第8話:飛翔
ヨシカワから説明を受けたあと、ジュンとアイリの2人は、
装備やポーションなどの支給品を受け取り、
『レイブン』のギルドハウスを後にした。
「じゃぁ、ジュンさん早速レベル上げですね!」
「はい!」
ヨシカワからの説明にあった通り、当面アイリとの
タッグでMalice駆除にあたることになったが、
このゲーム、レベルがテンポよく上がるようにはできてない。
アイリは現在50レベル。約3ヶ月でこのペースなので、
大体通常プレイヤーと同じくらいのレベリングスピードだ。
一方、以前50レベルになるまでには、20日前後を費やしている。
アイリや通常プレイヤーの約2.5倍のスピードのレベリングスピードである。
それでも91レベルまで達するには、1年と5ヶ月を費やした。
ざっくりとしたレベリングのイメージだが、レベル10毎に経験値の必要量が2倍強になっていく。
また、モンスターの強さも相対的にあがり、獲得経験値量は相対的にさがるので、
実質3倍くらいのレベル上げ負荷がかかる。
50レベルまでレベルを上げたプレイヤーは、60レベルまでレベルを上げるのに、
50レベルまでに獲得した経験値に少しプラスした量を
もう一度獲得しなければならないというマゾ仕様だ。
6日後のコロッセウムにいくまでに、レベルを戻すのは正直不可能だ。
「正直レベルが下がったのはしんどいですね。6日後のコロッセウムは棄権かな……。」
「レベルが下がってしまったのは、つらいですよね。どれだけ頑張っても6日じゃ20レベルが限界だと思います。」
まぁ。通常のプレイヤーなら、そのくらいのスピードになるだろうな。
観戦を楽しみにしてくれている人たちには申し訳ないが、
無様な戦い振りをみせるよりはいったん棄権したほうがいいだろう。
そのほうが自分の活躍を楽しみにしてくれている人たちのためだ。
そう内心落ち込んでいると、鈴のような声が響いた。
「ジュンさん、だいじょうぶ!こつこつ頑張っていきましょう!」
「はい!」
やる気が出てきたぞ。自分のことながら単純だ。
「まずは、キノコ草原ですかね。」
「そうですね。レベル1はやっぱりそこですね。」
キノコ草原は、はじまりの町の東にある初心者用のマップだ。
初心者用のマップではあるが、このマップにはコロッセウムトッププレイヤーならではの高速レベル上げ秘策が隠されている。
まだほとんどだれも気が付いていない……というか出来ない秘策だ。
まず、キノコ草原でレベル20ぐらいにまで上げる。そのあとは、隣国の夜の国で
静謐の森のダンジョンにこもって「レイス」を狩りまくる。
これで、4日くらいでレベル40くらいまで突っ走れるだろう、
とレベル上げの簡単なロードマップを思い浮かべ、
意識的に気持ちを前向きにする。
その一方で、さきほど支給された大鎌使い用レベル1武器『草刈り鎌』をみると、
やはり長い道のりだと物憂げな気分にならざるを得なかった。
物憂げな気分の中、唯一の癒しであるアイリとともに、
粛々とキノコ草原へと赴くため町の東側へと足を運ぶ。
はじまりの街は、約7万平方メートルの小さな街だ。
小さな大学キャンパス程度の規模である。
町の東側に武具などを揃える商店街があり、西側には初心者向けに
チュートリアル関連施設、南側にはギルドハウス群、北側には、飲食店街がある。
ちなみにMalice Onlineでは、味や匂いまで現実さながらに再現されている。
流石に満腹中枢までは満たされないようで、現実の空腹を満たすまでにはいたらないが、
クエストクリアや、ギルド戦、コロッセウムなどでの勝利を祝う際の溜まり場として使うイメージだ。
ゲーム内の友人とよく利用したものだ。
そういえば、あいつら何してるかなぁ。
6日後のコロッセウムに向けて集中していたこともあって、
Malice online内の友人には全く連絡を取っていなかった。
個別のチャットや連絡などもあったかもしれないが、
「ご連絡ありがとうございます。誠に申し訳ありませんが、10/10のコロッセウムに向けて集中的に対策を強化しており一時的にお返事を致しておりません。コロッセウムが終わり次第、順次ご返答をさせていただきます」
と会社のメールよろしくオートリプライで躱していた。
