言葉を返すアンナさんだが、彼女のそんな対応よりも私は嫌な予感が脳裏を走って冷や汗の過剰分泌を始めていた。


「性格に難アリ…?今日遠征から帰還……?」


最悪の予感が頭の中で渦を巻く。ぎこちなく首を回し、アンナさんに確認……という名の命乞いをする。


「まさかあの人じゃ無いですよね!」

「アイツよ。」

「やだぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」


思えば大蛇鶏に背を向けた時よりも恐怖に支配された瞬間だったかもしれない。

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