対人戦対策でずいぶん世話になったやつもいるし、コロッセウムに出れないということであれば一度連絡しておかないと、と思う一方で、この状況をどう説明したら良いか悩ましく思う。
ヨシカワの説明の通り、この状況を外部に公開してはいけないし、間違ってアカウントの初期化しちゃいましたー、なんて説明で耐えられるわけない……うーん。弱った。
そういえば、アイリも同じ状況だったのではないだろうか。
「あの、アイリさん。聞きたいことがあるんですが……。」
「はいはい?」
金色の腰まで伸びたさらさらヘアーを振るわせながら、
丸く愛らしい目をこちらに向けるアイリ。
Maliceを仕留めた時に纏った時と同じ若草色の目を
愛らしくまばたきさせ、俺からの質問を待つ。
ドライアイとは無縁なほどに十分な潤みをたたえた愛らしさ満点な瞳だ。
あまりに澄み、美しく煌く若草色の目に思わず、エメラルドの海原が現実にないのは、
アイリの目を特別なものたらしめるためだという仮説を真剣に思料した。
「ジュンさん?」
「はっ」
アイリの美しさに歩みを止めて惚けてしまった自分をただす。
「アイリさんは、ゲーム内のご友人にこの状況をどう説明していますか?」
「……私はあまりもともとこのゲーム内に友人はいなくて。ソロプレイ専門です。だから、誰かにこの状況を説明する機会も特にありませんでした。」
「そうでしたか。であれば、この質問は忘れてください。」
今時ソロプレイ専門も珍しくないだろう。
これ以上詮索するのはやめておこう。
「同じ状況のよしみとして、他にもききたいことがいろいろあるんですが、いいでしょうか。」
「もちろん!」
美しく、実直。こんな子に育ててくれた彼女の親に深い感謝を伝えたい。
変にかまをかけることはせず、ストレートにききたいことを聞こう。
「ヨシカワさんに、現在所属している会社から、KoKoRo Entertainment への転籍を提案されました。まだ明確に返答はしていないのですが、提案を受けようかなと思っています。アイリさんも同様の提案を受けましたか?」
「そうですね。私も元々別の企業にいたんですが、ヨシカワさんに誘われて転籍しました。大好きなこのゲームにずっといれるなんてこれほど嬉しいことはないですから。それに、このゲームの危機に私なんかが役に立てるならやるしかないってそう思いました。」
「私なんかって、そんなことないですよ。……そうすると、株式譲渡の話も聞きましたか?」
「そんな話は聞きました。企業価値がいくらで報酬としては約1億円ぐらい?とかいう話も聞きましたが、よくわからなかったです。株なんてどう扱っていいのかわからないし、正直さっぱりでした。もらえるものは貰っておきますと伝えましたが……。」
給与以上のものがこのミッションに対して対価として支払われることが正確に伝わっていないな、と苦笑すると同時に、それが目的でミッションに参加しているわけではないアイリのクリーンな心に胸を打たれるジュンであった。
改めてヨシカワの提案のメリットを説明するもわかったような、わからないような表情をするアイリに、「そのうち分かりますよ」と声をかけて、この件を同じように忘れることにした。
「なんかバカにされてるような気がしますが、まぁいいです。」
そんな会話を交わしているうちに、2人は東側の商店街を通り過ぎて門をくぐり、キノコ草原へと到着した。
本物と並べても区別がつかない美しい青々とした草原。
目を遠くにやると世界の広がりを想起させる生き生きとした野山が広がる。
新たな冒険者の誕生を歓迎し、旅路を祝うかのようだ。
草刈り鎌を構え、改めて気合をいれる。これまでモンスターをはじめ数々のプレイヤーの動きを研究し、トッププレイヤーとしての地位を確立してきたのだ。
レベル上げ程度、さっさと進めてトッププレイヤーに返り咲いてやるのだ。
キノコ草原には、文字通りキノコの形をした愛らしい姿の
モンスターが存在するマップだ。
どんな職業でも簡単に倒すことのできるモンスターたちで、
Malice onlineのプレイヤーなら誰でも通る道である。
「さて、コツコツいきますか。」
「ジュンさん、頑張りましょー!」
HP/MPゲージのほかにモチベーションゲージがあったとすれば、
この世界の誰よりも高い自信がある。




